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愛し子と樹海の王

ガルスタを渡る風

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 side・アレク


 ガルスタ渓谷を渡る風が、肉の焼ける不快な臭いを運んで来る。

 戦いで俺達が屠ったゴトフリー兵が、生きていた最後の証。

 名も知らぬ兵たちの亡骸から、身元が分かりそうな物と、髪を一房だけ切り取り、後はまとめて荼毘に付した。

 ゴトフリー兵の亡骸を、谷に落とせと言う者もいたが、そこから瘴気が湧き、彷徨う魂が、レイスになってしまえば洒落にもならん。

 人の体は存外燃えにくい。
 山肌をガラス化する俺の劫火でも、骨も残さず燃やし尽くすことは難しい。

 どんなに肝の太い騎士達でもあっても、延々人を燃やし続け、火に焼べる作業は気が重いものだ。
 よって敵兵の亡骸を荼毘に付す作業は、役職に関係なく、交代で当たらせている。

 勿論俺も一番初めに、この作業を請け負った。

 恐らくこの戦いで、一番多くの命を刈り取ったのは俺だからだ。

 これらはゴトフリーに侵攻すれば、戦闘後、繰り返さなければならない作業であり、慣れたくはないが、慣れなければならない作業でもある。

 レンが招来される以前は、魔物の討伐で倒れた騎士の亡骸は、その場に埋めていくことも多かった。
 だが、瘴気の存在を知り、土葬された仲間が後にレイスやグールに変じる可能性を知った今は、新たな被害を起こさぬ為、死後であろうと人としての尊厳を守るためには、亡骸は燃やしてやるべきだろう。

 それは唾棄すべき、愚かな国の兵であっても同じ事だ。

「閣下。オーベルシュタイン侯爵と、エーグル大将がお見えになりました」

「分かった。会議室に案内してくれ」

 俺はこれからの生涯、この人の焼ける臭いを忘れる事は無いだろう。
 今まで奪って来た命と、これから奪うであろう命。
 それらを贖う術などない。ならば忘れぬ事くらいはせねばなるまい。

 そう心に誓い、風に棚引く黒煙に背を向けた。


 ◇◇◇


「ゲオルグが来たか」

「はい。砦陥落の報を受けた直後でした」

「暴れたのか?」

「それが・・・」

 侯爵が言い淀むほど、あいつは迷惑を掛けたのか?

「すまない。あいつには俺の方からキツく言っておく」
 
 すると侯爵は慌てて手を振り、訂正して来た。

「誤解です、閣下。ゲオルグ団長は、知らせを聞いても、ただ “そうか” と言っただけで、特に騒ぎを起こしたりはしていません」

「は? あのセルゲイが? あいつ病気なのか?」

 苦笑いを浮かべた侯爵は、気持ちは分かる、と頷いている。

「私も驚いたのですが、知らせを聞いても、特に騒いだり暴れたりする事もなく、粛々と、物資の運び込みやら、部隊の配置の指示に取り組んでいましてな」

「・・・それは、本物のセルゲイ・ゲオルグなのか? 奴の皮を被った、魔物ではないのか?」

「ははは・・・私も悪い夢でも見ている気分になりましたが、あれは間違いなく本物のゲオルグです」

「信じられん」

 俺と侯爵のやり取りを、エーグルは軽く眼を見張って聞いている。

 内心 “そんなにヤバい奴なのか?” とでも、思って居るのだろう。

「レン様からお聞きしたのですが、閣下がゲオルグ団長にマナー講師をつけられたとか。その成果が出た、と言うことで我々は納得したのです」

「俄かには信じられんな」

「ですが閣下。ゲオルグ団長が、大人しくなったのは事実です。それに・・・」

 言葉を濁すマークに、嫌な予感がする。

「なんだ、まだ何かあるのか?」

「その・・・ゲオルグ団長はレン様に相談したい事がある、と仰られて。団長建っての願で、人払いされた上で、お二人で長いこと話し込まれていたのです」

「はあ? 2人きりでか?」

 俺はもう 2 番に会えていないと言うのに、その間、セルゲイごときが、俺の番を独占しただと?

「あ~閣下。お二人が話をされたのは、城の庭園です。話は聞こえませんでしたが、私はお二人が見えるところに居りましたし、他の騎士や使用人も、お二人を見ております」

 なんだ、密室で2人きりではないのか。

「それなら、まあ・・・」

「いつまで経っても、過保護ですなあ」

 ニヤニヤと俺を見る侯爵と、唇の端をひくつかせるマーク。

 コイツら分かっていて、俺を揶揄ったのだな?

「ゴホッ! それで? 2人の様子は?」

「兎に角、ゲオルグ団長は必死な様子でした。レン様も最初は驚いていらっしゃいましたが、真剣に話を聞かれていて、最後の方は、とても嬉しそうにされていました」

 ゲオルグ相手に驚いて、嬉しそう?
 全く想像がつかん。

「レン様は別れしな、全面的に協力するから、困ったことが有れば、なんでも相談してくれ、と仰っていました」

「ふむ・・・その相談と、セルゲイが変わった事に関係が有ると思うか?」

「このタイミングですからな。無いと言う方が無理が有るでしょうな」

「私も気になったので、副団長のピッドに声をかけてみたのです。ピッドが言うには、ゲオルグ団長は、春の夜会の後から様子がおかしいそうですよ」

「夜会の後?」

「なんでも、閣下が手配したマナー講師の授業も、愚痴はこぼしならがも、大人しく受けて居るそうで、第4では天変地異の前触れなのでは?と言われて居るようですね」

「そこまでか?」

 う~ん。
 気にはなるが、この手の話だと、レンの口は固くなるから、聞き出すのは骨かもしれん。

「あの・・・その人が大人しくなると何か問題が有るのですか?」

 エーグルが、不思議そうだ。

 常識的に考えれば、高位の武官は礼節を求められる場面が多い。
 人前で大人しくするのが当前だからな。

「いや、普段大人しくなるのは、構わないと言うか、有難いのだがな。戦い方まで、行儀良くなられては、作戦を考え直さなければならん」

「はあ・・・・」

 ここでマークが、 “ゲオルグ団長は、戦闘狂と言われるほど、荒い戦い方をする方なのですよ” とエーグルに耳打ちした。

 その様子に、俺の後ろに居たロロシュから、ひりついた空気が漂ってきたが、今のコイツに、文句を言う、資格はない。

 嫉妬を見せるくらいなら、番をもっと大事にすれば良かったのだ。

「ゲオルグに関しては本人を見てみないと、なんとも言えんな」

 とゲオルグの話しは一旦終わらせ、次に移った。

「道案内をしてくれるそうだが?」

「はい。獣人部隊のほとんどは、徴兵された一般人で、地理や魔物の生息地には詳しくありませんが、私達役付きの将校は違います。一年中国内を走り回り、魔物の討伐に明け暮れて居りましたから、お役に立てるかと思います」

「ふむ・・・軍内部や貴族に関してはどうだ?」

「貴族に関しては、あまりお役には立てませんが、軍内部の情報でしたらそれなりに」

「悪く取らないで欲しいのだが、ゴトフリーでは、獣人に情報が降りてこないのではないか?」

「そうですね。与えられる情報は少ないです。ですが私達の立場だと、知識と情報は、命に直結しますからね。自ら知る努力は惜しみませんでした」

「なるほど」

 このイスメラルダ・エーグルという雄は、レンから聞いただけでも、壮絶な生い立ちの持ち主の様だが、卑屈さを感じない。
 洗練された物腰ではないが、落ち着きもあり、礼儀もわきまえている。
 そして生き残るための知恵もあり、実力も有りそうだ。

「何人連れていく?」

「私も含めて10名ほど」

「分かった。エーグルお前は暫く俺の側に詰めてくれ。他の者の処遇については、マークと相談するように」

「アーチャー卿にですか?」

「そうだ。困った事があれば、マークに相談してくれ。大概の事は何とかしてくれる」

「分かりました、感謝します。 アーチャー卿よろしくお願いします」

 頭を下げるエーグルに、マークは薄く微笑んで頷き返した。

 それに対し、ロロシュから威嚇が漏れ出しているが、ここに居る人間に、その程度の威嚇では効果がないだろう。

 ロロシュも獣人なら、嫉妬も執着も、獣人らしく全面に出せば良いのだ。
 
 それを無駄に隠そうとするから、番との関係が拗れるのだ、とは、まだ理解できないようだな。

「ロロシュお前は、ゲオルグに物資と獣人部隊を連れて、砦にくるよう伝えに行け。その後はレンの所に居るように」

「はあ?」

「なんだ?文句があるのか?」

「・・・いや・・・ねえよ」

 文句たらたらな顔だな?
 だが、マークの精神衛生上、暫くは2人を側におく訳にはいかん。

 その、原因を作ったのが自分なのだと、そろそろ反省してもらいたいのだがな。
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