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愛し子と樹海の王

良かれと思って

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「ここは・・・」

「森・・・ですね」

「ヴァラクの城が有った所と、随分違うな」

「ミーネの神殿に近いな」

「ああ。あそこも閉じられた場所でしたね。何度も行っていたので、すっかり失念していました」

『我が創った空間は完璧だからの。ヴァラク如きと、同じに見て貰っては困る』

 何を張り合っているのだか。

「それより、こんな森の中でドラゴニュートをどうやって探す?」

『探す必要はない』

 イライラと髪をかき上げる姿は、普段の優雅さとは真逆の、荒々しい雄の姿だ。

「どういう意味だ?レンには時間が無いのだぞ」

『封印を破られそうになった事を、感じ取れる奴らが、我等の侵入に気付かぬと思うか?焦らずとも、奴らの方から顔を出す。それまでは、先程消耗した分の回復に努めろ』

『そうだね。ドラゴニュートは戦闘の為に創られた生物だ。なにが有ってもおかしくない。休めるうちに休んだ方がいい』

『そういう事だ』

『クレイオスもだよ』

『我は別に』

『少し頭を冷やしなよ。思いっきり素が出てるよ』

『グッ・・・・』

『おかしいと思ったんだ。いくら永い事会わなかったからって、、クレイオスが、優雅な所作で、爺さんみたいな話し方なんてね。この4人は、レンに告げ口なんてしないと思うけど。レンに植え付けたイメージを崩したくないなら、頭を冷やせよ』

『ググゥ・・・・』

『悪気はなかったんだろうけど。最初から、素のままで接していれば良かったのに、馬鹿な事をしたね?』

 不機嫌そのもの。
 鼻の上に皺を寄せて、唸り声をあげるクレイオス。
 確かにレンが見たら驚くだろう。

 ”あの” が何を指すのかは知らんが、少なくとも俺達が知るクレイオスとは、別人のようだ。

「まぁなんだ。オレ達は旦那がどんなんでも気にしねぇよ?」

「レン様には、内緒にしておきますので」

「あの方も気にされないと思いますが、引っ込みがつかない事もありますからね」

『うるさいわっ!飯でも食ってさっさと休めッ!!』

 成る程。
 分厚い皮を被ったものだ。
 
 まぁ、大切な伴侶を貶められ、冷静でいられる雄の方が珍しい。悠久を生きるドラゴンであろうと、本性と言うものは、簡単には変わらぬものの様だ。

「お前達、クレイオスを揶揄っていないで、カルの言う通り休んでおけ」

『何故カルなのだ! 最初に休めと言ったのは我であろう!?』

「あんたも、休んだ方が良さそうだから」

 するとクレイオスはクルリと背中を向けて、森の奥へずんずんと歩いて行き、暫くすると、ゴウッと風を巻いて空に飛び立ってしまった。

「・・・・あの旦那がねぇ」

 空を舞うクレイオスを眺めながら、レンがエナジーバーと名付けた携帯食を皆で齧り、何処からともなくカルが出してくれた茶を啜った。

「気恥ずかしかったのでしょうか」

「頭を冷やしに行っただけだろう。アウラを貶められて、相当ご立腹の様だったからな」

『昔からクレイオスは、アウラの事が大好きなんだよね』

「アウラにも、会った事があるのか?」

『昔ね。何度かクレイオスと二人で、訪ねてきたことが有る。クレイオスはずっとデレデレだったよ』

「全く想像できねぇ」

『そう?クレイオスはね。強くて熱いドラゴンなんだ。ヨナスが死んで、魔族の皆が地底に移住した後。一人きりになった私を見兼ねて、何度も一緒に行こう、って誘いに来てくれたんだよ?』

「良い人ではありますよね」

『そうだね。いい奴だと思うよ』

「その良い奴の誘いを、何故断ったのだ?」

 俺の問いにカルは、以前にも見せた意味深な視線を寄越した。

『アウラにね、神託と言うか予言みたいなものを貰ったんだ。私はその時が来るのを、あの場所で待ちたかった。それだけだよ』

 それだけの為に、1万年も一人きりで待ち続けるとは、気の長い事だ。
 俺はせっかちな性格だから、絶対に耐えられん。

「その神託だか予言は、叶ったのか?」

『どうだろう。まだ分からないね』

「叶うと良いな」

『ありがとう。私もそう思う。アレクもレンの呪いが、早く解けると良いね』

「そうだな」

 しんみりした空気が漂い。
 ぼんやりとクレイオスの姿を目で追っていると、突然エーグルが奇妙な声を上げた。

「ほえあ? なんだこれ?!」

「イス?どうしたのです?」

「いや・・・よく分からない。分からないが・・・魔力が・・」

「魔力?」

「うほっ!!」

 今度はロロシュか。

「ロロシュ?」

「・・・・マーク。お前・・・なんともないのか?」

「私? 私はなんとも・・・・あれ?」

 3人が3人とも、何が起こって居るか分からない様子で、自分の手の平を見つめている。

 そして俺も・・・。

 体の中心。
 魔力核の辺りが熱を持ち、自分の意思とは関係なく、体中を魔力が駆け巡り始めた。

 これは・・・まさか!

「カル!またやったなッ?!」

『えっ? 何の事?』

 本気かコイツ?!
 惚けてるだけじゃないのか?

「茶だッ! レンに飲ませた茶を出したな?!」

『そうだけど。えっ? ダメだった? みんな魔力を消耗してたから、丁度いいかと思って』

 丁度いい?
 馬鹿かコイツは?!

「ドラゴニュートが襲ってくるかもしれん時に、魔力暴走を起こしたらどうする気だッ!!」

『あっ・・・ごめん』

「ごめん、で済むかッ!! お前達よく聞け。俺達がさっき飲んだ茶は、魔素水で入れた茶だ。今俺達は、急激な魔力の回復と、増加が同時に起きている。魔力暴走を起こさない様、落ち着いて自分の魔力に集中しろ」

「そう・・・・言われても・・・」

「これ、きっついぜ?」

「とっ兎に角・・・・・・深呼吸を・・・」

「クゥ・・・フーー・・・・フウーーー!!」

 膨大な魔力を持つレンでも、落ち着くまで半日以上掛った。
 俺が落ち着くまで、どれだけ時間が掛かる?

 それ以前に、マーク達は耐えられるのか?

 体の外に漏れ出そうとする魔力を抑え込み、クレイオスから教わった呼吸法を使い、暴れまわる魔力を循環させ、体に馴染ませていく。

 最初の魔力の跳ね上がりの衝撃が治まると、今度は体中が燃える様に熱くなった。

 レンは自分の変化に全く気付いていなかった。俺の番は、これを平然と受け入れたのか?

 レンの魔力核は、どうなっているのだ?

 グゥ・・・クソがッ!
 何時ドラゴニュートが現れるかも知れんのに。
 カルの奴、余計な事を・・・・。

 これだからドラゴンって奴は!

『其方達、何をやって居る』

『クレイオス!回復に丁度いいと思って、魔素水で入れたお茶を出したんだ。そうしたらみんなが苦しみだしちゃって』

『魔素水? お前アホかッ!! アレクサンドル達は獣人だぞ、魔族と一緒にするな!!』

『うぅぅごめん。でもレンはちょっと興奮しただけで、平気だったから』

ゴツンと鈍い音が響き、カルの頭にクレイオスの拳骨が落とされた。

『ドアホッ! アウラと我の子が普通の訳があるかッ!!』

『ごめんてぇ~』

 ・・・・なんだ?
 今の違和感は?
 俺は何に反応した?

 魔素水の所為で、無駄に敏感になって居るだけか?

『ああ!もういい!ドラゴニュートがすぐそこまで来ている!グダグダ言ってないで、皆の魔力の流れを整えろッ!』

『あっうん!分かった!!』

 カルがマークの方へ小走りで向かい、クレイオスの手が俺の核の上に置かれた。

『時間がない。少々荒療治だが堪えろ』

「・・・・前置きはいい・・・さっさとやれ」

『其方の強情な所は、嫌いではない』 

 ニヤリと口の端を引き上げた直後、俺の魔力核にクレイオスの魔力が流れ込んで来た。
 強引に入り込んで来た、他人の異質な魔力に心臓がドクンと強く跳ね返り、激しくなった鼓動が、体の中で太鼓を叩いている様だ。

「グッ!ガ・・・ギギ・・・・」

『あと少しだ。堪えろ』

 暴れまわる魔力を、クレイオスの強力な魔力で経路の流れに、無理やり押し込まれるのは、激痛を伴う苦痛だった。

 何とか魔力の流れを抑え込めた頃、俺は息も絶え絶え。
 茶を飲む前より疲れ切っていた。

 それはマーク達も同様で、地面の上でぐったりと項垂れる一同の前で、カルはオロオロと謝り続けている。

 今更謝られたところで、起こってしまった事は仕方がない。

 お陰で魔力量が跳ね上がった事は事実だ。
 何事も無い時ならば、普通に感謝される行為でもある。

 タイミングが悪かった、唯それだけの事。

 そして、その最悪なタイミングで、槍を構えたドラゴニュートの姿を見た時、悪い事と言うものは、とかく重なるものなのだと、実感させられたのだった。
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