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愛し子と樹海の王

煩悶とおねだり

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 side・アレク


 ロイド様の課題を何とか熟した俺は、まだ昼前だというのに、精神的には何か月も遠征に出た後の様に、草臥れ切っていた。

 自分が蒔いた種とはいえ、連日の叱責に加え。1日2日で思いつく筈も無い、占領国を発展させる方法を、苦手な相手から質問攻めにされるのは、俺にとっては中々の苦行だった。

 だが、俺の倍近くの時間を、皇太后と皇太子と過ごしたレンは、それほど疲れて居る様には見えなかった。

 やっとの事でロイド様から解放された俺達は、息を付く暇も無く、蒼玉ホールに向かう馬車に押し込まれた。この後蒼玉ホールで、婚姻式のリハーサルを、行う予定だからだ。

 これまで戴冠式が行われて来た大神殿は、ノワールとヴァラクが空けた大穴に崩落してしまった。

 それによりアーノルドの戴冠式と、俺達の2回目の婚姻式は、春に夜会が開かれたのと同じ、蒼玉ホールで執り行われる。

 式の後、アーノルドを先頭に俺とレンも、皇都のメインストリートで行われるパレードに参加し、夕刻からは現在修繕中の、藍玉ホールで祝賀の舞踏会が開かれる。


「ロイド様の質問は、容赦が無かったろう?大丈夫か?」

「とても厳しかったですけど、容赦がないと言う程ではありませんでしたよ?なんか就活の面接を、思い出しました」

「しゅうかつ? とはなんだ?」

「んとね。大学を卒業後のお仕事探しで、あちこち面接を受けまくっていたんです。私が就活をしていた時は、景気が良くなくて。中々内定が貰えなかったから、毎日胃の痛い思いをしてたんですよ?」

 当時を思い出したのか、胃の辺りをさすりながら、溜息を吐く番。
 俺の可愛い番を、胃を病むほどに追い詰めるとは。異界は人を見る目が、無い奴らばかりなのだろうか?

「異界の暮らしも、良い事ばかりではないのだな」

「そうですねぇ。此方とは違った意味で、生存競争は激しかったですね。便利だからって幸福とは限らないし。自然が豊かだからって、人間性も豊かになる訳じゃないと思うの」

「ふむ。そんなものか?」

「そんなものです。でもね」

 ”アレクが居るから、今はとっても幸せよ”

 と俺の耳に唇を寄せた番は、甘い声で囁いた。

「グゥッ」

 クッソーーーッ!!
 なぜ今ここでっ?!

 この後、婚姻式のリハーサルに、向かわねばならない時に。

 そんなに甘く囁くのだ?!

 分かっていて、わざとやって居るのか?
 俺の理性と忍耐を、試しているのか?!

 どうする?
 馬車をもう一周走らせるか?
 その間に・・・・いや駄目だ。
 そんな短い間で治るとは思えん。

 それに、御者にバレバレでは、恥ずかしがりのレンが、拒むに決まっている。

 何故この人は、こうも無自覚に俺を煽るのだ?

 絶えろ!俺のオレ。
 俺はバーブではない。
 知性と理性を持った、大人の獣人だ。
 宮に帰るまでの我慢だ。
 宮に戻りさえすれば、後は・・・・。

 腹が減るほど、飯は美味くなる。
 俺は今、番を美味しくいただく為の、準備をしているのだ。

 いや違う!!
 これでは盛の付いた、唯の変態だ!

 俺は紳士だ。
 幼い頃から、紳士たるべき教育を叩きこまれて来たのだ。
 俺を信頼し身を任せてくれている番に、恥を掻かせてはならんのだ。

 ・・・・・でもちょっとだけ
 ・・・味見程度なら・・・。

 不埒な欲に負け、番の顎に触れようとした手は、小さな手に捕まえられてしまった。
 そして俺の掌に頬を摺り寄せた番は、ニッコリと微笑んだ。

「もう着いたみたい。翡翠宮からだと近いのね」

「・・・・あぁ。・・・思ったより近かったな」

 ああっ!!
 モタモタしている間にっ!!

「あれ? 降りないの?」

「いや・・・行こうか」

 腕の中で不思議そうに俺を見上げる澄んだ瞳に、ひたすら居心地が悪かった。

 待機していた騎士の案内でホールに入り、当日の式の流れの説明を受けた。

 リハーサルと言っても、俺達にとって挙式は二度目だ。

 大まかな流れは、一度目と大差がない。

 違う処と言えば、式を執り行う司祭が、クレイオスからアーノルドに代わるくらいだ。

 仕事柄、俺はどうしても当日の動線や、騎士の配置が気になってしまう。
 警備の話しばかりする俺に、案内の騎士はレンの様子を伺いつつ、苦笑いだ。

「閣下はお忘れの様ですが、式当日は、閣下も警護対象なのですよ?」

 伴侶をそっちのけで、何をやってるのか。
 騎士の呆れ顔からは、そんな言葉が聞こえて来る様だった。

 しかし騎士に心配された、レンはと言うと、俺以上に騎士の話を聞いていなかった。

 レンの興味はもっぱら戴冠式に向け、交換されるシャンデリアや、臨時に設営される祭壇とその奥に運び込まれた、アウラの像に向けられていた。

「アウラの像が、気になるのか?」

「えっ? なぁに? 全然聞いてませんでした」

 悪戯を見つかった子供の顔で、俺を見上げる番の頭を撫で、もう一度質問を繰り返した。

「アウラ様。早く元気にならないかな、って思って」

「クレイオスが解呪をしたから、直ぐに元気になる。心配するな」

「うん。でもね・・・クレイオス様とも話していたのだけど、ゴトフリーの王都って、なんとなく変な感じがするの」

「変な感じ?」

 頷く番に、俺は唇の前に指を立て、黙る様に促した。

 案内の騎士は、俺達が話し出すと気を使い、少し離れたところに移動していた。
 しかし、興味津々で俺達の話しに、聞き耳を立てているのは確かだ。

「説明は終わったな?」

 騎士に返事の間を与えず、俺はレンを抱き上げホールを後にし、乗り込んだ馬車に遮音魔法を掛けた。

「もう話していいぞ。君とクレイオスは何を感じ取ったのだ?」

「言葉にはし難いのだけど、何かに邪魔されてるような、違和感と言うか・・・・とにかく変な感じなの。普段忙しくしていると、忘れてしまうくらい微かだけど、ふとした時にあれ?ってなるの」

「クレイオスは、何と言っているんだ?」

「クレイオス様も同じ感じかな。カルに聞いてみたけど、カルはずっとあそこに居たからか、よく分からないみたい」

「ふむ・・・・その違和感に、何か嫌なものを感じるのだな?」

「そう・・・なんだけど。その原因が何なのか、何処なのかも分からなくて。怪しいと思うのは、王城と神殿だけど、もっと違う場所かも知れないし」

「その二箇所だと、調べていないのは、王城の秘密通路と、地下墓所くらいだな」

「地下墓所って教皇と、神官のお墓の事?」

「いかにもな場所だろ?」

 すると番は、腕を組んで考え込んだ。

「う~ん・・・いかにもな場所だけれど、いかにも過ぎて、違う気がしない?」

「レンが云う事は一理ある。だが違和感の正体も、場所も分からなければ、怪しい場所から調べて行くしかないだろう?」

「アレクの言う通りだと思います。でも・・」

「どうした?」

 物憂げに溜息を吐く、細腰を引き寄せると、愛しい番は胸に寄り掛かり、俺の髪を指に絡めた。

「あれ? ちょっと伸びました?」

「ん? あぁそろそろ切らないとな」

「ヤダッ! 切っちゃだめ!」

 俺はこれ迄、レンから身なりに文句を付けられた事が、一度も無い。
 だが、この時だけは、絶対に髪を切らないでくれ、と懇願された。

「どうしても、髪の長いアレクが見たいの! それに絶対似合うから。ね?お願い」

 縋りついて懇願しなくとも、君の願いならなんだって聞いてあげるのに。
 
 だが・・・。

「しかし、暑いし、戦闘の邪魔になる」

 え? 嘘だろ?
 そんなにショックだったのか?
 ガーーン!って音が聞こえそうな顔だぞ?

 ちょっと、揶揄いたかっただけなのに。
 可哀そうな事をしてしまった。

「コホンッ。あ~~。それじゃあ、俺の頼みを一つ聞いてくれるか?」

「一つで良いの? きくきく! なんでもしてあげる!」

 凄い食いつきだな?
 そんなに、髪を伸ばしてほしかったのか?
 
「キスしてくれるか?」

「キ・・・キス・・・いま?・・・ここで?」

「今、ここで」

「うぅ・・・・・・」

 あぁ、こんなに真っ赤になってしまって。
 意地悪が過ぎたか?

 無理ならいい。と言いかけた唇を、番の唇で塞がれた。

 初めて頬に貰ったキスよりも、かなり上達した甘い口付けだ。

 それを教えたのが自分だと思うと、仄暗い喜びに心が満たされるのだ。
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