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愛し子と樹海の王

兄上と皇太子

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「兄上がお帰りと聞いて、顔を見に来ました」

「そうか。お前も息災なようで安心した」

「実は、母上からの伝言を預かってきました。今夜の晩餐は翡翠宮でとる様にとの事で、レン様も晩餐まで翡翠宮で過ごされるそうです」

 積もる話があると言っていたが、早朝から一緒にいて、晩餐の席まで話すことが残っているのか?

「次期皇帝を通信鳥代わりにするとは、流石ロイド様だ」

「ははっ。母上に頭が上がらないのは、兄上も同じでしょう?」

「そうだな。ロイド様は恐ろしいからな」

 俺達の言い草と、ミュラーが知る、嫋やかなロイド様のイメージが合わないのか、ミュラーは目を白黒させている。

「それと、兄上のお耳に入れて置きたい話もありまして」

 弟の真面目な声音に居住まいを正すと、アーノルドは、先ほどまで俺とミュラーが話題にしていた連中の話しをしだした。

「僕は昔から彼らの事が嫌いで、今回入団試験に落ちたときいて、ホッとしたのです。でも第二で預かる事になったのですよね?」 
 
 おや? 己の立場を嫌と言う程理解しているアーノルドが、好悪を口にするとは珍しい。それほどあの連中を嫌っていると云う事か?

「そうらしいな。俺も今聞いたところだ」

「私の立場では、好き嫌いだけで、人事を左右する事は出来ませんが、出来る事なら彼らとは、一生関わり合いに成りたくありません」

「お前がそんな事を言うとは珍しいな。その連中と、何かあったのか?」

「僕が直接何かされた訳ではないのです。ただあの親子のことは、子供の頃から知っています。父親がウィル兄の側近だったので」

「ウィリアムの?」

「はい。今も秋桜宮に詰めて僕の補佐をしてくれています。父親は毒にも薬にも為ら無いような、穏やかな人で、長兄と次兄も父親に似た穏やかな人達なのです。ですが彼だけが、傲慢というか強引と言うか、身の程を知ら無いというか・・・」

「ミュラーからも、同じような人物評価を聞いたばかりだ」

「そうなのですね?」

 とアーノルドはミュラーを見て、自分の人を見る目が。的外れではなかった事に安堵している様子だ。

「彼は兎に角、自分が一番でないと、気が済まない処があるのです」

「ふん・・・その程度の事でお前が、嫌いとまで言うか?他に何があった」

「彼は、彼らは昔から徒党を組んで、弱い者いじめをしてきました」

「いじめ?まさかお前」

 俺が醸し出す、不穏な空気に気付いたアーノルドは、慌てて顔の前で手を振って見せた。

「ちっ違います!僕は何もされて居ません!・・・ウィル兄と比べて、無能だと嫌味を言われたことは有りますが・・それに関しては事実なので・・・」

「・・・誰が何と言おうと、お前は優秀だ。お前の良さを、分からん奴の方が無能なのだ」

 俺の言葉にアーノルドは、照れたように破顔した。

「ははっ。僕は兄上に認められただけで、充分なので気にしていません。ですが彼らは、ジャクソン・ビーンとその取り巻き達は、違います。特にビーンは思い込みが激しく、なんでも自分の思い通りになる、と考えている節があるのです」

「ふむ・・・その類の性根の腐り具合は、甘やかされた貴族の令息に有り勝ちなのだ、と、俺も最近認識した処だ」

 やはりマーロウ伯の様な、厳しいマナー講師が付かなくなって、貴族の子弟の質が下がったのではないか?

 アルケリス・メリオネス、リック・ラドクリフ、エスカルにオレステス・オズボーン。

 どいつもこいつも、甘やかされたクソガキばかりだ。

「僕が、ジャクソンを嫌いになったのは、その・・・兄上の事を悪く言っているのを聞いたからなのです」

「・・・俺の事か?」

 悪く言うも何も、俺に関しては、元々悪い噂しかなかっただろうに。

「あいつは、兄上の事を強い筈がないと言ったのです。獣人だから人族より膂力と魔力は、強いかも知れないが、噂は眉唾物だ。皇族だから、大袈裟に言っているだけだ。若しかしたら、自分の方が強いかも知れないと。兄上の苦労も知らないで、兄上のお陰で好き勝手なことが出来るくらいに、平和になった事に感謝もしないで。そんな巫山戯た事を、取り巻き相手に、話しているのを聞いたんです」

 そう言って拳を握るアーノルドは、本当に悔しそうで、胸の奥がくすぐったくなった。

「そうか・・・」

 そんなのは、俺は気にしないし、もっと酷い事も、言われ慣れているのだがな。

 あぁそうか。

 俺が聞かぬふりで何もしなかった事で、獣人差別の歯止めが利かなくなったのと同じか、いや、そのビーンと言う小僧は、差別主義者なのかもしれん。

「それに・・・・」

 と急にアーノルドがもじもじし出して、顔を赤くして、何か言いかけては口を閉じると云う、なんともじれったい態度を取り始めた。

「言いたい事が有るなら、ハッキリ言わんか」

「あの・・・それが、今日の晩餐で、母上から話があると思うので・・・その、ミュラー卿にも内密にお願いしたいのですが・・・」

 まったく。
 何時までモジモジしている積りだ?

「アーノルド、早く言え」

「そっその! ぼぼっ僕の、こっ婚約が決まりましたっ!!」

 婚約?
 成る程、選定が終わったか。
 まあ。出来レースではあったがな?

「そうか、おめでとう。今夜の晩餐にはリアンも来るのか?」

「え? あ?はい?・・・えっ?なんでリアンだと知ってるのですか?」

「なんでって。お前、最初からリアンを気に入っていただろう?」

「へえぇ? いや。まぁそうなんですが」

 こんなに顔を赤くして。
 初々しいな。
 俺の弟は、本当に素直な良い奴だ。

「それで?リアンとビーンに何かあったのか?」

「えっあっはいっ! その! ジャクソンがリアンに、しつこく付き纏って居るのです」

「王配候補に、名前が挙がった後もか?」

「それが、候補になってからの方が、酷くなったらしくて。リアンも怖がっているのです。それなのに、リアンの近くに居る為だとか言って、第一騎士団の入団試験を受けたり、試験に落ちてホッとしたと思ったら、第二騎士団へ預かりが決まった事もあって、リアンはジャクソン達だけでなく、誰かが手引きしてるのではないか、自分が王配になる事を、良く思っていない者達がいるのではないか、と心配もしていて」

 良く思わない奴等なら、掃いて捨てる程いるだろうな。

 候補に挙がらずとも、自分の息子を王配若しくは側室にしたい親は多いし、本人がその野望を持っている場合もあるだろう。

 可哀そうだが、この程度で音を上げていては、王配は務まらん。
 
 だがまあ、婚約祝いに火の粉を払うくらいはしてやるか。

「ふむ・・・ミュラー、ビーンたちを押し付けて来たのは第1の誰だ?」

「え~~。あまり馴染みの無い名前でした。確か・・・・バ・・ベ?・・・あっエルギ。エルギ卿です!」

「バルドではないのだな?・・・エルギか。エルギ伯爵は大厄災で、被害にあった一人だったな。そいつは伯爵家を継いだ息子か?」

 目を向けたアーノルドは、その通りだと頷いた。

「分かった。一つ確認だが。第一の団長に俺は、レイン・バルドを推薦した筈だが。内示もまだなのか?」

「それが。バルド卿が自分は団長の器ではないと、固辞していまして」

「バルドらしいと言えばらしいが。そうも言って居られなくなった。アーノルドはバルドを団長に指名しろ。ミュラー。バルドを宮に呼んでくれ、俺が直接奴と話す」

「兄上。何かご存じなのですか?」

「ご存じではないが、予想はつく。なに、バルドが団長の座に着けば、勝手な事をする奴は居なくなるだろう。それとビーン達の事も俺に任せろ。お前は帰って、心配はいらないと、リアンを慰めてやれ」

「そんな簡単に? 本当に大丈夫なのですか?」

「俺は脳筋に見えるかもしれんが、それなりに腹黒いのだ。ぽっと出の小僧のやる事くらいは、どうにでも出来る。まあ悪いようにはせんから、この兄に任せて置け」

「兄上がそう仰るなら。お任せします」

 ホッとして頭を下げたアーノルドを送り出し、宮に戻った俺は、執務室でたまった書類を片付けながら、バルドの到着を待つ事にした。
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