獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

文字の大きさ
上 下
362 / 582
愛し子と樹海の王

関所破りと揉め事と

しおりを挟む
 そして現在。

 斥候が破壊しきれなかった関と、衛兵を文字通り俺の作った竜巻が完全に吹き飛ばした。

 欲求不満の八つ当たりではあったが、ざっと見た敵の数は、300弱。

 普通なら斥候20名で相手しきれる数ではない。

 ここでいう普通は、帝国基準。
 騎士団若しくはギルドの傭兵を相手にした場合の話しだ。

 これまで見てきた兵士と同じなら、20名でも問題ないはずだ。

 だが部下達を前にした関の衛兵は、これまでの兵士たちと比べると連携もとれており、動きも格段に良かった。

 何より彼らが手にした武器からは、魔法が放たれていたのだ。

 この関の衛兵には、魔石や魔晶石を仕込んだ、魔剣、魔槍を支給されていたようだ。
 
 王都も近くなると、それなりの兵を揃えているらしい。
 今までのように、楽に押し通れなくなるかも知れん。

「レンこっちに来なさい」

 アンに騎乗し並走したまま、腕を伸ばした番を抱き上げた。

「ここからは、俺と一緒に居るんだぞ?」

「え? うん、分かった」

「エーグル!!」

 首をめぐらしエーグルを呼ぶと、巧みにオロバスを操り近付いて来た。

「お呼びですか?」

 初めて会った時より少し肉付きの良くなった頬に、微笑を浮かべるこの雄は、偶に難しい顔で考え込んでいる時以外は、毎日が楽しそうだ。

「さっきの関の衛兵は、誰の兵だ?」

「この辺りの領主、キャプロス侯爵だったと記憶しています」

「侯爵は王宮で冷遇されていると聞いているが、関の衛兵に魔剣を与えられるほど、余裕が有るのか?」

「貴族の内情については、私はお役に立てません。ですが魔剣については、侯爵が所有していた物かもしれません」

「武器を集めていたのか?」

「武器ではなく、魔石、魔晶石の方です。噂で聞いただけなので、真偽のほどは判りませんが」

「どんな噂だ?」

「まず、王家とキャプロス家の確執からお話します。これは王国中の誰もが知る、有名な話なのですが。キャプロス家は元々王家の血を引く武門の家柄なのです。キャプロス家の次子と婚約していた王太子、現国王が一方的に婚約を破棄。伯爵家の令息を伴侶として迎えた事で、王家と侯爵家の関係が悪化しました」

 俺はこの話を聞いて、有り勝ちな話だと思ったが、レンは違ったようだ。

「そんなラノベみたいな話が、本当にあるんですねぇ」
 
 と妙な関心の仕方をしているレンに、「我々獣人には、全く理解できない話です」とエーゲルは首を振って見せた。

「これで終われば、まだ縁がなかった。で済む話だったのですが、侯爵家の次子が、王太子の伴侶となった、伯爵家の令息への毒殺未遂で、捕らえられたのです。公爵は息子の無実を訴え続けましたが、王太子と令息を怨んだ次子の犯行だと結論付けられ、次子は死を賜りました。侯爵は王家の血が流れている事から、取り潰しにこそなりませんでしたが、北の辺境に領地替えとなったのです」

「犯人は、本当に次子だったのか?」

「どうなんでしょう。証拠はあったようですが、公に示された訳ではないので、なんとも言えません」

「成る程な。だがここは辺境ではないぞ?」

 俺の疑問に、エーゲルの瞳が悪戯っぽく輝いた。

「仰る通り、ここは辺境ではありません。国王の戴冠の際、キャプロス侯爵は、討伐した魔物から採れた大量の魔晶石を、王家に献上し、許しを請うた上で忠誠を誓ったのです。それに喜んだ国王が、公爵へ元の領地を返しました」

「ふむ・・・」

「息子の仇に頭を下げたの?」

「不思議ですよね。貴族の方々には親子の情よりも、大切な何かがあるのですかね?」

 若しくは、大義の前に頭を下げる事も厭わなかった、とも考えられる。

「で? あの魔剣と魔槍の魔晶石が、その時と同じものだと?」

「または、あの魔石と魔晶石は魔物から採れたのではなく、侯爵は鉱脈を見つけたのではないか?と真しやかに言われています」

 王家に恨みを持つ、大貴族か・・・これは、少し調べさせた方が良いな。

「あの衛兵は、これまでの兵士と比べると、随分動きが良かった。公爵は今も武を尊んでいるのか?」

「王家の手前、規模は縮小されたようですが、侯爵が辺境に居る間、増援要請を受けたことは無いそうです」

 それなりの武力は、今でも隠し持っていると見た方が良いか。
 八つ当たりで吹き飛ばしてしまったが、もう少し手加減してやるべきだったか?

「よく分かった。もういいぞ」

 エーゲルが下がった後、ロロシュを呼んで、キャプロス侯爵を調べ、使えそうなら繋ぎを取る様に命じた。

「王家に恨みは有るが、獣人に寛容かどうかは分からねえよ?」

「それならそれで構わん。邪魔をしなければそれでいい。上手くやってくれ」

「了解。何人か廻して置く・・・・・・」

「なんだ?」

「いや。なんでもねえよ」

 そう言うとロロシュは、頭を掻きながら、後ろに下がって行った。

 何か言いたそうにしていたが・・・。

「マークさんと、話し合えたのかしら?」

「どうだろうな。だがこれ以上俺達は口出しできんからな」

「そうよね・・・誰も傷付かない様に、3人で仲良く。なんてお花畑過ぎますよね」

「何事も、治まるべきところに収まるものだ。あまり気に病むな」

「うん」

 そう慰めてみたものの、エーグルから聞いた話を伝えた時の、二人の顔が忘れられない。

 ロロシュは、全てが腑に落ちたように、スッキリとして見えたが。

 マークの顔は、絶望の淵に立ち、深淵を覗き込んでいる様だった。

 マークの絶望はどれほどのものか。

 折角見つけた番が、番にも子供にも執着を持たず、孤独を好む習性持ちだと知ったのだ。どんなに相手を愛しても、相手からは番らしい愛が返ってくることは無い。

 愛するほど、相手が遠ざかる。
 獣人にとって、そんな暮らしは地獄だ。

 だが幸いな事に、マークにはもう一人の番エーグルが居る。
 ロロシュを諦め、エーグルを選べば、今までの様な豊かな暮らしと、侯爵の伴侶と言う栄誉は失うが、心の安寧は手入れられる。

 それに今回の事で手柄を立てれば、エーグル自身も叙爵は可能だ。
 もし叙爵が無理でも、エーグルを第二騎士団で引き取れば、二人の俸給だけでも、いい暮らしは出来るはずだ。

 こうなると、一日でも早く、エーグルには求愛行動に入って貰いたい。

 どんな形にしても、マークが絶望に泣く様な事だけは、してくれるなと願わずにはいられない。

 そんな俺の願いを、アウラ神はどう受け取ったのか、その日の夜、騒ぎは起こった。

 夕食を終え、レンが湯を使う間、禁欲を命じられて居る俺は、番にうっかり手を出さない様に、天幕の外で見張りがてら時間を潰していた。

 天幕の中から聞こえる微かな水音に、番の柔らかな肌と、その上を滑る様に湯が流れる様を想像し、俺は一人悶々としていた。

 月が綺麗な夜だった。

 そこへ、地面に食器が散らばる音と、数人が争う声が聞こえて来た。
 集団で生活している以上、揉め事を興す奴は少なからずいるし、言葉を使うより、拳で語り合う事の方が多かったりもする。

 その場合、周囲の奴らが面白半分で、ヤジを飛ばし、囃し立てるのが常だ。
 だが今はその声も聞こえない。
 それは揉め事の内容が、相当深刻な事を表している。

「レン!」

「は~い。なあに」

 何も知らず、暢気な番は可愛いな。

「すまない。揉め事が起こった様だ。中に人が入れないよう結界を張って行く。外に出る事は出来るから、何かあったら来てくれ」

「あっはい!気を付けて!!」

 中から湯の跳ねる音が聞こえてくる。
 レンも慌てているようだ。

「ではな!」

 そう言い置いて。
 揉め事の起こった方へ向かうと、部下達が何処か冷めた目で、揉め事の主を見つめていた。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

腹黒宰相との白い結婚

恋愛
大嫌いな腹黒宰相ロイドと結婚する羽目になったランメリアは、条件をつきつけた――これは白い結婚であること。代わりに側妻を娶るも愛人を作るも好きにすればいい。そう決めたはずだったのだが、なぜか、周囲が全力で溝を埋めてくる。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

嫌われ女騎士は塩対応だった堅物騎士様と蜜愛中! 愚者の花道

Canaan
恋愛
旧題:愚者の花道 周囲からの風当たりは強いが、逞しく生きている平民あがりの女騎士ヘザー。ある時、とんでもない痴態を高慢エリート男ヒューイに目撃されてしまう。しかも、新しい配属先には自分の上官としてそのヒューイがいた……。 女子力低い残念ヒロインが、超感じ悪い堅物男の調子をだんだん狂わせていくお話。 ※シリーズ「愚者たちの物語 その2」※

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

聖獣の卵を保護するため、騎士団長と契約結婚いたします。仮の妻なのに、なぜか大切にされすぎていて、溺愛されていると勘違いしてしまいそうです

石河 翠
恋愛
騎士団の食堂で働くエリカは、自宅の庭で聖獣の卵を発見する。 聖獣が大好きなエリカは保護を希望するが、領主に卵を預けるようにと言われてしまった。卵の保護主は、魔力や財力、社会的な地位が重要視されるというのだ。 やけになったエリカは場末の酒場で酔っ払ったあげく、通りすがりの騎士団長に契約結婚してほしいと唐突に泣きつく。すると意外にもその場で承諾されてしまった。 女っ気のない堅物な騎士団長だったはずが、妻となったエリカへの態度は甘く優しいもので、彼女は思わずときめいてしまい……。 素直でまっすぐ一生懸命なヒロインと、実はヒロインにずっと片思いしていた真面目な騎士団長の恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID749781)をお借りしております。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

処理中です...