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愛し子と樹海の王
人は優しくされると、優しくなれる
しおりを挟むside・アレク
「あれ? あっちにも分かれ道が有りますけど、 あの奥は何ですか?」
腕の中の番は、キョロキョロと辺りを見回していたが、半ば人骨の壁に隠された隙間を指差した。目敏く別の通路を見つけたようだ。
「あちらは、行かない方がいいと思います」
「なんでですか?」
共同墓の案内をさせている、犯罪奴隷の二人は、どうする?と言いたそうに、顔を見交わしている。
「あの、全部見ないと、ここは何時までも、閉鎖されたままで、お仕事出来なくなっちゃいますよ?」
番の言葉に、奴隷二人は、とても言い難そうに口を開いた。
「あの奥は、獣人用の共同墓地なんで」
「獣人の? お墓も別々なの?」
「はあ・・・帝国の方には理解出来ねぇでしょうが、この国では獣人は、死んでも差別の対象なんですわ」
「あっちは、忌地に繋がっていまして、獣人の亡骸を、直接投げ込む穴があるんですわ」
「え?なんで? お葬式とか柩とかは、どうなって居るの?」
「そんなもんは、ねえんですわ」
「ない? 嘘でしょ?」
レンはエーグルに目を向け、暗い顔が横に振られるのを見ると、俺のマントをキュッと握りしめた。
エーグルの隣に立つマークも、気遣わしげな視線を、交互にレンとエーグルに向けている。
「一応、家族がそれらしい、別れの時間を持つ事は、許されてるみたいなんですがね。葬式でもなんでも、獣人が大勢集まること自体が禁止されてたんですよ」
「俺達も最初は驚いたんですがね。ゴトフリーちゅう国は異常でしてね。獣人が死ぬと、子供だろうが爺さんだろうが関係なく。役所の奴らが裸にひん剥いて、忌地にある穴に投げ込んでいくんですわ」
「死者の尊厳は?」
「ある訳ねえです。あっちは自然に出来た地下洞窟に繋がってて、地下水が遺体を流してくれるみたいでね。基本放置なんですが、途中で引っかかったり、流れに落ちれなかった遺体が貯まると、臭いが上がって来るんですよ」
「だもんで、定期的に油を流して、火を放つように言われてるんですわ」
死して尚、尊厳を奪い続けるとは・・・。
ゴトフリーの内情を知るにつけ、ある程度予想はしていたが、実際の話として聴くと、腹立たしいものがある。
「だけど、他にもこんな穴が在るって、話しで・・・な?」
「本当か嘘か、俺たちは分らねぇんですが、たまに神殿に獣人が大勢連れて来られる事が有ったそうで、でも、その獣人達が、出て行ったって話は、聞いたことがねぇ」
「だから、あの奥から臭いが消えたことがねえ、って話で」
「俺達も、あそこに行くのは、気味が悪くて」
「なんとも言えない、嫌な感じがするんですわ。こんな可愛い坊ちゃんらは、行っちゃいけねえとこなんですよ」
と、レンと幼児の姿のドラゴン達に、心配そうな目を向けている。
この二人は、犯罪奴隷と言う割に、心根に優しさも持ち合わせているようだ。
マーク達に問答無用で、拘束させたのは、やり過ぎだったかもしれない。
「アレク」
「・・・・・大丈夫か?」
「私が見るべきなのは、あの先だと思います」
ここの共同墓は、思ったよりも管理が行き届き、壁にみっしりと積み上げられ、詰め込まれた遺骨は、じっくりと見なければ、石垣のようにも見える。
不気味ではあるが、無機質な分、悲惨な様子は見受けられない。
だが、この先にある、無作為に投げ込まれただけの遺体が、どんな状態なのか。
そこに宿った想いが、どんなものか。
想像するだけで、レンにはきつい光景なのではないか?
それでも、状況を確認し、祈りを捧げてくれようとしている。
例えそれが、愛し子としての義務感からだとしても、腕の中にピッタリと収まる、小さな身体に宿る魂の強さに、感謝の気持ちしか浮かばない。
「・・・ありがとう」
「アレクがお礼を言う必要なんてないのよ?
この地に縛られている魂が有るなら、アウラ様の元へ、輪廻の輪の中へ返してあげなくちゃ、かわいそうでしょ?」
ああ、なんと優しい。
本当にこの人は、慈愛の塊の様な人だ。
「本当に、いいんですかい?」
「坊ちゃん達は、待っていた方がいいと思いますよ?」
犯罪奴隷として、人の嫌がる仕事に従事して来た二人の雄は、レンとドラゴンの子供達を気遣い、何度もそう尋ねてきた。
レンに懇願され、二人の拘束を解いた時もレンは顔の痣に治癒をかけ、二人の目には、驚きと感謝の色が濃く映されていた。
人の好意や、優しさというものは、どんな相手にも伝わるもので、優しさには、同じく優しさと気遣いが返される。
俺の番の様な人が、もっと増えれば、このヴィースも、もっと住み良い世界になるのかもしれないな。
奴隷の二人に案内された竪穴洞窟は、予想していたよりも、遥かに大きく、地下深くから立ち上る瘴気は、尋常な量ではではなかった。
「アレク・・・浄化しないと」
「・・・・そうだな」
「下まで降りたほうがいいか?」
穴の外周には、手掘りの通路が巡らされ、螺旋状に下に続く階段が延びていた。
「下に降りる気ですかい?」
「それはやめた方がいい」
「下に降りる事があるのか?」
「いいえ。俺達は降りた事はねえです」
「仕事を教えてくれた爺さんは、降りた事が有るって言ってましたけどね」
「こんなに広くて、どうやって火を放つんだ?」
エーグルの質問に、二人は天井に空いた洞窟の入り口を見上げた。
「あの入り口は、忌地の真ん中に有るんですが、あそこに、岩をくり抜いた油の入れもんが有るんですよ。そこから、油を流す管がこの通路に沿って通って居て、そんで、油を流したら、火をつけるんです」
「なんで、階段にはなってますが、油の残りカスとかで、かなり足場が悪くて、危険だって。爺さんも言ってたんですよ」
「・・・カル。ここはお前の住処の近くだろ?こんな状態で、何も気づかなかったのか?」
『そうだね、ここは私の家より下流になるし、神殿で展開されていた術があっただろ?魔晶石も使って、外からの影響を受けない様にして居たから、あまり気に留めて居なかった。よくない気配は感じて居たけど、術の一部かと思っていたよ』
「なるほど・・・」
カルの住処は、魔法も使えず、レンとの念話も届かず。バングルで居場所を特定することもできなかった。
それだけ強固な守りを敷いて居たなら、外の状況を知る術はなかったのかも知れん。
「瘴気の元は、かなり奥の様だな」
「はい。底まで降りないと、浄化も難しそうです」
「閣下、降りるのはいいですが、壁の階段は利用できないのですよね?そうなると」
「あッ!あ~~~。レン? 大丈夫か?」
「えッ? 何がですか?」
キョトンとした顔は可愛いが、状況が分かって居ないな?
「浄化する為には、底まで降りないといけないのだよな?」
「はい。そうですね?」
「だが、階段は危険で使えないな?」
「そうみたいですね?」
「そうなると、魔法で下まで降りるよな?」
「えぇ。そうで・・・・はッ!!」
レンは高いところから、飛び降りるのが嫌いだ。前にもそれで、二度も怒られた事がある。
「え~っと。魔法でゆっくり降りたりは?」
「それでも構わんが、時間が掛かるし、もしかしたら、壁に見たくないものが引っかかっているかも知れんぞ?」
「めっ目を瞑っているので、それでどうにか」
『なに?どうしたの?』
俺たちのやり取りを不思議そうに聞いていたカルが、口を挟んできた。
それにマークが、レンは高い所から飛び降りるのが苦手なのだと、説明している。
『なんだそんな事?みんな私に乗って降りればいいじゃない』
それなら、なんとかなりそうだ、と話が纏まった。こういう狭い場所では、ドラゴンとは違う、カルの細長い体は便利だ。
クオンとノワールは、自分達で飛んで降りれば問題ない。
カルにはレンだけ乗ることにして、俺たちは先に降りて、魔物が居ないかどうかの確認をする事になった。
「では、カル。レンを頼む」
『下まで降りるだけでしょ?大丈夫だよ』
手をヒラヒラさせて、早く降りろというカルにレンを任せ、俺たちは竪穴洞窟に飛び込んだ。
ビュウビュウと空気が鳴り、落下して行く身体に、瘴気が纏わり付居てくる。
底が近づくにつれ、腐敗臭とは違う、奥の院で嗅いだような悪臭が強くなり、息をするのも辛くなってきた。
やがて魔法の光玉が地面を照らし、俺たちは、洞窟の底に降り立った。
マントで鼻と口を塞いで、あたりを見渡したが、今の所問題はないようだ。
マークが合図の光弾を打ち上げ、カルを呼んだ。
あたりを警戒しながら、レンが降りてくるのを待って居たのだが。
何故か、レンの悲鳴が聞こえ、身構えた俺の前に、満足気なカルが、鼻を鳴らして降り立った。
だが、カルの角を握りしめたレンは、魂が抜けた様な顔で、龍の鬣に突っ伏していた。
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