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愛し子と樹海の王

誰が為の憐憫か

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『ヘルムント改め、ヘリオドスの伴侶となったヨナスは、重大な話を、ヘリオドスに打ち明けた』

「重大とは、どんな話しだ?」

 創世のドラゴンから直々に聞く、創世神話の裏話に、伯父上は興味津々の様だ。

『戦場に向かわせたリーザードマンが、ヨナスの元へ、コッソリ戻って来ていたのだ。しかも、数多の戦火を潜り抜け、力を付けたリザードマンは、ドラゴニュートへ姿を変じていた。ドラゴニュートの戦闘力は、幻獣クラス。一介の地方貴族が持つには、強大すぎる力だ。これがもしラジートの耳に入れば、どうなるか、想像するまでも無いの』

 確かに、いくら忠誠を誓われたところで、信じる事は難しいだろうな。

『只でさえ賢かったリザードマンが、ドラゴニュートへ変じたのだ。下手な小細工は通用せん。そこで、ヨナス達はドラゴニュートを交え、今後どうするべきか、ドラゴニュート達がどうしたいのかを話し合った。そこで、どの様な条件が付けられたのか迄は知らんが、ヨナス達はドラゴニュート達の為に、閉じられた空間を創り出すことにしたのだ』

「閉じられた・・・と言うのは、バイスバルトのヴァラクの城があった、あの空間の様な?」

 マークの口から、バイスバルトの名が出た事で、伯父上が顔色を変えたが、今は懇切丁寧に説明するような、ご親切な気分にはなれない。

『その通り。その空間を封印したのが、今回瘴気溜まりが出来た辺りと云う事だの』

「では、あの思念体が言った、裏切りと契約とは、ヨナス達と交わした契約の事なのか?」

『であろうな。恐らくヴァラクか神官達は、十中八九ヴァラクであろうが、あの場所にドラゴニュートが封印されて居る事を知り、使役するために、封印を解こうとしたのであろう』

「それで、彼らの怒りを買ったと?そんなもの、レンにはなんの関係も無いだろう!?」

「じゃがの。呪具を置いたであろうヴァラクは、瘴気の塊だった、それにあの日、あの場に居たのは、其方、カル、レンの3人じゃろ?カルはドラゴンじゃし、其方は獣人じゃ。ドラゴニュート達は、制約で獣人に危害を加えられん。となれば怒りの矛先は、人であるレンに向けるしかないからの』

「理不尽すぎる」

『理不尽だろうと、魔法契約とはそういう物だ。契約した本人が居なければ、契約違反の罰は呪いとなり、その血筋の者に、それが駄目なら、周囲の者へ降りかかる。契約違反の罰則は、唯の呪いとは訳が違う。契約した本人に、罰則を受け入れる意思が有ったのだから、神であろうと、契約の中身を違えることは出来ん』

「・・・だから解呪出来ないのか」

『だが相手に契約違反は無かった、と認識させられれば、呪いは消える」

「そんなまどろっこしい!! その空間ごとドラゴニュートとやらを、消してしまえば終いだろう!」

『・・・マグヌスよ。いい歳をしてその脳筋ぷっりは、何とかならんのか?』

「脳筋? 脳筋とは何か?! 俺はこれでも騎士を率いる、領主だぞ?!」

「・・・・伯父上。そう云う処です」

「アレク・・・お前迄」

 伯父上が鼻白んだ処でクレイオスが、カルに視線を向けた。
 視線を向けられたカルは、懐から布に包んだ15チルほどの塊を取り出し、テーブルの上にごとりと置いた。

『瘴気の中に在った呪具だ。浄化が出来ていないから、この布は取らないようにね』

「呪具以外に見つかった物は?契約書は?」

『いや。契約書自体は、まだ見つけられていない。でも、ヨナスが死んで、みんなが地底に移住する時、全ての文書を置いて行ったから、何処かには有る筈だよ』

「お前・・・ヨナスに会ったのか?」

『会ったというより。育てて貰った。と言った方が正しいね』

「なら、契約の話しを聞いた事は無いのか?」

『それが、いくら考えても思い出せない。と言うか。聞いたことが無い。私の知っているヨナスは、最初からお爺ちゃんだったからね。昔話をする事もあったけど、内容はかなり怪しかった。あの場所の事も、大事な場所だから、悪戯するな。って言われたことが有る程度なんだ。後は、たまに花でも供えて上げなさい。って言われたことは思い出したよ』

 あれだけ悩んでいたのに、思い出したのがたったそれだけ?

「そうか・・・。ならどうすればいい? 長々昔話を聞かされて、なんの手立ても無いのか?! 昔話しなど、どうでもいい! 俺はレンを助ける方法が、知りたいのだ!!」

 激昂し、立ち上がって吠える俺に、マーク達がびくりと肩を震わせ、伯父上は憐みの籠った視線を向けて来た。

 その全てが、うんざりするほど鬱陶しかった。

「レンは、悍ましい紋を刻まれ、あれほど苦しんでいるのに、原因が大昔の魔法契約だと?! レンは異界の住人だった! ヨナスの血筋でもない赤の他人だ。ただのとばっちりで、命の危険に晒されているのに。まともな解呪の方法も、何も分からんで済むかッ!?」

「アレク・・・・ごめんね。ぼくが・・・ぼくがこわがって、レン様からはなれちゃったから」

 弱々しいノワールの声に、頭にのぼった血が、急激に冷えた。

「・・・お前の所為ではない」

『そうだの。ノワール所為では無いな。封印を解こうとした、ヴァラクの責任であろう? それ以外は誰の所為でもない、と我は思うが? それを理解した上で、どうしても犯人探しがしたいと云うのであれば、犯人はアレクサンドルじゃな』

 俺?
 俺が原因だというのか?
 確かに、俺はレンが腕を掴まれるのを、防げなかった。
 瘴気溜まりを、確認する事を許したのも俺だ。

「そうだ・・・俺の責任だ」

 何もかもが嫌になり、椅子に沈み込んだ俺の肩を、クレイオスは ポン っと軽くたたいた。

『そう落ち込むな。其方の判断が間違っていた訳では無い。もしあの場に其方の代わりに、マグヌスが居ても、同じ事が起こったであろうよ』

「俺が?」

 伯父上が指で自分を指している。
 そういう仕草は、レンガやるから可愛らしいのであって。
 オッサンがしても、うすら寒いだけだ。

『言ったであろう? 呪いは血筋の者に現れる。其方らがヨナスとヘリオドスの、血を引いているかは知らん。が、ヘリオドスの領地はノート、マイオールに有った。少なくとも、其方らの家系は、ヘルムント迄遡れる筈だの』

「・・・・何万年も前の話しだろ?」

『そうじゃな。普通なら血も魔力の系譜も薄まり、赤の他人と言えるのであろうが。貴族と言うのは得てして、血も魔力も濃い事が、美徳とされるのであろう?』

 確かにマイオールは、小さな公国だった。
 近親婚が多くても、不思議ではない。

 その分、血も魔力の系譜も薄まり難かっただろう。

  全てが俺の所為だ。

 そもそも俺の番でさえなければ、レンは危険な討伐や浄化に、こうも頻繁に付き合わされ、危険な目に合う事も無かったのだ。
 
 俺と共にある事は、レンの幸せを奪う事なのではないか。
 レンの幸せを願うなら、レンを手放してやるべきなのでは・・・。

 そう思い至ると、番を失う恐怖に、全身が総毛立った。

 無理だ。
 例え地獄に落ちると分かっていても。
 レンを手放す事など出来ない。

『そろそろ、自己憐憫の時間は終いでいいか?』

 自己憐憫・・・。

 その通りだ、今の俺は呪いに侵されたレンでは無く、呪いによって番を失うかもしれない、自分を憐れんでいるだけだ。
 
 不甲斐無し!

 俺は美しいレンに、相応しくない醜男だ。

 だがレンは、こんな俺を、世界で一番格好良いと言ってくれるのだ。
 だから俺は、レンの為に世界一強くて、恰好の良い雄で居なければならない!!

「騒いですまなかった。続けてくれ」

『ふむ。では我が調べて分かったのは、レンの受けた呪いは進行性のものだの。腕に刻まれた茨が徐々に伸びていき、心臓に達した時・・・・』

「嘘だ!レン様がそんな!」

「やめろマーク、俺がそんな事にはさせない。絶対だ」

「・・・・閣下」

『そうじゃな。皆レンが倒れたショックで、後ろ向きになっておるが、進行性の呪いで良かったと感謝すべきなのだ。対処する時間が有るからの。一撃必殺の呪いでなくて、本当に良かったわい』

「・・・一撃必殺」

 あの一瞬で、レンを奪われていたかもしれないのか・・・。

『それともう一つ。瘴気が呪いを強化して居る』

「クレイオス殿。強化とは、どういうことですか?」

『うむ。肉体だけでなく、精神への攻撃も、受けていると云う事じゃな』

 精神攻撃・・・。
 だから、あんなに苦しそうだったのか。
 可哀そうに、何を見せられているんだ。

 ギリリ と音を鳴らし奥歯を噛締め、迫り上がる怒りを、胸の中に閉じ込めた。
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