上 下
406 / 527
愛し子と樹海の王

ドラゴンってやつは・・・

しおりを挟む
 生きているだけで、護りたいもの、助けたいものが増えていく。

 俺は他者よりも、少しだけ魔力と戦闘に長けているだけの、つまらない雄だ。

 愛想が良い訳でも、見目が良い訳でも無く。

 只々、番に捨てられたくない一心で、必死で格好をつけて居るだけの、矮小な雄なのだ。

 全ての獣人がそうである様に、他者と番を秤に掛けた時、俺はレンを優先する。

 番が命の危機に陥った時、誰かを切り捨ててでも、俺はレンを護る。

 例えそれが、マークや部下達、アーノルドやロイド様、親父殿。俺自身であってもレンの為に切り捨て、その命を捧げるだろう。

 だが、そうでなければ、俺の目の届く範囲、腕の届く範囲の者を、
助けてやりたいとも思うのだ。

 番を優先させた上で、そんな考えを持つの俺は、利己的で偽善が過ぎるだろうか。

 俺は一日でも早く職を辞し、レンと二人の楽しい暮らしを夢見ている。
 だが、今腕の中で涙を流している俺の番は、より多くの人々の幸福と安寧を願う、慈愛の人だ。

 この人は、己一人の幸福を追い求める事を、良しとしないだろう。

 俺の夢が叶うのは、まだまだ先の話しなのかもしれない。

「落ち着いたか?」

「・・・・はい、もう大丈夫。・・・・・取り乱してごめんなさい」

 震える息を吐き、涙を堪えるレンの心は柔らかい。
 俺にとって些末な事でも、この人の心は傷を負ってしまう。

 それが、近しい者の苦しみなら尚更だ。

「無理はしなくていい。日を改めても良いのだぞ?」

「いいえ。ここは王都に近いです。瘴気溜まりを放置はできません。私なら大丈夫」

 涙をぬぐい毅然と前を向く、番の心の強さには頭が下がる。
 
 この小さな体で、浄化に伴う苦痛を耐え抜いて来た。この人の心の強靭さと広さは、何によって培われたのだろうか。

 あーーーー!!
 駄目だ。

 瘴気の浄化に、レンを連れ出す度に、どうしても思考が暗い方へ、落ち込んでしまう。

 辛く苦しい思いをするのは、レンだというのに、消耗し青褪めた顔を見たくない。唯その一心で、こうも心が揺れてしまうとは。

 毎度の事だが。何故、俺の心はこんなにも弱いのだろう。

 何時か俺も、誰よりも深く、広く、強い心を持つ、この小さな人の様になれるだろうか。

 瘴気溜まりが近づくにつれ、足に絡みつく黒い影が、重く粘度を増していく様だ。
 胸のアミュレットがパチパチと鳴る度に、黄金色の光が弾けては宙に舞って行く。

 はあぁ・・・。
 今すぐ番をどこかに連れ去り。
 安全な場所に閉じ込めてしまいたい。
 綺麗な物、楽しい事だけを目にする様な、暮らしをさせてやりたい。

 真綿で包むように、小さな傷もつかない様に。

 大事に大事に隠してしまいたい。

 それなのに、こんな所へ連れてきて、危険な目に合わせなければならないとは。

 自分の不甲斐なさに嫌気がさす。


『討伐が始まった様だな』

「あぁ。こっちもいつ出て来るか分からん。油断するなよ? レンも良いな?」

「はい。危険だと感じたら、すぐに下がります」

 おや?
 いつもなら ”大丈夫、大丈夫。本当に心配症なんだから” とか、明るく振舞う処なのだが・・・・?

 いつもより、緊張しているのか?
 浄化前なのに、顔色も悪い。

「レン。どうしたのだ?」

「・・・・分かりません・・・・でも、何か変です。この先にあるのは、今までの瘴気溜まりとは、違うのかも・・・」

 意志の強い瞳を、キラキラと光らせている番の顔は、未知なるものへの警戒からか、青褪めて強張っている。

「今日は引き返そう」

「でも!浄化しないと魔物が!」

 血の気が引いてしまった唇に指をあて、番の言葉を遮った。

「シーー。俺の話を聞くんだ」

「うぅ・・・」

 俺の番は何をやっても可愛いのだが。
 不貞腐れて見上げる顔も、また良し。

「レンの言う通り、放って置けば確かに魔物が湧くだろう。だが結界を張れば、2.3日なら持たせられる。それに帝国の騎士は強い。結界を破られても、問題なく対処できる」

「だけど・・・」

「レン。君は責任感が強いから、瘴気溜まりが有ると分かっていて、放って置きたくないのだろう? だが、闇雲に浄化を掛けるだけで良いのか?君とクレイオスは、この国に入ってから、ずっと違和感を感じていたのだろう?」

「そうだけど」

「今は、クレイオスも留守にしている。今日は近くに居る魔物を、討伐するだけに留めて置いて。クレイオスが戻ってから、対策を練って挑んだ方が良くはないか?」

 俯いてしまったレンは、どうするべきか迷っているのだろう。

「・・・アレクの言う通りにします。でも、見てみない事には、何がおかしいのかも、分からないと思うの」

「カルは、どう思う?」

『どちらの言うことも正しのではないか?無暗に突っ込むのは勇気ではない。憶測だけで判断すれば、愚策しか思いつかない・・・・ただ・・』

「なんだ?」

『この辺りの話を昔、聞いたことが有るような・・・?』

「役に立ちそうな話か?」

 額に指を当て、考え込んでいたカルが、拳で手の平をポンと叩いた。

『駄目だ。全く思い出せない』

 おいおい。
 それは、思い出した時にする動きだろう。

「・・・・仕方ない。取り敢えず見るだけだぞ。浄化は無し。俺から離れない事。魔物が湧いたら、俺とカルに任せるのだぞ。いいな? 約束できるか?」

「うん。わかった。約束する」

「カル。行くぞ」

『こう・・・思い出せそうで、思い出せないというのは、モヤモヤするな』

 俺の横を歩くカルは、指先でこめかみの辺りを、コツコツと叩いているが、そんな事で思い出せるものか?

「おい。集中しろよ」

『う~ん・・・・家の文書にあったような・・・』

 これは駄目だな。
 完全に心ここに在らずだ。
 魔物が湧けば、気にしている暇はなくなるだろう。

 暫く放っておくか。

 森の中を、番を抱いて進んで行くと、ぽっかりと開けた場所に出た。

 鬱蒼と生い茂っていた枝が途切れ、その一角は陽の光を受け、明るく見えるべきなのだが・・・・。

『薄暗い? それになんだ、あの瘴気は渦を巻いているな』

「凄く濃いですね。ねえカル。瘴気の真ん中にあるのは石碑かしら?」

『石碑・・・?』

 レンが指さしたのは、開けた場所の中央に、ポツンと置かれた岩だった。

 俺の背丈よりも大きい。

「風化して元の形は分からんが、あれは石碑と言うより、何かの像だったのではないか?」

『像・・・像・・・・石像・・・・あ~!ここまで出かかって居るのだがなあ』

 もう、勝手にやってくれ。
 これだから、ドラゴンって奴は・・・・。

「レン、どうだ?」

「なんだろう・・・・なにか・・・なに・・か・・聞こえる?」

 レンの瞳は、渦巻く瘴気の中央に立つ岩を、食い入るように見つめている。
 そして、吸い寄せられるかのように、腕が伸ばされ。

 番の指先で浄化の光がふわりと灯った。
 その瞬間。

 音も無く瘴気が立ちあがり、雪崩を打って襲い掛かって来た。

 後ろに跳躍し、襲い掛かる瘴気を躱したが、漆黒の濁流は、執拗に俺とレンを追いかけて来る。

 アミュレットがバチバチと鳴り、跳躍するたびに、割れた魔晶石が地面へと零れ落ちていく。

 襲い掛かる瘴気に、カルは龍へと姿を変え、スルスルと攻撃を避けている。
 
「カル!! 逃げるぞ!!」

 俺の方をチラリと見たカルは、一度大きく胸を膨らませ、瘴気に向けてブレスを放った。 

 ブレスを放った本人は、逃げる為の時間稼ぎの積もりだったのかもしれんが、地中から大聖堂を吹き飛ばしたブレスを、こんな森の中で放てばどうなるか、少しは考えて貰いたい!!

 しかし、そんな人として真っ当な考えは、この瘴気の前では、なんの意味も持たなかった。

 漏斗状に形を変えた瘴気は、バクリとカルのブレスを飲み込んでしまったのだ。

 飲み込まれたブレスは、瘴気の中で亀裂の様に青く輝いたが、森も瘴気も吹き飛ばすことは無く、瞬きの間に消え失せてしまった。

「これは、拙い」

「アレク! 危ない!!」

 在り得ない光景に、目を奪われた隙を衝かれた。
 視線を向けていた、真逆から伸びてきた瘴気を、レンの浄化の光が弾いた。

 アウラ神の加護により浄化された瘴気が、キラキラと輝きながら空へと帰って行く。

 何度見ても、見慣れる事の無い、美しい光景だった。

 がしかし。
 ホロホロと崩れ、光となって空へ舞い上がる瘴気の中から、漆黒の腕が伸ばされ、レンの腕を掴んだのだ。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

獅子の最愛〜獣人団長の執着〜

水無月瑠璃
恋愛
獅子の獣人ライアンは領地の森で魔物に襲われそうになっている女を助ける。助けた女は気を失ってしまい、邸へと連れて帰ることに。 目を覚ました彼女…リリは人化した獣人の男を前にすると様子がおかしくなるも顔が獅子のライアンは平気なようで抱きついて来る。 女嫌いなライアンだが何故かリリには抱きつかれても平気。 素性を明かさないリリを保護することにしたライアン。 謎の多いリリと初めての感情に戸惑うライアン、2人の行く末は… ヒーローはずっとライオンの姿で人化はしません。

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

【R18】人気AV嬢だった私は乙ゲーのヒロインに転生したので、攻略キャラを全員美味しくいただくことにしました♪

奏音 美都
恋愛
「レイラちゃん、おつかれさまぁ。今日もよかったよ」 「おつかれさまでーす。シャワー浴びますね」 AV女優の私は、仕事を終えてシャワーを浴びてたんだけど、石鹸に滑って転んで頭を打って失神し……なぜか、乙女ゲームの世界に転生してた。 そこで、可愛くて美味しそうなDKたちに出会うんだけど、この乙ゲーって全対象年齢なのよね。 でも、誘惑に抗えるわけないでしょっ! 全員美味しくいただいちゃいまーす。

抱かれたい騎士No.1と抱かれたく無い騎士No.1に溺愛されてます。どうすればいいでしょうか!?

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ヴァンクリーフ騎士団には見目麗しい抱かれたい男No.1と、絶対零度の鋭い視線を持つ抱かれたく無い男No.1いる。 そんな騎士団の寮の厨房で働くジュリアは何故かその2人のお世話係に任命されてしまう。どうして!? 貧乏男爵令嬢ですが、家の借金返済の為に、頑張って働きますっ!

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。

待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。

処理中です...