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愛し子と樹海の王

ドラゴニュート・2

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 槍を手に悠然と俺達の前に姿を現したドラゴニュート達は、総勢7名。

 その姿は正に異形。

 二本の長い角と刺々しい頭。
 背は高くないが、細かな鱗に覆われた筋骨隆々とした体は、丈の短いチュニックの上から、胸部を守る板金鎧を身に着けている。
 そして背中には薄い皮膜の翼が一対。

 人とトカゲとドラゴンに合いの子、と言ったカルの言葉は本当だった。

 住処へ侵入した不審者に、戦闘態勢で近づいて来たドラゴニュート達は、クレイオスとカルの姿を目に留めた。
 すると直ぐに二人がドラゴンだ、と認識したのか、その場で固まってしまった。

 地面に座り込んでいた俺は、震える膝を叱咤し立ち上がり、ドラゴン2人に釘付けになって居る、ドラゴニュートと対峙した。

「俺はクレイオス帝国、第二騎士団、団長アレクサンドル・クレイオスだ。封印と、ヨナスとの契約について、話しをしに来た。ここの長の所へ案内を頼みたい」

「帝国?」

「聞いたことあるか?」

「いや、無い。こいつ等は侵入者だ。嘘をついている」

「しかし、ドラゴンが」

 ザワザワと話し合うドラゴニュート達。
 俺達には時間が無い。
 呪いがレンの命を奪うまで、あと4日しかない。
 
 それに、暴走寸前の魔力を抑え込んだばかりで、立っているのも辛い。

 さっさと、長の元へ案内してもらいたい。

「ヨナスがこの空間を創ってから、何万年もの刻が経っている、と理解しているか?ヨナスがこの世を去ってから、1万年は過ぎている。エストはゴトフリーと名を変え、ラジートが興した王国は、今はクレイオス帝国となった」

「ヨナス!」

「ヨナスが死んだ?」

「嘘を吐くな!魔族の血を引いたヨナスが、死ぬものか!?」

 気色ばみ、突き付けられた槍の穂先を俺は掴んだ。

「ヨナスは混血だった。純潔の魔族程、長命ではない」

 槍の先を掴まれたドラゴニュートは、構えた槍を押すことも引く事も出来ず、ぶるぶると腕が震えている。

 ここに居る全員が、ヨナスを見知っている様子だ。

 空間を閉じると、時間の流れが変わるのか、ヨナスの血から生み出された生物だからなのか、ドラゴニュートも、かなりの長命なようだ。

「契約はどうなった!?」

「お前達とヨナスが交わした、契約の内容を知る者は、もう何処にもいない」

 槍を構えた力が緩み、俺は穂先を放した。

「少し待て」

 そう言って、俺達から距離を取った7人のドラゴニュート達は、額を寄せ合わせ話し合いを始めた。

”どうする?”
”嘘じゃないか?”
”だが、ドラゴンが・・・”
”獣人だしな、信用できるか?” 

と中々意見が揃わない様だ。

「お前達とヨナスの契約の所為で、我々は大変な迷惑をこうむっている。此方は大切な人の命が掛かっていて、時間も無い。我々に敵意はないが、決定権のある者の所へ案内しないと言うなら、力尽くで押し通るまでだ」

 とクレイオスとカルに目を向けると、ドラゴニュート達は身を竦ませ、更に額を寄せ合った。

 ヒソヒソ、コソコソとした話し合いの結果、自分達では判断できない。という結論に達したらしく、判断を仰ぐためにも、長の元へ案内するとの事だった。

「いいか?おかしな真似はするなよ?」

 おかしな真似も何も、クレイオスとカルがその気になれば、この空間ごとぺしゃんこにされてしまうのだが・・・。

「分かった。案内を頼む」

 前に2人、左右に1人ずつ、後ろに3人。
 ドラゴニュート達に囲まれる形で、暫く進んで行くと、大きな藪を回り込んだ処で突然森が途切れた。

 そこは明るく開けた広場を中心に、素朴な木製の家が立ち並ぶ、小さな集落だった。

 集落に入ると、住人たちがわらわらと集まって来た。

 その様子は、好奇心5、警戒心4、敵愾心が1と言った処か。

 何万年か振りに目にする獣人と、初めて目にするドラゴンだ。好奇心と警戒心が半々な事は理解できる。しかしこの隠そうともしない、敵意の理由が分からない。

 あからさまな敵意を向けられて、俺達にその主が分からぬ訳がない。

 全員がほぼ同時に、敵意の方へ目を向けると、敵意の主は視線をフイ、と逸らしてしまった。
 
 剥き出しの敵意を向けてきた御仁は、存外気弱らしい。

 そう思うと、レンが前に言っていたことを思い出し、思わず笑ってしまった。

「なんだよ。随分余裕じゃねぇか」

「なに、前にレンが言った言葉を思い出してな?」

「ちびっ子が? なんて言ったんだ?」

「ああいう手合いを ”隠しきれない小物感” と笑って放置していた」

「小物? 良いなそれ。今度オレも使わせてもらおう」

 クツクツと笑いを零すロロシュに、案内役の一人が怪訝そうな視線を向けているが、過度な敵意は感じない。

 それどころか、上機嫌であれこれ質問を投げかけるロロシュに、たじたじとして居る様は、物慣れない青年の様にすら見える。

 此処のドラゴニュート達は、皆ヨナスの手で同じように創られ、同じように戦場を経験し、同じ場所で同じ時を過ごして来た。

 にも関わらず個体差が出る、というのは不思議なものだ。

 それにロロシュの、このテンションの高さは、レンの時と同じで、魔素水による急激な魔力の向上に伴う、高揚感の所為だろう。

 そうでなければ、ついさっきまで、死にそうな声で呻いていた奴と、同一人物とは思えない程元気だ。

 その落差に少し呆れもするが、漸く姿を現した集落の長に、これからどんな無理難題を押し付けられるか分からない。

 行動を共にする一員が、半病人の様な有様より、元気でいてくれた方が何倍も心強い。

 挨拶もそこそこに、長の家に案内された俺達は、改めて互いに名乗り合った。

 長の名はイプシロン。
 ヨナスにより初めて創り出された、リザードマンであり、戦場ではリザードマン達を束ねる隊長だったらしい。

 創世記から現在に至るまで、仲間を束ねて来ただけの事はあり、イプシロンは落ち着いた思慮深い人物の様だ。

 そこで俺は、契約の主のヨナスと、封印を破ろうとしたヴァラクは、既に現世を離れ、瘴気を浄化しに来た愛し子が、運悪く魔法契約の呪いを受けてしまった事を説明した。

「それで、愛し子というのは、其方達がこの地に封印された後、アウラ神が呼び寄せる様になった、異界の人物を指す。今代の愛し子は、ヴァラクにより数を増した、魔物や瘴気を浄化する使命を負っている、帝国の至宝だ。なにより彼の人は、俺の番なのだ」

 成る程。と頷いたイプシロンは、今は亡きヨナスとヘリオドスを忍び、“もう一度会いたかった”と悲しげに呟いた。

 そして “ここに来てから、まだ4、500年しか経っていないと思っていた” と外の世界との時の流れの違いに、戸惑いを見せた。

「イプシロン。俺達に刻は無い。今こうしている間も、俺の番はヨナスとの契約の所為で、呪いに侵され続けている。俺達に出来る事なら何でもする。ヨナスとの契約を、解除してはくれないだろうか」

 俺に倣いマーク達も、イプシロンに頭を下げた。

「しかし、貴方は我らとヨナスの契約を知らぬ。ヨナスは既に亡く、我等の真の望みが叶う日は、永遠に来ない事は理解した。この地での平穏な暮らしは、我等の願いが叶わぬ場合の代替案でしかない。契約の解除を申し出るなら、貴方はヨナスと同等か、それ以上の条件を示さねばならない」

「まずは、ヨナスとの契約を知らねば、答えようがない」

 これにイプシロンは尤もだと頷き、ヨナスとの契約内容は、複雑な物ではない。

 ただ “外の世界で人々の暮らしを脅かさない代わりに、我らに定住の地を与えると言うものだった” と話した。

「それは、国を寄越せと云う事か?」

「国などと大袈裟なものでは無い。自治とでも言うのか?何者にも強要されず、利用される事も無く。この偽りの命が尽きるまで、ヨナスの側で、静かに暮らせる場所が欲しい。そう願った」

「ここでは駄目なのか?」

「ここは閉じられた偽りの空間だ。偽りの命を持つ我等には、似合いの場ではある。が、ここには何の変化も刺激も無い。何も為せぬまま、ゆるゆると朽ちていくだけ。と云うのは存外苦しいものだ」

“それにヨナスも、もう居ないのだろ?”

 イプシロンの呟きは、悲しげだった。

 こんな時、レンならどうするだろう。
 レンならきっと、俺が考えもしない斬新な手を思い付くはずだ。
 そして、ケロッとした顔で笑うだろう。
 
 嗚呼。
 俺はこんなにも番を頼りにしていたのか。

 レンの助けが無ければ、まともな考え一つ思いつかない、自分の不甲斐なさと、番の存在の大きさを、俺は改めて思い知らされたのだ。
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