獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

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愛し子と樹海の王

おバカな王様

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「あっ!閣下、レン様、お帰りなさい」

「レン様。お散歩はいかがでしたか?」

「レン様、宜しければ、稽古をお願いできないでしょうか?」


 野営地に戻ると、野営の準備に忙しいはずの部下達が、我先にと寄って来ては、レンに声を掛けて行く。

 俺が負けた例の手合わせ以来、レンに稽古をつけて貰いたい連中。特に配属されたばかりの、番のいない若い連中が、こうやって暇さえあれば、声を掛けてくるようになった。

 皇都に居た時は、護衛を命ぜられない限り、レンの顔を見る事もままならない連中だけに、この出征はレンと近しくなる、いい機会だ、と思っているのかもしれない。

 非常に鬱陶しい状態ではあるが、部下の向上心は、尊重しなければならない。

 レンは優しいから、頼まれれば何人にでも稽古をつけるだろう。

 がしかし、生憎俺は、心の狭い雄なのだ。
 俺が簡単に許すと思っているのだとすれば、甘い、甘すぎる。

 レンに直接、稽古を申し込めると思うなよ?

 だが安心ろ、強くなりたいと言う気持ちを無下にするほど、俺は人でなしではないぞ。

 部下の向上心なら、上官である お・れ・が 受け止めてやろうではないか。

「お前とお前、あとお前もだ。森にグレーサーペントの死骸がある。フェンリル達が食い散らかした後だが、小物を作る素材くらいは採れるだろう。3人で行って確かめてこい」

「了解しました!!」

「それと、そこのお前」

「はっはいい!!」

「フェンリル達の世話係に、晩飯は様子を見ながらやるように伝えて置け。それからお前達、稽古なら俺がつけてやるから、晩飯の前に幕舎の前に来い」

「はいぃ??」

「えぇ~?!」
 
 絶句する奴、顔を引き攣らせる奴。
 向上心の底にある、不純な動機がバレバレだ。

「なんだ?稽古がしたいのだろう?これを逃したら、何時稽古に付き合ってやれるか分からんからな、念入りに見てやろう」

「わあ! アレク優しい~! みんな良かったね!」

 どうだ?
 このキラキラした笑顔の威力は?
 お前たちの穢れた心も、浄化されるのではないか?

「念入り・・・っすか・・・ははは」

「ううう」

「ありがとうございますぅ・・・・」

 これ程純粋に喜ばれたら、嫌とは言えんだろう。
 俺も単なる牽制を褒められた罪悪感で、胃が痛くなって来たしな。

 だが、ここで弱気になってはいかん。
 番に纏わりつく雄を、排除するのは伴侶の務めだ。

「なに。死にはせんから心配するな」

 直立不動の一人の肩を叩くと、青ざめた頬に、一筋の汗が流れるのが見えた。

 古参の連中が ”言わんこっちゃない” と言いたげな顔をしているから、あいつ等からの小言も、覚悟しておいた方が良いぞ?

 幕舎に入ると、ロロシュとシッチンが机に広げた紙と、犬の首輪の様なベルトを難しい顔で睨んでいた。

「どうしたの?」

 レンの声に二人は同時に、ハッとして顔を上げ、次に眉を下げて困り顔になった。

「報告」

「ウジュカの大公からは、公子の確保を優先するなら、全面的に協力するって返事が来た。向こうにゃ伝えちゃいねえが、公子の身柄は、すぐにでも確保できるから問題ねえ」

「ウジュカについては計画通り。進めてくれ」

「問題は、ゴトフリーの大将が、協力できねえと言ってきた」

「褒賞でも要求してきたのか?」

「そんなんじゃねぇよ」

 椅子に座り直したロロシュは、目頭を摘まんで揉みながら溜息を吐いた。

「相手が金を要求するような俗物だったら、欲しいだけやりゃあ良いから簡単だけどな。そうじゃねぇから困ってんだよ」

「何と言ってきた」

 ロロシュに顎で催促され、シッチンが差し出した紙を受け取った。

「手紙ですね?」

 レンも興味津々で覗き込んでくる。

 番と二人、額を寄り添わせて読んだ手紙には、こう書かれていた。

 クレイオス帝国、皇太子殿下。クロムウェル大公閣下よりのお申し出。まことに忝く、我々ゴトフリーに生きる獣人を代表し、感謝申し上げます。
 先々代の王の御代から始まった、差別と弾圧に苦しめられてきた、我が同朋にとって、まさに天の助けとも呼べる、お申し出でございます。
 しかし我らは、それをお断りせねばならない。
 共に戦うことは叶いませんが、ゴトフリーという名の地獄を、終わらせて下さるのは、クロムウェル閣下に他ならないと、我等は信じております。
皇太子殿下とクロムウェル閣下へ、アウラとクレイオスの加護が有らん事を。
 閣下の武運をお祈りいたしております。
 
 ゴトフリー王国 獣人部隊大将 
 イスメラルダ・エーグル

「これでは、理由が分からんな」

「理由はこれだ」

 放り投げられたのは、机の上にあったベルトだ。

「ベルト?・・・にしては小さいな。首輪か?」

「ご名答!先代王の時代から、ゴトフリーの5歳以上の獣人は、全員これを付ける事を義務付けられてんだよ。理由は尾と耳が隠せるようになったら、人族との判別がかねぇからだと」

「なんか奴隷の印みたいで、いやな感じ」

「みたいじゃなくて、本物の奴隷の首輪だよ」

 ロロシュの顔が、苦いものを口にしたように顰められている。

「嘘?」

「ちびっ子には信じらんねぇかも知れねぇけど、ヴィースには奴隷として人が売り買いされて時代があったんだよ。そんでこれは、奴隷の逃走防止用首輪の改良版だ」

「改良版? 魔法が掛けられているのか?」

「魔法じゃなくて邪法な。もとは借金を返済し終わるか、何らかの褒美で奴隷から解放するまでの間、誰の所有物なのかが分かる様に、自分では外せない仕組みになってたんだよ」

「じゃあ。これは?」

 レンの問いかけに、ロロシュは俺に ”いいのか?” と問う視線を送って来た。
 俺としては、レンには聞かせたくない話だ。が、何時か知られるのなら、今ここで話してやる方が良いだろう。
 俺が小さくうなずき返すと、ロロシュはうんざりした声で話し始めた。

「これは一度付けたら一生外れねぇ。この首輪を付けた瞬間から、その獣人は王家の所有物だ」

「そんな、酷い」

「酷えよな?だがもっと酷えんだぞ?」

 本当に聞きたいのか、とロロシュの目が語っていた。

「教えてください。私は知らなくちゃいけないと思います」

「そうかよ・・・・今までこんな首輪の話しが、一度も出なかった理由が分かるか?」

「え・・・・っと・・・まさか、見えない様に魔法が掛けてあるの?人との判別は嘘なのね?」

「半分正解。掛けてあるのは邪法だ。しかもだ、王家だけじゃねぇ、人族に反抗した瞬間にあの世行き。判別なんて嘘っぱちだ」

「何それ?! 性格わっる!! ゴトフリーの王様って頭悪いの?! お馬鹿さんなの?!」

「ぶははは!!」

「ねぇ。なんで笑うの? 私真剣なんですけど?」

 確かにレンは真剣に怒っているが、笑いたいのは俺もシッチンも一緒だ。
 一国の王に対して、性格が悪い馬鹿、と言い切れる者は少ないからな。

「ちびっ子の言う通り。ゴトフリーの王は馬鹿で性格が悪いんだよ。だがよ、エーグル大将も、自分達軍人だけが犠牲になるなら、こっちの話しに乗って来たはずだ。それを断ったのは何故か」

「・・・・自分達以外の人、家族とかに迷惑が掛かるから?」

「正解。獣人部隊員、全員の家族が、王城に連れて行かれたらしい。馬鹿で性格の悪い王は、獣人を全く信じてねぇんだわ」

「そりゃね? こんなの着けて、言う事を聞かせてたくらいなんだもん。信用もへったくれも無いですよね?」

「ちびっ子みてぇに、聡い相手だと会話が楽でいいな?」

 同意を求められたシッチンも、うんうんと頷いている。
 俺の番の洞察力は、半端ではないからな。
 その分、隠し事も出来ないがな?

「連行された家族の居場所は、分かっているのか?」

「毛嫌いしてる獣人の家族だぜ?真面なとこにいる訳ねぇだろ?全員地下牢に入れられたらしいぜ」

 それを聞いたレンは、俺の膝から滑り降り、勢い良く立ち上がった。

「もうヤダ!! 何この人、最低すぎる!! 人権侵害もいいとこじゃないですか!!」

「レン。どこへ行く気だ?」

「ちょっと、クレイオス様の所に行ってきます! みんなは話の続きをどうぞ! これ借りていきますね」

「あっあぁ、そうか? 気を付けてな?」
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