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愛し子と樹海の王

愛し子の呪い

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 翌朝、全身の痺れから顔面蒼白で、ぶるぶると震える、ロロシュとエーゲルを、レンは腕組みしたまま睥睨し、何を言うべきかを考えている様だった。

 俺とマーク、シッチンはレンの後ろで、内心ハラハラしながらその様子を見守っていた。

 当事者であるマークは、眠れぬ夜を過ごしたのが一目で分かる、憔悴ぶりだ。

 そんなマークを見たレンは、瞳の奥を光らせていたが、二人に罰を命じたレンも、昨夜は一睡も出来ていないのだ。

 それでもレンは、マークやシッチンに何かを言うことは無く、ロロシュとエーゲルの前に立ったのだ。

 第2騎士団の騎士達は、もれなく昨夜の1件を知っている訳で。この後の展開が気になって仕方がないのだろう、出発の準備をしながら、チラチラとこちらの様子を伺っている。

 そんな中、一番青い顔で震えているのは、エーグルが連れて来た獣人達だ。

 彼らは騎士団の一員でもなく、レンに首輪を外してもらった恩義があるとは言え、敵国であるゴトフリーで、奴隷扱いをされて居た兵士だ。

 上官のエーゲルの事は心配だが、恩人であるレンの怒りを買ったエーゲルを、庇う事も出来ない。

 その心中は察するに余り有る。

 暫く二人を見下ろしていたレンは、一つ溜息を吐いた。

「2人とも、腕を下ろしていいですよ」

 レンの許しと同時に、二人は糸の切れた操り人形のように腕を下ろした。
 しびれて動かない腕は、指先までぶるぶると震えているのが分かる。

 そして振り向いたレンは、マークを手招いてロロシュとエーゲルの間に立たせ、3人に順に治癒を掛けて行った。

 治癒の効果で2人の震えも治まり、3人とも血色も良くなっている。

「私は人様の恋愛事情に口出しできるほど、経験豊富なわけじゃないのですよ?でもね、大切に思っている人が傷つけられるのは嫌だし、幸せになって欲しいと思うんです」

 レンの言葉に3人は項垂れて、ただ黙って話を聞いている。

「ロロシュさん。貴方の種族的な習性については理解しました。けれどそれが番に対する、無責任な行動をとる免罪符にはなりません。番がどうこう言うのは、一旦脇に置いて、男、雄として、それ以前に人として、マークさんに誠意をもって、接するべきではありませんか?」

「・・・・・・・」

「人族に番を得る感覚は判りません。番のように唯一無二の存在だ、と言う確証が無くても、それでも人族は互いを尊重し、愛を育み伴侶や家族と幸せになりたいと、努力して生きていくのですよ? それってロロシュさんと、そう違わないと思うのだけど、どうかしら?」

「オレが人族と同じ・・と?」

「そうね。人族にとって愛の形は千差万別。こうで在りたいとか、こんな風になりたいとか言う理想は在っても、その通りに生きられる人は一握りでしょ? だから理想に向かって努力もするし、どうしようもない事は受け入れながら、最善の方法と関係を模索していくのよ? ロロシュさんに足りないのはそう云う処ね。人族だろうと獣人だろうと、自分の都合や、気持ちばかりを押し付けるのは、最低だと思います」

「・・・・・・・」

 自分が人族と同じと言われ、ロロシュは衝撃を受けたようだ。
 だが項垂れて考え込んでいる姿は、今までとは少し違って見えた。

「エーグル卿。私が何故、貴方に罰を与えたか分かりますか?」

「それは・・・私が騎士団の規律を乱したからです」

「違いますよ? それはアレクが対処する問題です」

 これにエーゲルは目を見開いた。
 自分が何故レンの不況を買ったか、理由が分かっていなのは明らかだ。

「分かりませんか? エーゲル卿がマークさんの為に怒ってくれた事には、感謝しています。マークさんの立場や尊厳。心を守ろうとしてくれたのでしょう?」

「・・・・は・・い」

「でもね、その後が良くありません。大事な人の為に、理性を失ってしまったとしても、あれは駄目です」

「どうしてでしょうか。騎士とは名誉を一番大事にするものでは無いのですか?」

「そうねえ。騎士道精神ってやつですか? 迷惑な話ですよね」

 騎士道精神が、迷惑だと?
 なら俺は、これからどうやってレンと向き合えばいいんだ?

「あのね。そんなの貴方たちの自己満足でしょ? 大事な姫の名誉の為に、自分の命を懸けるなんて、物語の中ならロマンチックで素敵だけど。実際にやられたら、負担しかないです」

「そう・・・なのですか?」

「だって、自分の為に好きな人、大事な人が一生不自由な暮らしを送るような、怪我をしたり死んでしまったら? 残された方は、罪悪感と大事な人を、自分の所為で失った後悔の中で生きていくんですよ? 私はアレクが、かすり傷を負うのだって嫌です。それなのに貴方達は、マークさんの目の前で、殺し合いを演じ、傷を負い血を流した。貴方は自己満足の為に、マークさんを傷つけたんです」

「あぁ・・・・その通りです」

「騎士や兵士である以上。他の人達より怪我も多いだろうし、命の危険もあります。だからこそ、貴方が本当にマークさんの番なら、彼と一緒に長生き出来る様に、自分を大事にしなきゃ駄目です。怪我をしない様に、強く成らなきゃいけないし、どんな汚い手を使っても、マークさんのもとに生きて帰らなくちゃ」

「愛し子様の仰る通りです」

 あぁ、そうか。
 レンは俺の事も同じように思っていたのか。
 騎士の名誉より、命を優先しろか・・・。

「それからマークさん」

「はい」

「マークさんは優しいし。貴族の嗜みとして、はしたない真似をしてはいけない、と教育されてきましたね?」

「仰る通りです」

「でも、それで自分の首を絞めていませんか? 前にアレクに対して ”嫌なら嫌って言っても良い” って、言ってくれたのはマークさんじゃないですか。だから今度は、私からマークさんに言いますね? ロロシュさんのすることが嫌なら嫌だ、ともっと強く言っても良いのですよ? 何なら二三発、ぶっ飛ばした方が良いかもしれませんね」

「・・・ぶっ・・・・飛ばす」

「それと・・」 と、レンはマークの耳に顔を寄せ、ヒソヒソと囁いた。

 ”エーグル卿が欲しいと言っていいのよ?”

 顰めた声も、獣人の俺達には丸聞こえで、エーグルは頬を染め、ロロシュは渋面になったが、レンは分かっていて、わざとやったのだと思う。

「私の話しは以上です。これは私の私見なので、あとは3人ともよく考えて、大人なんだから、それなりの対応をして下さい。でも次にマークさんを悲しませたら・・・・」

「・・・・悲しませたら?」

「2人に ”ザビエル禿” になる呪いを掛けますからね!」

「「ざびえるはげ?!」」

 "ざびえる" が何かは分からんが、禿げるのは雄としてちょっとな・・・。

 ロロシュとエーグルも、同じ気持ちだったのか、落ち着かない様子で髪を触っている。

それにマークも便乗し「私も禿はちょっと・・・」と、頬に手を当て、溜息を吐いて見せた。

「ザビエルですよ」

 頭頂部を撫でながら、ニヤリと笑うレンに、ロロシュとエーグルは顔を引き攣らせて何度も頷いている。

 力尽くの脅しより、禿げの呪いの方が、二人には効果があった様だ。

「閣下・・・あれ冗談ッスよね」

 シッチン迄、恐ろし気に髪を気にしているが・・・。

「さあ、どうだろうな。だが、レンは愛し子だからな。冗談では無いかも知れんぞ?」

 俺の返事に、3人が顔を青くし、レンとマークだけがニッコリと微笑み合っていた。
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