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愛し子と樹海の王
怒らせてはいけない人
しおりを挟むマークからロロシュの話を聞いた俺は、信じられない思いで鬱々としていた。
普段から、ロロシュは露悪的で、俺のレンに対する執着や、甘やかしに否定的な物言いをすることも多く、マークに対する配慮の無い行いも目立っていた。
それでも、ロロシュが垣間見せるマークへの執着から、二人の関係改善の道はあると思っていた。
だからこそ、ロロシュに対し、マリカムでもそうだった様に、常々注意もして来たのだ。
にも拘らず、全く行いを改める素振りすら見せないロロシュに、俺の我慢も限界だった。
マークは苦楽を共にした部下であり、友人でもある。それにマークの母は、皇家の乳母を務めた事もあり、俺達は幼馴染でもあるのだ。
ロロシュが言うような、他人の恋路と割り切れる程、遠い関係ではないのだ。
ロロシュの人を喰った態度への腹立ちまぎれに、マークの意見も聞かず、マークへの接近禁止を命じてしまった。
改めて、マークへ状況説明と、勝手に話を進めた事への謝罪、何より二人の関係性を確認するために、シッチンにマークを呼びに行かせたのだが・・・。
レンと連れ立ってやって来たマークの意気消沈した様子は、俺の判断は間違っていなかったと確信するに充分だった。
そもそも、今回の事の発端となった、マークの誘いの断り方も、あのシッチンに ”本当に獣人なのか” と言わせるほどだ、相当ひどい断り方をしたのだろう。
人族同士なら、どれだけ淡白な関係でも、互いが納得していれば、幸せを感じられるのだろう。
だが獣人は、人族とは全く違う。
ほんの些細な拒絶でも、傷付き悩み、相手の全てが欲しい、自分の全てを受け入れて欲しいと願うものなのだ。
マークが苦しそうに語る、ロロシュからの仕打ちは、これまで我慢して来た事の、ほんの一部に過ぎないだろう。
その一部を聞くだけでも、俺は吐き気がするほど気分が悪くなった。
そんな思いを、一人で耐えて来たマークの苦悩を想うと、申し訳なさで胸が潰れそうだ。
恐らくだが、以前ロロシュとの関係をレンに相談していたマークに、俺が嫉妬したせいで、マークは俺とレンに相談出来なかったのではないか。
俺の嫉妬心が、マークを追い詰めたのではないかと、己の不甲斐なさに嫌気がさす。
取り合えず、マークはロロシュと距離を置くことを承諾したが、承諾すること自体が異常なのだ。
獣人にとって、番と共にある事は、人生の全てだ。
唯々番を求め、恋焦がれ、共に在りたいと願うのが獣人の本能だ。
その本能を無視しても、距離を置きたいと思う程、ロロシュの行いは酷かったのだと想像がつく。
マークには副団長への復帰を命じはしたが、職務に就くのは明日からでいい、と休ませる事にした。
幕舎を出ていく、マークの落ち込んだ後ろ姿に、心優しい俺の番も怒り心頭だ。
ゴトフリー王の獣人に対する仕打ちを聞いて、頭に来ていた処に、マークの涙を見たレンは、頭に来すぎて、怒りが振り切れてしまったらしい。
クレイオスとの話しが途中だったからと、不機嫌さを隠そうともせず幕舎を出たレンは、直ぐにクオンとノワールを呼び、俺が追い払ったロロシュを、連れてくるように命じているのが聞こえて来た。
レンにとってマークは、騎士でもあり友人、そして兄弟の様に大事にしている存在だ。
最初に腐った性根を直せと、ロロシュに言ったのもレンだ。
ドラゴン達にロロシュを連れて来させ、叱責でもするつもりなのだろう。
見た目によらず武闘派な側面を持つ俺の番なら、以前ロロシュを叩きのめした時よりも、手荒になるかもしれないが、まぁ、好きにさせるさ。
俺もマークの話を聞いて、2.3発ぶっ飛ばして置けば良かったと、後悔しているところだ。
[アレク? 聞こえる?]
「??・・・レン?」
実際の会話を大事にしている番が、念話で話しかけて来るとは珍しい。
[今からロロシュを躾るから、聞いててね]
しつけ?
叱責の間違いじゃないのか?
[あっ! ちびっ子! おい、こいつら何なんだよ!!]
不審に思っている間も、ロロシュとの遣り取りが頭の中に流れてくる。
[ノワール、放していいわよ。ロロシュさん。そこに座ってください]
[はあ? 椅子もねえのにどこに座んだよ]
[ロロシュ・メリオネス。頭が高いと言っているのです]
その時、ドンッ!! と鈍い音と共に、野営地全体を覆う程の魔力が解放され、重くなった空気に押しつぶされそうだ。
レンの怒りが、こんなに激しいとは思わなかった。
[あんたも、閣下から何か言われたのかよ]
やめろ!
これ以上レンを煽るな!!
慌てて幕舎から駆け出したが、一歩遅かった。レンがクレイオスに結界を張らせてしまったのだ。
これでは、止める事も出来ん。
だが遮音魔法を掛けさせ、会話が漏れないようにしたのは、レンに冷静さが残っている証だ。
クレイオスが張った結界の前に立ち、魔法陣の向こうに見えた番の姿に、俺は目を疑った。
クレイオスが用意した椅子に腰かけ、ドラゴンと狼たちを侍らせた番の姿は、これまで見たことが無い迫力を醸し出していたからだ。
そんなレンを前に、太々しい態度を崩さないロロシュは、肝が太いのか、単に無神経なだけなのか・・・。
そんなロロシュに、俺の番は容赦がなかった。
[メリオネス卿。その汚い口を閉じなさい。アーチャー卿は私の大事な騎士で、大切な友人です。その薄汚い口で、何故私の大事な友を貶めたのですか?]
[なんなんだよ。どいつもこいつもマーク、マークって・・・痛ってぇ!!]
普段のフワフワした雰囲気は、何処に行ってしまったのか、氷より冷たい声を出す番は、ロロシュが口答えし、返事に詰まるたび、容赦なく雷撃を飛ばしている。
[貴方の汚い言葉は聞きたくありません。返事は ”はい” か ”いいえ” のどちらかでお願いします・・・・返事は?]
[・・・は・・・い]
流石のロロシュも、今のレンに逆らうのは得策ではない、と気付いたようだ。
その後に続いたレンの詰問は、ロロシュへの疑念をぶつけると言うよりも、ロロシュの抱える問題を、本人に気付かせるためにしている様だった。
[だからこそ聞くのですが、アーチャー卿は貴方の仇ですか?]
[そんな彼を、辱め振り回して、支配下に置くことが楽しかった?]
重ねられる問いかけに、ロロシュは息を呑み、返事に詰まった。
レンは、マークの話を聞き、ロロシュの抱える問題と異常性の根幹に気付いたのだろう。
[メリオネス卿。伴侶とは互いに尊重し合い、支え合って行くものだと、私は考えます。アーチャー卿は、マークさんは貴方の番、伴侶であって、貴方のコンプレックス、劣等感の捌け口ではありません]
[・・・・はい]
[貴方がして来た事の、罪の重さが分かりますか? 下らない劣等感から、番の夢を壊し、幸せを奪った。貴方の行いは獣人としてだけでなく、人として最低です。私のいた世界では、貴方の様な人をモラハラ男と呼び、その行いは犯罪で、社会的制裁を受ける対象となります]
レンから、マークへの接近禁止と婚姻不許可を言い渡され、泣きながらそれを受け入れたロロシュは、これまで無自覚だった自分の異常性を、ようやく理解したのかもしれない。
結界が解かれ、野営地全体を覆っていた緊張感が解け、俺もホッと息を吐いた。
そこですぐ横に、顔色を無くしたマークが立っていることに気付いたのだが、その瞳からは、何の感情も読み取る事が出来なかった。
俺に気付いたレンは厳しかった表情をフワリと緩め、ロロシュの再教育を申し出た。
特に反対する理由も無く、レンの申し出を俺は快諾したのだが、ロロシュはレンに、そんな権限は無いと反抗した。
この状態で、まだ反抗できる神経の太さには恐れ入るが、これこそがロロシュの抱える問題の根幹なのかもしれない。
そんなロロシュにレンは容赦なく、バチバチと雷撃を落とした。
”学習能力が足りない” ”口を慎め” と番の再教育はすでに始まっているようだ。
そして俺も、番を怒らせてはいけないと、再認識したのだが・・・・。
頭が高い、と言い切った俺の番は、世界一格好が良いいとも思うのだ。
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