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愛し子と樹海の王

目覚めぬ君を想う

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 side・アレク


「おいッ!! レンはいつ目を覚ますのだっ!!」

『じきだ』

「そう言い続けて何日経ったと思っている!魔法契約は結び直した。レンの腕に刻まれた茨の紋も消え、呪いは解かれた。なのに何故レンは目覚めない!」

『だから。直に目を覚ますと言っているだろうが。大人しく待っておれ!!』

「しかしだな!」

『其方の言いたいことはよ~く分かる。分かるが、アウラがレンを離さんのだから、仕方が有るまいっ!!』

「だが、食事もとらず眠ったままでは衰弱してしまう。早くレンを返すよう、アウラに言ってくれ!」

 部屋から出て行こうとする、クレイオスの肩を掴んで引き戻すと、クレイオスは、拗ねた子供の様に口を尖らせた。

『我とて、早く戻す様に言って居るのだ!しかしな、アウラはレンとの時間を楽しんでいる。我にその邪魔をしろと? 今我は、アウラから叱られ通しでな。あれこれ言い付けられて、忙しい。アウラに言い付けられたノルマを熟さなければ、余計に怒られてしまうのだっ!!』

「知るかッ!! あんたの事情などどうでも良い。レンの事が、心配じゃないのか?!」

『レンが居るのはアウラの庭だぞ、何を心配する必要がある。とにかく我に言われても、無理なものは無理だ! アウラが満足して庭から戻されるのを待て』

 そう言捨てると、クレイオスは近くの窓から、逃げる様に飛んで行ってしまった。

 ドラゴニュートの住処から王城に戻ってすぐに、これまで捉えて来た幻獣が全て逃げた。と言ってクレイオスはカルを連れ、どこかへ出かけてしまった。

 その後、待てど暮らせど、レンが目覚める事はなく、ジリジリしながらクレイオスの帰りを待ち、説明を求めると、アウラがレンと離れたがらないという。

 何と勝手な。

 憤りを覚えるが、神のすることに、人である俺がどうこう出来るものでは無く。頼みの綱のクレイオスは、アウラの機嫌を取るのに必死で、全く役に立たない。

 クレイオスは幻獣狩りの合間に、レンの様子を見に戻って来ては、短い滞在時間の後、直ぐに出かけてしまう。

 それは、カルやクオン、ノワールを連れていく事もあれば、単独の事もある。

 その間、レンは一度も目を覚ましていないが、救いは呪いを掛けられていた時とは違い、顔色も良く、只々ぐっすりと眠っている様に見える事だけだ。


 レンが呪いを受け倒れてから、既に一週間もの時間が過ぎた。

 その間俺の番は、一切の食事をとっていない。
 柔らかく小さな唇に、蜂蜜水を含ませてやるのがやっとだ。

 眠り続ける番が心配で、クレイオスの顔を見る度に、レンを戻せと訴えているが、『食事はアウラと摂っているから問題ない』と言われて、放置されている。

 レンの魂は、呪いを受けた事で、アウラの庭に避難させたと聞いている。

 この世で神の庭より、安全な場所は無いだろう。
 だが、連れていかれたのは魂だけだ。
 其れなら、地上に残されたレンの身体はどうなる?

 神の庭で、魂がアウラと共に食事を摂っているからと言って、体は衰弱してしまうのではないか?
 それに魂と体が、長い時間離れていると、繋がりが弱くなり、戻れなくなると言ったのはクレイオスだ。

 このまま、アウラがレンの魂を返してくれなければ、レンはどうなってしまうのだ?

 俺は毎朝、身じろぎ一つしない番を抱き締めたまま、朝い眠りから目覚め、硬く閉ざされた瞼が開かれるのを願いながら、小さな顔や手足を清拭し、くたりと力の抜けた体を着替えさせる。

 早く起きて。
 番の笑った顔が見たい。
 黒曜石の瞳に、星の様に輝く銀の虹彩が見たい。
 その瞳に俺を映してほしい。
 アウラよ、頼むからレンを返してくれ。
 お願いだ。

 艶やかな黒髪をブラシで梳かし整え、その一房に口付けを落として、滲む涙を堪える日々を送っている。

 レンが倒れた後、急遽呼び寄せたセルジュに後を頼み。
 指令室として利用している広間に顔を出すと、集まっている騎士達から、期待の籠った視線が集まるが、俺が首を横に振ると、室内に落胆の溜息が降り積もる。

 それがここ数日の朝のルーティーンになりつつある。
 その事が、余計に気持ちを落ち込ませる原因でもあるのだ。

「閣下。レン様のご様子は?」

「眠ったままだ。クレイオスにはアウラが飽きるまで待て、と言われて逃げられた」

「そうですか」

 レンが倒れた直後のマークは、悲壮感を漂わせていたが、呪いが解けた事で、少しだけ持ち直したように見えた。

 だが、レンが目覚めぬ日々が続き、マークも憔悴しているのが分かる。

 それでもマークには、エーグルとロロシュが居る。
 2人がマークの力になっている事が、せめてもの救いだ。

「クレイオス様は、大丈夫だと仰いますが、お食事も摂られず、本当に大丈夫なのでしょうか」

「俺もそれをクレイオスに聞いたのだが、アウラの元で食事を摂っているから問題ない、の一点張りだ」

「どういう原理なのでしょうか? ちょっと理解できません」

「俺も同じだ。しかし、目覚めぬだけで、レンの顔色はいいし、衰弱している様にも見えない。だからと言って安心出来るものでは無いのだが・・・・」

「閣下・・・心中お察しします」

「それはお互い様だ。これまで、何度もクレイオスには話しているのだが、俺達とドラゴンや神との感覚の差は、どうしても埋まらんな」

「まことに・・・」

 2人でしんみりしていると、主だった将校や、モーガン等団長達が集まって来た。

 マークと同じ質問をしてくる皆に、同じ様に答え、同じような落胆を見た。

「前にちびっ子が神様の庭に呼ばれた後。”お茶が美味しかったぁ” とか。 ”~って菓子を出してもらったぁ” とか。言ってたよなぁ。案外オレ達が思ってるより、良いもん食わせてもらってるかも知れねぇよ?」

「お土産にもらった、ってお菓子は美味かったっすよね?」

「あれは、美味かった」

「あぁ。タマスの洞窟のあれか?異界の菓子」

「それそれ。モーガン団長も覚えてたんすね?」

「ああ。初めて食す物ばかりで、どれも美味かったな。あれは一生忘れられん」

 シッチンとモーガンは、あの時の味を思い出しているのか、腕を組んで宙を見つめている。

「んで、オレは思う訳よ。土産で持たせられるくらいなら、あっちで食ったもんが、普通にちびっ子の栄養になってても、おかしくはねぇってな?」

「だと良いのですが・・・お目覚めにならない、と言うのはやはり」

 暗い顔を見せるマークの頭を、エーグルが撫でた。
 それをロロシュが目を眇めて見ているが、嫉妬するくらいなら最初から自分でしてやれば良いのだ。
 少しはエーグルを見習え、と言ってやろうか。

「その話は後だ。今は魔物の討伐が先だ。目覚めた時、魔物だらけでは、レンが落ち着けんだろう」

 それもそうだ、と皆が頷き。討伐の予定を組んでいく。

 レン。皆が心配しているぞ。
 君は優しいから、弱ったアウラを放って置けないのかも知れない。
 だが、ここに居る皆が君の目覚めを待っている。
 アウラなど放って置いて、早く俺の元に戻って来てくれ。

 レンが倒れてから念話も、途切れたままだ。
俺の心の声は、番に届いていないのだろうか。

 ドラゴニュートの住処から戻った俺達は、次々に届く、魔物の被害に驚かされる事となった。

 お陰でこの司令室に、引っ切り無しに舞い込んでくるダンプティーの鳴き声で、ゴアゴア、ガーガーと、喧しいことこの上ない。

 魔物被害の増加は、ゴトフリーに限った事では無く。

 皇都に居るミュラー。第5のランバート。隣国のタランやウジュカからも報告が届いている。

 ウジュカに至っては、大規模な援軍をアーノルドと俺に願い出る程、甚大な被害が出ているらしい。

 世界中で、魔物の活性化と増加が同時に起こっているのだ。

 その原因について、クレイオスとカルは何か知っているようだが、言を左右に知らない振りを決め込んでいた。

 言えないのか、言いたくないのかは分からんが、ヴァラクが関係していれば、黙って居る事はないだろう。

 だとすれば、これには誰かの作為あっての事ではなさそうだ。

 だからどうした。と言われて仕舞えばそれまでなのだがな。
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