382 / 527
愛し子と樹海の王
後始末とご休憩
しおりを挟む「いつ崩れるか分からん。ここで待て?」
「ヴぁんど、びっじょにびぐがら、大丈夫」
「レン!待ちなさい!!」
鼻をつまんだままにっこりと笑ったレンは、アンの背中にひらりと飛び乗り、奥の院の中に駆けて行ってしまった。
『ふふふ。人の子とは、元気なものだ』
この龍がレンを見る目は、孫を見る爺さんの目だな。
微笑ましく思いながら慈しむ、そんな感じだ。
「レンは大人だ。普段はあんな感じではないのだが・・・・。何か変な物を食べさせなかったか?」
変な物? と小首を傾げる姿も美しいとは、なんとも羨ましい限りだ。
『私の家には、人が食せるようなものがなくてね。食べたのはレンが持っていた携帯食だけだな。あとは、お茶をあげたくらいか?」
「茶の中身は?」
『私の育てた薬草と魔素水』
「薬草と・・魔素水? 原因はそれか!」
『レンが疲れて居るように見えたから、滋養に効果のある薬草を使ったが、なにか拙かったか?』
とたんに焦った表情になる龍に、どことなく人間味を感じる。
「薬草ではなく、魔素水の方だ。消費した魔力の回復に、魔素水は絶大な効果があるが。人が魔素水を飲むと魔力値が跳ね上がったり、魔力量が増える事がある」
「魔力が増え強くなるのは、悪い事では無いよな?」
「暴走さえ起こさなければ、悪くはないが、魔力量や魔力値が、急激に上がる事で、気分が高揚し、興奮状態に陥る事がある。今のレンはそれだな」
普段からレンは、頑張りすぎる処がある。
魔素水による興奮状態が落ち着くまで、様子を見ながら、セーブさせないと、反動で寝込んでしまうかもしれんな。
しかし、龍が育てた薬草が、普通とも思えんし・・・レンのあの様子では、セーブは難しいかもしれん。
ふむ・・・・どうしたものか。
だがまあ、クレイオスが付いていれば、以前の様に浄化で倒れることはないだろうし、奥の院を浄化し発散すれば、多少は落ち着くだろう・・・多分。
番の健康を思い、頭を悩ませた俺だが、レン以上に興奮した部下達を、落ち着かせる方が大変だった。
部下達の興奮は、無理もない話しでは有る。
散々梃子摺らされた、巨大且つ未知の魔物との戦闘で、興奮状態だったところに、これまた未知の巨大生物に跨り、颯爽と現れた愛し子が、あっさり魔物を倒し、浄化までしてしまったのだからな。
これ迄レンへ向けられていた、畏怖と尊敬の念は、今回の討伐と浄化で、天井知らずの爆上がり。
もはや崇拝、と言って良い域に達したようだ。
かく言う俺も、龍に跨り月光を浴びる番に、心臓を撃ち抜かれる想いをしたし、臆することなく、魔物と対峙する姿にグッと来た。
毎朝目覚める度に、愛が深まるのを感じるが、こうやって事あるごとに心を揺さぶられ、更に想いが深くなって行く。
周囲の者達に、俺の番への執着を呆れられることも多いが、俺の番は稀有な人なのだから、粘着質で重いと言われようが、仕方のないことだよな?
『私は・・・』
「?・・・すまん何か言ったか?」
レンが奥の院に入ってしまってから、カルはずっと俺の後を付いてまわっている。
人慣れして居るように見えたが、この龍は案外人見知りで、寂しがりなのか?
『私は、永い間ここの地下で、1人で過ごして来た。愛し子という存在が、どの様なものか知らないし、私が交流を持って居たのは、魔族だから、地上での人の暮らしというものも良く分からない。それでも、人が生き生きとして居る姿を見るのは、良いものだな』
「生き生き?」
この龍には、そう見えて居るのか。
夜通し魔物と対峙し、徹夜明けで後始末に追われる部下達は、俺の目には疲労でヘロヘロに見えるのだがな。
クレイオスと接していて、長命なドラゴンは人の尺度で測れない、と感じてはいたが、この龍も中々の変わり者らしい。
『浄化と言うものも、初めて見た。美しい光景だったが、人の身には辛いだろうね』
「そうだな。クレイオスの石化を解くまでは、レンの負担はとても大きくてな、レンにばかり負担を強いるアウラを、恨んだこともある」
『そんな堂々と神を貶して、バチが当たったらどうする?』
「クレイオス相手に、散々文句を言ってきて居るが、今の所無事だな」
『成る程・・・ね』
なんだんだこの意味深な沈黙は?
クレイオスとは違った意味で、やり辛い相手だ。
その後、残った魔物の始末や、居住区に押し込めた神官達の監視等々。雑多な手配に忙殺される事暫し。
奥の院から、暖かな気配が流れ、光の柱が空へと昇っていった。
「解呪と浄化が終わったようだ」
『見事。と言う他ないな。私はあれを、堰き止めることしか出来なかった』
「堰き止める?」
『私の住処はこの真下に有る。ここに移り住んだ者達が、気味の悪い術を施してな。それが広がらない様にするのがやっとだった』
「あぁ。だからこの王都では、瘴気による病が出なかったのか」
『病? 確かにあれに触れ続ければ、人の身に悪影響であったろうが・・・さて、用が済んだのなら、私は旧友に挨拶でもして来よう』
「俺もレンを迎えに行かないと」
指を鳴らし全身に洗浄魔法をかける俺を、カルは不思議そうに見ている。
「なんだ?生活魔法を見るのは初めてか?」
『いや?見たことはある。何故今なのかと思っただけだ』
「・・・・そうか」
そう言われても、番に臭いと言われたから。などとは口が裂けても言いたく無い。
番の前で、格好つけたいと思って、何が悪い?
奥の院まで迎えに行くと、魔素水の効果が続いて居るのか、レンはまだまだ元気な様だった。
召喚された魔物の討伐もあった、と知ったレンは、この広大な敷地内を浄化して回ると言って来た。
活力が漲り、元気一杯のレンを引き止めるのには骨が折れた。
後のことはマークに頼み、セルゲイと伯父上が到着するまでは、交代で休憩を取るように命じ、接収させておいた宿に、レンを連れ込め・・・休むように説得できたのは、昼も回った頃だった。
クレイオスは積もる話しがあると言って、クオンとノワールを連れ、カルの棲家へ向かうことになり、俺とレンは、2人で宿に入った。
この宿は王都で一番格式の高い宿だと言うことで、接収を決めた宿だ。
王城と神殿は、装飾過多でキラキラと言うより、ギラギラとした落ち着かない空間だったが、この宿は田舎臭さはある物の、落ち着いた雰囲気で、ゆっくり休むことができそうだった。
しかし、挨拶に出てきたオーナーと宿の支配人の態度は刺々しく、イヤイヤ接収に応じた事を隠しもしなかった。
オーナーと支配人の態度に、一緒についてきた護衛の騎士達は殺気立ったが、レンは微笑みを浮かべて、騎士達を宥めていた。
レンのこの冷たい笑みは、怒りを抑えている証拠だ。
だが何も知らないオーナー達は、獣人である俺達を、嘲るのを止める気はないらしい。
食事を摂りたいことを伝えると、支配人は “使用人達の多くが、王都から逃げてしまい、大したものは用意できない” と、偉そうに言いつつ、併設されたレストランへ案内した。
そして、遅めの昼餐としてテーブルに並べられた物を見たレンは、ニッコリと微笑みながら、料理を運んで来たウェイターにオーナーと支配人を呼ぶ様に命じた。
そして騎士達には、今いる使用人を全員集める様に頼んで、ウェイターが運んで来たぬるい水に、浄化を掛け、指先で作った氷を落とし俺に差し出した。
「はい、喉が渇いたでしょ?これ飲んで?」
「ありがとう。・・・何故浄化を?」
「ん~~? なんとなく? そうした方がいい様な気がして」
「なるほど」
ウェイターが水に何かした、とレンは感じたらしい。
同じように運ばれていたピッチャーにも、浄化を掛け氷を入れたレンは、水分補給は大事だと言いながら、騎士達にも水を配ったのだが、その様子を横で見ていたウェイターの顔色が、悪くなったのは、気の所為ではないと思う。
この国の獣人に対する、差別、弾圧の根深さに、俺はすでにうんざりしていた。
94
お気に入りに追加
1,318
あなたにおすすめの小説
獅子の最愛〜獣人団長の執着〜
水無月瑠璃
恋愛
獅子の獣人ライアンは領地の森で魔物に襲われそうになっている女を助ける。助けた女は気を失ってしまい、邸へと連れて帰ることに。
目を覚ました彼女…リリは人化した獣人の男を前にすると様子がおかしくなるも顔が獅子のライアンは平気なようで抱きついて来る。
女嫌いなライアンだが何故かリリには抱きつかれても平気。
素性を明かさないリリを保護することにしたライアン。
謎の多いリリと初めての感情に戸惑うライアン、2人の行く末は…
ヒーローはずっとライオンの姿で人化はしません。
地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~
あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
抱かれたい騎士No.1と抱かれたく無い騎士No.1に溺愛されてます。どうすればいいでしょうか!?
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ヴァンクリーフ騎士団には見目麗しい抱かれたい男No.1と、絶対零度の鋭い視線を持つ抱かれたく無い男No.1いる。
そんな騎士団の寮の厨房で働くジュリアは何故かその2人のお世話係に任命されてしまう。どうして!?
貧乏男爵令嬢ですが、家の借金返済の為に、頑張って働きますっ!
【R18】人気AV嬢だった私は乙ゲーのヒロインに転生したので、攻略キャラを全員美味しくいただくことにしました♪
奏音 美都
恋愛
「レイラちゃん、おつかれさまぁ。今日もよかったよ」
「おつかれさまでーす。シャワー浴びますね」
AV女優の私は、仕事を終えてシャワーを浴びてたんだけど、石鹸に滑って転んで頭を打って失神し……なぜか、乙女ゲームの世界に転生してた。
そこで、可愛くて美味しそうなDKたちに出会うんだけど、この乙ゲーって全対象年齢なのよね。
でも、誘惑に抗えるわけないでしょっ!
全員美味しくいただいちゃいまーす。
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。
鯖
恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。
パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる