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愛し子と樹海の王

愛の形

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『皆少し落ち着け。そう殺気立たれては、話しも出来ん』

「旦那、それは無理ってもんだ。ここに居る連中は、全員ちびっ子に恩があるんだぜ?」

『・・・・其方は、𠮟られ通しであろう?』

「いや・・・まぁ、そうなんだけどよ・・・叱られるうちが花、つーか。この歳になって、本気で叱ってくれる相手は、貴重だからな」

『成る程の。心配せんでも瘴気への対処は終わっておる。今レンの心は安らかなはずだの』

 そう言われて、眠っているレンの表情が和らいでいたことを思いだした。

「クレイオス、レンに何をした?」

『なに、簡単な事だ。レンの魂をアウラの庭に避難させたのだ。呪いを受けた体から、魂を離してしまえば、瘴気の影響は受けんからの』

「そんな事をしても大丈夫なのか?」

 普通に考えて、体から魂が抜けたら、死んでしまうのではないのか?

『現身と魂の繋がりが切れん限り問題ない。それにレンの魂を、アウラの庭に避難させるのは、これが初めてでは無いからの』

 初めてではない?
 
「そう言えば、レンが偶に、アウラに呼ばれたと言っていたが。・・・あれか?タマスで異界の菓子を土産に貰った、とか言ていた、あの時もそうなのか?」

『それじゃな』

 土産まで持たせるのだから、体ごと呼ばれたのかと思っていた。

『呪いの進行はカルが抑えてくれて居るし、レンの精神を守るための措置も取った、今の所は心配ないが、永くは持たせられん』

「それは、体がもたないと云う事か?」

『どっちもじゃな。いくらカルの力が強くとも、呪いの進行を抑え続けることは出来ぬし、体と魂を引き離し続ければ、繋がりが弱くなり、戻る事が出来なくなる』

「魂が戻れなくなったら、レン様は・・・」

「・・・時間はどのくらいある?」

 室内に居た全員が、俺の質問の意味を悟ったのだろう。
 全員の視線が、静かに佇むクレイオスに集中した。

『3日・・。もって5日だの』

 3日・・・・たった3日?

 ドラゴンとは、こんなにも酷薄なものなのか?
 眉一つ動かす事も無く、事実を淡々と冷静に・・・・。

 顔面蒼白で、唇を震わせるマークの手を、両脇に座るロロシュとエーグルが握っているのが、目の端に映った。

 互いを支え合い、助け合う。
 番として正しい姿だ。

 こんな状況では無く、元気なレンに、今の3人を見せてやりたかった。

 ・・・何を弱気になって居るのだ、俺は!
 レンが元気になりさえすれば、3人の睦まじい姿など、幾らでも見せてやることが出来る。
 その為には・・・・。

「クレイオス。レンに掛けられた呪いを解く。ドラゴニュートの封印された空間を、開く事は出来るか?」

『開くことは出来るが、その前に。あの瘴気溜まりを、どうにかせねばならんの』

「出来ないのか?」

 創世のドラゴンが、瘴気を浄化できないというのか?

『浄化はアウラの力だ、我に浄化は出来んが、祓い滅することは出来る。其方達の破邪の刀と同じじゃな。カルと其方、我の3人で掛かれば、瘴気溜まりを祓う事は出来ような』

「クレイオス殿。質問を宜しいか?」

『マグヌス。手短にな?』

「時間は取らせんよ。浄化と祓う事の違いが気になってな」

『なんじゃ、そんな事か。レンの浄化の力はアウラに与えられた物での。魔物や瘴気の穢れを清め、死したる者の念や魂を、輪廻の輪に戻すことが出来る。じゃが我やカルが持つ力と、アレクサンドルの破邪の刀の力は、魔を祓い滅する力。魂の存在ごと消滅させる力だの』

「消滅と言うと、何もかも消えてなくなると云う事か?」

『その通り。二度と生まれ変わる事も無く、綺麗さっぱり消えてなくなるのだ。アウラとレンは慈愛でもって、魂を救済するが。我等が振るうのは、断罪の為の純然たる力だの』

「断罪ですか・・・成る程」

 全てを理解できたのかは疑問だが、レンの浄化が有難いものだと云う事は伝わったらしい。

『もうよいか?』

「あ、いや。もう一点。ドラゴニュートの封印された空間を開いて、その後は何とする? ドラゴニュートを成敗するのか」

『そこからか?良いかマグヌス。レンに掛けられた呪いは、魔法契約に違反したことによる罰則だの?』

「はあ。それは理解している」

『なれば、我等に出来る事は、3つじゃな』

 一つ。契約に違反していない事を立証し、ドラゴニュート達に納得してもらう。

 二つ。ドラゴニュート達に、契約解除に同意してもらう。

 三つ。新たな契約を結び、以前の契約を破棄してもらう。

『其方が言ったように。空間ごとドラゴニュート達を消してしまう事は容易い。だがの、それをしてしまうと、契約だけが残り、レンに掛けられた呪いを、解くことが出来なくなるのだ。理解したか?』

「成る程。呪いが解けないのはいかんな。では、俺は何をすればいい」

 俄然やる気になった伯父上が、前のめりでクレイオスに詰め寄っている。

『ふむ・・・・。其方に出来る事・・・は、何もないの』

 あ~~。
 がっかりしているな。

 大方ドラゴニュート達に、直接会ってみたかったのだろうが、普通に考えて、伯父上に出来る事はないと思うぞ。

「伯父上。伯父上にはレンを守って貰いたい」

「レンをか?」

「なにが有るとも思えんが、レンを連れて行く訳にもいかんし、クオンとノワールだけでは心許無い。伯父上が留守を守ってくれると有難いのだが」

「そうか! うむ。レンの事は俺に任せて置け!」

 さすが脳筋。
 頼られると断れない上に、機嫌が良くなる。
 相変わらず愚直で扱いやすい。

 騎士達の面倒も見て貰いたいが。
 それはモーガンに頼んだ方が良いだろう。

「すぐに出られるな?」

 クレイオスに目を向けると、創世のドラゴンは小さくため息を吐き、俺の肩をポンポンと叩いた。

『万全の状態で挑まねばな。まずは休め?』

「だが! 3日しかない?!」

 どれだけ、冷静さを装おうと、内心の焦燥が消える訳ではない。
 
『5日だ。我とカルを信じろ。5日もあれば解決できる。だが其方が疲弊したままでは、難しくなるかもしれんの?』

 尤もな言い分だ。
 だが休めと言われて、眠れるとも思えなかった。

『レンの隣で横になるだけでも良い。それに其方の温もりは、魂が離れていたとしてもレンに伝わる筈じゃ』

 ”兎に角休め”

 そう言い残しクレイオスは、皆を促し部屋を出て行った。

 一人残された俺は、ベットの上で眠る番の元へと戻った。

 枕の上に広がる髪を撫で、力の抜けた冷たい手を握ると、番の声が聴きたくて堪らなくなった。

「レン・・・必ず助ける・・・・俺が助けるから」

 人形の様に冷たく白い頬に口付けを落とし、体を抱き締めると、番の心臓の音が直接体に響いて来る。

 嗚呼。
 生きてる。
 生きていてくれている。

 俺の番は強い人だ。
 こんな呪いなどに負ける事など無い。

 そう信じていても、万が一を考える事を止められない。

 必ず助けると誓いながら、番を失うことが恐ろしく。
 眠ってしまうと、目覚めた時に番が消えてしまいそうで、到底眠る事など出来なかった。

 やがて日が暮れて、寝室に月の青い光が差し込む頃、ノックの音に身を起こした。
 訪いの声に扉を開けると、そこには憔悴しきった様子のマークが立っていた。

「どうした」

「お食事を用意しました」

「・・・」

「少しで構いません。どうか召し上がって下さい」

 蒼白な顔で懇願され、渋々隣のリビングに足を運ぶ俺を、マークは静かに見つめ続けている。

「見張ってなくても、食うから下がっていいぞ」

「左様ですか・・・・・」

 返事をした割りに、動こうとしないマークに目を向けると、マークは意を決したように口を開いた。

「実は、閣下にお願いがございます」

「改まってどうした?」

「・・・明日、私も同行させてください」

 悲痛な顔だな。
 
「何が有るのか分からんのだぞ?ロロシュとエーグルは知っているのか?」

「閣下には遠く及びませんが、私はレン様に剣を捧げた騎士です。彼等もそれは理解しております」

「・・・ロロシュとエーグルの面倒は、お前が見ろよ?」

「閣下・・・?」

「お前が来るなら、あの二人も着いて来るのだろう?」

「閣下・・・ありがとうございます」

 嬉しそうに。
 無理も無いか。
 何がそうさせるのか、マークはレンに心酔しきっている。
 
 レンとマークの間の信頼と親密さは、俺とレンの間にある物とは、全くの別物だ。

 以前は理解出来なくて、嫉妬した事もあるが、2人の間に情欲は欠片も無い。
 しかし、唯の友人とも家族とも少し違う。
 2人だけに許された関係だ。

 俺は想う。
 これも一つの、愛の形なのだろう、と。

 それを少し羨ましく思う
 俺が居るのだ。
 
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