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愛し子と樹海の王

後始末とご休憩

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「いつ崩れるか分からん。ここで待て?」

「ヴぁんど、びっじょにびぐがら、大丈夫」

「レン!待ちなさい!!」

 鼻をつまんだままにっこりと笑ったレンは、アンの背中にひらりと飛び乗り、奥の院の中に駆けて行ってしまった。

『ふふふ。人の子とは、元気なものだ』

 この龍がレンを見る目は、孫を見る爺さんの目だな。
 微笑ましく思いながら慈しむ、そんな感じだ。

「レンは大人だ。普段はあんな感じではないのだが・・・・。何か変な物を食べさせなかったか?」

 変な物? と小首を傾げる姿も美しいとは、なんとも羨ましい限りだ。

『私の家には、人が食せるようなものがなくてね。食べたのはレンが持っていた携帯食だけだな。あとは、お茶をあげたくらいか?」

「茶の中身は?」

『私の育てた薬草と魔素水』

「薬草と・・魔素水? 原因はそれか!」

『レンが疲れて居るように見えたから、滋養に効果のある薬草を使ったが、なにか拙かったか?』

 とたんに焦った表情になる龍に、どことなく人間味を感じる。

「薬草ではなく、魔素水の方だ。消費した魔力の回復に、魔素水は絶大な効果があるが。人が魔素水を飲むと魔力値が跳ね上がったり、魔力量が増える事がある」

「魔力が増え強くなるのは、悪い事では無いよな?」

「暴走さえ起こさなければ、悪くはないが、魔力量や魔力値が、急激に上がる事で、気分が高揚し、興奮状態に陥る事がある。今のレンはそれだな」

 普段からレンは、頑張りすぎる処がある。

 魔素水による興奮状態が落ち着くまで、様子を見ながら、セーブさせないと、反動で寝込んでしまうかもしれんな。

 しかし、龍が育てた薬草が、普通とも思えんし・・・レンのあの様子では、セーブは難しいかもしれん。

 ふむ・・・・どうしたものか。
 
 だがまあ、クレイオスが付いていれば、以前の様に浄化で倒れることはないだろうし、奥の院を浄化し発散すれば、多少は落ち着くだろう・・・多分。

 番の健康を思い、頭を悩ませた俺だが、レン以上に興奮した部下達を、落ち着かせる方が大変だった。

 部下達の興奮は、無理もない話しでは有る。

 散々梃子摺らされた、巨大且つ未知の魔物との戦闘で、興奮状態だったところに、これまた未知の巨大生物に跨り、颯爽と現れた愛し子が、あっさり魔物を倒し、浄化までしてしまったのだからな。

 これ迄レンへ向けられていた、畏怖と尊敬の念は、今回の討伐と浄化で、天井知らずの爆上がり。
 もはや崇拝、と言って良い域に達したようだ。

 かく言う俺も、龍に跨り月光を浴びる番に、心臓を撃ち抜かれる想いをしたし、臆することなく、魔物と対峙する姿にグッと来た。

 毎朝目覚める度に、愛が深まるのを感じるが、こうやって事あるごとに心を揺さぶられ、更に想いが深くなって行く。

 周囲の者達に、俺の番への執着を呆れられることも多いが、俺の番は稀有な人なのだから、粘着質で重いと言われようが、仕方のないことだよな?


『私は・・・』

「?・・・すまん何か言ったか?」

 レンが奥の院に入ってしまってから、カルはずっと俺の後を付いてまわっている。

 人慣れして居るように見えたが、この龍は案外人見知りで、寂しがりなのか?

『私は、永い間ここの地下で、1人で過ごして来た。愛し子という存在が、どの様なものか知らないし、私が交流を持って居たのは、魔族だから、地上での人の暮らしというものも良く分からない。それでも、人が生き生きとして居る姿を見るのは、良いものだな』

「生き生き?」

 この龍には、そう見えて居るのか。
 
 夜通し魔物と対峙し、徹夜明けで後始末に追われる部下達は、俺の目には疲労でヘロヘロに見えるのだがな。

 クレイオスと接していて、長命なドラゴンは人の尺度で測れない、と感じてはいたが、この龍も中々の変わり者らしい。

『浄化と言うものも、初めて見た。美しい光景だったが、人の身には辛いだろうね』

「そうだな。クレイオスの石化を解くまでは、レンの負担はとても大きくてな、レンにばかり負担を強いるアウラを、恨んだこともある」

『そんな堂々と神を貶して、バチが当たったらどうする?』

「クレイオス相手に、散々文句を言ってきて居るが、今の所無事だな」

『成る程・・・ね』

 なんだんだこの意味深な沈黙は?
 クレイオスとは違った意味で、やり辛い相手だ。


 その後、残った魔物の始末や、居住区に押し込めた神官達の監視等々。雑多な手配に忙殺される事暫し。

 奥の院から、暖かな気配が流れ、光の柱が空へと昇っていった。

「解呪と浄化が終わったようだ」

『見事。と言う他ないな。私はあれを、堰き止めることしか出来なかった』

「堰き止める?」

『私の住処はこの真下に有る。ここに移り住んだ者達が、気味の悪い術を施してな。それが広がらない様にするのがやっとだった』

「あぁ。だからこの王都では、瘴気による病が出なかったのか」

『病? 確かにあれに触れ続ければ、人の身に悪影響であったろうが・・・さて、用が済んだのなら、私は旧友に挨拶でもして来よう』

「俺もレンを迎えに行かないと」

 指を鳴らし全身に洗浄魔法をかける俺を、カルは不思議そうに見ている。

「なんだ?生活魔法を見るのは初めてか?」

『いや?見たことはある。何故今なのかと思っただけだ』

「・・・・そうか」

 そう言われても、番に臭いと言われたから。などとは口が裂けても言いたく無い。

 番の前で、格好つけたいと思って、何が悪い?

 奥の院まで迎えに行くと、魔素水の効果が続いて居るのか、レンはまだまだ元気な様だった。

 召喚された魔物の討伐もあった、と知ったレンは、この広大な敷地内を浄化して回ると言って来た。

 活力が漲り、元気一杯のレンを引き止めるのには骨が折れた。

 後のことはマークに頼み、セルゲイと伯父上が到着するまでは、交代で休憩を取るように命じ、接収させておいた宿に、レンを連れ込め・・・休むように説得できたのは、昼も回った頃だった。

 クレイオスは積もる話しがあると言って、クオンとノワールを連れ、カルの棲家へ向かうことになり、俺とレンは、2人で宿に入った。

 この宿は王都で一番格式の高い宿だと言うことで、接収を決めた宿だ。

 王城と神殿は、装飾過多でキラキラと言うより、ギラギラとした落ち着かない空間だったが、この宿は田舎臭さはある物の、落ち着いた雰囲気で、ゆっくり休むことができそうだった。

 しかし、挨拶に出てきたオーナーと宿の支配人の態度は刺々しく、イヤイヤ接収に応じた事を隠しもしなかった。

 オーナーと支配人の態度に、一緒についてきた護衛の騎士達は殺気立ったが、レンは微笑みを浮かべて、騎士達を宥めていた。

 レンのこの冷たい笑みは、怒りを抑えている証拠だ。

 だが何も知らないオーナー達は、獣人である俺達を、嘲るのを止める気はないらしい。

 食事を摂りたいことを伝えると、支配人は “使用人達の多くが、王都から逃げてしまい、大したものは用意できない” と、偉そうに言いつつ、併設されたレストランへ案内した。

 そして、遅めの昼餐としてテーブルに並べられた物を見たレンは、ニッコリと微笑みながら、料理を運んで来たウェイターにオーナーと支配人を呼ぶ様に命じた。

 そして騎士達には、今いる使用人を全員集める様に頼んで、ウェイターが運んで来たぬるい水に、浄化を掛け、指先で作った氷を落とし俺に差し出した。

「はい、喉が渇いたでしょ?これ飲んで?」

「ありがとう。・・・何故浄化を?」

「ん~~? なんとなく? そうした方がいい様な気がして」

「なるほど」

 ウェイターが水に何かした、とレンは感じたらしい。

 同じように運ばれていたピッチャーにも、浄化を掛け氷を入れたレンは、水分補給は大事だと言いながら、騎士達にも水を配ったのだが、その様子を横で見ていたウェイターの顔色が、悪くなったのは、気の所為ではないと思う。

 この国の獣人に対する、差別、弾圧の根深さに、俺はすでにうんざりしていた。
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