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愛し子と樹海の王
親子とは
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日頃からレンが言う通り、この訓練所の子供達は、みな素直だ。
真に子供らしい姿と言えなくもないが、これが外界から切り離され、大人にとって、軍部にとって、都合の良いように育てられた結果だとしたら、なんとも皮肉なものだと思う。
この子達が、一般人と同じ様に親の手で育てられて居たら、どうなって居たのだろうか。
たらればの話しは、無意味だと分かってはいるが、この子達の親の事を思うと、なんとも遣る瀬無い気分になる。
この子達の産みの親と、思しき人物達は、この訓練所近くの施設に収容、と言えば聞こえがいいが、事実上の監禁状態で発見された。
そしてその殆どが、懐妊の為に使用された、堕天使の涙などの薬物の影響で、人としてまともな生活が送れる状態ではなく、回復は絶望的だ。
歳が若く、施設に収容されて間が無い数名は、心に傷を負っては居るものの、日常生活に戻る事は可能だろう。
しかし、彼らの産んだ赤ん坊の引き取りに関しては、全員から拒否されてしまった。
薬物を使い犯され、産まされた子供を、どうしても可愛いとは思えないのだそうだ。
実に尤もな話で、彼らの1人の証言はこうだ。
「赤ん坊に罪が無い事は分かっています。私も同じようにして生れて来たのです。いつかは、こういう日が来ると分かっていました。けれど、受け入れられるかは、別な問題でした・・・私も子供の頃は、訓練が辛い時に、いつか自分の親が会いに来てくれるかもしれない。迎えに来てくれるかもしれない、と夢見ていたのです。でも、そんなものは幻想だと漸く分かりました。自分の腹の中で育てている子に、嫌悪感しか感じられない。繭になってすぐに子供は連れていかれましたが、その時、心底ホッとしたのです。そして、そんな自分にも腹が立ち、こんな事をあと何回、繰り返さなければならないのか、と絶望の底に沈んでおりました」
獣人の多くは、番以外との行為に強い嫌悪感を抱く。
年若く性欲を持て余している時期に、娼館へ出かけても、実際の行為に至る者は少なく、手淫や口淫で済ます者が殆どだ。
中にはそれでさえも、気分が悪いと言う者も多い。
かく言う俺も後者の部類に入る。
そんな獣人が子を残す為と、頭で理解していても、番以外と行為を持つことは、拷問の様な苦痛だ。だからこそ堕天使の涙の様な、強い媚薬が使われたのだ。
人族の中には、そんな獣人を意気地無しと、嘲る者も居る。
しかし我等獣人からすれば、番でも伴侶でもない全くの他人と、繋がれる人族の方がおかしいのだ。
恋人もいない独身の雄ならまだ分かる。
しかし、金を払った割り切った関係と言いながら、金を払ってまで伴侶を裏切る行為をしたがる、人族の感性を、俺は一生理解できないだろう。
そして種を植え付けた、ロロシュと同じパールパイソン側は、後宮の奥で暮らしていた。
これは最初のパールパイソンが、王へと献上された慣例に従い、外から連れて来られたパールパイソン達は、先ず王の夜伽を務め、王が飽きると軍部へ下賜され、子をなす為だけの道具とされる。
が、王の気まぐれで呼び戻される可能性もあり、彼等は後宮内の離宮の一つが、彼らの生活の場とされて居た。
彼らの性質から、子供を引き取りたいと言うものは一人も居なかった。
これは想像通りだったが、このパールパイソン達は、意外にも口を揃えて、故郷に帰りたいと言う。
彼等はゴトフリーに売られる前は、タランにある大きな森の奥地で国とも呼べない、ほんの小さな集落で、同族同士、肩を寄せ合い暮らしていたのだそうだ。
しかし、ナーガと呼ばれる集落の長が、行方不明になった。
長を探しに出た者達も、集落へ戻る事はなく。
残された者達は、外界との関わりを絶ったのだが、ある日突然彼らの集落が襲われ、年頃の雄が全て、ゴトフリーに連れて来られたのだそうだ。
そして彼等は、集落に帰らなかった同族と、この地で再会する事になったのだ。
彼らの性質上、堕天使の涙程強くはないが、意に添わぬ相手との交尾には、やはり媚薬の力を借りねばならなかった。
孕ませた相手を、不憫に思いもしたが、自分達は故郷に帰らねばならない。
その一心で、番でもない相手との交尾を受け入れ、媚薬の力も借りて子を生して来た。
多くの事に執着を見せないパールパイソン達だが、故郷に対する思いだけは全くの別物らしい。
その事について、何が正しいとも間違っているとも言い難く、彼らの帰郷の願いを叶えるべく、手助けするだけで精一杯だ。
だが、一度人買いに襲われた集落が、その後も無事だと言う保証はない。
何方かと言えば、壊滅している可能性の方が高い。
そこでフレイアとシエルには、彼らの集落の調査と、場合によっては帝国内に彼らの新しい住処を用意する様に頼んだのだ。
シエルとフレイアは、パールパイソン達から、詳しい情報を聞き取り、よく話し合いながら最善の方法を模索してくれているのだが、その間ちょいちょいセルゲイの嫉妬が、爆発寸前になっている様だ。
しかし、そこに俺達は手出しも口出しも出来ないし、する気も無い。
求愛行動が成功するかどうかは、本人の努力次第なのだ。
一通り子供達の相手をしてやり、リハビリだと言って、訓練場の中を歩いていたレンにも疲れが見えて来た。
子供達には引き留められたが、レンに無理をさせるな、と子供達を諫め、訓練場を後に部屋に戻る事にした。
部屋に戻る途中、噴水が見たいと言うレンを、左腕に座らせた縦抱きで、のんびり庭園を歩いていた。
すると噴水の前に、見覚えのある老人の姿を見つけ、俺はばつの悪い思いを味わう事になった。
聡いレンにはすぐに気付かれ、”あの人はだぁれ?”と問われた。
それに俺は「あの老人は、ウジュカの使者のヨーナムという」と答えたが、謁見の途中で放り出し、そのまま放置していたとは言えなかった。
疲れた様子のヨーナムは、俺達に気付いていないのか、北の空を見つめ、一心に祈りを捧げている様に見えた。
「お祈りの邪魔しちゃ悪いわよね?」
「そうだな、噴水はまた今度にしようか」
そんな事をヒソヒソと話していると、ヨーナムに気付かれてしまった。
丁寧に頭を下げて来るヨーナムを、無視するわけにもいかず、レンを連れ噴水に近付いた。
「こんにちは。お祈りですか?」
ニコニコと話しかける番に、ヨーナムは眩しそうに眼を細めた。
「愛し子様と大公閣下にご挨拶申し上げます。ウジュカ大公の補佐官、ヨーナムと申します。愛し子様には、ご回復の由おめでとうございます」
「ご丁寧にありがとうございます。シトウです。それでこんな場所でお祈りですか?」
「はは・・・お恥ずかしい処をお見せいたしましたな。我がウジュカには、アウラ神とクレイオス様への信仰とは別に、龍神信仰がございましてな。アウラ神と龍神に祈りを捧げるには、水辺が良いとされておるのです」
「龍神・・・って、にょろにょろの空を飛ぶ?」
「にょ? わはは・・! 確かににょろにょろですな! 愛し子様は流石に博識でいらっしゃる」
博識も何も、俺達は、本物とご対面済みなのだがな?
こんなところで立ち話も何だと。
レンはヨーナムを近くの東屋に誘った。
俺が少し離れた場所に居た護衛に合図を送ると、それほど間を置かず、茶が一式運ばれて来た。
茶菓子は、レンの袂の中に残っていた異界の菓子で、ドライフルーツがぎっしり詰まった、うすいパイの様な菓子だった。
「さあ、遠慮なく食べてくださいね。それとお茶もしっかり飲んで。あんなところにずっと立っていたら、熱中症になって、脱水症状を起こしちゃいますよ?」
見知らぬ相手を急に茶に誘うのは、レンにしては珍しい、と思っていたが、高齢なヨーナムの身体を気遣っての事だった様だ。
「ヨーナム。先日は申し訳なかった」
「いえいえ。お気遣いなく。愛し子様がお元気になられてようございました」
「しかし話も途中のままだった、差し支えなければ、ここで続きを聞かせて貰ってもいいか?」
「私めは構いませんが・・・」
ヨーナムは気遣わし気にレンへと視線を向けた。
「私の事なら大丈夫です。まだリハビリ中ですけど、結構元気なのです」
「りはびり? はぁ・・・左様ですか」
ニコニコと微笑み合うレンとヨーナムは、パッと見祖父と孫の様に見えなくもない。
茶菓子と香りの良い茶のお陰で、和やかな雰囲気で始まった茶会だが、ヨーナムの語るウジュカの窮状は、茶の味を渋くするには充分な内容だった。
真に子供らしい姿と言えなくもないが、これが外界から切り離され、大人にとって、軍部にとって、都合の良いように育てられた結果だとしたら、なんとも皮肉なものだと思う。
この子達が、一般人と同じ様に親の手で育てられて居たら、どうなって居たのだろうか。
たらればの話しは、無意味だと分かってはいるが、この子達の親の事を思うと、なんとも遣る瀬無い気分になる。
この子達の産みの親と、思しき人物達は、この訓練所近くの施設に収容、と言えば聞こえがいいが、事実上の監禁状態で発見された。
そしてその殆どが、懐妊の為に使用された、堕天使の涙などの薬物の影響で、人としてまともな生活が送れる状態ではなく、回復は絶望的だ。
歳が若く、施設に収容されて間が無い数名は、心に傷を負っては居るものの、日常生活に戻る事は可能だろう。
しかし、彼らの産んだ赤ん坊の引き取りに関しては、全員から拒否されてしまった。
薬物を使い犯され、産まされた子供を、どうしても可愛いとは思えないのだそうだ。
実に尤もな話で、彼らの1人の証言はこうだ。
「赤ん坊に罪が無い事は分かっています。私も同じようにして生れて来たのです。いつかは、こういう日が来ると分かっていました。けれど、受け入れられるかは、別な問題でした・・・私も子供の頃は、訓練が辛い時に、いつか自分の親が会いに来てくれるかもしれない。迎えに来てくれるかもしれない、と夢見ていたのです。でも、そんなものは幻想だと漸く分かりました。自分の腹の中で育てている子に、嫌悪感しか感じられない。繭になってすぐに子供は連れていかれましたが、その時、心底ホッとしたのです。そして、そんな自分にも腹が立ち、こんな事をあと何回、繰り返さなければならないのか、と絶望の底に沈んでおりました」
獣人の多くは、番以外との行為に強い嫌悪感を抱く。
年若く性欲を持て余している時期に、娼館へ出かけても、実際の行為に至る者は少なく、手淫や口淫で済ます者が殆どだ。
中にはそれでさえも、気分が悪いと言う者も多い。
かく言う俺も後者の部類に入る。
そんな獣人が子を残す為と、頭で理解していても、番以外と行為を持つことは、拷問の様な苦痛だ。だからこそ堕天使の涙の様な、強い媚薬が使われたのだ。
人族の中には、そんな獣人を意気地無しと、嘲る者も居る。
しかし我等獣人からすれば、番でも伴侶でもない全くの他人と、繋がれる人族の方がおかしいのだ。
恋人もいない独身の雄ならまだ分かる。
しかし、金を払った割り切った関係と言いながら、金を払ってまで伴侶を裏切る行為をしたがる、人族の感性を、俺は一生理解できないだろう。
そして種を植え付けた、ロロシュと同じパールパイソン側は、後宮の奥で暮らしていた。
これは最初のパールパイソンが、王へと献上された慣例に従い、外から連れて来られたパールパイソン達は、先ず王の夜伽を務め、王が飽きると軍部へ下賜され、子をなす為だけの道具とされる。
が、王の気まぐれで呼び戻される可能性もあり、彼等は後宮内の離宮の一つが、彼らの生活の場とされて居た。
彼らの性質から、子供を引き取りたいと言うものは一人も居なかった。
これは想像通りだったが、このパールパイソン達は、意外にも口を揃えて、故郷に帰りたいと言う。
彼等はゴトフリーに売られる前は、タランにある大きな森の奥地で国とも呼べない、ほんの小さな集落で、同族同士、肩を寄せ合い暮らしていたのだそうだ。
しかし、ナーガと呼ばれる集落の長が、行方不明になった。
長を探しに出た者達も、集落へ戻る事はなく。
残された者達は、外界との関わりを絶ったのだが、ある日突然彼らの集落が襲われ、年頃の雄が全て、ゴトフリーに連れて来られたのだそうだ。
そして彼等は、集落に帰らなかった同族と、この地で再会する事になったのだ。
彼らの性質上、堕天使の涙程強くはないが、意に添わぬ相手との交尾には、やはり媚薬の力を借りねばならなかった。
孕ませた相手を、不憫に思いもしたが、自分達は故郷に帰らねばならない。
その一心で、番でもない相手との交尾を受け入れ、媚薬の力も借りて子を生して来た。
多くの事に執着を見せないパールパイソン達だが、故郷に対する思いだけは全くの別物らしい。
その事について、何が正しいとも間違っているとも言い難く、彼らの帰郷の願いを叶えるべく、手助けするだけで精一杯だ。
だが、一度人買いに襲われた集落が、その後も無事だと言う保証はない。
何方かと言えば、壊滅している可能性の方が高い。
そこでフレイアとシエルには、彼らの集落の調査と、場合によっては帝国内に彼らの新しい住処を用意する様に頼んだのだ。
シエルとフレイアは、パールパイソン達から、詳しい情報を聞き取り、よく話し合いながら最善の方法を模索してくれているのだが、その間ちょいちょいセルゲイの嫉妬が、爆発寸前になっている様だ。
しかし、そこに俺達は手出しも口出しも出来ないし、する気も無い。
求愛行動が成功するかどうかは、本人の努力次第なのだ。
一通り子供達の相手をしてやり、リハビリだと言って、訓練場の中を歩いていたレンにも疲れが見えて来た。
子供達には引き留められたが、レンに無理をさせるな、と子供達を諫め、訓練場を後に部屋に戻る事にした。
部屋に戻る途中、噴水が見たいと言うレンを、左腕に座らせた縦抱きで、のんびり庭園を歩いていた。
すると噴水の前に、見覚えのある老人の姿を見つけ、俺はばつの悪い思いを味わう事になった。
聡いレンにはすぐに気付かれ、”あの人はだぁれ?”と問われた。
それに俺は「あの老人は、ウジュカの使者のヨーナムという」と答えたが、謁見の途中で放り出し、そのまま放置していたとは言えなかった。
疲れた様子のヨーナムは、俺達に気付いていないのか、北の空を見つめ、一心に祈りを捧げている様に見えた。
「お祈りの邪魔しちゃ悪いわよね?」
「そうだな、噴水はまた今度にしようか」
そんな事をヒソヒソと話していると、ヨーナムに気付かれてしまった。
丁寧に頭を下げて来るヨーナムを、無視するわけにもいかず、レンを連れ噴水に近付いた。
「こんにちは。お祈りですか?」
ニコニコと話しかける番に、ヨーナムは眩しそうに眼を細めた。
「愛し子様と大公閣下にご挨拶申し上げます。ウジュカ大公の補佐官、ヨーナムと申します。愛し子様には、ご回復の由おめでとうございます」
「ご丁寧にありがとうございます。シトウです。それでこんな場所でお祈りですか?」
「はは・・・お恥ずかしい処をお見せいたしましたな。我がウジュカには、アウラ神とクレイオス様への信仰とは別に、龍神信仰がございましてな。アウラ神と龍神に祈りを捧げるには、水辺が良いとされておるのです」
「龍神・・・って、にょろにょろの空を飛ぶ?」
「にょ? わはは・・! 確かににょろにょろですな! 愛し子様は流石に博識でいらっしゃる」
博識も何も、俺達は、本物とご対面済みなのだがな?
こんなところで立ち話も何だと。
レンはヨーナムを近くの東屋に誘った。
俺が少し離れた場所に居た護衛に合図を送ると、それほど間を置かず、茶が一式運ばれて来た。
茶菓子は、レンの袂の中に残っていた異界の菓子で、ドライフルーツがぎっしり詰まった、うすいパイの様な菓子だった。
「さあ、遠慮なく食べてくださいね。それとお茶もしっかり飲んで。あんなところにずっと立っていたら、熱中症になって、脱水症状を起こしちゃいますよ?」
見知らぬ相手を急に茶に誘うのは、レンにしては珍しい、と思っていたが、高齢なヨーナムの身体を気遣っての事だった様だ。
「ヨーナム。先日は申し訳なかった」
「いえいえ。お気遣いなく。愛し子様がお元気になられてようございました」
「しかし話も途中のままだった、差し支えなければ、ここで続きを聞かせて貰ってもいいか?」
「私めは構いませんが・・・」
ヨーナムは気遣わし気にレンへと視線を向けた。
「私の事なら大丈夫です。まだリハビリ中ですけど、結構元気なのです」
「りはびり? はぁ・・・左様ですか」
ニコニコと微笑み合うレンとヨーナムは、パッと見祖父と孫の様に見えなくもない。
茶菓子と香りの良い茶のお陰で、和やかな雰囲気で始まった茶会だが、ヨーナムの語るウジュカの窮状は、茶の味を渋くするには充分な内容だった。
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