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愛し子と樹海の王
生贄と召喚
しおりを挟む魔法陣が完成すると、神官たちはオロバスに飛び乗り、その場を離れて行ったが、魔法陣の周りには、数名の獣人が残されていた。
「逃げろ!!」
「そこに居たら死ぬぞ!!」
「速く離れろっ!!」
取り残された獣人に、部下たちが必死で叫び、呼びかけている。
部下の声が届いたのか、その場を離れようとした何人かが、いくらも行かない内に、首を押え、その場に蹲ってしまった。
”動くな” という命令に背いた彼らに、首輪が反応したのだろう。
「あぁ?!」
「なんでだよ!?」
「逃げろよぉーーー!!」
部下たちが上げる声は、悲鳴に近かった。
逃げようとしなかった獣人が、一人また一人と倒れていく。
彼等は、魔法陣の破壊を防ぐ為に、残されたのではない、陣を展開維持するための、魔力の供給元にされたのだ。
そして、魔法陣の中から、うっそりと毛むくじゃらの脚が現れた。
硬い毛に覆われた脚は直ぐにその数を増やし、魔法陣からメイジアクネがその姿を現した。
魔法陣から出て来たメイジアクネは、一匹だけではない。
巨大な蜘蛛は次から次へと数を増やし。
最後にメイジアクネより、二回りも身体の大きなアラクネが出現した。
メイジアクネやアラクネが、獲物として狙うのは、より魔力の多い者だ。
そのお陰で魔力を使い果たし、倒れた獣人達には見向きもせず、俺達も同胞が魔物に喰われるような、惨状を目にすることは無かった。
しかし、魔法陣から現れた蜘蛛の群れは、強力な魔力保持者が集まっている、砦へと向かってきた。
攻城戦用の武器を持って居なかったのは、魔物に襲わせる腹づもりだったからか?
だとしたら、城や砦を攻め落とした後、魔物をどうやって片付ける積もりだったのだ。
そこでも獣人を犠牲にする積もりか?
「巫山戯やがって」
しかもだ、よりにもよって、獣人を生贄に呼び出したのが、蜘蛛だと?
レンが居るこの砦に?
俺の番が大嫌いな蜘蛛だと?
「迎撃準備!! 打って出る!! ブルーベルを城門に連れてこい!!」
もうこれ以上は、我慢がならん。
あの醜い蜘蛛ごと、ゴトフリーの奴らを叩きのめしてやる。
「「「「うおおぉぉーーー!!」」」」
鬨の声を上げた騎士達が、一斉に出撃の態勢に入った。
歩廊の上に立った俺は、谷を飛び越え城壁に取り付いたメイジアクネに、氷の槍を打ち込み、劫火で焼き払った。
それに怯えた蜘蛛たちが脚を止めた隙に、城門が開かれ、跳ね橋が下ろされる。
歩廊から城門前に飛び降り、獲物を求め飛び出してきたアラクネに雷撃を落とし、痙攣する身体を蹴り飛ばして道を開けた。
「身の程を知らぬゴトフリーに、制裁を下せ!!」
「「「おおぉぉぉーーーー!!!」」」
「獣人には手を出すな!!同胞を解放しろ!!」
「「「「わあああぁぁあーーー!!」」」」
砦から溢れ出す黒衣の軍団を前に、ゴトフリー軍に動揺が走る。
師団長という最高責任者を失った、軍隊など烏合の衆に他ならない。
先陣を切る俺の後ろに続く黒衣の軍団が、無駄な鎧で身を固めたゴトフリー軍を、楔を打ち込むように、切り開き分断していった。
「ゴトフリーに制裁を!!」
「獣人を助けろ!!」
「同胞を解放するんだ!!」
将校達が口々に叫び、部下の士気をあげていく。
奥の手として、呼び出した魔物は、次々に打ち取られ、疑い様のない力の差に、逃げ惑う兵ばかりだ。
重いばかりで煌びやかな鎧など、俺たちを相手にした戦場では、何の役にも立たない。
騎士の剣は鋭く、エンラの爪は、鉄より硬いキングビートルの外骨格をも切り裂く。
鎧の重さで、緩慢な動きしかできない、兵士など簡単に蹴散らせるのだ。
「逃げるだけの臆病者は放っておけ!!神官を捕えろっ!!」
しかし、どこまで逃げたのか、いくら探しても神官の姿が見当たらない。
神官を探し、邪魔な兵を薙ぎ払っている処へ、伝令の声が響いた。
「閣下!! 森の中からサンドワームが!!」
「クソッ!!」
サンドワームは砂漠の巨大な魔物だ。こんな所に居る訳がない。
あの神官達がまた召喚したのだ。
獣人を使って!!
ギヨォォォ——!!
森の梢にサンドワームの頭が見えた。
バキバキッ! メキメキッ!
木を薙ぎ倒す音は、誰かがサンドワームに攻撃しているからだろう。
ブルーベルの腹を蹴り、森に向かうと、マークと他の騎士達がサンドワームを囲む様に、魔法を放っていた。
その後ろに、結界で拘束された神官の姿も見える。
「マーク!! 下がれ!!」
俺の声に飛び退いたマークの足元に、サンドワームが吐き出した、緑色の消化液が飛び散った。
その飛沫が、マークのブーツを溶かし、鼻につく嫌な臭いが漂った。
砂の中で生きるサンドワームは眼が弱い。
その代わり、音や振動に敏感で、地上に出た時は、尻尾での殴打や消化液を飛ばして攻撃してくる。
ここは森の中だ、硬い木の根が張り巡らされた地中には潜ることが出来ない。
逃げ場の無いサンドワームは、部下達の攻撃を受け、ジタバタと暴れ回っていた。
攻撃を続ける部下の1人が放った雷撃で、サンドワームが激しく暴れ出した。
雷撃はまだ早い。
もっと、水魔法で攻撃してからでないと、逆効果だ。
教本にも載っている基本を忘れるとは、今雷撃を落とした奴は、皇都に戻ったら座学を増やしてやる!
その時、風を切って振り回されていた、巨大ミミズの尻尾が、マークを捉えた。
脇腹に飛んできた尻尾を結界を張った肘でガードしたマークだが、その勢いで吹き飛ばされてしまった。
「マークッ!!」
普段のマークなら簡単に避けられたのだろうが、どうやら足の踏ん張りが効かなかったらしい。
恐らく、先程の消化液がブーツの中まで入ってしまったのだろう。
サンドワームに向け、俺が水龍を飛ばすのとほぼ同時に、水の塊が別の方向から飛んで来た。
魔法の主を横目で探すと、そこには怒りを露わにしたエーグルが立っていた。
「エーグル!早くマークの足を洗い流せ!骨まで溶けるぞ!」
俺の忠告に素直に従ったエーグルは、倒れ込んだマークに駆け寄り、ブーツを引き抜いて、マークの足を水魔法で洗い流した。
その間俺は、他の騎士を下がらせ、水龍で動きを封じたサンドワームに、特大の雷撃を落とした。
地響きをあげ、倒れ込んだ巨大ミミズは、体中から、煙をあげていた。
ホッと息を吐いたのも束の間。
「ライノだッ!!」
「ライノの群れだッ!!」
次から次へと・・・。
「エーグル、この辺りはライノが出るのか?」
「いえ!この辺りはムースの生息地です!」
ではやはり、ライノもあの神官が召喚したのか・・・・。
「エーグル。マークを頼む!」
ブルーベルを駆り森から飛び出すと、ライノの群れが戦場を走り回り、大きな角から斬撃を飛ばしまくっていた。
瞳が赤い攻撃色に染まるほど興奮したライノに、ゴトフリーの兵も帝国の騎士も関係ない。
ライノにとっては目に映る全てが敵だ。
あの神官達はこうなる事を、予想できなかったのか?
それとも神官の誰かが、テイマーでこの魔物達はティムされた従魔なのか?
いやそんなことは有り得ない。
アンの群れをティムしたレンと、同じくらいの力が無ければ無理だ。
群れのボスはどれだ?
群れのボスを探す俺の髪を、一陣の風が巻き上げた。
何気なく風の吹いてくる方向へ目を向けると、そこにはゆっくりと此方へ飛んでくるクレイオスの姿が見えた。
「クレイオス?」
あのドラゴンは人々の争いへは、不干渉だと言って居たのに?
悠然と空を飛ぶクレイオスの後ろに、付き従うように飛ぶノワールとクオンの姿も見える。
嫌な予感がした。
それも特大の。
この戦場の誰もが口を開けて見守る中、クレイオスと2匹のドラゴンは、ライノの群れの前に舞い降りた。
興奮しきっていたライノも、瞳の攻撃色こそ消えて居ないが、ドラゴンの威容の前では、攻撃をやめ大人しくなっている。
そして、羽を畳んだドラゴンの背中から、風を纏ってフワリと降りて来たのは、俺の番だった。
「レンッ!!」
なんでこんな所に出て来たんだ!?
危ないじゃないか!!
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