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愛し子と樹海の王
オカンは人類最強
しおりを挟む「お疲れの処、申し訳ございません」
「構わん。どうした?」
「あの、それが・・・皇太后陛下からの使者の方がお見えで、今すぐ翡翠宮へ来るようにと」
思わず俺とレンは、互いの目を見つめ合った。
今すぐ来いと・・・・。
俺とレンは揃って溜息を吐き、直ぐに向かうと使者に伝えさせた。
着替えたばかりの服から、謁見用の正装に着替え直し、翡翠宮に向かう頃には、俺はゴトフリーの奥の院に現れた、巨大な魔物との戦闘が恋しくなっていた。
いつまで経っても、俺はロイド様が苦手だ。
あの人の前に立つと、魔物と対峙する時より、強烈な緊張と恐怖を感じる。
翡翠宮に到着し、侍従に案内された部屋の扉が開いたと同時に パチッ パチッ と扇を閉じる音が聞こえてきた。
これは拙い。
かなり苛立っておられる。
内心の動揺を隠し、礼法通り視線を下げたまま皇太后の前に進み出た俺達は、これも礼法通りの挨拶の口上を述べた。
皇太后から声が掛かるまで顔を上げることも出来ぬまま、床を見つめている間も、扇の音がイライラと鳴り続けている。
「・・・レン様顔を上げて、こちらにいらっしゃい」
レンだけか。
まぁ、そうだよな。
愛し子のレンに、いつ迄も礼の姿勢を取らせている訳にはいかないからな。
「まあ、少し痩せてしまったのではないの?まったく、大切な番を、戦争に連れて行くなんて」
「ロイド様。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。でも従軍は私も望んだ事ですので、アレクを責めないで上げてください」
「そうやって、レン様が甘やかすから」
盛大な皇太后の溜息が聞こえてくる。
「アレクサンドル、貴方はそのままで聞きなさい。今回の任務の重要性は私もよ~く分かっています。ですが、弟の戴冠式と、自分達の婚姻式を忘れるとは、どう言う事?」
「大変申し訳なく」
「ロイド様。あの、アレクは本当に忙しくて、それの物凄く頑張って居たのです。それに忙しさにかまけて、大事なことを失念して居たのは、私も同罪です。どうかアレクを許してあげてください」
「レン様。本当に甘やかし過ぎですよ?」
ビシリッと扇の鳴る音が聞こえる。
表面では無表情を装っているが、正装の中は、冷や汗でビショビショだ。
それから俺は頭を下げ続け、俺と皇太后の間で、レンのオロオロした執りなしを、皇太后は跳ね除け、繰り言のような小言を30ミンは聞き続けることになった。
「アレクサンドル。顔を上げなさい」
流石の俺も、そろそろ腰が痛くなって来た頃、漸く皇太后の気も晴れたようだ。
「はっ!」
「先ほども言いましたが、今回の任務の重要性は私も分かって居ます。アーノルドの即位に向け、急ぎ憂いを払う必要も有りました。ですが、状況報告だけは送られて来るのに、私の手紙には梨の礫。仮縫いが済んだルナコルタが、衣装合わせがしたい、と何度泣きついてきたと思っているのです」
「手紙? ロイド様、お手紙をくださって居たのですか?」
しまった!
後で読もうと思って、書類の山に放り投げてそのままだった。
番の驚いた瞳が、胸に痛い。
報告だけは上げて居たから、それでこちらの様子も分かるだろうと、高を括って居た俺の失態だ。
「アレクサンドル貴方って子は、私の手紙を読みもしなかったのですね。私がどれだけヤキモキして居たか・・・その時間を返して貰いたいくらいですよ」
「申し訳ございません」
「はあぁぁ~。本当に仕方のない子だこと。貴方もこちらにきて座りなさい。戦の功労者を、長々と叱責していた、等と他のものに知られたら、また影でなんと言われるか」
「誠に申し訳ございません」
「心のこもって居ない謝罪など結構です。取り敢えず、あちらの様子を聞かせてちょうだい」
皇太后の求めに応じ、俺とレンは、ゴトフリーでの出来事や、あの国を帝国の一部として治めて行く上での問題点などを説明した。
「本当に碌でもない国だこと。貴方達が言う事が全て本当なら・・・・いえ、全て事実なのでしょうが。貴族を全て入れ替え、国民のほとんどを追い出さなければ、統治も難しい。これと言った産業や産物があるでもなく。あの国の全てを信用出来ない以上、既存の貴族に、自治を任せる事も出来ない」
「建国以来、獣人から搾取することで成り立ってきた国です。悪習、因習を正すには、それなりの時間が必要かと」
「そうそう気長にも構えていられませんよ?粛清や取り潰した貴族、神殿から没収した財も、いつかは尽く。それまでに非道な因習を正し、魔物を討伐した上で、領土を整備し、新たな産業を起こさねば、あの国は、只々帝国の財を食い潰し、寄生するだけの厄介者と成り果てるでしょう」
「仰る通りです」
「そうなれば、帝国は、あの国を手放すことも、支援することも出来ず、放置した上で、民から搾取するより他無くなる。しかしアーノルドの治世において、そのような事があってはならない。さて、どうしたものか」
帝国の法に反するものを、地道に取り締まる事以外、考えて居なかった俺は、ロイド様の話で頭を抱えてしまった。
力で押さえつける事には限界がある、あの国での獣人の地位向上にも、時間が掛かるだろう。
即効性は望めなくとも、1日でも早く、ヴァラクの洗脳から国民を解放し、正常な状態で領土を運営して行かなければならない。
アーノルドの治世における、脅威を退ける事はできたが、代わりに脛齧りの厄介者を押し付けることはできん。
「ねえ。レン様はどう思う?何か良い手はない?」
問いかけられた番は、頬に手を当て首を傾げて考え込んでいる。
その姿があまりにも愛らしく、先ほどまで目を三角にして居たロイド様も、頬が緩んでいる。
「まあまあ。そんなに真剣に考え込まなくても。気楽に思った事を話してちょうだい?」
「気楽にですか?そうですねぇ・・・まず第一に、ギデオン帝が行った、生かさず殺さずの政は、あの国では使えないと思います」
思って居た以上に、真っ当な考えに俺とロイド様は、顔を見交わし、ロイド様はニンマリと唇の端を引き上げた。
「それはどうして?」
「ゴトフリーという国に、体力が無さ過ぎるからです。あの国を支えて来たのは獣人ですが、獣人は地位も低くて、貧し過ぎる。生かさず殺さずなんて、言ってたら、国民が全て倒れてしまうと思います」
「では、どうしたら良いと思う?」
「特大の飴と鞭でしょうか?」
「飴と鞭・・・」
「はい。帝国の意に従い利を齎した者には、多大な恩賞を。帝国の意に反し、法を犯した者には厳罰を。新聞などを使った、情報操作も必要だと思います。ただこれは、不正の温床に成り兼ねないので、3~5年くらいしか使えない手だと思います」
「なるほどね・・・」
ロイド様の機嫌が上向いて、広げられた扇が、ハタハタと風を送り出した。
「では、貴方達には、私の気を揉ませた罰として、課題を出します」
「課題ですか?」
今更、座学のやり直しをさせられるのか。
身から出た錆とは言え、面倒だな。
「貴方達も、そう長くは皇都に居られ無いでしょう?ですから期限は4日。4日の間に、ゴトフリーの運営方法を考えていらっしゃい」
「たった4日?」
「問題ありますか?」
風を送っていた扇が、ピタリと動きを止め、俺は思わず、ゴクリと喉を鳴らして唾を飲み込んでしまった。
「・・・いえ」
「何も、細かなところまで詰めて来い、とは言いませんよ。大まかな構想で構いません。 但し」
ロイド様は、テーブル越しにズイッと身を乗り出し、俺は小さく身を引いてしまった。
「二人で相談してはいけません。其々が、自分の考えを纏めて来るのです」
クッソー。
レンと相談出来なければ、俺に考えつくことなど、高が知れている。
「それと、先日の御前会議でも話し合われたけれど、あの国を支援するとして10年が限界だろうと言うのが、皆の意見です」
「10年で、ゴトフリーを建て直す方法を考えろと?」
新興貴族が拝領したとして、10年では何も出来んだろう。
マイオール以上に島流だと思われて、真面な運営は難しくなるぞ。
「何か質問は?」
「グリーンヒルさんか、何方か法律と経済に詳しい方の、意見を伺いたいのですけれど、どなたか紹介して下さいますか?」
「ええ。構いませんよ。ですが、衣装合わせが先です。明日の朝一で、ルナコルタがここに来ます。貴方達もその積りで準備なさい」
「柘榴宮ではなく?」
「当然です。子供の婚礼衣装の確認は、親の勤めですからね」
ニンマリと笑ったロイド様の瞳が、ミスリルの扇が反射した光で、ギラリと光り。
「御心のままに」
俺とレンは縮こまって、頷く事しか出来なかったのだ。
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