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愛し子と樹海の王

作戦決行!

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「なあレン。本当にやるのか?」

「私も気は進まないのですが、これ以上時間稼ぎされると困るでしょう?」

「それはそうだが。でもなあ・・・」

「クレイオス様と、クオンとノワールが手伝ってくれるから、大丈夫ですよ」

「そうは言ってもなあ」

 作戦の準備は早々に整い、ポータルと魔法陣の設置も完了した。

 後は、砦に籠っている、ゴトフリー軍の獣人部隊を引きずり出して、首輪を解除出来れば、後は一気に砦を攻め落とすことが出来る。

 が、しかし、砦を占拠しているゴトフリーの師団長は、俺達が思っていた以上に臆病な雄だったのだ。

 オーベルシュタイン城から、物資の回収とカビの除去も完了した、と知らせを出したのだが、全く砦から出てくる様子も無く。

 オーベルシュタイン騎士団や、第二騎士団が追撃を誘導するために、挑発を繰り返し、攻撃を仕掛けても、城壁から応戦するばかりで、砦から出ようとはしないのだ。

 最初は城を奪い返されたことに気付いたのか?とも考えたが、暗部からの報告によると、そんな様子は全くない。
 結局この臆病な師団長は、己の功績より、身の安全を優先し、唯々増援の到着を待っているだけらしい。

 増援などいくら来ようが、兵力的には問題ないが、到着した増援の中にも獣人の部隊は居るだろうから、作戦自体を練り直さなければならなくなる。

 何より、ゲオルグが参戦してしまうと、作戦そのものが台無しにされてしまう可能性が高い。

 ゴトフリー側の増援と、ゲオルグが到着する前に、今回の作戦を終えなければならないのだ。

 そこでレンが提案してきたのが、魅了を使う事だった。

 砦に居る全ての兵に魅了を掛けることは出来なくとも、司令官がレンに魅了されれば、愛し子を手に入れる為、獣人部隊を放つのではないか?

 これは無謀以外の何物でもない、単なる賭けだ。

 しかし、エーグルや他の獣人部隊の将校の聞き取りから、部隊のほとんどの兵が、徴兵された一般人であると確認できている。

 民を守る事を誓った騎士として、本人たちの意思とは関係なく、戦いの場に連れて来られた者達を、手に駆ける様な真似はしたくない。

 だが、レンを矢面に立たせ。
 大勢の雄たちの邪な目に晒すと言うのは、番として容認できるものでも無く・・・・。

「ゴトフリーの王様って、アウラ様の子孫だ、って言い張っているのでしょう?だったら私が出てきて、何か偉そうなことを言ったら、不敬だぁ!とか言って捕まえに来るかもしれませんし。やってみて損はないって事で、試してみよう、って話し合いで決まりましたよね?」

「そうなんだが・・・」

「クレイオス様達だけじゃなくって、アレクも守ってくれるでしょう?」

 ああ!もう!!
 だ・か・ら!!
 なんでこんな時ばっかり、そういうあざとい顔で俺を見るんだよ!?

「それに、隷属の首輪を外したいって、言い出したのは私ですよ? 言い出しっぺの責任は取らなくちゃね?」

「どうして俺の姫は、無謀な事ばかりしたがるのだ?」

「うふふ。だからアレクみたいな、強くてかっこいい番が必要なんですよ、きっとね?」

 はあ~~。
 クソかわいいな!
 誰にも見せたくない。
 このまま、宮に連れて帰りたい。

「閣下。お気持ちはわかりますが、そろそろレン様を放していただかないと、作戦が」

『そうだぞ。我が付いて居るというに、何をそれほど恐れる事があるか?」

 マークとクレイオスに諭され、渋々腕の中から大事な番を解放した。

 周囲の生温い視線は気にならなかったが、唯一人ロロシュだけが、フイと視線をずらし、吐息よりも小さな声で ”くだらねぇ” と言ったのを俺は聞き逃さなかった。

 耳が良いと言うのも、時には考え物だ。
 知りたくも無い事を、知ってしまうからな。

 番に対する熱量の違いは、レンの言う ”もらはら” とは違う、根本的に相容れない、何かが有るのではないか?

 そんな疑問を抱いた瞬間だった。

 マークとオーベルシュタイン侯爵に促され、俺は渋々本当~に渋々ブルーベルに跨り、レンはフェンリルのアンに跨って、マークを始めとする、番持ちの騎士を引き連れ、森の中から、砦へと向かっていった。

 今回レンは、魅了を全開で使うと言っている。
 その被害・・・効果がどこまで影響するか分からない為、独身の騎士達は森の中で待機となった。

 先頭は俺とオーベルシュタイン、次がレンとクレイオス、そしてマークとクオンとノワールが続き、それ以下は、班長以下の騎士達だ。

 砦の前に進み出た俺達に、見張り台の兵が誰何より先に、矢を射て来た。

 俺の可愛い番に、何と無礼な!

 飛んで来た矢を炎の盾で全て焼き尽くした俺は、砦の人間を集める為、空に向かって魔力を放ち、轟音を響かせ爆発させた。

「閣下。遣り過ぎです」

「頭に来るのは判りますが、ちょっとだけ堪えて」

「わ・・・分かっている」

「アレクは、今日も元気いっぱいね!」

 クスクスと笑うレンに、後ろの方から。

「元気って・・・」

「レン様ってあれだよな。メチャクチャ団長に甘いよな」

「番ってスゲー」

「普通泣くとこだぜ?」

「今の4人、今日の戦闘が終わったら、腕立て500回ですよ」

 まぁ、叱られて当然だな。
 マークは俺の事では早々、団員を叱ったりしないが、レンの事となると厳しいのだ。

 侯爵は、そんな緩いやり取りに、意外そうな顔をしていたが、マークが防護結界を張ってやると、エンラの手綱を操り、ゆるゆると前に出た。

「ゴトフリー軍クーリガン師団長へ!!クレイオス帝国ガルスタ領主、オーベルシュタインが物申ーす!!」

「何を偉そうに!!逃げ回るだけの臆病者が!!」

「帝国の至宝!! 神の愛し子様の有難いお言葉である!! とくと拝聴するがよい!!」

「なにが神の愛し子だ!! 神の御子は我等が王だぞ!!」

 その罵倒を受け、フェンリルに跨ったレンが、静かに前へ進み、歩廊の上で弓を引き絞るゴトフリーの兵にニッコリと微笑みかけた。

 それと同時に、レンの体から花弁が舞い上がった幻覚が見える程、花の香りが強くなりそれをレンは風に乗せて砦へと運んで行った。

 すると、歩廊に立つ兵達が、一人また一人と弓を取り落とし、遠目でも分かるほど、うっとりとした視線でレンを見下ろしている。

 欲に瞳を燃え上がらせ、歩廊の縁から身を乗り出す者まで出始めた。

「私の名は、レン・シトウ。クレイオス帝国を守護する者だ! 神の御子を僭称する、愚かな王に仕える愚民どもよ。よく聞くがいい! 創世神アウラと創世のドラゴン、クレイオスは我と共にあり!!」

 この時、歩廊の胸壁に取り縋り、でっぷりと太った中年の雄が顔をのぞかせた。
 恐らくあれが、師団長のクーリガンだろう。
 しかしあれだな。
 ゴトフリーの人族が将校になるには、太らなければならない決まりでもあるのか?

「愚かな王に仕えしクーリガン。神の怒りを恐れぬなら我を射よ! 神と共に歩むなら楼門を開け、我に下るがいい!!」

 こう叫んだレンは、大きく息を吸い込んだ後 ”メチャクチャ恥ずかしい~。ガチで、中二病じゃん” と呟いていた。

 何を恥ずかしがっているのか分からないが、威厳たっぷりでかっこ良かったぞ!
 さすがは俺の番だ。
 また惚れ直してしまったじゃないか!!

 レンが恥ずかしがって、アンの毛を無暗に撫でまわし、後ろに控えた騎士達が歓声を上げる間も、レンの魅了は解放されたままだ。

 胸壁に取り穿っていたクーリガンは、次第に歩廊の縁から身を乗り出し、食い入るようにレンを見つめている。

 そしてあと5チル身を乗り出せば、歩廊から真っ逆さまに落下するだろうと云う処で、レンを指さし、雄とは思えない甲高い声で叫んだ。

「じっ!獣人ども!! あれを! 愛し子を私の前に連れてこい!! 今すぐ捕まえるのだ!!」

「うわぁ~。おデブなピヨ太だ。でぶチョコボじゃん」

 レンのよく分からない呟きがツボにはまったのか、クレイオスが腹を抱えて笑い出した。

『ピッ!ピョ太?!うはははは!! でぶっでぶチョコボ!! わははは!!!」

「パパ!笑いすぎ!!」

『すっすまん!! だがピヨ!!ぴよ!! ぶははは!!』

「クレイオス!いつまで笑っている!? 来るぞ!!」

 固く閉ざされていた楼門が軋みを上げ、薄く開いた隙間から、オロバスに跨った兵士の姿が垣間見えた。

「作戦決行!! 抜かるなよ! レンを守れ!!」

 おうっっ!!

 勇ましい応えとは裏腹に、俺達は獣人の群れから逃げ惑う振りで、砦から遠ざかり、やっとの事で、獣人部隊を砦から引き剥がすことが出来たのだった。
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