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愛し子と樹海の王

面倒事の種はどこにでもある

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 翌早朝。

 寝ぼけ眼のレンを抱きかかえ、ロイド様に指定された時間に、翡翠宮の門をくぐった俺は、待ち構えていた侍従達の小隊に番を奪われ、宮の一室に押し込まれた。

 そこで仮縫いが済んだ、婚姻式に着用する礼装に着替えさせられ、サイズの変わった所をチェックされ。礼装に似合うアクセサリーがどうだ、勲章がこうだ。靴は?マントを止めるブローチとチェーンの太さと長さは?この礼装なら髪形は? 

 完全に着せ替え人形状態だ。
 内々で行った婚姻式でも、衣装決めにここまで、大騒ぎにはならなかった。

 婚姻式の衣装のあれやこれやが決まると、侍従隊は、次は夜会用の正装だと言って、別の衣装と、それに合わせる小物の入った箱を、次々に運び込んでくる。

「別に俺が着飾った所で、大した違いは無いだろう?適当で良いのではないか?」

 慣れない騒ぎに、うんざりしていた俺の発言に、侍従隊とテーラーの助手の目が、ギラリと光り、一種軽蔑の籠った視線に囲まれることになった。

「閣下は、それでもよろしいでしょう」

「婚姻式で閣下はレン様の添え物ですから、主役でない自覚が御有りなのは、結構な事です」

 これは、褒められてはいないよな?

「確かに閣下は、レン様の添え物です。で・す・が。添え物とは、主役を引き立たせる為に、重要な存在なのです! 謂わば閣下はレン様の最高のアクセサリー!レン様の花の様な可憐さと、艶やかな美しさを最大限に引き出せるかどうかは、閣下の装いに掛かっているのです!!」

「そっそうなのか?」

 侍従隊の勢いに押され、若干身を引く俺に、テーラー助手から更に追い打ちが掛かる。

「閣下。よ~~~く考えて、想像してみてください。閣下が横に立つことで、ただでさえお美しいレン様が、この世で一番美しく、光り輝く様を!! 神か天使か! そう見違う程にお美しいレン様に、世界中の人類が平伏す事でしょう!!」

「その通り! レン様を美の化身として完成させるのは、閣下の役目!!」

「世界中が焦がれる美の神を、自分の番だと自慢したくは有りませんか?世界一お美しい方の隣で、恥ずかしい思いはしたくありませんよね?」

「うっ・・・・それは・・・・」

 俺が居る事で、この世の誰より美しく花開く番・・・・。

 いい。
 物凄く良い。

「・・・次の衣装を持って来てくれ」

「聞き分けの良い雄は。伴侶から大事にされますよ」

 侍従と助手たちは、クスクスと笑いさんざめきながら、次の衣装を用意するなか、俺は馴染みの無い華やかな空間に、溜息を吐いたのだった。

そして正装のジャケットに腕を通そうとした時。

「「「「キャーーーー!!」」」」

 二つ隣の、レンが衣装合わせをしている部屋から悲鳴が聞こえて来た。

 キャー!キャー! と騒ぐ声の中に皇太后の声も交じっている。

 近衛に守られた翡翠宮で、何かあるとは思えないが、それでもこの騒ぎは異常だ。

 不測の事態が起きたのか?

 何より番が居る部屋から、尋常ではない悲鳴が響いて来たのだ、俺は机の上に置いてあった剣を掴み、廊下へ飛び出した。

 廊下にいた護衛の近衛騎士が、剣を掴んで飛び出して来た俺に、ギョッとして身を竦めたが、直ぐに気を取り直したのか、俺の前に立ちふさがった。

「おい! 今の悲鳴が聞こえただろう?!」

「閣下。何も問題ありません」

「そんな訳あるか?!」

「いえ、本当に大丈夫ですから。あれは侍従と皇太后陛下が喜んでいるだけです」

「中の確認もしないで、何故言い切れる!」

 俺の剣幕に、護衛騎士達が困り顔で目と目を見交わした。

 その時 バンッ!! と大きな音を立て扉が開かれると、こめかみに青筋を立てた皇太后がミスリルの扇片手に、姿を現した。

「なんの騒ぎです」

「えっ・・・あっいや・・・・」

 ビシッ!! 皇太后の掌で音を立てた扇が、俺の鼻先に突き付けられた。

「こんな騒ぎを起こして、式の前に伴侶の衣装を盗み見ようとするとは、なんと無粋な」

「いや・・・でも・・・悲鳴が・・・」  

「悲鳴?なんのことです?貴方自分の衣装合わせは終わったの?」

 何故この人は、青筋を立てながら、笑えるのだろうか。
 ギラリと光る扇と相まり、怖いのなんの。

 背筋に冷たい汗が流れ落ち、飲み込んだ唾で、ゴクリと喉が鳴った。

「・・・・いえ、まだです」

「そう? なら、さっさと済ませてお帰りなさい」

「は? 俺一人でですか?」

「当然です。レン様の衣装合わせは時間が掛かります。それに誰かの所為で、遠い異国に連れていかれてしまって、レン様とは積もる話があるのです」

「あ・・・はあ」

「分かったら。部屋に戻るっ!」

「はっはい!!」

 鼻先で閉められる扉の隙間に、ほんの一瞬番の黒髪が見えた気がする。

「はあ~~~」

 だから言ったのに。 とでも言いたげな騎士達を残し部屋に戻ると、侍従隊と助手達が、ソワソワと落ち着きがない。

「なんだ?」

 助手の一人がおずおずと口を開いた。

「あのぉ・・・オーナーに確認したいことが有りまして」

「あっ! 私達も陛下に確認したいことが」

 こいつ等・・・・・。
 俺でさえ見せて貰えないというのに、レンの衣装を見に行く気だな。

「閣下・・・宜しいでしょうか?」

「分かった。行ってこい。だが俺はロイド様から、早く衣装合わせを終わらせろ、と言われている。直ぐに戻れ」

 クソッ!! 俺だって見たい!!

 だが、此処でこいつらに行くな、と言えば、心の狭い雄だと噂され、レンが悲しい思いをする。

「ありがとうございます。すぐに戻りますので!!」

 パタパタと侍従隊と助手が、部屋を出てから数瞬後。

 先ほどと同じ様な悲鳴が、廊下から聞こえてくる。

 ちきしょう!!

 何故、侍従や助手は、衣装を着たレンを見ても良くて。伴侶である俺は、式まで見てはいかんのだ?!

 理不尽だろう!!
 こんな馬鹿気た慣習を考え付いた奴を、目の前に連れて来い!!
 確実に息の根を止めてやる!!

 暫くして、キャッキャと はしゃぎながら戻って来た侍従隊と助手の一行は、俺の不機嫌な顔を見ると、瞬時に仕事の顔に戻り、何食わぬ顔で、淡々と粛々と俺の衣装合わせを終わらせたのだ。

 そして皇太后の宣言通り、翡翠宮を追い出された俺は、仕方なく騎士団の詰め所に顔を出し、留守の間の報告を受けた。

 その間ミュラーの愚痴もたっぷり聞かせられたのだが、どうやら面倒な新人が数人、入団してきたらしい。

 その連中は、どこぞの伯爵家の三男を筆頭にした集団で、総勢5名。
 その三男は元々伯爵家の私兵を纏める立場にあり、引き連れて来た連中も、この私兵出身らしい。

 それが何故、第二騎士団うちに入団して来たのか。

「第一騎士団の入団試験に落ちたのです」

「見目の問題か?」

「いえ。マナーがなって居なかったようでして」

「ああ。で?それを何故、第2騎士団うちで引き取る事になった?」

「それが、見た目も実力も問題なく、マナー・・・と言うか、態度の悪ささえ矯正できれば、欲しい人材ではあるらしく、少し揉んでほしいそうでして」

「うちは何時から、騎士の養成所になったのだ?」

「私もそう言って、断ったのですが。ならば第一の補助要員を増やしてくれ、と言われてしまいまして。彼方さんの人手不足は深刻ですし、今はこんな状況で、どこの騎士団も人手が足りていませんから、致し方なく」

「ふむ・・・どのくらい面倒なのだ?」

「あ~~あれです。よくある身の程知らずってやつです」

「ほう?」

 ミュラー曰。

 この伯爵の三男が引き連れてきた連中は、皆人族だが見目も良く剣の腕も確か。
 そして補助魔法に長けて居り、身体強化の使い方も上手いらしい。

「今ここには、Bランク以下しか残って居ませんから。ちょっと勘違いしているようです」

「騎士たるもの、本質を見抜けぬようでは、問題だな?」

「左様ですな」

 と二人で茶を啜っていると、詰め所の外が騒がしくなり、誰が来たのかと思っていたら、次期皇帝アーノルドが顔を出したのだった。
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