獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

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愛し子と樹海の王

裸ネズミ

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「な・・・なんだよこれ?」

「かみ? 僕の髪が!」

「どうなってる!?」

 ドラゴン達に後ろ手に縛られ、跪いて居る5人は、胸元や床に落ちた髪を、見る事しかできない。

「いやだ! こんなに!! はげちゃう!!」

 もう禿げてるのだが・・・・。

 ”プッ!! クッククク・・・”

 ”あの歳で、若はげっ!”

 ”いい気味!”

 ”レン様に、無礼な事をするから”

 ヒソヒソ。クスクスと忍び笑いを漏らしているのは、宮の使用人達だ。
 
 どうやら、レンに無礼を働いた者達の顔を見てやろうと、柱の影から覗いていたようだ。、

 ホールを囲んだ騎士達は、皆一様に5人から目を逸らし、肩を揺らして笑うのを必死に堪えて居る。

「ううっ・・・・うわぁぁ! 貴様あぁーーっ!!」

 ブチッ!と 戒めを引き千切ったジャクソンが、抜け落ちた髪をまき散らしながら、レンに掴みかかろうと突進してきた。

「レンッ!!」

 引き寄せようと伸ばした手は空を切り、膝を屈め沈み込んだレンは、ジャクソンの手首と肘を軽く掴んだ。

 そのまま、レンがジャクソンの腕を引き寄せると、どういう仕組みかは分からないが、大柄なジャクソンが宙を舞い、受け身を取る事も出来ず床に放り投げられた。

 ビッタンッ!! 派手な音を立て、背中から床に落ちたジャクソンの胸を、レンは踏みつけ、掴んだままの腕を捩じり上げた。

「グアッ!!」

「ねぇ、受け身も取れないくせに、騎士団に入れるなんて、本気で思ってたの?棒を振り回すだけなら、オークでも出来るのよ?」

「だっ黙れ!! 淫売!! 獣の男娼風情が!!」

 ガッ!! メキッ!!

「いい度胸だ。この場で首を刎ねてやろうか」

 番に対する侮辱を、この俺が黙って見過ごすと思ったか?

 前歯をへし折り、鞘ごと突き立てた剣を、口の中でぐりぐりと捩じり、血泡に塗れた顔を覗き込んだ。

「アレク。処罰はアーノルドさんに決めて貰わないと。ね?」

 肩に触れる小さな手の持ち主は、悲し気な瞳で俺を見つめていた。

「・・・・拘束しろ」

 騎士達に小突き回されながら、拘束されるジャクソンの横に、父親のビーン伯爵がつかつかと歩み寄り、その横っ面を平手で張り飛ばした。

「いい加減にせんか!!愚か者っ!! お前が騎士になりたいと言った時、私が言った事を忘れたのか!!」

「ぢ・・・父上」
 
「大公閣下は、救国の英雄だ。この方のお陰で、どれだけの命が救われたと思っている!? 私はお前に言ったな? 閣下の様な騎士を目指せと。閣下の役に立つ騎士に成れと!! それなのに、このザマはなんだっ!?」

「あ゛・・・うぅ」

 真面な返答も出来ず、うめき声を上げるだけの、息子の顔を睨みつけていたビーン伯爵は、悲し気な溜息を吐くと、自身のクラバットを引き抜き、涎と血泡で汚れた息子の顔を、乱暴にゴシゴシと拭い取ってやって居た。

 そして伯爵は、俺とレンに向き直り、深々と頭を下げた。

「この度は、愛し子様、大公閣下へ多大なるご迷惑をおかけいたしました事、深くお詫び申し上げます。全ては愚息を御しきれなかった私の不徳と致すところ。如何様な処罰も受け入れる所存でございます」

「・・・皇家からの正式な沙汰を待て。だが伯爵には少し確認したいことが有る、呼び出しが有るまで、謹慎しているように。他の者達も同様だ」

 ビーン伯爵を始めとした当主達が、皆恐れ入った様子で項垂れている。

 その中でただ一人、エルギだけが苦虫を噛み潰したような顔で、立ち尽くしていた。

「お前、エルギと言ったか?」

「は? あっはい閣下。エルギと申します。以後お見知り置きを」

 何という厚顔無恥さか。
 自分がこの騒ぎを引き起こした、一端を担っている自覚はないのか?
 
「見知る必要はない。お前も謹慎だ」

「は? 何故でございますか?」

「入団試験に落ちた者達を、特別待遇で第2に捩じ込んだのは誰だ?」

 急に焦り出したエルギは、目を泳がせ冷や汗をかいている。

 肝の小さい事だ。
 こんな者に団長が務まる訳が無い。

「第1騎士団は、皇帝皇族の盾とならねばならない。人を見る目も無く。騎士団を私物化しようとする者を、弟の傍に置く訳にはいかん」

「誤解で御座います!」

 なんなんだ?
 こいつの話し方は、騎士と言うより、まるで商人の様だ。

「話しは終いだ。お前の処分は、バルドに任せてある。沙汰が有るまで大人しくしていろ」

「そんな! 閣下!!」

 縋ろうとするエルギの前に、騎士達が立ち塞がり、騒ぎ続けるエルギを、宮の外へと追い出した。

 当主達は皆一様に項垂れ、地下牢へと引きずられて行く5人の後に付いて、足取りも重く宮から出て行った。

 しかし、皆が出て行ってからいくらも経たないうちに、玄関の外から叫び声が聞こえて来た。

 何があったのかと、外へ出ようとすると、番が俺の袖を引いて首を振っている。

「レン?」

「あ~~。えっと・・・多分。私が遣り過ぎちゃったのだと思います」

 レンは、ばつが悪そうに明後日の方を向き、頬を指で掻いている。

「レンこっちを見ろ。何をしたんだ?」

 するとレンは、もじもじと両手の指を合わせながら、上目遣いで俺を見て唇を尖らせた。

「だって。アレクの事を獣なんて言うから。頭に来ちゃって」

 この人は・・・・。
 自分が男娼だ。淫売だと蔑まれたことより、俺が獣と呼ばれた事に怒ったのか?

「・・・それで。何をしたのだ?」

「その・・・・全身脱毛を・・・・」

 だつもう? 脱毛とは毛を抜く事か?
 レンは、ジャクソンの毛を抜いたのか?
 しかも全身?

「それは・・・・・凄いな」

「多分。今頃は全身ツルッツルじゃないかと・・・・」

「ツルッツル・・・・クッ!クハッ!! そうか! ツルツルかっ!!」

 あの、クソ生意気なジャクソンが。裸ねずみ宜しく、全身ツルツルのツルッパゲ!!

 何故この人は、真面目な場面で。
 こんな巫山戯た事をするのだろう。
 
 だが本人は、巫山戯ている積りは全く無く、大真面目なのだ。
 大真面目な罰が、禿げの呪いに、全身脱毛。
 実際やられた者は、堪ったもんじゃないが。

 平和だ!
 平和過ぎて、面白過ぎる!!

 これでは、怒る気にもなれん。

 レンを抱き上げて爆笑する俺に、使用人達が ”コイツ大丈夫か?” と言いた気な視線を寄越している。

 だが、いくつかの面倒事が纏めて片付いて、今の俺はご機嫌だ。

 それに愛しくも可愛い番が、俺の為に怒ってくれたのだ。

 幸せを感じて何が悪い?

 ◇◇

 今回の騒動の一部始終の報告を受け。ジャクソン・ビーンがリアンを煩わせる事は、二度と起こらない、と知ったアーノルドは、盛大に胸を撫で下ろしていた。

 それに、ウィリアムの頃からの、古参の側近を入れ替える、良い口実にもなった。

 しかし不埒者を成敗して、全てが終わる訳では無い。

 ジャクソン・ビーンの、俺とレンに向けた侮蔑の言葉は、神殿やヴァラク教の影を感じさせるには充分だった。

 俺としては気になる部分ではあったが、俺達は近日中に、ゴトフリーへ戻らなければならない。

 ビーン伯爵と、長男次男。二人の息子への聞き取りは、バルドと宰相のグリーンヒル。そしてアーノルドに任せる事となった。

 そしてレンが、一番気にしているのは、セルゲイとシエルの恋の橋渡しだ。

 これが普通の相手なら、俺もセルゲイを放って置いただろうが、何と言ってもシエルは南の国境を守る、アーべライン侯爵家の人間だ。

 暢気に構えていたら、一年に一度か二度しか会うことが叶わない相手なのだ。

 悠長に構えモタモタしていたら、どこかの貴族へ、輿入れが決まってしまうかもしれない。

 シエルを口説き落とすのは、セルゲイの努力次第だが、そこに至るまでの道筋は、俺とレンが手伝ってやるべきだと考える。

 セルゲイは戦闘狂バトルジャンキーではあるが、有能で得難い存在だ。

 番に振り向いてもらえず、焦がれ死にでもされたら、国家としても大きな損失になる。

 シエルをゴトフリーへ連れていく手筈も済ませ、侯爵への根回しの手紙も送った。

 レンもセルゲイからシエルへの、ラブレターを手渡し済み。
 
 後は本人の努力次第。

 しかし、散々俺に文句を言っていたあいつが、番を前にしてどれ程デレるのか。

 なんだかんだで俺とレンは、今から楽しみで仕方がないのだ。
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