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愛し子と樹海の王

ノワール

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 side・アレク


「閣下。準備完了いたしました」

「よし。レンこちらに」

「アン。危ないから着いて来ちゃだめよ」

 抱き上げた番が声を掛けると、魔獣は尻尾と耳を悲し気に萎れさせ、主を奪われたのが気に入らないのか、俺には恨みがましい視線を向け、プイ とそっぽを向いてしまった。

「あらら。拗ねちゃった」

「魔獣は瘴気の影響を受けやすい。拗ねられても連れては行けんだろう?」

 レンはその通りと頷いて、アンの頭を撫でてやった。

「一緒には行けないけど、アンは太郎と次郎と一緒に、ここでみんなを守ってね。これは、アンにしか頼めない事なのよ?」

 鼻面を撫でられ、気持ちよさそうに目細めていたアンは、レンが手を放すと、仕方がない、と言いたげに鼻を鳴らした。

 いかにも渋々と言った風情で、自分の子供達の方へ去って行ったのだが、その際もモサモサの太い尻尾で、俺の腕をバシリと叩いて行ったのだ。

「なあレン。あいつ、中に人間が入って居るのじゃないか?」

「やだぁ。そんなことあるわけな・・い・・」

 否定の途中で自信が無くなって来たのか、番の言葉尻すぼみだった。

『魔獣の中でも、フェンリルはとても賢い。発することは出来ずとも、人の言葉も理解はしているし、感情も豊かだ。人の様に感じる事もあるだろう』

「カル。魔獣のフェンリルがこんなに賢いなら、幻獣はもっと賢いの?普通に喋れたりする?」

『賢い幻獣も居るには居るが、賢いから幻獣と呼ばれる訳では無い』

「じゃあ、魔獣と幻獣の違いはなに?」

『簡単に言ったら、生まれ方の違いと、個体数の差かな』

「どういう事?」

『例えばフェンリルだけど、あれはフェンリルとして、産まれて来るわけじゃない。狼として産まれた中で、とりわけ魔力が強い個体がフェンリルに変じるんだ。フェンリルは賢いし珍しいけど、子供を産めるし群れも作る。探せば結構いるんだよ。だから魔獣』

「幻獣は違うの?」

『違うよ?幻獣に親は居ない。ヴィースを流れる魔素が凝り固まり、そこから生まれるのが幻獣なんだ。世界が創世されたばかりの頃は、魔素も濃かったし、神とクレイオスの力の残滓も沢山あった。その頃には、色んな種類の幻獣が産まれたそうだよ』

「そんなに沢山いた幻獣は、今は何処に行っちゃったの?」

『毒をまき散らしたり、嵐や津波を起こすような危険な幻獣は、アウラ神とクレイオスに封印されたか、勇敢な獣人に討伐されたみたいだね』

「もう新しい幻獣は、産まれてこないの?」

『魔素も今では世界を構成する一部として、地下を流れるだけだからね。そうそう新しい幻獣は産まれてこないんだ』

「何と言うか、瘴気から魔物が産まれて来るのに似てるのね」

『昔はこんなに瘴気が濃くなる事なんて無かった。ヴァラクという奴は、本当にとんでもない事をした様だ』

「カルは、魔族の人達と一緒に暮らしてたんでしょ?ヴァラクの話しを、聞いたことは無いの?」

『そうだねぇ。彼等は地上に最後まで残った一族だったのだけど、神話の時代に ”馬鹿な王子が居た” くらいの認識だったと思う。まぁ彼らは魔族らしからぬ、穏やかな一族でね。神話の時代の戦いも、王に命じられて参加はしたけど、乗り気では無かった様だ』

「へぇ~。神話だとそういう細かな話は出てこないから、面白いね」

『興味があるなら、彼等から聞いた話を教えてあげる。でも基本的に彼らは、このエストの土地と、森を護る事が使命だったから。血沸き肉躍るような、冒険譚は期待しないでね』

 興味深い会話を続けている二人だが、瘴気が大分濃くなって来た。
 
「そろそろ。気を引き締めた方が良くないか?」

「あ、ごめんなさい。つい夢中になっちゃいました」

「緊張しすぎるのも良くない。だが何が有るか分からんのだから、程々にな?」

「はい。気を付けます」

 あぁ。
 しょんぼりさせる気はなかったのに。
 これでは俺が狭量で、意地悪しているみたいじゃないか。

「続きは帰ってから、好きなだけすると良い」

 そう言うと、番は嬉しそうに、パアっと顔を輝かせた。

 あ~もう!
 今日も可愛いな。

 こんな可愛らしく愛しい番に、辛い浄化をさせるのかと思うと。

 罪悪感で、じくじくと胸が痛む。

「レン様・・・・」

「ノワール? どうしたの?」

 ドラゴンの呼び声に振り向くと、ノワールは、瘴気溜まりが有る、と報告された辺りを指差した。

「ぼく・・・あれいやだ」

 時折ボンヤリな所はあるが、何事にもおつとりと対応し、時には悪戯心いっぱいのノワールが、カタカタと震えている。
 
「どうくつの・・・・おりのなかと、いっしょ・・・やだこわいよ!」

 じたばたと暴れ出したノワールは、大神殿の地下での実験を、思い出したのかパニックを起こしかけている。

 そんなノワールの肩をクオンが抱きしめ、顔を覗き込んだ。

「ノワール。だいじょうぶ。ここはじっけんしつじゃないよ! だいじょうぶだよ」

「ク・・・・クオン・・・」

 ノワールの頬に涙が一粒、ポロリと零れると、幼いドラゴンは、堰を切ったように声をあげて泣き出してしまった。

 そんなノワールに慌てて駆け寄ったレンは、両のかいなでドラゴンの子供を抱き締めた。

「しーーーっ。落ち着いて。大丈夫よ。ここには、ノワールをいじめる悪い人は居ないの。もし居ても、アレクと私が遣っ付けて上げるからね」

「・・・・レン様とアレクが?」

「そうよ。それにマークさんも、クオンとカルも居るでしょ?」

「ううぅ・・・・」

「心配しなくていいのよ」

 泣きじゃくるドラゴンの背を撫でながら、レンは目でマークを呼び寄せた。

「マークさん。ノワールとクオンを連れて、みんなの所まで戻って貰えますか?」

「やだっ!! レン様といっしょにいる!!」

「そうだよ!僕たちはクレイオス様に、レン様をまもれといわれてるんだ!!」

 ぎゅうぎゅうと抱き着くノワールとクオンに、レンも困り顔だ。

「こら。レンを困らせるな」

 二匹のドラゴンを番から引き剥がし、マークに渡しすと、両腕に一匹ずつドラゴンを抱えたマークは苦笑いだ。

「あのね。ここの瘴気は今までと、ちょっと違うみたいなの。危なそうだったら、直ぐに逃げるから、心配しないでね」

「ほんと? あぶなくなったら すぐにげてね!」

「レン様。あれ、僕の中に入れられたのといっしょだよ。すごくいたくて、こわいんだ。アレクとカルからはなれちゃダメだよ!」

 ノワールの言葉に、このドラゴンが何をされたのかを知ったレンは、一瞬息を呑み、無理やりと分かる笑顔を作った。

「うんと気を付けるね。アレクとカルから離れないって約束する・・・マークさん二人をお願い。クオン、ノワールの面倒を見て上げてね」

「はい。レン様もお気をつけて」

 歩み去るマークに背を向けたレンは、唇を噛締め俯いている。

「レン」

「どうして?・・・どうして、こんな酷い事が出来るの?」

「だがヴァラクはもう居ない。こんなひどい事はもう起こらない」

 白い頬にはらはらと流れる涙を指で掬い、震える肩をそっと抱き締めた。

 マークに抱えられたドラゴンを見送っていたカルは、溜息を吐きつつ首を振っている。

『ドラゴンは、泣かないものなんだけどね』

 それだけノワールの苦しみが強かったと云う事だろう。

 ドラゴンであろうと子供は子供だ。

 この国の神殿にあった、魔薬の製造工場とその実験施設の中身は、ノワールがいた実験施設よりも酷い状態だった。

 皇都の実験施設では、水槽に入れられた人や生き物を、どうにか助けられないかと、頭を悩ませたが、ここではそんな事を考える余裕などなかった。

 その場で命を絶つ事。
 それ以外に彼らが、安息を得る道など無かった。

 人とはどこまで残酷になれる生き物なのか。

 これでは、子を守ろうとする魔獣の方が、愛情深いのではないか?

 本当に人は、護るべき存在なのか?

 あの光景を見た騎士達の中には、そんな絶望感を抱いた者も、多かっただろう。

 それでも、俺達は騎士である以上。
 人を民を護る為に、命を掛けなければならない。

 憎むべきはヴァラクとその狂信者。

 ノワールやレンが面倒を見ている子供達のような存在を、二度と生み出させない。

 その為に俺達は、戦い続けなければならないのだ。
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