獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

文字の大きさ
上 下
389 / 570
愛し子と樹海の王

閣下はご機嫌

しおりを挟む
 今日の俺は控えめに言っても機嫌がいい。

 空は抜けるように青く、残暑は厳しいが頬を撫でる風に、秋の臭いが混じり始めている。

 ゴトフリーは山と森が多い地域だけに、朝晩の空気は、皇都よりもひんやりと澄んでいて、気持ちのいい土地柄だ。

 ここ数日、捕らえた貴族と軍の幹部の刑を執行し、恭順を示した者達との謁見に始終していた俺は、身勝手な奴らの相手にうんざりしていた。

 恭順を示そうが、一通りは過去の行いを調べなければならない。

 口先だけでは何とでも言える、腹黒いばかりで、帝国にとって利の無い相手なら、さっさと切り捨ててしまった方がいいのだ。

 それに、獣人を弾圧していた奴らが、帝国貴族の一員に成れると思ってもらっては困る。

 キャプロス侯爵には悪いが、口利きしてくれた者の中で、5年後に領主の座に付いて居られる者はごく僅かだ。

 アーノルドが即位すれば、新たに叙爵する者も出るだろう。ならば新たな領土は新たな領主が治めて然るべきだろう。

 腹の探り合いの日々に辟易していたが、今日は久しぶりに番と一緒に、行動することが出来る。

 空は快晴、爽やかな風に混じる、番の甘い香りを堪能すれば、ひび割れた心も潤うと言うものだ。



「閣下、メチャクチャ機嫌が良いな」

「お前分かるのか? あの人、いっつもおっかない顔してるだろ?」

「あ~。あんた、第3だったよな? 第2騎士団うちの連中なら分かるな」

「そうそう!今日の閣下はご機嫌だ」

「あれで? あんな眉間にぶっとい皺刻んでて? いつもより怖い顔してないか?」

「いや。あの顔は、とってもご機嫌だな」

「なんったって、レン様抱っこしてるからな」

「そうそう!」

「あれは多分、ニヤケそうになるのを堪えてる顔だ」

「いやぁ・・・あの顔だぞ? 普通泣くぜ?レン様は、よく泣き出さないよな?」

「何言ってんだよ。レン様はな、この世で一番、閣下が格好いいと思ってるんだぜ?」

「マジか!? これぞ番マジック!!」

「「「「それなっ!!」」」」



「ねぇ。あの人たちどうしたの?なんかショーンさんに、メチャクチャ怒られてるけど」

「ん?・・・あぁ。あいつ等か、また余計な事を言ったのだろう」

「そう言えば。前にもマークさんに怒られてた気がする」

「あいつ等は、鳥の獣人でな? ピーチクパーチク、口が軽い処が有るのだ」

「へえ~。モーガンさんも鳥だけど、あんまり喋らないよね?」

「モーガンは鷲だからな。猛禽類と小鳥は違うだろう」

「小鳥? 小鳥の獣人なんているの? えっ?でも体は大きいですよ?」

「体の大きさと、種族はあまり関係ないのだぞ? 種族の特性は、性格や習性、能力に出るからな」

「そうなんだ。勉強になります。それで小鳥って、なんの鳥なの?」

「あいつ等は確か・・・・・カケス・ムクドリ・カラス・・・ヒヨドリだったかな」

「あ・・・・確かにおしゃべりそう」

 鳥の名前で通じるとは、異界にも同じ鳥が居たようだ。

「さあ、着いた」

 腕から下ろすと、番は辺りをキョロキョロと見まわしている。

「ここって大聖堂でしたよね? ここも浄化するの? なんとも無いみたいだけど」

「うむ・・カルがここを吹き飛ばしただろ?その時に、ご神体と呼ばれていた初代の柩が瓦礫に埋まってしまったのだが、瓦礫を撤去したことで、柩が掘り出されてな。クレイオスの解呪は済んでいるが、火葬する前に、一応レンにも、確認してもらおうと思ってな?」

「ああ。そういう事ね。分かりました。
・・・・最終的に初代王の遺体はどうなるの?」

「火葬してしまいだ」

「えっ? お墓に入れて上げないの? 共同墓地とかもあるでしょ?」

「800年以上前の話だが、それでもゴトフリーの初代は、帝国の前身クレイオス王国の反逆者だ、ゴトフリー王国にとっては、建国の父であり、永い間王国と神殿のシンボルでもあった。そんな者を崇められる場所を、残す訳にはいかんだろう?」

「そっか・・・そうだよね」

 敵国のシンボルとなった人物にも、慈悲の心がうずくのか・・・・。
 レンの様な心根の優しい人には、酷な話かもしれんな。

 その後レンと一緒に、初代の亡骸を確認したが、その姿は、最早人とは呼べない代物だった。

 800数十年に及び、瘴気を集め続け、反魂の術を掛けられた王の亡骸は、クレイオスが解呪を試みた時には、既にグールと化していたのだろう。

 体は醜くねじ曲がり、ひざ下に届くほどの長い腕が4本生えている。ガバリと開いた口には、人よりも明らかに多い、尖った歯がビッシリと並び、騎士団の団員達が、戦う事にならずに済んで、心から良かったと胸を撫で下ろした。

「可愛そうに・・・・長い間眠る事も許されず、最後はこんなことになって・・・自分で蒔いた種だけど、魂が残って居なくて本当に良かった」

 呟いた番の横顔は、とても悲しそうだった。

 初代の柩は特に問題なし。とレンからのお墨付きを貰い、さっそく火葬に回すこととなった。

 その後、地下にあった魔薬の製造工場と、実験施設にレンを連れて行き、浄化を施して貰ったのだが、これが俺が見えていた以上に、瘴気が濃く残っていたらしく、レンの顔色は、見る見るうちに青褪めて行った。

「すまない。これ程疲弊するとは思っていなかった」

 ふらつく身体を抱き上げ、地上に戻ったが、レンの指先は震え、息も荒い。身体も氷の様に冷え切ってしまっていた。

「大丈夫・・・・心配しないで。久しぶりに濃い・・瘴気だったから、草臥れちゃっただけよ?」

「しかし・・・」

「・・・じゃあ、大聖堂に・・・・・連れて行って?」

「大聖堂? あんなところで何をするんだ?」

「カルが・・開けた穴が有るでしょ?・・・そこでクレイオス様か・・カルを呼んで欲しいの」

「クレイオスは、まだカルの所に、入り浸りなのか?」

「そうみたい。・・・・クオンとノワールの教育も兼ねている・・・から・・・時間が掛かってるの・・かもね」

 冷え切った番の身体をマントで包み、大聖堂へ急いだ俺は、番を無事だったベンチに下ろして、床に開いた大穴に向かって声を張り上げた。

「クレイオス!!カル!!居るか?!レンが呼んでいる!直ぐに来い!!」

 暫く大穴に向かって耳を聳てたが、物音ひとつ聞こえない。

「クレイオス!! 聞こえないのか?!」

『うるさいの。聞こえておるわい』

 真後ろからの声に振り向くと、転移して来たクレイオスとカル、クオンとノワールの姿があった。

「レン様 どうしたの?」

「ぐあい悪いの?」

 ドラゴンの子供たちが、レンの膝に取り縋り顔を覗き込んでいる。
 それにレンは、大丈夫だと言って、頭を撫でてやって居た。

『我の子に、何をさせたのだ?』

「魔薬の製造工場と実験施設の浄化を頼んだ。俺の目に見える以上に瘴気が濃くて、レンの消耗が激しい」

『ふむ・・・カル。其方の茶を持って来てくれぬか?』

『分かった。だが、前の様に興奮状態になったりしないか?』

『かなり消耗しているからの。問題ないじゃろ』

 クレイオスが開いた空間に入って行ったカルは、5ミン程で茶の道具を抱えて戻って来た。

『さぁ、レンこれを飲んで。前に飲んだのと同じお茶だよ』

「ありがとう、カル」

 指が震えてカップを持てないレンを抱き上げ、カップに手を添えると、レンは静かに茶を飲んで、ほう と溜息を吐いた。

「あったかい・・・」

 ほんのりと、頬に赤みだ戻って来たレンの頭を、クレイオスがそっと撫でた。

『随分と、無茶をしたようだの?』

「ごめんなさい。呪具の浄化より簡単そうだったのだけど、思ったより念が強くて」

『そうであろう。この国の瘴気は帝国にあった呪具よりも質が悪い。次からは我か、カルを必ず連れて行くようにな?』

「はい・・・」

「カルも?」

 何故この龍を連れて行くのだ?
 この龍も、クレイオスと同等の力を持っているとして、この龍には関係ない事だろう?
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

腹黒宰相との白い結婚

恋愛
大嫌いな腹黒宰相ロイドと結婚する羽目になったランメリアは、条件をつきつけた――これは白い結婚であること。代わりに側妻を娶るも愛人を作るも好きにすればいい。そう決めたはずだったのだが、なぜか、周囲が全力で溝を埋めてくる。

侍女から第2夫人、そして……

しゃーりん
恋愛
公爵家の2歳のお嬢様の侍女をしているルイーズは、酔って夢だと思い込んでお嬢様の父親であるガレントと関係を持ってしまう。 翌朝、現実だったと知った2人は親たちの話し合いの結果、ガレントの第2夫人になることに決まった。 ガレントの正妻セルフィが病弱でもう子供を望めないからだった。 一日で侍女から第2夫人になってしまったルイーズ。 正妻セルフィからは、娘を義母として可愛がり、夫を好きになってほしいと頼まれる。 セルフィの残り時間は少なく、ルイーズがやがて正妻になるというお話です。

冷徹公に嫁いだ可哀想なお姫様

さくたろう
恋愛
 役立たずだと家族から虐げられている半身不随の姫アンジェリカ。味方になってくれるのは従兄弟のノースだけだった。  ある日、姉のジュリエッタの代わりに大陸の覇者、冷徹公の異名を持つ王マイロ・カースに嫁ぐことになる。  恐ろしくて震えるアンジェリカだが、マイロは想像よりもはるかに優しい人だった。アンジェリカはマイロに心を開いていき、マイロもまた、心が美しいアンジェリカに癒されていく。 ※小説家になろう様にも掲載しています いつか設定を少し変えて、長編にしたいなぁと思っているお話ですが、ひとまず短編のまま投稿しました。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。

恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。 パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

処理中です...