321 / 606
幸福の定義は人それぞれ
皇太子と大公2 レンvsアレク
しおりを挟む劫火の後を追い、マークへ肉薄したレンの顔目掛け、マークの拳が突き出された。
軽く身を捻り拳を避けたレンに、マークの長い脚から繰り出される、撓る様な蹴りが追い打ちをかける。
それも躱されると、マークは拳と脚に魔力を込め攻撃力を上げ、風を唸らせながら、蹴りを繰り出し、突きを放って、無手での攻撃でレンに肉薄する。
しかしレンは、その全てを左手の掌で往なし防ぎ切った。
「スッゲー!!」
「速過ぎて見えねぇ」
そしてマークの手首を捕まえたレンが、軽く力を加えて引き寄せると、バランスを崩したマークが、倒れるのを防ぐために、レンの頭上へ跳躍し、掴まれた腕を起点に、トンボを切った。
「うおぉーーー!!」
「副隊長がんばれーーー!!」
マークが副隊長を辞してから、ずいぶんと経つのだがな。
まぁ、もう勝負もついたし。
気にする必要もないか。
レンはトンボを切ったマークの手首を放す事無く、宙に浮いた体を引き寄せると、マークの足が地面につく寸前、その腹を目掛けて蹴りを放った。
レンの華奢な体から放たれた蹴りは、それほどの威力は有りそうには見えないが、マークの急所、鳩尾を的確に捉えていた。
着地と同時に、地面に頽れたマークの首筋に、レンの刀棟が添えられた。
「勝負あり!! レン様の勝利!!!」
「あぁぁーーーー」
「負けちゃったよ~」
「レン様、相変わらず強えーなー」
「今日非番の奴ら、見逃した事を悔しがんだろうなぁ」
「さっきのあれ、どうやるんだ?」
「あれってどれだよ?」
ざわざわと今の一戦を語り合う騎士達と、呆然と口を開けたままの候補者達。
レンは1年前より確実に強くなっている。
討伐に出ても、浄化を中心とした行動をとるレンだが、周囲の騎士達の戦いぶりをしっかりと目に焼き付け、鍛錬や手合わせの時に、見て覚えた事を試してくるのだ。
それが分かっていても、レンをただ守られるべき対象として見てしまうのは、俺の心の弱さに他ならない。
練武場の中央で、レンはマークを助け起こし、向かい合って一礼した後は、マークの服についた砂を払うのを手伝っている。
勝敗が付いた後、テイモンを罵倒したオレステスとの違いを、オレステス本人は気付いているのだろうか?
横目で観察したオレステスは、悔しそうに唇を噛んでいるだけだ。
これは駄目だな。
そう思いながら、レンに目を戻すと おいでおいで と手招かれ、俺は練武場の中央へと踏み出した。
「どうだった?」
「大変ご立腹です。気を抜いたら閣下でも危ないかもしれません」
すれ違い様に交わした言葉に、俺の心は高揚した。
別にオレは被虐趣味がある訳では無い。
攻撃的になって居るレンが、俺を相手にどんな戦いをするのか、楽しみで仕方がないだけだ。
俺と交代したマークは、講師と審判を交代し、講師は防護結界の中にいる、候補者の横まで下がらせた。
俺としても流れ弾で、講師を傷つけるのは本意ではないから、マークの判断に感謝だ。
レンと二人向かい合い、騎士の礼を取った。
既に二人の間に満ちた魔力がうねりを作り、レンの髪を靡かせている。
「はじめ!!」
片手で剣を構える俺に、レンは得意とする ”いあい” の姿勢を取った。
ドンッ!!
地面を抉る音が、練武場に響き渡る。
俺は剣を斬られることを覚悟の上で、地面を蹴ってレンに迫った。
レンが刀を振り切る前に柄を押えてしまえば、あとは力業で、なんとかなると踏んだからだ。
しかし、レンの考えはその上を行っていた。
レンが振った右手に刀は無く、代わりに風の刃が俺に飛んで来た。
迫り来る斬撃を剣で切り裂くと、その余波で地面がえぐり取られて行った。
その威力に全身が総毛立ち、腹の底から喜悦が湧き上がってくる。
強者を前に、戦闘本能が全開になるのが分かった。
膂力で劣るレンは、接近戦を避ける作戦なのか、絶えることなく風の刃を飛ばしてくる。
俺はそれを剣で薙ぎ払いながら、じりじりとレンに近付いて行った。
風を纏い、髪を靡かせるレンの姿は、戦神のごとく神々しくも美しかった。
あと一歩踏み込めば、剣の間合いに入る処で、急激に周囲の気温が下がり始め、レンが纏う風の中に氷のつぶてが浮かび上がった。
その間も、風の刃は飛来し続けている。
元素魔法の二重発動。
うちの団員でも出来る者は、片手で数えるほどしか居ない高等技術だ。
観戦している騎士達からも、感嘆の声が上がっている。
しかし、この程度では俺は倒せんぞ?
風の刃を薙ぎ払い、剣の間合いに入った瞬間、レンの周りで渦を巻いていた氷の礫が、俺に襲い掛かり、氷の礫を内包した風が、竜巻となって俺を囲い込んだ。
ビシビシと体に飛んで来る氷の礫を、足元から立ち上がらせた火炎で溶かす。
濛々と湧きあがる蒸気の中に、一瞬だが違和感を感じたが、俺はそれを無視し、俺の放った火炎を巻き込みながら渦を巻く、レンの放った竜巻を切り裂こうと、剣を振り下ろした。
その瞬間。
剣先から全身へと、雷撃が走り抜けた。
「グッギギ・・・・ギ」
まさか元素魔法の三重発動?
なんだ?
どうやった?
レンが発動していた魔法は
二つだけだぞ?
頭の中は疑問でいっぱいだったが、この程度で膝を折るわけにはいかない。
雷撃で硬直する筋肉を無理やり動かし、剣を地面に突き立て呼吸を整えた。
そんな俺にレンは、呆れたように目を見開いた。
俺はその隙を逃さなかった。
俺が放った雷撃は、レンがアーチ状に張った氷の屋根に阻まれ、地面に吸い込まれてしまったが、間合いを詰める事には成功した。
休みなく繰り出す俺の剣を、レンは刀で往なし続け、最後は巻き取る様に跳ね上げられ、俺の剣はかなり離れた所まで飛ばされてしまった。
しかし、ここまでは想定内だ。
何の為に、今まで片手で剣を振っていたと思っている?
剣を飛ばされた俺は、最初から空いていた左手で、レンの刀の柄を掴み、無理矢理奪い取った。
また刀を奪い返されては、堪ったものではない。
奪い取った刀を投げ、壁に突き立てれば、お互い後は、無手か魔法勝負だ。
無手での勝負は、圧倒的にレンの方が分が悪い。
予想通り距離を取り、魔法勝負に出たレンは、次々に火球や氷、石の礫を飛ばしてくるが、俺はそれを結界を張った腕で、全て払い除けた。
俺が弾いた流れ弾が、飛んで行った先に居た騎士達が、ギャースカ騒いでいるが知った事か。
俺は今、無性に楽しくて仕方がないのだ。
レンの放つ魔法を払い除けながら肉薄すると、あと一歩のところで、レンは風を纏って上空に逃げてしまった。
艶やかな髪を靡かせ、空に浮くレンは凛々しく美しかった。
しかし、見上げる俺と視線を合わせたレンは、ギョッとしたように目を見開き、重力に任せるまま落下し始めた。
魔力切れ。
その言葉が頭に響き、落ちてくる番の体に風を纏わせ、両腕を広げて愛しい人を受け止めた。
”愛してるわ”
耳元で囁かれた瞬間、俺の体は宙を舞い。
気付いた時には、真夏の青い空を見上げ、喉元に拳を当てられていた。
「勝負あり!! レン様の勝利!!」
「はっ・騙された・・あはは・・・ッ!!」
「ごめんね。今日はどうしても負けたくなかったの」
抱き上げたレンは、申し訳なさそうにしていたが、勝負は勝負だ。
それに相手の弱点を突くのは、卑怯な事ではない。
「落下は嫌いだろ?」
「うん。でもアレクが助けてくれるって知ってたから」
この勝負は、色々な意味で、俺の完敗だった。
それにしても、アーノルドの、このジトっとした目は、何なんだ?
120
お気に入りに追加
1,335
あなたにおすすめの小説

前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)
miy
恋愛
(※長編なため、少しネタバレを含みます)
ある日目覚めたら、そこは見たことも聞いたこともない…異国でした。
ここは、どうやら転生後の人生。
私は大貴族の令嬢レティシア17歳…らしいのですが…全く記憶にございません。
有り難いことに言葉は理解できるし、読み書きも問題なし。
でも、見知らぬ世界で貴族生活?いやいや…私は平凡な日本人のようですよ?…無理です。
“前世の記憶”として目覚めた私は、現世の“レティシアの身体”で…静かな庶民生活を始める。
そんな私の前に、一人の貴族男性が現れた。
ちょっと?訳ありな彼が、私を…自分の『唯一の女性』であると誤解してしまったことから、庶民生活が一変してしまう。
高い身分の彼に関わってしまった私は、元いた国を飛び出して魔法の国で暮らすことになるのです。
大公殿下、大魔術師、聖女や神獣…等など…いろんな人との出会いを経て『レティシア』が自分らしく生きていく。
という、少々…長いお話です。
鈍感なレティシアが、大公殿下からの熱い眼差しに気付くのはいつなのでしょうか…?
※安定のご都合主義、独自の世界観です。お許し下さい。
※ストーリーの進度は遅めかと思われます。
※現在、不定期にて公開中です。よろしくお願い致します。
公開予定日を最新話に記載しておりますが、長期休載の場合はこちらでもお知らせをさせて頂きます。
※ド素人の書いた3作目です。まだまだ優しい目で見て頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。
※初公開から2年が過ぎました。少しでも良い作品に、読みやすく…と、時間があれば順次手直し(改稿)をしていく予定でおります。(現在、142話辺りまで手直し作業中)
※章の区切りを変更致しました。(11/21更新)
腹黒宰相との白い結婚
黎
恋愛
大嫌いな腹黒宰相ロイドと結婚する羽目になったランメリアは、条件をつきつけた――これは白い結婚であること。代わりに側妻を娶るも愛人を作るも好きにすればいい。そう決めたはずだったのだが、なぜか、周囲が全力で溝を埋めてくる。

【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。
櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。
夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。
ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。
あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ?
子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。
「わたくしが代表して修道院へ参ります!」
野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。
この娘、誰!?
王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。
主人公は猫を被っているだけでお転婆です。
完結しました。
小説家になろう様にも投稿しています。

大公閣下!こちらの双子様、耳と尾がはえておりますが!?
まめまめ
恋愛
魔法が使えない無能ハズレ令嬢オリヴィアは、実父にも見限られ、皇子との縁談も破談になり、仕方なく北の大公家へ家庭教師として働きに出る。
大公邸で会ったのは、可愛すぎる4歳の双子の兄妹!
「オリヴィアさまっ、いっしょにねよ?」
(可愛すぎるけど…なぜ椅子がシャンデリアに引っかかってるんですか!?カーテンもクロスもぼろぼろ…ああ!スープのお皿は投げないでください!!)
双子様の父親、大公閣下に相談しても
「子どもたちのことは貴女に任せます。」
と冷たい瞳で吐き捨てられるだけ。
しかもこちらの双子様、頭とおしりに、もふもふが…!?
どん底だけどめげないオリヴィアが、心を閉ざした大公閣下と可愛い謎の双子とどうにかこうにか家族になっていく恋愛要素多めのホームドラマ(?)です。

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜
本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」
王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。
偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。
……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。
それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。
いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。
チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。
……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。
3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

【完結】呪いを解いて欲しいとお願いしただけなのに、なぜか超絶美形の魔術師に溺愛されました!
藤原ライラ
恋愛
ルイーゼ=アーベントロートはとある国の末の王女。複雑な呪いにかかっており、訳あって離宮で暮らしている。
ある日、彼女は不思議な夢を見る。それは、とても美しい男が女を抱いている夢だった。その夜、夢で見た通りの男はルイーゼの目の前に現れ、自分は魔術師のハーディだと名乗る。咄嗟に呪いを解いてと頼むルイーゼだったが、魔術師はタダでは願いを叶えてはくれない。当然のようにハーディは対価を要求してくるのだった。
解呪の過程でハーディに恋心を抱くルイーゼだったが、呪いが解けてしまえばもう彼に会うことはできないかもしれないと思い悩み……。
「君は、おれに、一体何をくれる?」
呪いを解く代わりにハーディが求める対価とは?
強情な王女とちょっと性悪な魔術師のお話。
※ほぼ同じ内容で別タイトルのものをムーンライトノベルズにも掲載しています※

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる