獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

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愛し子と樹海の王

ギガンテス

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 振り向くより先に、魔物の気配が大きくなっていく。

「うわっ! なんだあれ!!」

「巫山戯んじゃねぇぞ!!ありゃ特大の魔物じゃねぇか!!」

「あれのどこが神ですか?!」

 これだけの瘴気に、死体の山。
 魔物が湧く条件は揃っていた。
 時間を掛け過ぎたのだ。

 レンが居なければ、浄化はできない。
 
 クレイオスの解呪が終われば、瘴気と魔力の供給は止まる。ならば落ち着くまでの間、奥の院を閉ざしてしまえばいい、と高を括っていた俺の計算違いだ。

 積み上げられた魔法師の死体が、瘴気を取り込み、ムクムクと、青黒い何かに変化していく。

 その足元に平伏し、歓喜の涙を流す教皇。

 神と化け物の区別もつかない愚か者は、両腕を広げ、喜びの姿勢を取った。

 その直後、踏み出した魔物の分厚い足が起こした、地響きと共に踏み潰され、内臓をぶちまけた死体は、魔物の足に吸収されてしまった。

 身の丈5ミーロ、分厚い胸板と、丸太の様な手足。手の指は3本、短い首の上に乗った頭には巨大な一つ目が、ギョロギョロと動いている。

「ギ・・・・ギガンテス?」

 魔法師と教皇の死体を取り込み、瘴気を吸って現れたのは、一つ目の巨人、ギガンテスだった。

「あれ、神話で魔族が使った魔物なんじゃ」

「どうすんだよ?!ありゃぁ、魔族の兵器だぞ?!」

「あの魔物、死体を取り込んでいます!!」

「どんどん大きくなってませんか?!」

「マジかよ?! 騎馬隊の死体も取り込んだら、どうなんだ?!」

「クソッ!!」

 ならば取り込んだ分を、削るしかないだろう?!

 放った炎龍がノロノロと突き出された魔物の腕から身体に絡みつき、青黒く筋肉質な腕を燃やし尽くした。

 炎龍は魔物の体を焦がし、3本しかない指から二の腕までを灰に変えた・・・のだが。

「やったか?」

「まだだっ!! 逃げろっ!!」

 焼け崩れた腕の奥から、何本もの触手が飛び出し、逃げまどう神官と王族達を絡め取り、体の中に引き摺り込んだ。

「嘘だろ!! どうすんだ? どうすんだよ、これ?!」

「うるさい!! 取り込まれたくなかったら走れ!! ここじゃ狭すぎる!! 外へ出ろ!!」

 ギャーギャーと姦しい、ロロシュのケツを蹴り飛ばし、呆然とするエーグルの襟を掴み、出口に向かって放り投げた。

「閣下、如何いたしますか?」

 冷静なのはマークだけか。

「結界を張る、気休めにしかならんが、騎馬隊の死体を取り込まれたら、さらにデカくなって厄介だ。 結界を破られる前に、控えの間に火をかける」

「あまり時間稼ぎに、ならなそうですが」

「分かっている。だが、今はまだ動きが遅い。遣らないよりマシだ」

「ですね」

 俺とマークは、不浄に満たされた洗礼の間の扉を閉め、1人2枚、計4枚の結界を張り、出口に向かい駆け抜けながら、開いたままの扉から、控えの間に火炎と劫火を打ち込んでいった。

 奥の院から飛び出した俺は、扉の前にもう一枚結界を張った。
 漸く悪臭から解放され、切羽詰まった状況ながら、清浄な空気の甘さに、ほっと胸を撫で下ろした。

 一瞬の静寂。
 見上げた空には、二つの満月。
 騎士達を呼ぶ、ロロシュとエーグル。
 駆けつけてくる騎士達。

 全ての動きが、ゆっくりに見えた。

 レン、君は今何処に居る?
 君に逢いたいよ。

 何かの影が頭上を横切り、見上げた満月を背に浮かんでいる。

 最初は魔鳥の影だと思った。
 だが、魔鳥にしては、同じ場所に留まり続けて居るのはおかしい。

 そう気付いた時、その影がゆっくり下降し始め、全体の姿が視認できる位置まで来ると、その場に留まり、ふわふわと浮かんでいる。

「クレイオス!!」

『厄介なものが、出て来た様だの?』

「解呪したのじゃないのか?」

「解呪は出来たぞ?完璧じゃ。だがの、溜め込んだものは、直ぐには消えん。この程度で済んでよかったの』

 この程度?
 人を取り込む、ギガンテスが?

「・・・・神殿の敷地から、あれが外に出ないように結界を頼めないか?」

『ふむ・・・断る』

「何故だ?」

『我が許されておるのは、愛し子の手助けだからの。レンが居らんのに手を出せば、大神の罰がある』

 また神の誓約か。

『其方が悪いのだぞ? レンを攫われた事もそうだが、何故最初にその事を自分の口で話さなんだ。話しておれば、我は助言を与えたし、こんな大事には、成らなかったであろうよ』

「あんたは、解呪の途中だっただろう」

『話はできた。シッチンを貸してくれたのはお前だろうに』

「それは・・・」

 奥の院から、結界の割れる音が聞こえる。

 これでもう2枚目だ。
 ギガンテスが出てくるまで、そう時間は掛からない。

『お前は、自分の失敗を隠し、余計に事を拗らせた。親に怒られるのが嫌で、嘘を吐く子供と同じだ』

 月を背にしたクレイオスは、表情を読む事はできない。
 それでも、このドラゴンが悲しんでいるのが伝わってくる。

 俺の不手際を叱るでも怒るでもなく、ただ悲しんでいる。

「すまなかった。あんたの言う通りだ。あれの始末は俺がつける。だがな、クレイオス。洗礼の間に呪具があったぞ、それも特大のな。アウラの回復が遅れて居るのは、あれの所為だと思うぞ」

『ふむ・・・それの解呪は、我の役目だの。呪いを解呪すれば、あれの動きも抑えられるやもしれんの』

 3枚目の結界が割れる音だ。

「レンの居場所が分かるのか?」

『念話も届かんのであれば、我の知り合いの所じゃろう』

「知り合い?」

『直ぐ近くに居るのじゃよ。大昔の予言を信じ、永い永い時を、唯ひたすら待ち続ける、愛すべき頑固者がな』

『レンは、彼奴に任せておけば問題無い』

 4枚目。
 騎馬隊の亡骸は、燃え尽きただろうか。

「本当に無事なんだな?」

『彼奴がボケておらねば、茶の一杯くらいは、馳走になっている筈だの』

「なら良い。俺は俺のやるべきことを遣るだけだ」

 剣を抜き奥の院へ向き直った。

 石造りの建物が、ミシミシと歪み、壁のレリーフが、剥がれ落ちていく。

「閣下!!」

「逃げた魔物は始末し終わったか?」

「申し訳ありません、まだ何体か残っています」

「ロドリック、あの中にいる奴は、生死を問わず人を取り込む、魔物も同じかもしれん。お前達は、残った魔物がここに近づかない様にするんだ」

「了解しました!」

「それから、間違っても、お前達が取り込まれる事の無いようにな」

「はっ!」

 ビシリと敬礼したロドリックだが、何かを言いた気に、モジモジしている。

「なんだ? 休暇の申請なら、後にしろ」

「違いますよ!! 確かに休暇は欲しいですけど! 新婚なのに、全然家に居ないって、番に怒られてますけれどもっ!!」

 ロドリックには、ミーネで休暇を与えたきりだったな。
 あのあと昇進もしたし、遠征続きで仕方がなかったが、ロドリックはウサギだ。番と離れているのは、キツイだろう。

「休暇の申請でないなら、なんだ?」

「その、下の者達が、レン様を心配して落ち着かないのです。もし安否だけでも分かれば、教えていただけたらと」

 レンを心配しているのは、俺だけでは無かった。皆が帝国の至宝を、案じてくれていたのだ。

「すまなかったな。レンはクレイオスの知り合いに、保護されているらしい。ここが片付けば、迎えに行けるだろう」

 レンの安否を伝えると、ロドリックは、心底ホッとしたように微笑んだ。

「安心しまし・・たぁあああっ?!」

 ミシミシと音を立てていた、奥の院の屋根が、ドカンッと言う轟音をあげて吹き飛んだ。

 吹き飛ばされた、瓦礫がドカドカと地面に突き刺さり、まるで噴火だ。

 穴の空いた屋根から、青黒く巨大な拳が突き出され、扉の前に張った最後の結界が破られた。

「来るぞ!! 総員防御!!」

「「「「ハッ!!」」」」

 奥の院を囲んだ全員が抜刀し、次々に防護結界が展開されていく。

 総員の目が、姿を現したギガンテスに集中している。

「さっきより、デカくなってんじゃねぇか?」

「騎馬隊の遺体は、燃やしたのですが・・・」

「アーチャー卿。 足、あいつの足を見て下さい」

 エーグルに言われずとも皆が理解している。
 ギガンテスは、劫火に焼かれる遺体も、構わずに取り込んだ。

 その所為で、奴の体のあちこちから、炎と煙が立ち上って居るのだ。

「いいか!! あいつは攻撃を受けると、触手を伸ばして、周囲のものを取り込もうとする! 距離を取れ、絶対に近づくな!!」


「「「「了解!!」」」」

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