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愛し子と樹海の王
孤軍奮闘
しおりを挟む「マーク。総員を退避させ・・・・あっ?ロロシュ!! 逃げろ!!」
炎に塗れ、砂の中で起き上がった、ギガンテスの失われた頭部から、新たな触手が無数に伸びあがり、砂を作り続けている、ロロシュ達へ襲い掛かった。
防護結界が破られ、ロロシュが咄嗟に展開した土壁が、触手の攻撃を阻んだが、部下の一人が触手に絡め取られてしまった。
触手の粘液で団服が溶け、薄らと煙が上がっているのが見える。
仲間を取り返そうと、エーグルが剣を振るい、次々に襲い掛かる触手を断ち切っている。
中々の使い手だとは思っていたが、実にいい動きをする。
しかも驚いた事に、エーグルは、ただ剣で触手を斬り伏せるのではなく、自分の剣に炎を纏わせ、焼き斬っているのだ。
「これはこれは」
セルゲイが ”本気を出せ!” と怒る筈だ。
訓練場でも、ロロシュとやり合った時も、エーグルは、全く本気を出していなかったのだ。
一般の騎士が剣に魔法を纏わせるためには、装着された魔石や魔晶石の補助が必要だ。所謂魔剣だ。
団長、副団長クラスともなれば、魔晶石の力を借りずとも、剣に魔法を纏わせることは出来るが、一応俺達の剣にも魔晶石が装着されている。
それは、無駄に魔力を消費できない時や、出力を上げたい時の為の補助と、階級を示す為でもある。
騎士団では、階級の高さに準じた、魔剣が用意されるのだ。
しかし、エーグルの剣は、王国軍から支給された安物だ。よく手入れはされて居るが、魔石どころか刃も所々欠けて居る。
ガルスタではオーベルシュタイン侯爵が、ゴトフリーに入ってからは、セルゲイに攻め落とした城の戦利品の中から、好きな剣を持って行けと言われていたが、手に馴染んだ今の剣でいいと断っていた。
よほど思い入れのある剣なのだろうと、皆で話していたのだが。
成る程、エーグルの魔法との相性が良くて、手放せなかったのか。
ならば二振り佩けばよいのに・・・・・。
二振り・・・・・そうか!!
俺は馬鹿か?!
二振り目の刀だ!!
「マーク!! ロロシュ達の援護に回れ!!退避だっ!!」
「閣下!! 1人でギガンテスを、相手にされるのですか?!」
「あれはギガンテスではない!! 似て非なるものだ!!」
「ですが!!」
食い下がるマークに、説明する暇はなかった。
魔物の体から、伸ばされる触手の数が増え、エーグルが押され始め、俺たちが立っていた所にも、絡まり合った触手が、槍のように飛んできたのだ。
俺は腰に佩た、もう一本の刀を抜き放ち、襲いかかってくる触手に斬りつけた。
すると、切り落とされた触手は、シューッと音を立て、光の粒となって消えていった。
思った通り。
あれはギガンテスではない。
ギガンテスの形はとって居るが、集めた瘴気と呪いによって生み出された、全く別の何かだ。
何故もっと早くに気がつかなかったのか。
己の不甲斐なさに恥じ入るばかりだ。
今となっては、ヴァラクが何を想い、あの呪いを掛けたのか、誰を呪ったのかはどうでもいい。
呪いによって生み出された、不浄のものなら、破邪の刀で滅することができる。
今、俺の横にレンは居ない。
だが、レンと揃いのこの刀なら、部下を守り、あの化け物を倒し切ることが出来る。
「閣下っ!! 加勢を!!」
「下がれっ!! 俺に構うな!!」
双剣の基本動作は円だ。
右手に愛剣、左手に破邪の刀を構え、円を描くように刀を振り、体を移動させていく。
回転が速くなるほど、切れ味は鋭く、破壊力も増していく。
右手の愛剣で襲いかかる触手を弾き、左手の破邪の刀で切り伏せていく。
あの化け物が、いつまで触手を出し続けられるかは知らないが、本体に届きさえすれば、俺の勝ちだ。
◇◇
「・・・・すげぇな」
「何をやって居るのです。速く離れて!」
「いや・・だってよ。マーク見ろよ。つーか見えねぇんだけどよ」
「えっ? あぁ、あれは双剣の動きですね。閣下ならもっと速くなりますよ」
「まだ速くなんのかよ?!」
「大公閣下は、あれで本気ではないと? 目で追い切れないのですが」
「私は、閣下が全力を出した所を、見たことがありません。それでも災害級の強さですからね。あれで、身体強化をまだ掛けていないようです。強化したらどうなるか・・・・」
「怖え~な」
「想像できません」
「強者の剣技は、見るだけでも勉強になります。ですが今は、閣下の邪魔にならない所まで、下がるのが先です」
「本当に加勢しなくて、良いのですか?」
「必要な時は声が掛かります。閣下は、お1人で戦う時が、一番強いのですよ。 さあ、閣下を心配されるなら、もっと下がって」
◇◇
もっと速く。
もっと鋭く。
もっと強く。
俺はもっと強くなれるはずだ。
後少し。
後少しで本体に手が届く。
どれくらいの間、触手の攻撃を掻い潜り、薙ぎ払い、切り払ったのだろうか。
どれだけの瘴気を取り込めば、こうも次から次へと、触手を繰り出すことが出来るのだ?
ヴァラクと言う雄の執念と憎悪。
それと執着にはウンザリだ。
創世神話の頃からだと、何万年にも遡れるはずだが、よくもまあ、それだけの永い刻を憎しみだけで、渡ってこれたものだ。
ゴトフリーが建国されて850年。
その間溜めに溜め込んだ、獣人の怨嗟の念がこの魔物だとすれば、哀れな事だ。
だが俺は、レンのように優しくはないし、生きて居る人間を救うので精一杯だ。
あぁ!! 本当に邪魔だ!!
一度燃やして、数を減らすか!
地面から噴き上がる獄焔が、周囲を囲んだ触手を一瞬で燃やし尽くし、黒い灰がバラバラと地面を覆い隠した。
遠くから、部下達の歓声が聞こえたが、何を言って居るのかまでは聞き取れない。
獄焔で創り出した、触手の隙間を一気に駆け抜け本体へと迫った。
もらったっ!!
魔物の真上に跳躍し、その頭上で刀を振り翳した俺は、勝利を確信した。
しかし、それは単なる驕りだった。
辛うじて人型を取っていた魔物は、ゾロリと体の内外を裏返すように、その本性を現した。
本体もへったくれもない。
この魔物は触手の塊だった。
頭頂部に当たる場所には、ノコギリのような歯が、円形に幾重にも重なり、うぞうぞと蠢く触手が身体中を覆い隠している。
ギガンテスの形を模して居る以上、体のどこかに核が有るはずだと考えていたが、この魔物は全くの別物だ。
空中に浮かぶ俺目掛け、一斉に伸ばされる触手に、反射で劫火を放ち、その爆風に乗り、地面スレスレで、体を捻って着地した。
襲い来る触手から、逃げることは出来たが、また距離が空いてしまった。
これは・・・なんと言ったか・・・。
レンと行った入り江で、磯の岩場にいた生き物・・・に似ている。
その生き物の生態をレンが教えてくれたのだが、触手には毒が有り、伸ばした触手で自分の体より大きな魚も捉えて、食してしまう。と言っていた記憶がある。
これが海洋生物の成れの果てなら、炎と雷撃が弱点になるのだろうが、今の所、破邪の刀の方が、ダメージを与えて居るように思う。
仕方ない。
もう一度仕切り直しだ。
ため息混じりに、剣を構え直したとき、これまでと比べものにならない数の触手が、襲いかかってきた。
大量の触手が、夜空を覆い隠し、降り積もっていた月光が遮られた。
防護結界を張り、身体強化と剣に炎を纏わせ、全方位から槍のように伸びてくる、触手を薙ぎ払った。
[・・・ア・・・ク・・・アレク!]
この声は・・・レンなのか?
[・・・・レン!?]
心の中で、愛しい番を呼んだ。
その瞬間。
部下達が退避した方向とは真逆の、大聖堂の屋根が吹き飛び、それと同時に、頭上を覆い隠していた触手の群れを、渦を巻く炎が燃やし尽くしていた。
「アレク!! ただいまっ!!」
その声を追って空を見上げると、見たこともない生き物に跨った愛しい番が、青い月光を浴び、キラキラと微笑んでいた。
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