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愛し子と樹海の王

関所破りと揉め事と

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 そして現在。

 斥候が破壊しきれなかった関と、衛兵を文字通り俺の作った竜巻が完全に吹き飛ばした。

 欲求不満の八つ当たりではあったが、ざっと見た敵の数は、300弱。

 普通なら斥候20名で相手しきれる数ではない。

 ここでいう普通は、帝国基準。
 騎士団若しくはギルドの傭兵を相手にした場合の話しだ。

 これまで見てきた兵士と同じなら、20名でも問題ないはずだ。

 だが部下達を前にした関の衛兵は、これまでの兵士たちと比べると連携もとれており、動きも格段に良かった。

 何より彼らが手にした武器からは、魔法が放たれていたのだ。

 この関の衛兵には、魔石や魔晶石を仕込んだ、魔剣、魔槍を支給されていたようだ。
 
 王都も近くなると、それなりの兵を揃えているらしい。
 今までのように、楽に押し通れなくなるかも知れん。

「レンこっちに来なさい」

 アンに騎乗し並走したまま、腕を伸ばした番を抱き上げた。

「ここからは、俺と一緒に居るんだぞ?」

「え? うん、分かった」

「エーグル!!」

 首をめぐらしエーグルを呼ぶと、巧みにオロバスを操り近付いて来た。

「お呼びですか?」

 初めて会った時より少し肉付きの良くなった頬に、微笑を浮かべるこの雄は、偶に難しい顔で考え込んでいる時以外は、毎日が楽しそうだ。

「さっきの関の衛兵は、誰の兵だ?」

「この辺りの領主、キャプロス侯爵だったと記憶しています」

「侯爵は王宮で冷遇されていると聞いているが、関の衛兵に魔剣を与えられるほど、余裕が有るのか?」

「貴族の内情については、私はお役に立てません。ですが魔剣については、侯爵が所有していた物かもしれません」

「武器を集めていたのか?」

「武器ではなく、魔石、魔晶石の方です。噂で聞いただけなので、真偽のほどは判りませんが」

「どんな噂だ?」

「まず、王家とキャプロス家の確執からお話します。これは王国中の誰もが知る、有名な話なのですが。キャプロス家は元々王家の血を引く武門の家柄なのです。キャプロス家の次子と婚約していた王太子、現国王が一方的に婚約を破棄。伯爵家の令息を伴侶として迎えた事で、王家と侯爵家の関係が悪化しました」

 俺はこの話を聞いて、有り勝ちな話だと思ったが、レンは違ったようだ。

「そんなラノベみたいな話が、本当にあるんですねぇ」
 
 と妙な関心の仕方をしているレンに、「我々獣人には、全く理解できない話です」とエーゲルは首を振って見せた。

「これで終われば、まだ縁がなかった。で済む話だったのですが、侯爵家の次子が、王太子の伴侶となった、伯爵家の令息への毒殺未遂で、捕らえられたのです。公爵は息子の無実を訴え続けましたが、王太子と令息を怨んだ次子の犯行だと結論付けられ、次子は死を賜りました。侯爵は王家の血が流れている事から、取り潰しにこそなりませんでしたが、北の辺境に領地替えとなったのです」

「犯人は、本当に次子だったのか?」

「どうなんでしょう。証拠はあったようですが、公に示された訳ではないので、なんとも言えません」

「成る程な。だがここは辺境ではないぞ?」

 俺の疑問に、エーゲルの瞳が悪戯っぽく輝いた。

「仰る通り、ここは辺境ではありません。国王の戴冠の際、キャプロス侯爵は、討伐した魔物から採れた大量の魔晶石を、王家に献上し、許しを請うた上で忠誠を誓ったのです。それに喜んだ国王が、公爵へ元の領地を返しました」

「ふむ・・・」

「息子の仇に頭を下げたの?」

「不思議ですよね。貴族の方々には親子の情よりも、大切な何かがあるのですかね?」

 若しくは、大義の前に頭を下げる事も厭わなかった、とも考えられる。

「で? あの魔剣と魔槍の魔晶石が、その時と同じものだと?」

「または、あの魔石と魔晶石は魔物から採れたのではなく、侯爵は鉱脈を見つけたのではないか?と真しやかに言われています」

 王家に恨みを持つ、大貴族か・・・これは、少し調べさせた方が良いな。

「あの衛兵は、これまでの兵士と比べると、随分動きが良かった。公爵は今も武を尊んでいるのか?」

「王家の手前、規模は縮小されたようですが、侯爵が辺境に居る間、増援要請を受けたことは無いそうです」

 それなりの武力は、今でも隠し持っていると見た方が良いか。
 八つ当たりで吹き飛ばしてしまったが、もう少し手加減してやるべきだったか?

「よく分かった。もういいぞ」

 エーゲルが下がった後、ロロシュを呼んで、キャプロス侯爵を調べ、使えそうなら繋ぎを取る様に命じた。

「王家に恨みは有るが、獣人に寛容かどうかは分からねえよ?」

「それならそれで構わん。邪魔をしなければそれでいい。上手くやってくれ」

「了解。何人か廻して置く・・・・・・」

「なんだ?」

「いや。なんでもねえよ」

 そう言うとロロシュは、頭を掻きながら、後ろに下がって行った。

 何か言いたそうにしていたが・・・。

「マークさんと、話し合えたのかしら?」

「どうだろうな。だがこれ以上俺達は口出しできんからな」

「そうよね・・・誰も傷付かない様に、3人で仲良く。なんてお花畑過ぎますよね」

「何事も、治まるべきところに収まるものだ。あまり気に病むな」

「うん」

 そう慰めてみたものの、エーグルから聞いた話を伝えた時の、二人の顔が忘れられない。

 ロロシュは、全てが腑に落ちたように、スッキリとして見えたが。

 マークの顔は、絶望の淵に立ち、深淵を覗き込んでいる様だった。

 マークの絶望はどれほどのものか。

 折角見つけた番が、番にも子供にも執着を持たず、孤独を好む習性持ちだと知ったのだ。どんなに相手を愛しても、相手からは番らしい愛が返ってくることは無い。

 愛するほど、相手が遠ざかる。
 獣人にとって、そんな暮らしは地獄だ。

 だが幸いな事に、マークにはもう一人の番エーグルが居る。
 ロロシュを諦め、エーグルを選べば、今までの様な豊かな暮らしと、侯爵の伴侶と言う栄誉は失うが、心の安寧は手入れられる。

 それに今回の事で手柄を立てれば、エーグル自身も叙爵は可能だ。
 もし叙爵が無理でも、エーグルを第二騎士団で引き取れば、二人の俸給だけでも、いい暮らしは出来るはずだ。

 こうなると、一日でも早く、エーグルには求愛行動に入って貰いたい。

 どんな形にしても、マークが絶望に泣く様な事だけは、してくれるなと願わずにはいられない。

 そんな俺の願いを、アウラ神はどう受け取ったのか、その日の夜、騒ぎは起こった。

 夕食を終え、レンが湯を使う間、禁欲を命じられて居る俺は、番にうっかり手を出さない様に、天幕の外で見張りがてら時間を潰していた。

 天幕の中から聞こえる微かな水音に、番の柔らかな肌と、その上を滑る様に湯が流れる様を想像し、俺は一人悶々としていた。

 月が綺麗な夜だった。

 そこへ、地面に食器が散らばる音と、数人が争う声が聞こえて来た。
 集団で生活している以上、揉め事を興す奴は少なからずいるし、言葉を使うより、拳で語り合う事の方が多かったりもする。

 その場合、周囲の奴らが面白半分で、ヤジを飛ばし、囃し立てるのが常だ。
 だが今はその声も聞こえない。
 それは揉め事の内容が、相当深刻な事を表している。

「レン!」

「は~い。なあに」

 何も知らず、暢気な番は可愛いな。

「すまない。揉め事が起こった様だ。中に人が入れないよう結界を張って行く。外に出る事は出来るから、何かあったら来てくれ」

「あっはい!気を付けて!!」

 中から湯の跳ねる音が聞こえてくる。
 レンも慌てているようだ。

「ではな!」

 そう言い置いて。
 揉め事の起こった方へ向かうと、部下達が何処か冷めた目で、揉め事の主を見つめていた。
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