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愛し子と樹海の王

閣下とロートル

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 ゴトフリーに居ると思っていた、俺からの突然の呼び出しに、呼び出された理由も分からぬまま、バルドは大急ぎでやって来たらしく、額には汗が滲んでいた。

「閣下。いつ戻られたのですか?」

「昨日だ。皇太后陛下から一時帰還の命があったのだ」

「一時帰還?何か問題でも?」

 不安そうな顔のバルドに、俺はニヤリと笑って見せた。

「問題は大有りだ。婚姻式の衣装合わせをすっかり忘れていてな? 皇太后陛下から大目玉だ」

 衣装合わせと聞いて、バルドの肩の力も抜けたようだ。

「・・・・はは・・・確かに大事ですな」

「お陰で今日は朝っぱらから、着せ替え人形にされてな?」

「衣装合わせと云う事は、レン様も戻られているのですね?」

「あぁ。今頃皇太后陛下が、レンを構い倒しているだろうな」

「皇太后陛下は、閣下とレン様の事を、ずっと心配されて居られました。お二人の無事な姿をご覧になられて、さぞお喜びの事でしょう」

「それはどうかな・・・レンは兎も角、俺は叱られ通しだ」

「叱られる内が花、とも言いますよ?」

「まぁな。俺を叱ってくれるのは、レンと皇太后陛下くらいだからな。有難い事ではあるな」

「皇太后陛下もレン様も、見た目に寄らず、中々豪気でいらっしゃいますから」

「流石にバルドはよく見ているな。さて。本題に入ろう。バルド卿。貴公は団長への就任を固辞したらしいな」

 俺の視線に耐えきれなかったのか、バルドは ふい っと視線を外し、テーブルの木目を数える事にしたらしい。

「はい。私はそのような器ではありませんので」

「貴公らしい返答だが、固辞した理由は、母上への忠誠の為か?」

「それも有ります。あの時私は、右往左往するばかりで、誰の事も、助けることが出来ませんでした」

 その後悔が、今でも母上を思う事に繋がっているのか?

「バルド。お前は誰の騎士なんだ?母上の私兵か?それとも帝国の騎士か?」

 俺の質問に顔をあげたバルドは、息を呑み、言葉に詰まった。

「母上への忠誠心は、息子として有難いのだが。俺の記憶違いでなければ、お前は帝国の騎士で、国家と皇帝に忠誠を誓う者の筈だ。違うか?」

「仰る通りです」

「長年、我儘な母を支えてくれた事には感謝している。俺の様な青二才が、経験豊富な貴公に対し、説教じみた事は言えないのだが、帝国騎士の一人として、俺の話を聞いてくれないか?」

「そんな。閣下が青二才なら、私は唯のロートルです」

「謙遜はいい、兎に角俺の話を聞いてくれ」

 頷くバルドに、第一騎士団が抱えている問題と、エルギとビーンが引き起こした問題。そして、何も手を打たなければ、彼等がこれから引き起こすであろう、問題の話をした。

 難しい顔で話を聞いているバルドに、この問題の根本は、第一騎士団の、団長が長く不在な事。団長代理を任されているバルド自身が、騎士団の運営に消極的な事が原因だ、と噛んで含めるように、云って聞かせた。

「確かにエルギは、野心家ではありますが、まさか王配候補の安全を、脅かすような真似をしでかすとは」

「エルギとビーンの親は、両方ともウィリアムの側近だった。本人達がどうなのかは知らんが、なんの功績も無い、その息子達に特権意識を持たれても困る」

「・・・・仰る通りです」

「お前なら分かるだろ?エルギのような奴が、団長の座に着いたら、騎士団を私物化するのは目に見えている」

「ですが・・・私は・・・」

「母は、騎士の風上にも置けないような、気まぐれで我儘な人だった。上皇の愛妾だと言うだけで、団長の座に居座り続け、ほとんどの仕事もお前に丸投げだ。事実上の団長はお前だった」

「それは違います!! 確かにリリーシュ様は、上皇陛下の元に侍られ、皇宮に戻られることは少なかった。ですが私の手に負えない事には、手を貸してくださったし。リリーシュ様の後ろ盾があったからこそ、私は副団長として、責務を全う出来たのです」

 震える拳を握り締めるこの雄にとって、母はどのような存在だったのだろうか。

「俺の後ろ盾では不足か?」

「は?」

「俺だけではない、第3のモーガン。第4のゲオルグも、お前の団長就任を推している。第5のランバートとは、まだ連絡を取っていないが、あいつも賛成するだろう」

「ですが!!・・・ですが、私は、彼の方を救う事が出来なかったのです」

 消え入るように呟くバルドは、番でもない母の事を、愛していたのだろうか。

「それは俺も同じだ。俺は母の最後を看取ったのだぞ? あの人は、最後まであの人らしく、傲慢で我儘で・・・自分の思う通りに生きたのだ。誰もあの人を救う事等、出来なかったし、母も救われたい、とは考えていなかったと思う」

「あぁ・・・リリシュー様・・・・」

 両手で隠された顔に浮かぶのは、思慕か慚愧か・・・その両方かもしれん。

「後悔している暇などない。母は団長としては失格だったが、人事に関してだけは、貴族達に手出しをさせなかった。だが、エルギが団長になったら、第1はどうなる?」

「それは・・・」

「母の数少ない功績を、お前に守ってもらいたい。そして次の団長を、お前が育て上げるんだ」

「・・・・・」

「団長の座に就け。これは皇命だ。お前に拒否権はない」

「・・・・拝命いたします」

 項垂れたバルドは、小さな声で了承の意を表したのだった。


 ◇◇


 その夜の晩餐会は、それはそれは煌びやかな集まりとなった。

 公式発表は先になるが、婚約者に内定したリアンとアーノルドは、控えめながらも睦まじい様子であった。

 リアン以外の候補者達も、この席に招待されていたのだが、正式な候補者でもなく、国から逃げ出したかっただけのフレイアは勿論だが、ディータとテイモンは最初から、人数合わせだ、と了解して候補者に名を連ねただけあって、アーノルド達が醸し出す、甘酸っぱい雰囲気にも、全く関心がない様子だ。

 唯一の対抗馬だったシエルも、嫉妬する素振りすらなく、弟は思ったよりもモテないのだろうかと、俺は腑に落ちないような、釈然としないような。

 解せん と言うのが、一番的確だろうか。

 そんなモヤモヤとした気分を、咀嚼した料理と一緒に胃に流し込んで居た。

「どうしたの?」

 皆が、食事と談笑を楽しむ中、押し黙ったままの俺を心配したのか、レンがそっと声をかけて来た。

 今日のレンは、いつもの異界の衣装ではなく、ロイド様好みの、貴族の正装で身を包んでいる。

 煌びやかなコートとウエストコートに膝丈のブリチーズ。フリルの多いクラバットには、大粒のルビーのブローチが留めてある。

 長い黒髪は、ゆるい三つ編みにして右肩から前に流し、ルビーと同色のリボンが結ばれている。

 その姿は、儚げな貴公子の様で美しく、とてもレンに似合っていて・・・。

 はっきり言おう。
 俺は悔しい。

 俺以外の誰かが、俺の番を此処まで美しく着飾らせたことに、嫉妬心しか湧いてこない。

「なんでもない。それより、シエルが思ったより、平然としているのが気になるのだが?」

「シエル? あぁ・・・ちょっと耳を貸して?」

 番に言われて、身を屈めると番の甘い声が、ヒソヒソと耳朶をくすぐった。

“ シエルはね。アーノルドさんみたいな、大人しい人ではなくて、もっと情熱的な歳上の人が好みなんですって”

“情熱的な歳上の雄?”

“そうなの! ゲオルグさん、ピッタリだと思わない?”

「あれを 情熱的 と呼んでいいのか?」

「少なくとも、人族よりは情熱的でしょ?」

「まぁ。確かにな」

「それでね」

 と、また耳を貸せと、手招かれ一々屈むのが面倒になった俺は、番の腰に腕を回して、膝の上に抱き上げると、周りの連中は唖然とした顔をしていたが、俺が一睨みすると、苦笑を浮かべ目を逸らした。

「なんで抱っこなの?」

「この方が楽だし、今日は一緒に居られなかったから」

「仕方のない人ね」

「それで?」

 話の続きを催促すると、番は俺の耳に唇を寄せ、続きを話してくれた。

“ロイド様とか、ちょこっと根回しをしてみたんだけど、周りの人達は、割と好感触なのよ?”

“肝心のシエルは如何なんだ?”

“そうねぇ。ゲオルグさんから預かった、ラブレターは渡したのだけど、リアクションはまだなの”

 やはり手紙を書かせていたか。

”出来れば、お見合いをセッティングしたいのだけど、すぐには無理よねぇ“

「それなら、いい方法が有るぞ」

「本当っ!! あ・・・・ごめんなさい」

 急に大きな声を出した番に、驚いた全員の目が集中し、俺の番は頬を染め、肩を丸めて縮こまってしまった。
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