371 / 605
愛し子と樹海の王
怒りと焦燥
しおりを挟む「な・・・なぜそれを」
「知って居るかと? ばれていないと思っているのは、お前とお前の父親だけだ!! 国中の誰もが知っていて、口を噤んだだけだ。なぜ黙っていたか? 私達はいつか陛下が、昔の様な方に、戻ってくれると信じていたからだ! 陛下は昔から賢くも無く、暗愚だったが、今程愚かで、非道な御方では無かった。心根の優しい方だった。それをお前たちが壊したんだ!!」
ゴトフリー王は、愛される馬鹿だったのか。
どこかで聞いた様な話だが、昔は昔、今は今。許してやる謂れはない。
「それで? 話すのか? 話さないのか?」
親のブチギレ具合に、目を丸くして泣き止んだ王子を、部下がぶらぶらと揺らすと、側室は床に額を打ち付け、這い蹲った。
「話す!話します!! 愛し子は神殿です! 神殿に転移されました!!」
「黙れ!! 嘘だ! 神殿に愛し子はいない!!」
「ならどこに居る? 転移させたのは誰だ?」
黙り込む王配に、情けは必要ない。
「側室と王子を別室へ。マーク、詳しい話を聞いて来い」
「はっ」
青ざめた顔で、瘧の様に震える王配の頭の中は、どんな考えが渦巻いているのだろうな。
「神殿にクレイオスとロドリックの部隊がいる。ロドリックに捜索させろ」
「了解!」
何を驚く?
王城を攻めたのが、全軍だとでも思っていたのか?
神官を使い、魔物を呼び出す事以外、なんの抵抗も出来なかった王国軍が、弱すぎるとは思わなかったか?
確かに俺は、神殿の制圧は後でも構わないと考えていたが、もし俺が守る側で、神殿を重要だと考えていたなら、万が一の為、兵を配備させるがな。
王配として、考えが足りなさ過ぎるだろう。
それとも、配備はしたが、帝国騎士団が強過ぎたか?
「ロロシュを呼べ」
「ハッ!」
「今から尋問の専門家が来る。この意味が解るな?」
ほう?
まだ、俺を睨むだけの気概が残っているのか。
だが、気の強さだけで、生き残れると思うなよ?
◇◇
ロロシュが尋問を始め、20ミンも掛からぬ内に、王配は全てを吐き出した。
気の強さと、肝が据わっているか如何かは、別物だ。
他人を痛めつける事には慣れていても、自分が痛めつけられるとは、考えた事も無いのだろう。
体中の穴という穴から、体液を垂れ流し、泣き叫ぶ姿は、醜悪の一言。
レンを座らせた玉座から見下ろす景色は、美しさの欠片も無かった。
こんな所に座らせるんじゃなかった。
レンにはもっと相応しい場所があったのに・・・。
自称神子と、本物の愛し子の違いを、見せつけてやりたかった。
自己満足のために、俺は大事な番を危険に晒したのだ。
全ての責任は俺に有る。
レンはこんな、だらしがない俺を許してくれるだろうか。
痴態を晒した王配の懺悔に、俺は吐き気を覚えた。
その内容を聞いたロロシュの手が、動揺で滑り、誤って王配の耳を削ぎ落としてしまった程だ。
国王は、執拗にレンを欲していた。
愛し子を操り、その恩寵を手に入れたいから、と考えるのが普通だろう。
俺やアーノルド、ウィリアムでさえ、そう考えていたのだ。
だが、この愚王は、レンの肉体を欲していた。
それは、性的なものも含まれてはいたが、本当の目的は、己の魂を、レンの体に入れ替える事。
レンの肉体を手に入れれば、本物の神の加護と恩寵を、自分のものに出来ると考えたのだ。
レンの美しい肢体に、醜いあの雄の魂が入り込むなど、想像するだに穢らわしい。
レンは美しい容姿をしている。
だが、彼人の美しさも、神の加護と恩寵も、その魂があっての事だ。
レンの魂無くして、アウラとクレイオスが恩寵を授ける訳がない。
やっている事は、レンの身体を器に、ヨシタカの魂を蘇らせようとした、ヴァラクと同じだが、国王のやろうとしている事は、より醜悪で罪深い。
ヴァラクの望みを、神殿の奴らが知らぬ訳がない。
魂の入れ替えを唆したのは、大神殿の教皇だと言う。
神官とも在ろう者が、人の命をなんだと思っているのか。
大した忠義ではないか?
では何故、初代国王の柩を移動させ、蘇らせようとしたのか。
そもそも、御神体として、大神殿に安置された初代王の柩は、瘴気を集めるための依代なのだと言う。
神官ではない王配は、詳しいことは知らなかったが、要は瘴気を生み出した呪具と似た様な物なのだろう。
移動とは唯の口実で、集めた瘴気を効率的に使えるようにしただけの事らしい。
おそらく神官達は、ヴァラクの指導の元、初代国王のクレイオス王国への憎悪と亡骸を利用し、呪具を作り上げたのだろう。
ヴァラクの憎悪の対象は、始めはヴィースの地上に生きるもの全てだった筈だ。
その中でも、創世神話の主役となる、クレイオスの名を冠した、クレイオス王国は、絶好の獲物だったのだろう。
だが、クレイオス王国は滅亡しなかった。
其れ処ろか、王国は帝国に発展し栄華を極めたのだ。
それとは反対に、時を経る毎に、ヴァラクの自我は崩壊していった。
そして、ネサルに入り込んだヴァラクは、ネサルの人格の影響を強く受け、ヨシタカと、愛し子に執着した。
ヴァラクが持つあやふやな人格と、愛しい人を獣人に奪われた憎しみ。帝国に対する憎悪。
この三つに、踊らされ続けたのが、ゴトフリーという国なのだろう。
だからと言って、これ迄の行いに対する免罪符とはならない。
況してや愛し子を手にかけるなど、有ってはならない蛮行だ。
アウラとクレイオスにとって、歴代の愛し子の中でも、レンの存在は別格だ。
これ程の、神の愛と恩寵を受けた愛し子は、他に存在しないのだ。
もし、レンが神官や王の手によって危害を加えられたら、ゴトフリーどころか、ヴィースの存在自体が消されてしまう事に、何故、神官達は気付かない。
万が一。
いや兆が一にでも、そんなことが起きれば、 “俺の手で” この国の全てを焦土に変えてやる!
穢らわしい王配と、側室の証言は一致した。
レンは神殿に転移させられた。
神殿に向かう、ブルーベルの手綱を握る手にも汗が滲む。
先に神殿の捜索を命じた部下からも、発見の連絡は来ていない。
以前ヴァラクに拉致されてから、レンの帯には、どんな時でもスクロールを一枚入れてある。
あぁ。どうかスクロールを利用して、柘榴宮に戻っていてくれ。
俺たちの部屋に現れたレンが、ローガンに命じ、ダンプティーを飛ばしてくれたら。
レンの事だ、ダンプティーを飛ばした後で、新しいスクロールを作っているかもしれない。
それを使い、オーベルシュタイン侯爵の城に転移してくるかも・・・・。
大丈夫だ。
俺の番は強い。
あんな、間抜けな王になど、遅れを取ったりしない。
それなのに
どうして念話が通じない?!
何故、愛しい番の声を聞くことも出来ないのだ?!
どうして、レンの感情さえ伝わってこない?!
お願いだ!
誰でもいい!
俺の番は、レンは無事だと言ってくれ!!
怒りと後悔、焦燥感に苛まれ、逸る気持ちを抑える事もなく、辿り着いた大神殿は、魔物の出現により混乱を極めていた。
召喚された魔物を、抑えきれず、何匹かが王都へ逃げ出してしまったのだ。
「ロドリックは何をやって居る!!レンと国王の捜索は?! クレイオスはどこにいる?!」
「閣下! 報告いたします! クレイオス様は、初代国王の柩にかけられた呪いを解呪すると仰られ、1人結界を張られて籠って居られます」
「他は?!」
「はっ! 神殿内では、魔物と交戦中。教皇を初めとする神官達が、魔物を召喚、巨大な魔晶石の魔力により、先程まで召喚が続いておりましたが、転移陣を守っていた結界の破壊に成功。魔晶石と転移陣も破壊済みです」
俺が垂れ流している威嚇に、報告する部下の顔色がどんどん悪くなって行く。
「続けろ」
「はっはい! 神官数名は捕らえましたが、教皇と上位神官達は、奥の院に逃げ込み、結界を張り籠城中。捜索の結果、レン様と王家の人間は発見出来ず。もしレン様がここに転移されたなら、奥の院の中と思われます!」
「手緩いっ!! すぐに奥の院に案内しろ!」
「ですが、中には魔物が」
「だから何だ? 俺が今までどれだけの魔物を屠って来たと思っている」
「はっ!! 失礼いたしました!! 奥の院にご案内いたします!!」
「マーク! ロロシュ! シッチン!ついて来い!!」
「「「ハッツ!!」」」
「・・・エーグル、お前もだ!! この国の末路を見せてやる!」
「はい!!」
106
お気に入りに追加
1,336
あなたにおすすめの小説
腹黒宰相との白い結婚
黎
恋愛
大嫌いな腹黒宰相ロイドと結婚する羽目になったランメリアは、条件をつきつけた――これは白い結婚であること。代わりに側妻を娶るも愛人を作るも好きにすればいい。そう決めたはずだったのだが、なぜか、周囲が全力で溝を埋めてくる。
嫌われ女騎士は塩対応だった堅物騎士様と蜜愛中! 愚者の花道
Canaan
恋愛
旧題:愚者の花道
周囲からの風当たりは強いが、逞しく生きている平民あがりの女騎士ヘザー。ある時、とんでもない痴態を高慢エリート男ヒューイに目撃されてしまう。しかも、新しい配属先には自分の上官としてそのヒューイがいた……。
女子力低い残念ヒロインが、超感じ悪い堅物男の調子をだんだん狂わせていくお話。
※シリーズ「愚者たちの物語 その2」※
婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!
柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

悪役令嬢ですが、ヒロインが大好きなので助けてあげてたら、その兄に溺愛されてます!?
柊 来飛
恋愛
ある日現実世界で車に撥ねられ死んでしまった主人公。
しかし、目が覚めるとそこは好きなゲームの世界で!?
しかもその悪役令嬢になっちゃった!?
困惑する主人公だが、大好きなヒロインのために頑張っていたら、なぜかヒロインの兄に溺愛されちゃって!?
不定期です。趣味で描いてます。
あくまでも創作として、なんでも許せる方のみ、ご覧ください。

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。
そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。
お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。
挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに…
意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いしますm(__)m

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる