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愛し子と樹海の王
休憩とは言えないが、心の癒しではある
しおりを挟む呼びつけたオーナーと支配人を無視して、話すレンは、かなりの御立腹だ。
「ねぇ、アレク。この宿は騎士団が接収したのよね?」
「そうだが?」
「接収したって事は、このホテル、宿は帝国の物?」
「まあ、そうなるな」
「ふ~ん。じゃあ、このホテルを私が好きにしても問題ない?」
「問題ないな、ゴトフリー王国は滅亡した。ここは帝国の一部だからな」
俺たちの会話を聞いていた、オーナーと支配人は、自分達が仕出かした事の、愚かさと重大さを、ようやく理解したらしい。
商売人のくせに、情報収集を怠るからこんな事になるのだ。
自分達の愚かさと怠慢を、後悔しても遅いのだ。
真っ青になり震え出した2人を、レンは冷め切った目で見つめて居る。
「帝国の一部ってことは、帝国の法律が適用されるのよね?」
「当然そうなるな」
ゴトフリーの常識など、俺達には通用しない。獣人だと言うだけで、蔑み貶める事など出来ないのだ。
「じゃあ、帝国の大公閣下と、公爵の私に、こんな料理を出した人はどうなるの?」
レンが指差したテーブルに並んだ料理は、よくて犬の餌。
いや、犬も食ったら腹を壊すだろう。
カビの生えたパン、肉のついていない出汁骨、脂がごってりと浮いた屑野菜のスープは、すえた臭いを発している。
アンやシルバーウルフたちの餌の方が、何倍も豪華で美味そうだ。
誰の指示だったのか、国に対する義憤か、接収され、客を追い出された恨みなのか、単に、獣人に対する嫌がらせか、何かは知らんが、帝国の騎士団相手によくやったものだ。
「そうだな・・・不敬罪で断首か、よくて鉱山で強制労働だな」
「ふ~ん。・・・あなた達はどっちが良い?」
襟の色が変わるほど、脂汗をかく2人は、俺達の身分を聞いて、今にも倒れそうだ。
「てっ帝国の、きっ貴賓とは存じ上げず、申し、申し訳ございませんでした!」
「どどど、どうかおゆるしください!!」
土下座し、床に額を擦り付け許しを請う2人に、レンの表情は微動だにしない。
「謝るってことは、こんなものを出すのが、失礼だって理解した上での、あなた達の指示なのね?」
「いえ!! こっこれは料理長が勝手に!!」
「だそうだけど?」
とレンは顔色を失くした料理人の1人に目をやった。
「そんな・・・わたしは、オーナー達に言われて」
「何を言うか!お前の指示だろう!」
罪を着せ合い始めた3人を、レンは タンッとテーブルを叩いて黙らせた。
「私が聞きたいのは、そう言うことではなくて、あなた達は、うちの騎士さん達にも、同じことをする積もりだったのか、って事なんだけど?」
「それは・・・」
押し黙る3人と、使用人を順に眺めるレンから感じる心境は、落胆と苛立ちだった。
俺達を恐れながら、瞳に獣人に対する嫌悪を隠さない様子に、レンもうんざりして居るのだ。
こんな事なら、面倒でも王城に戻ればよかった。
「帝国でこんなことをしたら、このホテルは潰れちゃうわよね?」
「そうだな。それ以前に、こんな料理を出す店には、営業許可が降りんな」
「そうよねぇ。この3人の処分は、アレクに任せて良いの?」
「問題ない」
俺が指で合図し、オーナー達3人を拘束する部下に、レンは “疲れてるのにごめんね” と謝り。謝られた部下達は、全く問題ないと笑っていた。
事の顛末を見ていた、俺達に怪しい水を出したウェイターを初め、同じお仕着せを着た使用人達は、身を竦め嵐が過ぎ去るのを、黙って待つ事にした様だ。
その使用人の後ろで、ポカンとして居るのが、この宿で下男として働いている獣人達だろう。
「支配人の次に偉いのは誰?」
「・・・わ・・私です」
周りの者から肘で突かれ、やっと応えたのは、気取った感じの若い雄だ。
「ここで働いている、人族の人達はこれで全部?」
「いえ・・・休みの者と、王都から逃げ出した者が、後15名程おります」
「そう。じゃあ、獣人の人達は?」
「今いる者で全てです」
「獣人の方達は、前に来てくれる?」
そう言ってレンは、人族の使用人達に、他のテーブルを片付けさせた。
何をされるのかと、ビクビクしている 20名ほどの獣人の前に立ったレンは、魔法陣を展開させ、獣人達の隷属の首輪を外してしまった。
歓喜する獣人と、呆然とする人族の使用人。
正直俺も驚いた。
事前の準備なしで、首輪を外す魔法陣を展開出来るとは、思って居なかったからだ。
これも、魔素水の影響か?
首を傾げる俺にレンは、何度も準備して居る間に、魔法陣を覚えてしまったのだと言って笑っている。
覚えたからと言って、簡単に発動できるものでは無いと思うのだが、まぁ、レンだからそんな事もあるか、と納得する事にした。
色々考えるだけ無駄だからな。
「帝国に奴隷は居ないの。人の売買は違法なのよ?」
番が浮かべる慈愛の微笑みに、安堵の表情を浮かべた使用人達は、続いて解雇を言い渡されると愕然とし、慈悲を請うた。
「落ち着いたら求人を出す予定だから、その時に、もう一度応募してくれるかしら。でもね、これからは獣人のお客さんも増えるだろうし、暫くは騎士団が利用する訳でしょ?帝国では、接客業の基準は厳しいのよ?貴方達、大丈夫なの?」
そう言われて、ゴトフリーの常識しか知らない使用人達は、獣人を客としてもてなす事に嫌悪感を抱いたのか、1人また1人と、その場を離れて行った。
実際の所、騎士団の連中は、大概の事は自分で出来るし、獣人に反感を持つ者に、周囲を彷徨かれる方が落ち着かない。
掃除や洗濯などの雑多な事を手伝ってもらえるのなら、下男だけで充分なのだ。
その後、歓喜に咽ぶ獣人達を引き連れ、腕捲りをした俺の番は、意気揚々と厨房へ入っていったのだが・・・。
20人もの獣人を動員した番は、俺達の分だけでなく、連れてきた騎士達の食事をも用意してくれた。
食事が終わる頃には、魔素水からくる高揚感も底をついてきたらしく、レンも漸くいつもの落ち着いた様子に戻っていた。
案内された部屋は、この宿で一番高いと言うだけあって、調度品も良い物が揃っていた。
何より、番を喜ばせたのは、風呂が大きかった事だ。
ここ数日、洗浄魔法と清拭ばかり、よくても天幕内で湯浴みをする程度だっただけに、風呂好きのレンの喜びようは大きかった。
湯を用意すると言う下男に、魔法で湯を作って見せ、早々に部屋から追い出した。
鍵と結界と遮音魔法を重ね掛けすれば、誰にも邪魔をされる心配はない。
一刻も早く番の世話をしたかったのだが、レンにどうしてもと言われ、先に俺の体を流してもらう事になった。
正に至福。
頭のてっぺんから足の先まで、番の手で優しく丁寧に清められると、体だけでなく、心の中に溜まった澱まで消えていく様だ。
「アレクの髪は艶々サラサラで、夕日みたいな色で綺麗ね」
「俺の髪は好きか?」
「うん」
帝国では、俺のような赤毛は、あまり好まれないのだが、レンの好みは本当に変わっているな。
「俺はレンの黒髪の方が、美しいと思うが」
「そう? ありがと」
「さぁ、洗ってあげるから、こっちに来て」
「うん」
数日に及ぶ禁欲生活で、夢にまで見た番の肌は、いつも以上に、しっとりと柔らかく、スベスベに感じる。
指に絡む艶やかな髪も、くすぐったそうに首をすくめる仕草も、この全てが俺のもので癒しだ。
体の隅々まで磨き上げ、湯に浸かり、足の間に座らせたレンから、王城でレンが転移させられた後の話しを聞かせてもらった。
レンも俺がどうして居たのかを知りたがったが、俺がして居た事と言えば、生臭い話ばかりで、レンに聞かせられる様なものはあまりなかった。
だがしかし。
今の俺は言葉での会話より、肉体での会話を欲している訳で、半ば強引にレンを連れ込んだのは、そう言う事が致したいからに他ならない。
勿論、レンに休息が必要だと言った事や、番を傍に置いて、癒されたい気持ちは本心だが、どうせ癒されるなら、其方の方も、満足したいのだ。
首筋の婚姻紋に口付けを落とし、舌を這わせて、番の様子を盗み見ると、特に拒まれる様子もなし。
番の顎を掬って口付けを交わし、舌を絡めて啜り上げると、深くなっていく口付けにレンの吐息も甘く溶けていく。
それを同意と見做し、レンを抱き上げたまま、ベットに向かう途中、魔法で体を乾かすと “ほんと、こんな時ばっかり狡い” と言われてしまった。
だが、こんな狡い雄を、好きだと言ったのは君なのだぞ?
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