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愛し子と樹海の王

抑制と浄化

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「明日出発なのに訓練ですか?」

「レン?」

 マークに連れられて、訓練場に入って来た番を抱き上げ、頬に口づけを落とす。

 いつまで経っても、頬へのキスだけで、恥ずかしそうに頬を染める、番が愛しくて、思わず柔らかい頬を甘噛みしてしまった。

 番には ”めっ!” っと叱られてしまったが、可愛いくて仕方ないのだからしょうがないだろ?

「あいつら元気なものだろ? それで見回りはどうだった?」

「う~ん。こういう場所なので仕方ないと思うのですが、少し瘴気が濃い場所が有るので、出来れば直ぐに浄化をしておいた方が良いみたい」

「瘴気が? 俺には何も見えんが」

 思わずレンに貰ったアミュレットに手を当て、魔晶石の中の魔力を確認してしまった。

「アミュレットは壊れていませんよ?出発前に付与もし直したでしょ?」

「あぁ、そうだった」

「アレクやみんなに見える程、濃くは無いけれど、人が命を懸ける場所だから、瘴気が溜まり易いのかも。何かある前に、念の為にね?」

「うむ・・・無理はするなよ?」

「うん。大丈夫」

 ニッコリ微笑む番をぎゅっと抱きしめ、髪の香りを堪能していると、セルゲイの吠える声が響いた。

「イチャイチャすんなっ!! 羨ましいだろっ!!」

「羨ましいのか」

「羨ましいのね?」

 同じ感想を抱いた俺達は微笑み合い、心の声がダダ洩れなセルゲイを、ニヤニヤしながら眺めていた。

「カアーーーッ!! ムカツクッ!! 俺だって、俺だってなあ!!」

 カッカッしながら、訓練を再開したセルゲイだが、エーグル相手に魔法をバカスカ打ち込んでいる姿は、八つ当たりにしか見えない。

 対するエーゲルは、最低限の防護結界でうまく避けているのだが・・・・。

「ずっと、ああなの?」

「うむ。エーグルは首輪で魔法の使用を制限されていたそうだ。習い性と言うには深刻だな。永年抑制されていたからな、首輪が外れたからと言って、直ぐに全開には出来んだろう」

「その状態で生き残っているのだから、エーグル卿は、かなり強いのよね?」

「だと思う。動きも悪くない。面白い奴だと思うぞ?」

 その時

「なんで本気出さねえんだよっ!!」

 苛立ったセルゲイの声と同時に、 ダンッ! と轟音が響き、中途半端なエーグルの結界に弾かれた、セルゲイの放った火球が俺達の方へ飛んで来た。

「あっ!! やばっ!!」

 セルゲイの焦った声は、俺達の前に張られた3枚の魔法に火球がかき消される、ジューーッ!! と言う音で聞こえなくなった。

 俺達の前には、俺が放った防護結界が1枚。レンとマークが放った氷の壁が2枚だ。

「おい!気を付けろ! レンが怪我をしたらどうする?!」

「えぇ~~。そんなでかい氷の壁作っといて?」

「あ”ぁ"?」

「あっ。不注意でした。すみません」

 観戦席から睨め付けると、セルゲイは小さくなって謝った。

「ふん」

 鼻を鳴らし、番を左腕に抱いたまま踵を返すと、セルゲイの声が追って来た。

「なあ! どこいくんだ?!」

「レン様が、砦を浄化なさいますので」

 律儀に答えたマークに、セルゲイは自分も見たいと、柵を飛び越えて後を追ってきた。

「エーグル、お前も来いよ!」

 セルゲイの方が1つ、いや2つか? 
 年上の筈だが、短時間でよく懐いたものだ。
 この人好きのする処が、第4騎士団と言う戦闘狂集団から、人望を集める要因の一つではあるな。
 
 慌てて柵を飛び越え、後を追ってきたエーゲルも連れ、俺達はレンの指示する場所へ向かった。

 レンが瘴気が溜まっていると、俺達を連れて来たのは砦の裏庭。地面にはまだ、焼け焦げた跡が残る、兵の亡骸を焼いていた場所だった。
 
「ここか?」

「えぇ。他にも何か所かあるけど、そっちは風が吹けば、散って行くと思うの。でもここは無理そうだし、一番瘴気が濃いので」

 レンの目に触れない様に、急いで片付けさせたが、分かってしまうものなのだな。

 そう言えば、以前クレイオスは、レンと同じものを、俺達が見たら耐えられないと言っていた。

 レンの目に、この場所はどんなふうに見えているのだろうか。

「直ぐに始めるのか?」

「こういう事は、ちゃちゃと片してしまった方が良いでしょう?」

 地面に下ろしたレンに、離れていろと言われ、俺達は少し離れた植え込みの前に陣取った。

 目ざとい騎士達が、レンが何かを始めるようだと気付いて、次々に集まって来たが、その面子を見ると、どうやらレンの浄化を見たことが無い、第4騎士団の連中が多いようだ。

 ざわざわとした周りの様子を、レンは気にする事も無く、地面の焼け焦げに静かに手を合わせ、何かを祈っている様だった。

 暫くの間祈りを捧げていたレンが、閉じていた瞼を開き、腰に下げていた破邪の刀をすらりと抜き放った。

 破邪の刀を正眼に構えたレンに、誰もが口を噤み、息を詰めてその姿に見入っている。

 やがて、レンの紅唇から、澄んだ歌声が紡ぎ出され、それに合わせレンが握った刀が空を斬って翻った。

 衣の袂を翻し、艶やかな髪を靡かせてレンが踊ると、反りのある刀身が太陽を反射し、キラキラと光を放つ。

「あれは、異界の歌か?」

「そのようです。レン様は浄化の度に、異界の色々な歌を歌われるのです」

「なんかさ、言葉の意味は分かんねえけど、切ない歌だな」

 セルゲイの言う通りだ。

 婚姻式の時騎士達とうたった歌は、今では騎士達の間で、サビの部分が魔よけの呪いとして流行るほど、明るく陽気な歌だったが、レンが歌う異界の歌は、哀愁漂う切なげな曲が多い。

 いつかレンの唇が紡ぐ歌が、明るいものだけになる日が来ると良いのだが・・・。

 レンの舞を見つめていると、何時の間にか見物人が増えていた、レンを見つめているのは騎士だけではなく、首輪を外してもらった、獣人部隊の人間もいるようだ。

 視線を感じ、砦の居住部を振り返ると、多くの窓から、レンを見ている顔が見える。

 踊るレンの足元から、黄金色に輝く光が、一つまた一つと浮かび上がり、やがて砦の裏庭は黄金色の光に満たされた。
 一つ一つの光が、レンに近付いては翻る刀に散らされ、舞い上がる袂に流され、空へと昇って行く。

 その神々しい姿に、獣人部隊の面々は跪き祈りを捧げ、騎士達は胸に手を当て首を垂れた。

 レンの頬を、涙の雫が一粒転がり落ちた。

 そしてレンが破邪の刀で中天を指すと、裏庭を埋め尽くした光は、一斉に空へと帰って行った。

 最後の一粒を見送ったレンは、刀を鞘に戻し深く息を吐いて、俺の元へと戻って来た。

「どこか辛い処は無いか?」

 頬に残った涙の跡を、親指で拭うと、レンは少し疲れた様子で首を振った。

「少し休んだ方が良い」

「それより、お腹すいちゃいました」

 言うと同時に、番の腹の虫がきゅるると鳴いた。

「うわぁ!」

 両手で真っ赤になった顔を隠す、番のなんと可愛らしい事か。

「部屋に戻るから、軽食を持ってきて来てくれ」

 左腕に番を乗せたまま歩き出せば、レンの浄化に見入っていた騎士と獣人達が、静かに道を開け首を垂れていた。

「なあアーチャー。レンち・・・レン様は浄化の時いつもああなのか?」

「ああ、とは?」

「あんな、暖かくて、綺麗でキラキラで、悲しそうに泣くのか?」

「レン様の浄化はいつも美しく、優しくて、悲しいですね。・・・これは私の勝手な想像なのですが、レン様は魔物や瘴気の中に込められた思いを、感じ取っていらっしゃるのではないかと。だから、あの様に涙を流されるのだと思います」

「そんな事があるのか?」

「どうなんでしょう。ただレン様が慈愛の人だと云う事に、変わりは有りませんから」

「・・・・閣下が、過保護になる訳だ」

 そこから先の会話は、俺の耳でも拾えなくなってしまったが、レンの浄化を見たことが、セルゲイや他の連中の成長に繋がる事を願うばかりだ。
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