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愛し子と樹海の王

閣下の憂鬱

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 俺にとっての優先すべきもの、それは1から10まで番が全てだ。

 レンに出会う前の俺は、果たすべき義務を熟していくだけの、からくり人形の様なものだった。

 それがレンという番を得て、全てが変わった。

 全てがどんよりと、灰色に覆われていた世界は色付き眩く輝き、番の甘い香りに酔いしれ、あたたかな肌の温もりが、孤独を忘れさせてくれた。

 多くの命を奪い、鬼よ悪魔よ。と言われ続けた俺が、愛し子という至高の存在の番として、この世の誰よりも幸せな時を過ごせるようになったのだ。

 レンの国の言葉で、”禍福はあざなえる縄の如し” という言葉が有るそうだ。

 幸も不幸も、より合わせた縄の様に交互にやって来る。そういう意味の言葉だそうだ。

 その言葉を教えられた時、俺は全ての事が腑に落ちたような気がした。

 若い時分の、絶望と鮮血に塗れた日々は、ただ只管にレンという至高の存在を得るための犠牲だったのだと。

 だが、番を得てからも、より合わせた縄は切れることが無く、信じられないほどの幸福感と、番を失うかもしれない。という恐怖を交互に味う事になった。

 番と共に過ごす日々は、極上の蜜のように甘く、番の一挙手一投足が光り輝き、言葉の一つ一つが天上の楽の音のようだ。

 しかし、俺の番は、強固な城の奥深くでじっとして、誰かに護られている様な人ではなかった。

 正義感も責任感も強く。
 慈愛に満ち、助けを求める人々の為なら、身を削る事さえ厭わない。

 行動力に満ちた俺の番は、伝説のオリハルコンで造った籠に閉じ込めたとしても、助けを求める声を聞いたなら、籠を破り飛んで行ってしまうだろう。

 そして今回の様に命の危険に晒されても、元気を取り戻したら、ケロッとして、自ら危険に飛び込んで行ってしまう。

 そしてその度に俺は、自分の無力感に苛まれながらも、番を止める事など出来ないのだ。

 眠り続ける、番の傍に寄り添って居たいと願いながら、こうして身勝手な連中の、陳情を黙って聞いてやって居るのは、レンが無責任な行動を嫌うから。

 番が目覚めた時に、頑張ったね、と褒めてもらいたい。

 只々、その一心で義務を果たしているに過ぎないのだ。

「其方の言い分は分かった。それで其方は帝国の為に、何を差し出してくれるのだ?」

「は?」

「ゴトフリー王家の考えは知らんが、帝国では貴族にはそれなりの義務が課されている。税を治める事、領地の管理は無論だが、それ以上に国を潤し、民を幸福に導く才能と努力、それらが貴族を貴族たらしめている理由であり義務だ。贅を尽くし富を享受できるのは、この義務を果たした者のみ」

「崇高な理念ですな」

 胡散臭く薄っぺらい笑みと、小馬鹿にした態度は、俺が獣人だからなのだろう。一般的な俺の肩書は、騎士団の団長が先に来る。

 俺が皇族で、皇兄であることは忘れられがちだ。

 覚えていたとして、他国の貴族にとって継承権のない皇族など、取るに足らん存在なのかもしれんな。

「・・・理念は国の礎だ。掲げる理念が崇高であるほど、国は繫栄するものだ。だがなこの理念は、どの国でも取り入れている最低限。基本中の基本。それさえも理解出来なければ、その者は既に貴族の資格が無いものと考えられるな」

「さ・・・左様でございますな」

「という事で。其方の望む援助を出した場合。その恩恵は誰が受ける?帝国にはどのような利益が有るのだ?」

「それは・・・その」

「なんの為、誰の為かも分からん。そこから得る利益が如何程のものかも分からん、では話にならん。単なる支援事業だとすれば、誰に対する支援だ。其方に助力した場合、どんな見返りを、帝国に差し出してくれる?」

「はは・・・?」

「金を出して欲しいなら。金を出しても良いと思える材料を持ってこい。己の失策の尻拭いを帝国に求めるな」

「チッ。獣人風情が偉そうに」

 俺達に聞こえぬように、小声で呟いたのだろうが、生憎俺達は獣人で大変耳が良い。

 皇兄に対する不敬を問える材料を、自ら差し出すとは、無能もそれなりに役に立つ様だ。

「今のを聞いたな?この者は帝国のやり方が不満だそうだ」

「はい?」

 今更慌てふためいてももう遅い。
 こいつらは何時になったら、ゴトフリーが失われたのだと理解するのか。

「そのようですね。如何いたしますか?」

「そうだな。この忙しい時に、反意の疑いの有る者にうろつかれては堪らん。この者に相応しい場所へ案内した上で、この者の意見を、詳しく聞いてやるべきだと思うのだが?」

「そうですね。聞き取りはロロシュに頼みましょうか?」

「あの閣下!何か誤解があるようです!!」

「ふむ。なにが誤解なのか、担当者が詳しく聞いてくれるだろう。連れて行け」

 マークの目くばせに、壁際に立っていた騎士が2名、怯える何とかいう伯爵を引きずり外に出て行った。
 
 レンに褒めて貰う為でも、こんな奴らの相手ばかりでは、いささか胃もたれが強すぎる。

「あと何人だ?」

「あと3名です。その内の1人は、ウジュカのからの使者ですね」

「そうか・・・・」

 この国の貴族は狡賢いが、帝国貴族の様な狡猾さはない。
 今更ながらだが、海千山千の狡猾な帝国貴族達と、単身渡り合ってきた、ウィリアムの偉大さが身に染みる。

 ウィリアムが生きていたら・・・・。

 そんな考えが、頭をよぎる度、口では偉そうな事を言いながら、俺は心を病んだ同い年の兄に、守られて来たのだ、と実感するのだ。

 残り3人。
 そのうち2人の、身勝手な陳情に耳を傾ける振りをしながら、俺は最後の1人、ウジュカの使者が持参した、ウジュカ大公の手紙について考えていた。

 帝国に限って言えば、レンの浄化の効果で、魔物はその数が激減している。
 その恩恵で、多少魔物が増えたとしても、帝国内の討伐であれば、ゴトフリー制圧に参加していない騎士団の残存兵力でも充分賄えるだろう。

 タランの軍備は、帝国に匹敵する勢力を有している。
 今回の魔物の急増も、あの国の軍事力ならば、問題ないだろう。
 帝国としては、タランの軍備を削る事が出来るなら、魔物被害も行幸と言える程だ。

 そして、そんなタラン王国を相手に、これまで帝国に被害が出ずに済んでいるのは、一重にシエルの父、アーべライン侯爵の采配と、その武勇のお陰だともいえる。

 そう考えると、セルゲイの婿入りはアーべライン侯爵からすれば、儲けものかも知れんな。

 そして問題のウジュカだ。

 ウジュカは、ゴトフリーの様な貧弱な軍を当てにして、同盟を結ばなければならなかった程、軍備が脆弱だ。

 ウジュカ大公の手紙に記されていた被害が事実なら、大規模な援軍を組織する必要がある。
 
 手紙には、大公の苦悩が切々と綴られていたが、援軍の派遣にはアーノルドと、ロイド様の裁可が必要だ。

 国同士の外交が絡む以上、情だけで動くことは出来ないし、ましてや俺の一存で騎士を動かせば、何処かのアホ貴族が、反意有りと騒ぎ出す可能性さえある。

 今のウジュカに、無理をして助ける程の、旨味も義理も帝国には無い。

 切り捨てるか、救いの手を差し伸べるか、アーノルドなら最良の判断を下すと俺は信じる。

 しかしウジュカ公国は、これまで魔物の被害を受けつつ、どうやって国民と、国の体面を護って来たのだろうか?
 いや、護れていなかったか。
 護る為に、王子を人質に取られたのだったな。
 大公も、頼るならゴトフリーではなく、帝国を頼るべきだった。
 そうすれば、年端も行かぬ王子を、生け贄よろしく他国に差し出し、無駄に傷つける事も無かったのだ。

 ギデオン帝への恨みがそうさせたのかもしれんが、大公は判断を誤ったとしか言えんな。

 ギデオン帝の侵略から、公国を護り切った・・・と言えば聞こえは良いが、どれ程爪痕が深くとも、未だに国を立て直すことが叶わぬとは、大公がよほどの暗愚か、邪魔する者が居たか・・・。

 そのての妨害なら、ヴァラクのやりそうななことだ。
 いつまで経っても、ヴァラクの影から抜け出せん。
 謀略の裏には、必ずヴァラクがいる。
 この世から消え失せた者が、残した負の遺産がこうも多いとは・・・。

 奴の影を感じる度、レンが巻き込まれる予感で憂鬱になる。

 大公殿下の使者殿は、俺に何を語るのか。
 
 どう考えても、明るい話ではないだろうが、少しでも有益であって欲しいものだ。
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