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愛し子と樹海の王

クレイオスの素顔とは

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 結界を開き瘴気だまりに向かって、俺は歩みを進めた。
 しかし、瘴気だまりから湧き出した無数の魔物たちは、俺達に構うことなく、四方を囲んでいる、セルゲイが率いる、配下に向かって突っ込んで行った。

 魔物の群れは、川の水が岩の前で流れを変える様に、俺達の前で向きを変えていく。

「凄いな。勝手に道が出来た」

「流石にドラゴンが二人も居ると、魔物も襲ってきませんね」

「閣下の顔が、怖すぎるからじゃねぇのか?」

「ロロシュは、閣下の寛大さに感謝した方がいい」

「なんだよ」

「ゴトフリーだったら、今頃こうだぞ」

 エーグルが何かをして見せる気配がしたが、生憎俺は前を見ていて、何をしたのかは見られなかった。

 しかし、口達者なロロシュを一瞬で黙らせたのだから、大したものだと思う。

 瘴気溜まりに近付くにつれ、流れ出した瘴気が足元に絡まりついて来る。

 胸のアミュレットがパチパチと、光を零し始めた。前回割れてしまったアミュレットの魔晶石は、レンが用意してくれていた予備の物に交換してある。

 だが、いつもは番の手で留められるアミュレットを、自分の手で留める事に、寂しさを感じた。

 番を想い、握りしめたアミュレットから、流れて来る暖かな番の魔力に、細やかな慰めを感じて、泣きそうになった。

 必ず助ける。
 あと少しだ。
 あと少しだけ待っていてくれ。

「クレイオス。呪具の解呪は出来たのだろう?」

『うむ。問題なく解呪済みだの』

「その割には、魔物の数も尋常ではないし、前より瘴気が増えているようだッッが?!」

 伸びて来た瘴気を払い、無謀にも飛び込んで来た魔鳥の羽を叩き斬った。

『ここの呪具は・・・ひい、ふう・・・全部で五つだったようだの。一つ解呪して、残り四つ。五つが揃う事で、瘴気を呼び込み、その力を利用して、封印を破ろうとして居た様じゃが、一つ欠けた事で、瘴気を呼び込む方へ、力が傾いたのだろう』

『そうだったのか。一つでも除けば、瘴気を弱らせられるかと思ったが、失敗したな』

 槍の一振りで瘴気を祓ったカルは、頭を掻いているが、全く申し訳なさそうには見えない。

『其方は解呪には向いて居らんからの。分からんでも仕方あるまい。先にどの様な呪いか、が判別出来ただけでも、儲けものだの』

「この後どうするッ?!」

 レンが言う通り、ここの瘴気は何かがおかしい。
 これまで瘴気は程度の差はあれ、飢えた獣の如く貪欲に、こちらを取り込もうと襲い掛かって来ていた。

 だがここの瘴気は、襲い方にも無駄が少なく、俺達の様子を見る様に、引く事を知っている。まるで意志や知性が有る生き物を、相手にしている様だ。

 それも、クレイオスが無手の腕を一振りするだけで、ごっそり消え失せてしまうのだ。 これなら、クレイオス一人の方が、簡単に済みそうだが、神の制約とやらで、出来ぬことも多いのだろう。

 それに、クレイオスは、何かを知っているのではないか。

 そんな疑念を抱いているが、聞いたところで神の制約がどうのと、はぐらかされるのが目に見えている。

 話せる事なら、とっくに全てを話しているだろうし、レンを危険な目に合わせたりもしなかった筈だ。
 
「・・・呪具を探し、一つずつ解呪していくか?」

『解呪は纏めてだの。我が呪具を集め解呪している間、其方達は寄ってくる瘴気と、魔物を祓ってくれればよい』

「了解した。マークッ!! 聞こえたな?!」

「了解!!」

 そこから俺達は、瘴気を祓い。
 瘴気から湧き出す魔物を屠り。
 セルゲイの攻撃から逃げて来た、魔獣を薙ぎ払った。

 クレイオスは、ドロドロと溜まった瘴気に、直接手を触れたくない様子で、取り出した三つ又の矛で、瘴気の中から呪具を取り出しては、風化した石像の前へ並べて行った。

 遠目でよく見えないが、瘴気塗れで真っ黒になった呪具は、子供を抱いたアウラ神の像の様だ。

 あの子供は初代のゴトフリー王だろう。

 神殿でもそうだったが、これはアウラ神に対する二重の冒涜だ。

 アウラ神とクレイオスが、子と認めたのは唯一人。

 俺の番。
 愛し子のレンだけだ。

 勝手に己の伴侶の御子を僭称され、クレイオスも怒り心頭だ。

 調伏の白い光に包まれたクレイオスは、絡みつく瘴気を一切気に留める事はなく、その一点からも、集中の深さが分かる。
 
 瘴気に対する違和感を感じながら、瘴気を祓い続け、そろそろマーク達の体力が心配になって来た頃、漸く解呪が終わったのか、クレイオスが声をあげた。

『ああ、鬱陶しい!居ねっ!!』

 纏わりつく瘴気を、苛立ち紛れに手で祓って消滅させたクレイオスは、普段の温厚さが鳴りを潜め、元来の荒々しいドラゴンの気性が、顔を出していた。

 コイツ・・・猫を被ってたな。
 瘴気をこんな風に扱ったら、レンが傷付くのは目に見えている。

 アウラの前でも、そうなのか?

 まぁ、俺はどっちでも構わんが。

 それに一気に瘴気が減って、後が遣り易くなった。
 
『クレイオス。素に戻っているぞ』

『あ゛?・・・・なんのことかの』

『お前・・・レンやアウラ神の前で、ずっとそうなのか? 疲れないか?』

『何の事か、サッパリだの』

 惚けて見せたクレイオスは、解呪の済んだアウラの像を、指を鳴らして燃やしてしまった。

「仮にも神の像を、そんな簡単に燃やしていいのか?」

『アウラはの、常々こんな気味の悪い子を持った覚えはない。と嘆いて居った。解呪さえ済めば、本人が望まぬ姿なのだ。綺麗さっぱり消してしまった方が、アウラも喜ぶ』

「しかし、返された呪いが向かうべきヴァラクは、もう居ないのだぞ。呪いが向かう先も無いのに、雑に扱って良いものか?」

『この呪具は発動から、さほど時間がたっておらん。呪いを掛けたのはヴァラクだろうが、この場に設置し、発動させるのに神殿の誰かが手を貸した筈だ。ろくでも無い事を仕出かしたのだ、その責任を取らせるだけだ』

 冷たく言い捨てた言葉は、やはり俺達の知るクレイオスとは別人の様だ。

「こっちが素なんだな」

『何か言ったかの?』

「いや・・・別に」

 俺もレンの前で格好つけている手前、クレイオスにとやかく言える立場ではない。
 ここは気付かぬ振りを、通してやるべきなんだろうな。

「それで? この後はどうする?」

『後は簡単だ。あの石像を砕いてしまえばいい』

 いかにも面倒そうに、風化した石像に手を振って見せる創世のドラゴン。

 かなりイラついているな。

「石像を砕くのか?」

『そうだ。あの石像は封印石での。あれを砕けば、後は空間を開くだけだ』

 う~ん?
 素のクレイオスと、普段の爺さんぽいのが混ざっているぞ?こういうのを、レンは何と言っていたか・・たしか・・・。
 キャラが・・・・なんとか・・・・。
 思い出した!
 キャラがブレブレだ!!

 クレイオスも神の制約で、我慢している事も多いのかもしれん。
 不満も溜まるだろうし、中々発散も難しいのだろう。

「あの石像は、クレイオスが壊すか?」

 多少は発散できるだろう?

『国の半分が灰になっても良いのなら、我が遣っても良いが・・・・そうでないなら、無駄な気を使うな』

 ふむ。自覚はあったと・・・。
 この程度では発散できんか。
 そうだろうな。
 俺も同じだ。

「なら俺が遣ろう。カルも良いか?」

『私はヨナスから悪戯をするな、と言われているからね。爺様の云う事は聞かないとね』

 成る程。
 ドラゴンも色々だな。

 石像の前に立つと、風化した石の所々に鱗の様なものが見える。
 どうやらこの石像は、ドラゴニュートを象った物の様だ。

 拳に身体強化を掛け、魔力を流し込む。

 これが完全な形の石像なら、多少の罪悪感を感じたかも知れないが、今は風化して、唯の石塊と変わらない。

 何の罪悪感も感じると来なく、俺は石塊に拳を振りぬいた。

 ドゴッ!! ビキ・ビキビキビキ!! 
 バァーーーンッ!!

 爆散した石像の欠片が、空を飛ぶ魔鳥を打ち抜き、毒々しい羽根を持つ魔鳥が螺旋を描いて落ちて来る。

 爆散に伴う埃が治まると、石像が立っていた場所の空気が揺らいで見えた。

「あれが入り口か?」

 そうだと頷いたクレイオスが、その揺らぎをなぞる様に手を滑らせると、周囲とは明らかに違う景色が垣間見えた。

『さて。行くかの』

 キャラがブレブレのドラゴンに促され、俺達はドラゴニュートが封印された空間に、足を踏み入れたのだ。
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