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愛し子と樹海の王

科学と野生1

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「ガルスタまで、あとどのくらい?」

「ここからだと、半日くらいだな」

「ふ~ん。リアンのお家に行く?」

「いや。知らせが来るまでは、この辺りで野営しながら待機だ」

「どうして?ゴトフリーが攻めてくるなら、一緒に国境を守った方がよくない?」

「通常ならな?」

 番の唇が引き結ばれ、もにゅもにゅ と動いているのは、出征すること自体が通常ではない、と言いたいのだろうな。

 レンの故郷は、魔法は無いが魔物は居らず、7.80年もの間、戦争も起こっていないと言っていた。

 本当に平和な国だったと。

 そんなレンにとって、人同士が殺し合う戦いなど、異常事態の最たるものだろう。

 それでも、自分の常識を押し付けるような、発言を控えようとしてくれるのは、レンなりに、俺達の常識を尊重してくれているからなのだと思う。

 ヴィースの常識を、押してけてしまっている、俺としては心苦しくて仕方がない。

「少し歩こうか」

「いいの?」

「問題ない」

 作戦開始まで、俺達遊撃隊は敵に悟られぬよう、身を潜めていなければならない。

 常に状況を把握している必要はあるが、報告が来るまで、基本俺は暇なのだ。

「レンには、何も話していなかったからな、現在の状況も合わせて、作戦も説明しておきたいし、散歩がてらどうだ?」

「良いですよ? じゃあアン達を連れて行ってもいい?」

 構わないと言うと、レンも嬉しそうにしてくれた。

「ア~ン! お散歩行くよ~! みんなを連れてきて~!」

 まるで犬の散歩に行くように、フェンリルにレンが声をかけた。

 幕舎の前でうずくまり眠っていたアンが、ムクリと起き上がり、一声吠えると、アンの周りで、休んでいたシルバーウルフ達も立ち上がり、狼の群れはウキウキした様子で、レンの元へ駆け寄って来た。

 この狼たちの群れをティムしたときは、丸々と太った子犬の様だったアンの子供たちも、今では大人の狼たちと同じぐらいに、大きく成長している。

 従魔になり浄化をされても、もとは野生の魔獣だ、運動をさせなければ、機嫌が悪くなったり、体調を崩したりと、想像以上に手間がかかる。

 移動中は運動不足を気にする必要なかったが、レンは俺から待機と聞いて、連れ出すことにしたのだろう。

「アン。遠くには行かないでね」

 返事のつもりか、アンはフェンリルのくせに、レンの手をべろりと舐め、俺へ小馬鹿にしたような目を向けてから、群れを連れて走り出した。

「相変わらず、嫌われているようだ」

「ん~。そんな事ないと思うけどなぁ。嫌いって言うより、ライバル視してる感じ?」

「ライバル?なんの?」

「普通にどっちが強いかじゃないですか?群れのボスは私よ!みたいな」

「あ~。それなら、なんとなく分かるな」

 二人で手を繋ぎ、森の中をのんびり歩きながら、他愛ない日常の話しや、王配候補達の事、そして今回の作戦についても話し合った。

 作戦開始まで、野営する予定のこの森は、ガルスタの神殿を浄化するまでは、大型の魔獣が出没する事で有名な場所だった。

 しかし、神殿の泉が浄化され、瘴気溜まりが消滅した今は、比較的おとなしい中型から小型の魔獣が住み着いているらしい。

 まあ、それが無くとも、この出征にはクレイオス、クオン、ノワールというドラゴンが同行している。

 特にクレイオスの気配を恐れ、北の魔獣の森の様に、すたんぴーどでも起こらない限り、そこらの魔物は近寄る事も出来ないだろう。

 クレイオスは戦には関与しない、と宣言しているが、レンの為に同行してくれているし、魔物除けとして役に立ってくれいている。

 思う処は多々あれど、魔物を気にせず、こうして番と散策が出来るのだから、これ以上多くを望むものではないだろう。

「似たような作戦を、小説で読んだ事があります。結構演技力が必要ですよね?」

「良く知っているな。軍記物語でも読んだのか?」

「一時期、戦記ものにはまってたんです。特に銀英伝とか、アルスラーンとかが好きだったのですけど、戦略とか戦術の話しになると、ちょっと難しくて、理解できるまで、同じところを何度も読み返してました」

「戦略や戦術は、極秘事項にならんのか?」

「物語のお話ですからね。規制したら表現の自由を奪う行為になりますから、そっちの方が問題だったと思いますよ?」

「成る程?」

「あまり過激な物は、規制されますけどね?何千年も前の興亡史で、三国志という本があるのですけど、それを基にした三国志演義は、7割の事実と3割の虚構と評されるくらい、内容がしっかりしていて、とても面白いのです。その中に赤壁の戦いと言うお話があるのですが、ここで活躍した、諸葛亮、孔明とも呼ばれる軍師の知略は有名だし、凄く人気があるのです。諸葛亮が兵法から作成した、八陣の図は優れものなのですよ?」

「おっおう。そうか」

 本の話しになったら、急に饒舌になったぞ?

 読書好きとは知って居たが、レンがこんなに早口でしゃべるのを見たのは初めてだ。

 軍人でも騎士でもないレンが、戦略や戦術を理解するまで何度も読みかえす本とは、どれだけ面白い内容なのだろうか。

 とても気になるが、俺がその本を手に取る事は無いのだよな。

 そう言えば、他にも気になって居たことがあったな。

「なあレン。教えて欲しい事があるのだが、いいか?」

「はい。なんでしょう?」

「マリカムで襲撃がある事を、何故気付いた?」

「あ~。あれですか?」とレンは気まずそうに、頬を指でホリホリと掻いている。

「話したくなければ、無理にとは言わんが」

「話したくない、とかじゃないの。当てずっぽうみたいな物だから、言う程でもないかなぁ~って」

「それでも構わんから教えてくれるか?あれからずっと、こう、この辺りがモヤモヤするのだ」
 
 心臓の辺りを撫でて見せると、レンは降参のポーズを取った。

「本当に大した事じゃないんですよ?あの時巡回しているシッチンさんを見て、気が付いたんです」

「シッチン? 確かにあの時、離れの周囲を巡回警護していたのは、シッチンともう一人の騎士だったが、それだけで何故気付いた?」

「だって、シッチンさんは、魔法の罠とか仕掛けの勉強をしに、ずっと魔法局に詰めてたでしょ? 邪法の罠の解除って、覚えるのがすごく大変だから、現場復帰まで時間がかかるって、ロロシュさんが話してたんです」

「それで?」

「それなのに、わざわざシッチンさんを連れてくるって事は、罠が仕掛けられる可能性が高いって、分かってたからじゃないのかなって、思って。実際シッチンさんの行動は、巡回警護って言うより、何かを探してるみたいだったし」

「ふむ」

「あとは、いつもより護衛してくれる、騎士さん達の人数は多いのに、移動中の要人警護にしては穴があるって言うか、わざと隙を作って、誘ってるみたいに見えたから、そういう事なんだなぁって」

 普通、シッチンが居ただけで、そこまで気が付くか?
 大体、護衛され慣れていたとしても、素人が陣形にまで、気は回らんだろう?

 いつものレンの直感なのか?

 もしこれが、レンが読み込んでいた戦記物の影響だとしたら、異界の読み物の中身が益々気になって来るぞ?

「そうだったのか、それが分かってスッキリした」

 スッキリなんてしていない。
 レンが読んでいた本が気になって、別の意味でモヤモヤしてしまった。

 だが、ここで食い下がって、あれこれ聞くのも、違う気がするのだよな。

「・・・・もう一ついいか?」

「どうぞ、なんでも聞いて下さい」

「オレステスを叩き出した時の、手合わせの事なんだが」

「手合わせがどうかしたんですか?」

「・・・あの時、俺に向けて竜巻を起こしただろ?あの竜巻で、君が発動していたのは、風と氷の二つだったよな?」

「そうですよ?」

「じゃあ、何故俺は、雷撃を受けたのだ? あれからずっと考えていたのだが、君がどうやって、あの雷撃を生んだのか、全く分からんのだ」

 すると、レンは、きょとんとした顔で俺を見た後、何かに納得したらしく、右手の拳で左手の掌を ポン と打った。

「あれは、魔法ではなくて化学なの」
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