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愛し子と樹海の王

交渉

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 俺は皇帝でもなく、彼らに自治権を与える裁量も、クレイオスやヨナスの様な、空間を操作する力も持ち合わせてはいない。

 今の俺に提示できる条件は、一つだけだ。

「俺は帝国の大公でもある。大公領に其方達の住処を用意する。というのは如何か」

 これにイプシロンは、良い顔をしなかった。

「大公領というのは、ここから離れた場所にあるのだろう?もう会う事は叶わんが、出来ればヨナスの墓所のあるこの地で、暮らしたいのだが」

「しかし、俺は臨時でこの地を任されているに過ぎない。そう遠くない内にここを離れ、別の者がこの地を治める事に成る。その時どこまで其方達に、便宜を図れるか・・・皇帝の意を確かめねばならん」

「刻が掛かる、と云う事だな?」

「そうだ。だが我等には刻が無い。俺の番は、呪いによって、あと数日で命を奪われてしまうのだ。必ず其方達の意に沿うよう、条件を整える。だから先にヨナスとの契約の解除だけでも頼めないか。頼む!」

 頭を下げた俺には、相手の顔は見えないが、困惑していることは伝わって来る。

 闇雲に、情に訴える様な真似はしたくなかった。

 だが、クレイオスの様な力も、皇帝の権限も無い俺には、彼らを満足させられる条件を、今すぐに提示することが出来ないのだ。

「困りましたな。貴方の番を助けたい気持ちは理解できる。しかしその条件では、私は良くとも、同朋を納得させることは出来ない」

 どうする?
 他に何かないか?
 いっその事、ゴトフリーを全て彼らに譲ってしまうか?そもそも、この地は領地として運営しても、採算の合わない場所だ。

 レンの命と引き換えと言えば、アーノルドも首を縦に振るのではないか?

 いや駄目だ。そんな虫のいい話が、通る訳がない。

 何かないのか?
 俺はどうしたらいい?!

『何を難しく考え込んでおるのだ。何も今直ぐに、本契約を結ぶ必要はあるまい?先にヨナスとの契約を解除してもらう条件として、其方の存命中に、彼らの願いを叶える。という仮契約を結べばよかろう』

「クレイオス・・・しかし、それでは俺達に都合が良すぎるだろう?彼らの都合も考えないと」

『何を悠長な!其方レンを助けたくないのか?!』

「なんだと!?俺がレンの命を軽く見ているとでも言うのか!? いくらあんたが創世のドラゴンだからって、言っていい事と悪い事があるだろう?!」

 睨み合う俺とクレイオスの間に入ったのは、カルだった。

『はいは~い、そこまで。レンが心配なのは皆同じでしょう?二人が喧嘩してどうするの。アレクはちょっと落ち着いて。クレイオスは言い方に気を付けようね』

 俺とクレイオスを引き離したカルは、イプシロンに胡散臭い笑みを向け、謝り始めた。

『すいませんねぇ。うちの連中は愛し子の事になると、す~ぐ熱くなっちゃうんですよ~』

「ははは・・・その愛し子の方は、皆さんから愛されて居るのですな」

『えぇ。そりゃもう。・・・・何せ愛し子に。という理由だけで、国を一つ滅ぼすくらいですからね?呪いが解けなかったら、どうなるか・・・怖いですよねぇ?』

 底冷えのする笑顔のカルに、話しを聞いていた他のドラゴニュート達が慄いて、息を詰めた。この中で一番怖い存在は、笑顔を浮かべたカルなのかも知れない。

「そ・・・・それは・・・恐ろしい・・・」

『そこで私からの提案なのだけど、さっきクレイオスが言っていた条件。吞んでくれますよね?」

 な・・・なんと人の悪い。
 一万年も引きこもっていた、ドラゴンの交渉術とは思えない。

 ドラゴニュートに通じるのかは不明だが。
 この美貌でこの圧力。
 逆らえたら奇跡だ。

「・・・・」

『ふふ・・。只とは言わない。クレイオスなら、この空間をもう少し、楽しい場所に創り替える事も出来るし、私がヨナスの墓所への道を創ってあげてもいい。ここの居心地が良くなったら、他に移る必要も無いよね?』

「で・・・・ですが・・・」

『まだ足りんか? それなら希望者を、我の神殿に仕えさせてやろう。あの森は禁足地故、神殿から出て、魔獣狩りと散策も楽しめるぞ?』

「ムムム・・・・」

「・・・・なぁ。あんた等退屈してたんじゃねぇか?」

「退屈?・・・まぁ確かに」

 此処でロロシュが身を屈め、イプシロンに耳打ちをする。

「ここだけの話なんだけどよ。あのクロムウェルってぇ雄はな、人類最強って言われてんだよ。あのドラゴンのカエルレオスと、互角に遣り合えるんだぜ?」

 イプシロンの、値踏みするような視線が痛い。
 だがここで負けてはいけない気がする。
 平常心を保たなければ。

「ほう?」

「クレイオスの旦那は、強すぎて話になんねぇけど、他の連中も強いぜ?」

「・・・・・」

「あんた等も、娯楽は必要だよな?」

「貴方は、如何なのだ?」

「オレ? やめてくれよ。オレはこっち専門」

 ロロシュはニヤリと笑い、こめかみを指で突いた。

「ちょっと、考えてみてくれや」

「う・・うむ・・・では・・休む場所を用意させる。同胞と相談する間、そこで待つように」

「何度も言うが、俺達には時間がない。返事は早くしてくれ」

 念押しする俺に、威厳を損なわない最低限を守りつつ、イプシロンはカルをチラチラ見ながら、頷き返した。

 集落の集会所に案内され、ドラゴニュート達の目から解放された俺達は、深い溜息と共に、身を投げる様に椅子に沈み込んだ。

「閣下よ~。何、誠実に頼み込んでんだよ。足元見られたらどうすんだ?あんた普段は、もっと腹黒いじゃねぇか?」

「面目ない」

 確かにらしくなかった。
 レンが倒れて以降、番の事で頭がいっぱいで、まともな思考が出来ていなかった気がする。

 いや、これも魔素水の影響か?
 
「ですが閣下の誠実さが有ったからこそ、カルの静かな恫喝が、より効果的になったと思いますよ?」

「そうだな。脅しから入ったら、警戒され、話を聞いて貰えなかった可能性が高い」

『なんだ。我の事は、誰も褒めてくれんのか?』

「いや~。旦那の条件もよかったぜ?イプシロンもぐらぐら揺れてたよな? な?」

『ふん。わざとらしい』

『だから、素が出てるよ? いいの?』

『レンさえ助けられるなら、もう、なんでもいいわ!』

「何と言うか・・・実はクレイオス様も、レン様が心配で、てんぱっていたと・・・」

「しかしな。あそこで戦闘を誘う必要が有ったのか?」

「分かってねぇなぁ。どう見たって、あいつら脳筋だろう? 第4と同じ。強え~奴の言う事は、無条件で聞く様になってんだよ」

「なるほどぉ。単に面白がっていた訳じゃないんだな」

「おい。イスメラルダ・エーグルよ。俺の事なんだと思ってんだよ」

「ちょっと捻た兄さんか?」

「こ~んな。可愛くねぇ弟なんて、いらねぇよ!」

 やいやい言い合っている二人を、マークが目を細めて見守っている。

 うん。中々いい感じじゃないか。
 
 少々喧しいが、魔素水の効果が切れたら、少しは大人しくなるだろう。

 その後イプシロンが、俺達の元を訪ねて来たのは、夕食の準備を始めた頃だった。

 閉じた空間に、昼夜の変化を付けるのは、それなりに高等技術が必要らしい。

 ミーネも時間経過の変化が有ったが、彼方の変化の方がより自然だ、とクレイオスが自慢げに力説していた。

 今までは気取って我慢していた分、素のクレイオスは、子供っぽい部分が強調されている気がする。

「良い香りがしますね」

 開口一番、集会所に入って来たイプシロンは、鼻をヒクつかせていた。

 それはそうだろう。
 この携帯食は、レンが考案してくれた、干し飯とミソ玉を使ったリゾットだ。
 香りだけじゃない、味の方も携帯食とは思えぬほどの美味さだ。

「それで?」

「あ?あぁ。話し合った結果。貴方達の条件を吞むことにした」

「契約を解除してくれるのだな?」

 良かった。
 これでレンを救うことが出来る。

「ただし、条件が一つ」

 条件か・・・予想は出来るが、一応聞いてみるか。

「条件とは?」

「明日。貴方達全員との立ち合いを希望する」

「全員? クレイオスもか? 創世のドラゴンだぞ? いいのか?」

「当然だ。強者への挑戦の機会を逃すほど、我等も平和ボケはしていない積りだ。それに我等の創世の神はヨナスだ。貴方達の様に遠慮する必要も無い」

「成る程」

「では、明日の朝迎えを寄越す」

 イプシロンが去った後、盛大な溜息を零したのはロロシュだった。

「くっそー!オレもかよ~」

「煽ったのはお前だからな。責任はとれ」

「そうだけどよ~。オレ死ぬんじゃね?」

「ヨナスはリザードマンに、獣人を傷つけてはならない。と制約を刻んでいる。死ぬことは無いから安心しろ」

「それって、死なない程度に、やられるって事だろ? マジかぁ」

 脳筋の怖さを理解してなかったのか?
 知った風な口を利いても、ロロシュもまだまだだな。


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