378 / 608
愛し子と樹海の王
ギガンテス
しおりを挟む振り向くより先に、魔物の気配が大きくなっていく。
「うわっ! なんだあれ!!」
「巫山戯んじゃねぇぞ!!ありゃ特大の魔物じゃねぇか!!」
「あれのどこが神ですか?!」
これだけの瘴気に、死体の山。
魔物が湧く条件は揃っていた。
時間を掛け過ぎたのだ。
レンが居なければ、浄化はできない。
クレイオスの解呪が終われば、瘴気と魔力の供給は止まる。ならば落ち着くまでの間、奥の院を閉ざしてしまえばいい、と高を括っていた俺の計算違いだ。
積み上げられた魔法師の死体が、瘴気を取り込み、ムクムクと、青黒い何かに変化していく。
その足元に平伏し、歓喜の涙を流す教皇。
神と化け物の区別もつかない愚か者は、両腕を広げ、喜びの姿勢を取った。
その直後、踏み出した魔物の分厚い足が起こした、地響きと共に踏み潰され、内臓をぶちまけた死体は、魔物の足に吸収されてしまった。
身の丈5ミーロ、分厚い胸板と、丸太の様な手足。手の指は3本、短い首の上に乗った頭には巨大な一つ目が、ギョロギョロと動いている。
「ギ・・・・ギガンテス?」
魔法師と教皇の死体を取り込み、瘴気を吸って現れたのは、一つ目の巨人、ギガンテスだった。
「あれ、神話で魔族が使った魔物なんじゃ」
「どうすんだよ?!ありゃぁ、魔族の兵器だぞ?!」
「あの魔物、死体を取り込んでいます!!」
「どんどん大きくなってませんか?!」
「マジかよ?! 騎馬隊の死体も取り込んだら、どうなんだ?!」
「クソッ!!」
ならば取り込んだ分を、削るしかないだろう?!
放った炎龍がノロノロと突き出された魔物の腕から身体に絡みつき、青黒く筋肉質な腕を燃やし尽くした。
炎龍は魔物の体を焦がし、3本しかない指から二の腕までを灰に変えた・・・のだが。
「やったか?」
「まだだっ!! 逃げろっ!!」
焼け崩れた腕の奥から、何本もの触手が飛び出し、逃げまどう神官と王族達を絡め取り、体の中に引き摺り込んだ。
「嘘だろ!! どうすんだ? どうすんだよ、これ?!」
「うるさい!! 取り込まれたくなかったら走れ!! ここじゃ狭すぎる!! 外へ出ろ!!」
ギャーギャーと姦しい、ロロシュのケツを蹴り飛ばし、呆然とするエーグルの襟を掴み、出口に向かって放り投げた。
「閣下、如何いたしますか?」
冷静なのはマークだけか。
「結界を張る、気休めにしかならんが、騎馬隊の死体を取り込まれたら、さらにデカくなって厄介だ。 結界を破られる前に、控えの間に火をかける」
「あまり時間稼ぎに、ならなそうですが」
「分かっている。だが、今はまだ動きが遅い。遣らないよりマシだ」
「ですね」
俺とマークは、不浄に満たされた洗礼の間の扉を閉め、1人2枚、計4枚の結界を張り、出口に向かい駆け抜けながら、開いたままの扉から、控えの間に火炎と劫火を打ち込んでいった。
奥の院から飛び出した俺は、扉の前にもう一枚結界を張った。
漸く悪臭から解放され、切羽詰まった状況ながら、清浄な空気の甘さに、ほっと胸を撫で下ろした。
一瞬の静寂。
見上げた空には、二つの満月。
騎士達を呼ぶ、ロロシュとエーグル。
駆けつけてくる騎士達。
全ての動きが、ゆっくりに見えた。
レン、君は今何処に居る?
君に逢いたいよ。
何かの影が頭上を横切り、見上げた満月を背に浮かんでいる。
最初は魔鳥の影だと思った。
だが、魔鳥にしては、同じ場所に留まり続けて居るのはおかしい。
そう気付いた時、その影がゆっくり下降し始め、全体の姿が視認できる位置まで来ると、その場に留まり、ふわふわと浮かんでいる。
「クレイオス!!」
『厄介なものが、出て来た様だの?』
「解呪したのじゃないのか?」
「解呪は出来たぞ?完璧じゃ。だがの、溜め込んだものは、直ぐには消えん。この程度で済んでよかったの』
この程度?
人を取り込む、ギガンテスが?
「・・・・神殿の敷地から、あれが外に出ないように結界を頼めないか?」
『ふむ・・・断る』
「何故だ?」
『我が許されておるのは、愛し子の手助けだからの。レンが居らんのに手を出せば、大神の罰がある』
また神の誓約か。
『其方が悪いのだぞ? レンを攫われた事もそうだが、何故最初にその事を自分の口で話さなんだ。話しておれば、我は助言を与えたし、こんな大事には、成らなかったであろうよ』
「あんたは、解呪の途中だっただろう」
『話はできた。シッチンを貸してくれたのはお前だろうに』
「それは・・・」
奥の院から、結界の割れる音が聞こえる。
これでもう2枚目だ。
ギガンテスが出てくるまで、そう時間は掛からない。
『お前は、自分の失敗を隠し、余計に事を拗らせた。親に怒られるのが嫌で、嘘を吐く子供と同じだ』
月を背にしたクレイオスは、表情を読む事はできない。
それでも、このドラゴンが悲しんでいるのが伝わってくる。
俺の不手際を叱るでも怒るでもなく、ただ悲しんでいる。
「すまなかった。あんたの言う通りだ。あれの始末は俺がつける。だがな、クレイオス。洗礼の間に呪具があったぞ、それも特大のな。アウラの回復が遅れて居るのは、あれの所為だと思うぞ」
『ふむ・・・それの解呪は、我の役目だの。呪いを解呪すれば、あれの動きも抑えられるやもしれんの』
3枚目の結界が割れる音だ。
「レンの居場所が分かるのか?」
『念話も届かんのであれば、我の知り合いの所じゃろう』
「知り合い?」
『直ぐ近くに居るのじゃよ。大昔の予言を信じ、永い永い時を、唯ひたすら待ち続ける、愛すべき頑固者がな』
『レンは、彼奴に任せておけば問題無い』
4枚目。
騎馬隊の亡骸は、燃え尽きただろうか。
「本当に無事なんだな?」
『彼奴がボケておらねば、茶の一杯くらいは、馳走になっている筈だの』
「なら良い。俺は俺のやるべきことを遣るだけだ」
剣を抜き奥の院へ向き直った。
石造りの建物が、ミシミシと歪み、壁のレリーフが、剥がれ落ちていく。
「閣下!!」
「逃げた魔物は始末し終わったか?」
「申し訳ありません、まだ何体か残っています」
「ロドリック、あの中にいる奴は、生死を問わず人を取り込む、魔物も同じかもしれん。お前達は、残った魔物がここに近づかない様にするんだ」
「了解しました!」
「それから、間違っても、お前達が取り込まれる事の無いようにな」
「はっ!」
ビシリと敬礼したロドリックだが、何かを言いた気に、モジモジしている。
「なんだ? 休暇の申請なら、後にしろ」
「違いますよ!! 確かに休暇は欲しいですけど! 新婚なのに、全然家に居ないって、番に怒られてますけれどもっ!!」
ロドリックには、ミーネで休暇を与えたきりだったな。
あのあと昇進もしたし、遠征続きで仕方がなかったが、ロドリックはウサギだ。番と離れているのは、キツイだろう。
「休暇の申請でないなら、なんだ?」
「その、下の者達が、レン様を心配して落ち着かないのです。もし安否だけでも分かれば、教えていただけたらと」
レンを心配しているのは、俺だけでは無かった。皆が帝国の至宝を、案じてくれていたのだ。
「すまなかったな。レンはクレイオスの知り合いに、保護されているらしい。ここが片付けば、迎えに行けるだろう」
レンの安否を伝えると、ロドリックは、心底ホッとしたように微笑んだ。
「安心しまし・・たぁあああっ?!」
ミシミシと音を立てていた、奥の院の屋根が、ドカンッと言う轟音をあげて吹き飛んだ。
吹き飛ばされた、瓦礫がドカドカと地面に突き刺さり、まるで噴火だ。
穴の空いた屋根から、青黒く巨大な拳が突き出され、扉の前に張った最後の結界が破られた。
「来るぞ!! 総員防御!!」
「「「「ハッ!!」」」」
奥の院を囲んだ全員が抜刀し、次々に防護結界が展開されていく。
総員の目が、姿を現したギガンテスに集中している。
「さっきより、デカくなってんじゃねぇか?」
「騎馬隊の遺体は、燃やしたのですが・・・」
「アーチャー卿。 足、あいつの足を見て下さい」
エーグルに言われずとも皆が理解している。
ギガンテスは、劫火に焼かれる遺体も、構わずに取り込んだ。
その所為で、奴の体のあちこちから、炎と煙が立ち上って居るのだ。
「いいか!! あいつは攻撃を受けると、触手を伸ばして、周囲のものを取り込もうとする! 距離を取れ、絶対に近づくな!!」
「「「「了解!!」」」」
94
お気に入りに追加
1,338
あなたにおすすめの小説

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)
miy
恋愛
(※長編なため、少しネタバレを含みます)
ある日目覚めたら、そこは見たことも聞いたこともない…異国でした。
ここは、どうやら転生後の人生。
私は大貴族の令嬢レティシア17歳…らしいのですが…全く記憶にございません。
有り難いことに言葉は理解できるし、読み書きも問題なし。
でも、見知らぬ世界で貴族生活?いやいや…私は平凡な日本人のようですよ?…無理です。
“前世の記憶”として目覚めた私は、現世の“レティシアの身体”で…静かな庶民生活を始める。
そんな私の前に、一人の貴族男性が現れた。
ちょっと?訳ありな彼が、私を…自分の『唯一の女性』であると誤解してしまったことから、庶民生活が一変してしまう。
高い身分の彼に関わってしまった私は、元いた国を飛び出して魔法の国で暮らすことになるのです。
大公殿下、大魔術師、聖女や神獣…等など…いろんな人との出会いを経て『レティシア』が自分らしく生きていく。
という、少々…長いお話です。
鈍感なレティシアが、大公殿下からの熱い眼差しに気付くのはいつなのでしょうか…?
※安定のご都合主義、独自の世界観です。お許し下さい。
※ストーリーの進度は遅めかと思われます。
※現在、不定期にて公開中です。よろしくお願い致します。
公開予定日を最新話に記載しておりますが、長期休載の場合はこちらでもお知らせをさせて頂きます。
※ド素人の書いた3作目です。まだまだ優しい目で見て頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。
※初公開から2年が過ぎました。少しでも良い作品に、読みやすく…と、時間があれば順次手直し(改稿)をしていく予定でおります。(現在、142話辺りまで手直し作業中)
※章の区切りを変更致しました。(11/21更新)

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
訳ありな家庭教師と公爵の執着
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝名門ブライアン公爵家の美貌の当主ギルバートに雇われることになった一人の家庭教師(ガヴァネス)リディア。きっちりと衣装を着こなし、隙のない身形の家庭教師リディアは素顔を隠し、秘密にしたい過去をも隠す。おまけに美貌の公爵ギルバートには目もくれず、五歳になる公爵令嬢エヴリンの家庭教師としての態度を崩さない。過去に悲惨なめに遭った今の家庭教師リディアは、愛など求めない。そんなリディアに公爵ギルバートの方が興味を抱き……。
※設定などは独自の世界観でご都合主義。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日(2025.1.26)からHOTランキングに入れて頂き、ありがとうございます🙂 最高で26位(2025.2.4)。
※断罪回に残酷な描写がある為、苦手な方はご注意下さい。
婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!
柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる