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愛し子と樹海の王

閣下は格好つけたい

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 レンは最初から、マークの悩みの相談を受けていた。

 レンが知る、切実なマークの想いが、媚薬や魔法で作られた、偽りの気持ちだとは思いたくないのだろう。

「一目惚れは、人族が持つ感情だ。獣人も似たような感情を、相手に抱くことはある。番を見つけられなかった雄は、そういう好意を持った相手を、伴侶にするのだぞ?」

「でも・・・」

 反論しようと、尖らせた唇に指をあて、番の言葉を堰き止めた。

「レン、一目惚れや相手に抱く好意と、番への想いは全く別物だ。これは獣人にしか分からん感覚だから、レンが納得できない気持ちは分かる。それに、これは憶測でしかないのだから、あまり気にしなくても良いと思うぞ?」

「うん」

「あと、エーグルの事なんだが・・・・」

「・・・本当に番だと思う?」

「二人の様子を見ていると、間違いではない気がするな」

「私ね・・・2人が出逢った時の様子を見てたの。見つめ合ってる2人を見て、もしやと思った。それでね、私1人でウキウキしちゃって、でも・・・よく考えてみたら、ロロシュさんが居るのに、そんな訳ないって。まるでロロシュさんの不幸を願ってるみたいで,そんな自分が嫌になっちゃったの」

「レン、誰かが恋に落ちた瞬間を見たのなら、その反応は正しいと俺は思うぞ?」

「そうかな?」と不安そうに見上げる額に唇を寄せると、番は震える溜息を小さく吐いた。

「君とマークは仲が良い。そんな相手の幸せを喜んで何が悪いんだ?」

「うん。ありがとう」

 この感謝は、ただの慰めだ、と思っているのだな。

 では、とっておき情報を出すとしようか。

「なあレン。一人に対し、複数が番と認識する事がある、と前に話したのを覚えて居るか?」

「あ・・複数婚?」

「獣人同士だと、滅多に聞かん話だが、無い訳ではない。ロロシュの感覚が、おかしくなっていたとしても、二人とも、マークの番だと言う可能性も有ると思う」

「そっか・・・忘れてました」

「さっき、ロロシュがマークを呼び止めていたな。ロロシュはマークに今の話をすると言っていたのだろう?」

「うん、ロロシュさんは、凄く悲しそうだった」

 ああ。俺の番を、こんなにしょんぼりさせるとは。あの2人には何か仕置きが必要だな。

「ふむ・・・エーグルをどうするかは、マーク達に任せるとして、一応、複数婚に関する話は、しておいた方が良いかもしれんな」

「忙しいのに大丈夫なの?」

 心配そうに俺を見上げる番は、本当に可愛らしい。

 他人の恋路を自分の事の様に、悩み傷付く姿は、他の人間だったら唯のお節介だし、馬に蹴られるだけの物好きだ。

 しかし俺の番は、心の清い愛し子だから、それが他人であろうと、喜びも悲しみも分かち合うのが、当然なのかもしれない。

 それに、番の心の安寧の為なら、時間など幾らでも作れると言うものだ。

「俺もあの2人の事で 考えていた事もあるしな。それに二人は優秀で、大事な俺の部下だ。部下の幸福を願うのも、上官として当然の役目だろ?」

 嘘ではないが、少し狡い言い回しだった。

 感動してキラキラと見上げる番に、本当はマーク達より、レンを優先した考えだっただけに、罪悪感が湧いた。

 だが番の前では、何時でも格好良く在りたいと思うのは、悪ではないよな?


 ◇◇


 落ち着きを取り戻したレンを、クオンとノワールに任せ、レンとロロシュが話をしていた部屋に戻ると、中からロロシュを罵るマークの声が聞こえてきた。

 散々苦しめられた上に、ほぼ婚約が確定した状態で、いきなり “番じゃ無かった” などと聞かされては、マークが激昂するもの当然だ。

 普段冷静なマークが、遮音魔法をかけ忘れて居る事からも、その動揺のほどが分かる。

 俺がドアを開けると、2人はギョッとした後、バツが悪そうにそっぽを向いて居たが、こちらとしても、大事な番を泣かせた2人に、不満があるのだと、理解して貰わねば困る。

「お前達の状況は、レンから聞いて理解している。理解した上で、少し話しておきたい事があるから、取り敢えず2人とも落ち着いて、話を聞くように」

「閣下、私は!」

「良いから座れ」

 反抗心を見せる2人、主にマークに、軽く威嚇を込め、着席を促す。

 すると2人は、さも不承不承と言う様子で席についた。

「まず先に言っておく。お前達2人の件で、俺の番が泣いたのは、これで2度目だ。状況的に仕方が無いとは言え、俺としてはこれで最後にして貰いたい」

「すみません」

「悪かったよ」

 ふむ。レンを持ち出すと大人しくなるのは、クオン達と変わらんな。

「それで? 婚約破棄とかいう穏やかでない発言が、廊下まで聞こえて来ていたが?」
 
 俯いて震える拳を握りしめるマークに代わり、ロロシュが答えた。

「オレはそのつもりだ。これ以上マークと一緒にいても、オレはこいつを傷つけるだけだし、改められるとも思えねぇ」

「そうか。マークはどうなんだ?」

「私は!!・・・私は納得も了承も出来ません」

「だから、何回も言ってるだろ。オレと一緒になっても碌な事ねぇんだよ」

「私も嫌だと言ました!他に番が居るなどと無責任なことを言って、逃げるつもりですか?!」

 睨み合う二人に、げんなりした気分になった。

「もういい。お前達の言い分は分かった。ここからは俺の話を大人しく聞け。途中で口を挟むことは許さん。もし俺の邪魔をしたら、その時は、どうなるか分かるな?」

 威嚇を放ちつつ、低い声で言えば、二人の喉がゴクリと鳴った。

「まず第一に、婚約ついては、書類を提出する正式な手続きは終わって居ないが、アーノルドに報告した時点で、正式なものと同等の拘束力を持つ。現状で破棄を認めることはできん」

「なっなんでだよ!!」

「口を挟むなと言ったぞ」

 腰を浮かせたロロシュをギロリと睨むと、顔面蒼白になったロロシュは、大人しく椅子に座り直した。

「お前達は平民ではない。婚約婚姻に関しては、家と皇家の了承が必要だ。特にロロシュ。お前は侯爵家の後継だ。お前の非常識な我儘でも、伯爵家は抗議することもできん立場だ、と言うことを忘れるな」

「あ・・・はい」

 まったく、散々影で貴族を操ってきたくせに、当事者になった途端、ポンコツとは、考えものだ。

「第2に、ロロシュ、お前の問題行動についてだが、レンが指摘したお前の精神的な不安定さとは別に、お前には問題が在るのではないかと、俺は考えている」

「別の問題」

「閣下、それは一体なんでしょうか?」

 マークの縋る様な視線が痛いな。

「種族の性質だ。ウサギやホース系の性的なものと同じだ。俺は専門家では無いから、調べた限りの一般論だが、一般的に蛇は番に対し、淡白だと言われて居るようだ」

「たんぱく・・・ですか」

「帝国では、蛇は希少種でな。俺が調べたものは全て “蛇” という大きな括りでしか記載がなかった。だがな、俺は白虎でマークは銀狐だ。白虎と銀狐には、虎と狐の括りとは違う、個別の習性がある。同じ様にパールパイソンのロロシュも、番に対する固有の習性が在ってもおかしくない」

「それは・・・そうですね」

「固有の習性」

「この固有の習性が、ロロシュの捻くれた考えを増長させている可能性がある、と俺は考えている。パールパイソンの習性を調べ、互いの妥協点を見つけられるかを検討する。 婚約破棄だなんだと大騒ぎする前に、二人がやるべき事は、それだと俺は思う」

「妥協点」

「第3に、マークに別の番が居る可能性についてだが。お前達、なんのために獣人には複数婚が認められているかを、忘れて居ないか? 一人に対し、複数が番と認識する。稀ではあるが、皆無では無いから、この法が有るのだぞ?」

「複数婚」

「まさか、そんな事」

「ロロシュの態度が、種族的な習性のよるものなら、番ではない証拠にはならんし、治し様は無いが、対処はできる。他の雄が番として現れたとしても、複数婚が認められる稀なケースであるなら、どうするかは、当事者である、お前達が話し合いで決めることだ」

「・・・・・」

「・・・・・」

「俺からの話は以上だ。婚約破棄については、これらを踏まえ、今後の対応を検討した結果、どうにも成らなければ、改めて相談に来い。そうでなければ、今後お前達の件で、俺の番を泣かせるな。分かったな」

 言うべきことは言った。
 後は2人・・・いや3人の問題だ。

 俺としては、今後3人が、良い形で幸せになる方法を、見つける事を願うばかりだ。
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