378 / 573
愛し子と樹海の王
ギガンテス
しおりを挟む振り向くより先に、魔物の気配が大きくなっていく。
「うわっ! なんだあれ!!」
「巫山戯んじゃねぇぞ!!ありゃ特大の魔物じゃねぇか!!」
「あれのどこが神ですか?!」
これだけの瘴気に、死体の山。
魔物が湧く条件は揃っていた。
時間を掛け過ぎたのだ。
レンが居なければ、浄化はできない。
クレイオスの解呪が終われば、瘴気と魔力の供給は止まる。ならば落ち着くまでの間、奥の院を閉ざしてしまえばいい、と高を括っていた俺の計算違いだ。
積み上げられた魔法師の死体が、瘴気を取り込み、ムクムクと、青黒い何かに変化していく。
その足元に平伏し、歓喜の涙を流す教皇。
神と化け物の区別もつかない愚か者は、両腕を広げ、喜びの姿勢を取った。
その直後、踏み出した魔物の分厚い足が起こした、地響きと共に踏み潰され、内臓をぶちまけた死体は、魔物の足に吸収されてしまった。
身の丈5ミーロ、分厚い胸板と、丸太の様な手足。手の指は3本、短い首の上に乗った頭には巨大な一つ目が、ギョロギョロと動いている。
「ギ・・・・ギガンテス?」
魔法師と教皇の死体を取り込み、瘴気を吸って現れたのは、一つ目の巨人、ギガンテスだった。
「あれ、神話で魔族が使った魔物なんじゃ」
「どうすんだよ?!ありゃぁ、魔族の兵器だぞ?!」
「あの魔物、死体を取り込んでいます!!」
「どんどん大きくなってませんか?!」
「マジかよ?! 騎馬隊の死体も取り込んだら、どうなんだ?!」
「クソッ!!」
ならば取り込んだ分を、削るしかないだろう?!
放った炎龍がノロノロと突き出された魔物の腕から身体に絡みつき、青黒く筋肉質な腕を燃やし尽くした。
炎龍は魔物の体を焦がし、3本しかない指から二の腕までを灰に変えた・・・のだが。
「やったか?」
「まだだっ!! 逃げろっ!!」
焼け崩れた腕の奥から、何本もの触手が飛び出し、逃げまどう神官と王族達を絡め取り、体の中に引き摺り込んだ。
「嘘だろ!! どうすんだ? どうすんだよ、これ?!」
「うるさい!! 取り込まれたくなかったら走れ!! ここじゃ狭すぎる!! 外へ出ろ!!」
ギャーギャーと姦しい、ロロシュのケツを蹴り飛ばし、呆然とするエーグルの襟を掴み、出口に向かって放り投げた。
「閣下、如何いたしますか?」
冷静なのはマークだけか。
「結界を張る、気休めにしかならんが、騎馬隊の死体を取り込まれたら、さらにデカくなって厄介だ。 結界を破られる前に、控えの間に火をかける」
「あまり時間稼ぎに、ならなそうですが」
「分かっている。だが、今はまだ動きが遅い。遣らないよりマシだ」
「ですね」
俺とマークは、不浄に満たされた洗礼の間の扉を閉め、1人2枚、計4枚の結界を張り、出口に向かい駆け抜けながら、開いたままの扉から、控えの間に火炎と劫火を打ち込んでいった。
奥の院から飛び出した俺は、扉の前にもう一枚結界を張った。
漸く悪臭から解放され、切羽詰まった状況ながら、清浄な空気の甘さに、ほっと胸を撫で下ろした。
一瞬の静寂。
見上げた空には、二つの満月。
騎士達を呼ぶ、ロロシュとエーグル。
駆けつけてくる騎士達。
全ての動きが、ゆっくりに見えた。
レン、君は今何処に居る?
君に逢いたいよ。
何かの影が頭上を横切り、見上げた満月を背に浮かんでいる。
最初は魔鳥の影だと思った。
だが、魔鳥にしては、同じ場所に留まり続けて居るのはおかしい。
そう気付いた時、その影がゆっくり下降し始め、全体の姿が視認できる位置まで来ると、その場に留まり、ふわふわと浮かんでいる。
「クレイオス!!」
『厄介なものが、出て来た様だの?』
「解呪したのじゃないのか?」
「解呪は出来たぞ?完璧じゃ。だがの、溜め込んだものは、直ぐには消えん。この程度で済んでよかったの』
この程度?
人を取り込む、ギガンテスが?
「・・・・神殿の敷地から、あれが外に出ないように結界を頼めないか?」
『ふむ・・・断る』
「何故だ?」
『我が許されておるのは、愛し子の手助けだからの。レンが居らんのに手を出せば、大神の罰がある』
また神の誓約か。
『其方が悪いのだぞ? レンを攫われた事もそうだが、何故最初にその事を自分の口で話さなんだ。話しておれば、我は助言を与えたし、こんな大事には、成らなかったであろうよ』
「あんたは、解呪の途中だっただろう」
『話はできた。シッチンを貸してくれたのはお前だろうに』
「それは・・・」
奥の院から、結界の割れる音が聞こえる。
これでもう2枚目だ。
ギガンテスが出てくるまで、そう時間は掛からない。
『お前は、自分の失敗を隠し、余計に事を拗らせた。親に怒られるのが嫌で、嘘を吐く子供と同じだ』
月を背にしたクレイオスは、表情を読む事はできない。
それでも、このドラゴンが悲しんでいるのが伝わってくる。
俺の不手際を叱るでも怒るでもなく、ただ悲しんでいる。
「すまなかった。あんたの言う通りだ。あれの始末は俺がつける。だがな、クレイオス。洗礼の間に呪具があったぞ、それも特大のな。アウラの回復が遅れて居るのは、あれの所為だと思うぞ」
『ふむ・・・それの解呪は、我の役目だの。呪いを解呪すれば、あれの動きも抑えられるやもしれんの』
3枚目の結界が割れる音だ。
「レンの居場所が分かるのか?」
『念話も届かんのであれば、我の知り合いの所じゃろう』
「知り合い?」
『直ぐ近くに居るのじゃよ。大昔の予言を信じ、永い永い時を、唯ひたすら待ち続ける、愛すべき頑固者がな』
『レンは、彼奴に任せておけば問題無い』
4枚目。
騎馬隊の亡骸は、燃え尽きただろうか。
「本当に無事なんだな?」
『彼奴がボケておらねば、茶の一杯くらいは、馳走になっている筈だの』
「なら良い。俺は俺のやるべきことを遣るだけだ」
剣を抜き奥の院へ向き直った。
石造りの建物が、ミシミシと歪み、壁のレリーフが、剥がれ落ちていく。
「閣下!!」
「逃げた魔物は始末し終わったか?」
「申し訳ありません、まだ何体か残っています」
「ロドリック、あの中にいる奴は、生死を問わず人を取り込む、魔物も同じかもしれん。お前達は、残った魔物がここに近づかない様にするんだ」
「了解しました!」
「それから、間違っても、お前達が取り込まれる事の無いようにな」
「はっ!」
ビシリと敬礼したロドリックだが、何かを言いた気に、モジモジしている。
「なんだ? 休暇の申請なら、後にしろ」
「違いますよ!! 確かに休暇は欲しいですけど! 新婚なのに、全然家に居ないって、番に怒られてますけれどもっ!!」
ロドリックには、ミーネで休暇を与えたきりだったな。
あのあと昇進もしたし、遠征続きで仕方がなかったが、ロドリックはウサギだ。番と離れているのは、キツイだろう。
「休暇の申請でないなら、なんだ?」
「その、下の者達が、レン様を心配して落ち着かないのです。もし安否だけでも分かれば、教えていただけたらと」
レンを心配しているのは、俺だけでは無かった。皆が帝国の至宝を、案じてくれていたのだ。
「すまなかったな。レンはクレイオスの知り合いに、保護されているらしい。ここが片付けば、迎えに行けるだろう」
レンの安否を伝えると、ロドリックは、心底ホッとしたように微笑んだ。
「安心しまし・・たぁあああっ?!」
ミシミシと音を立てていた、奥の院の屋根が、ドカンッと言う轟音をあげて吹き飛んだ。
吹き飛ばされた、瓦礫がドカドカと地面に突き刺さり、まるで噴火だ。
穴の空いた屋根から、青黒く巨大な拳が突き出され、扉の前に張った最後の結界が破られた。
「来るぞ!! 総員防御!!」
「「「「ハッ!!」」」」
奥の院を囲んだ全員が抜刀し、次々に防護結界が展開されていく。
総員の目が、姿を現したギガンテスに集中している。
「さっきより、デカくなってんじゃねぇか?」
「騎馬隊の遺体は、燃やしたのですが・・・」
「アーチャー卿。 足、あいつの足を見て下さい」
エーグルに言われずとも皆が理解している。
ギガンテスは、劫火に焼かれる遺体も、構わずに取り込んだ。
その所為で、奴の体のあちこちから、炎と煙が立ち上って居るのだ。
「いいか!! あいつは攻撃を受けると、触手を伸ばして、周囲のものを取り込もうとする! 距離を取れ、絶対に近づくな!!」
「「「「了解!!」」」」
94
お気に入りに追加
1,330
あなたにおすすめの小説
離婚した彼女は死ぬことにした
まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。
-----------------
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
-----------------
とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。
まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。
書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。
作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
腹黒宰相との白い結婚
黎
恋愛
大嫌いな腹黒宰相ロイドと結婚する羽目になったランメリアは、条件をつきつけた――これは白い結婚であること。代わりに側妻を娶るも愛人を作るも好きにすればいい。そう決めたはずだったのだが、なぜか、周囲が全力で溝を埋めてくる。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

兄様達の愛が止まりません!
桜
恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。
そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。
屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。
やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。
無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。
叔父の家には二人の兄がいた。
そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。

働かなくていいなんて最高!貴族夫人の自由気ままな生活
ゆる
恋愛
前世では、仕事に追われる日々を送り、恋愛とは無縁のまま亡くなった私。
「今度こそ、のんびり優雅に暮らしたい!」
そう願って転生した先は、なんと貴族令嬢!
そして迎えた結婚式――そこで前世の記憶が蘇る。
「ちょっと待って、前世で恋人もできなかった私が結婚!?!??」
しかも相手は名門貴族の旦那様。
「君は何もしなくていい。すべて自由に過ごせばいい」と言われ、夢の“働かなくていい貴族夫人ライフ”を満喫するつもりだったのに――。
◆メイドの待遇改善を提案したら、旦那様が即採用!
◆夫の仕事を手伝ったら、持ち前の簿記と珠算スキルで屋敷の経理が超効率化!
◆商人たちに簿記を教えていたら、商業界で話題になりギルドの顧問に!?
「あれ? なんで私、働いてるの!?!??」
そんな中、旦那様から突然の告白――
「実は、君を妻にしたのは政略結婚のためではない。ずっと、君を想い続けていた」
えっ、旦那様、まさかの溺愛系でした!?
「自由を与えることでそばにいてもらう」つもりだった旦那様と、
「働かない貴族夫人」になりたかったはずの私。
お互いの本当の気持ちに気づいたとき、
気づけば 最強夫婦 になっていました――!
のんびり暮らすつもりが、商業界のキーパーソンになってしまった貴族夫人の、成長と溺愛の物語!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる