獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

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愛し子と樹海の王

攻城戦

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「じゃあ。ヴァーッと行って、サパッと首取って来るからよ」

 からからと笑いながらセルゲイは出陣していった。

 セルゲイの出発後、砦に残った俺達は、モーガンとシルベスター侯爵の到着を待っていたのだが、二人が率いる騎士団よりも、ゴトフリー王国軍の到着の方が早かった。

 総勢3万余。3個師団の堂々たる進軍だ。

 しかし相手は砦の主が、帝国側に戻って居る事を知る由もない。

 ゴトフリー軍も情報収集は行っているのだろうが、その全てに偽情報を流し、真実を悟らせなかった、ロロシュの手腕には目を見張るものがある。

 こんな優秀な雄が、何故番に対してだけポンコツなのか、不思議でならない。

 取り敢えずロロシュの事は脇に置き、ゴトフリー軍だ。

 ロロシュの差配が功を奏し、ゴトフリー軍3個師団は、ガルスタ砦が自分達の支配下にあると信じ、油断しきっていた。

 その証拠に破城槌やカタパルトなどの攻城戦用の武器が、一台も見当たらない。

 歩廊と見張り台の兵に、胸壁の影に隠れるように命じ、暢気に開門を求めるゴトフリー軍に、無視を決め込んだ。

 何度開門を叫ぼうと、答える声も無く城門は開かれず、谷間に渡されるべき跳ね橋が下ろされる様子もない。

 3万余りの軍人の間に、困惑と苛立ちが広がって行く様を、隠れて見ている俺達は、笑いを堪えるのに必死だ。

 この段階でまともな将なら、一旦兵を引き砦の現状確認をするのが定石。

 この20年近く魔物の出現で、国同士の争いは激減しているが、軍部の戦術や戦略、危機感がここまで欠落しているのを、異常だと思うのは俺だけか?

 ゴトフリーは内陸の国だ。
 国境を接しているのは、帝国を含めた4か国。
 その内の弱小国のウジュカを、同盟という名の属国にした事で、何かを勘違いしたのだろうか?

 いやいや。
 俺が心配してやる筋合いはないな。

 敵がどう出るか観察していると、やけに煌びやかな鎧とマントを身に着けた、3騎の騎影がゴトフリーと帝国を隔てる谷の縁まで進み出て来た。

 そして、ゴトフリー王国第2師団長のなんちゃらだ! 第4師団長の・・・第5師団・・・・と名乗りを上げ・・・・。

 ”今すぐ城門を開けろ。開けねば軍法会議に掛けるぞ!!”と、オロバスの上でふんぞり返り、大音声でがなって居る。

 3人がかぶっている、仰々しい羽根飾りのついた、あの兜には見覚えがある。
 砦を占拠していた師団長が、使用していた部屋にあったものと同じだ。

 と言う事は、あの3人は師団長・・・・?

 羞恥か絶望か、両手で顔を隠してしまったエーグルに聞いてみたが、師団長で間違いないという。

 おいおい、本気か?

 行軍の将が3人揃って前に出てくる等、正気の沙汰ではないぞ?
 狙ってくれと言っているのと同じではないか。

 それとも異変を感じ取っても尚、対処できる自信を持てる程、この3人は強いのか?

 なんにせよ、こんな絶好の機会を逃す馬鹿は居ないよな?

 首は取れずとも、使い物にならなくするだけでも儲けものだ。

 俺は、歩廊の胸壁の影に隠れた騎士達に、合図を送った。

 俺からの合図を確認した騎士達は、師団長目掛け、一斉に火球を打ち込んだ。

 俺の感覚だと、人族であろうが師団長クラスともなれば、防護結界くらいは張れて当然だと思っていた。その結界を破るために10人の騎士に一斉に魔法を打たせたのだが・・・・。

 彼ら3人は、結界を張る事も無く苦悶の声を上げる事も無く、過剰に打ち込まれた火球に焼かれ、炎を棚引かせながら、砦前の谷の中に転げ落ちて行った。

「・・・嘘だろ?」

「閣下、あれ師団長ですよね」

「そうらしいぞ・・・良いのか? あれが師団長で」
 
 思わず目の前の谷を指さしてしまった。

「僕に聞かないで下さいよ!」

 傍に居た部下も俺も、想定外すぎて一瞬混乱してしまった。

 しかし敵の混乱は、俺達の比ではない。
 激高し砦への攻撃を命じる者、撤退を指示する者。

 切り立った崖に挟まれ、ただでさえ狭い砦へ続く道で、攻撃と撤退、真逆の指示を出された兵士達は、味方同士で押し合いへし合い、身動きを取る事さえ出来ないようだ。

 更に何を思ったのか、谷を降りて師団長を助けろと、騒ぐものまでいる始末。

 3万人余りの兵が居るのだ。最後尾まで現在の状況と、撤退の指示が届くまで時間もかかる。

 控えめに言っても大混乱だ。

「閣下、どうしますか?」

 俺達が引き起こした混乱だが、想定外すぎて、マークの白い頬も引き攣っているし、エーグルの顔は色を失い、青ざめて見える。

「いや。俺もここまで酷いとは思っていなかった。こうなると獣人部隊だけを隔離するのは無理だな。殲滅するのは簡単だが、今は様子を見よう」

 俺は暫くの間、歩廊の上からゴトフリー軍の、阿鼻叫喚の混乱を眺めていたが、事態の収束までには時間が掛かると判断し、その場を離れる事にした。

「このまま放置で宜しいのですか?敵が攻撃してきたらどうしますか?」

「あの様子だと、まともな攻撃は出来んだろうが。攻撃してきたら適当に応戦して、戦力を削って置け。ただし、獣人部隊には攻撃を当てるなよ?」

「ピッカピカの鎧を着た奴を、攻撃対象にすれば問題ないですね」

 部下の一人が、やけにウキウキと聞いて来た。

「的当てのゲームではないぞ。賭けの対象にするなよ」

 俺の忠告に部下はシュンとしていた。
 しかし、俺達は殺戮者だが、騎士であって傭兵ではない。

 騎士らしい礼節は守って然るべきだろう。

 この様なやり取りの後、日暮れ近くまで城門付近から、散発的に魔法を放つ音が聞こえて来た。

 翌早朝、日の出と共にゴトフリー軍に動きがあったとの報告を受け、俺は眠っているレンを起こさない様に、出来るだけ静かに身支度を済ませ、そっと部屋を出た。

 歩廊の上に立つと、切り出した木で造ったのだろう、見るからに急拵えの木製の渡し板を曳いてくる一団が見えた。

 その後ろに見える、木を乗せて括り付けてある荷車は、破城槌の代わりだろうか。

「あれは、俺達を舐めているのか、馬鹿なのか。どちらだと思う?」
 
「両方じゃないですか? それか師団長の弔い合戦とか?」

 答えるマークもうんざりした様子だ。

「その割には指揮官らしき姿は見えんな・・それに昨日のあれで、中に居るのが帝国の人間だと分かっただろうに。魔法に対する備えが何もないぞ?」

「この国では、獣人の命は軽いですから」

 絞り出すような声を出したエーグルを見ると、奥歯を噛締め、のろのろと荷を引いてくる眼下の集団を見つめている。

「エーグル。あれは獣人部隊で間違いないな?」

「はい。従軍している全てではありませんが、間違いありません」

「よし。ここからは手筈通りに進めよう。エーゲル、レンが馬車回しに来るから、手伝いを頼む」

「了解しました」

 そこからの展開は早かった。

 城門前の谷に、渡し板を掛けようとする獣人達を城の中に転移させ、レンが首輪を外し、エーグルやその仲間が、ことの次第を説明して回った。

 この時使った転移は、ポータルの改良版で、予め城門前に設置し、結界を張った上で、隠ぺい魔法で隠してあったものだ。

 目の前で数百人の獣人が、忽然と姿を消したことに、ゴトフリー軍は動揺を隠せなかった。

 ここで引き返せばよかったものを、奴らは最悪の手を使った。

「閣下!見張りからの報告です。従軍していた神官が妙な動きをしているそうです!」

「神官?本隊は下がったのだろう? 従軍している治癒師ではないのか?」

「はい!本隊は下げられたのですが、城門近くまで獣人に守られた神官が数名、進み出て来たそうです。魔法陣を展開させようとしているのではないかとの事です」

「魔法陣?・・・まさか!?」

 報告を受け歩廊の上に駆け戻った時には、既に見覚えのある魔法陣が完成していた。

 見張りの者が攻撃したのだろう、魔法陣の周りには、倒れた神官と獣人の姿も見える。
 
 エーグルが言っていた肉壁とはこういう事か、と改めて思い知らされた。

 神官の背中を守る様に、直ぐ傍に立たされた獣人を避けて攻撃するのは難しい。
 倒れている獣人は、神官の巻き添えになったのだ。
 
 俺が獣人に手を出すなと命じていた為、部下達も魔法陣の展開を止める事が出来なかったのだ。

「どこまでも卑怯な真似を」

 憤りで奥歯がギリリと鳴ったが、手遅れだった。
 
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