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幸福の定義は人それぞれ
皇太子と大公2 レンvsアレク
しおりを挟む劫火の後を追い、マークへ肉薄したレンの顔目掛け、マークの拳が突き出された。
軽く身を捻り拳を避けたレンに、マークの長い脚から繰り出される、撓る様な蹴りが追い打ちをかける。
それも躱されると、マークは拳と脚に魔力を込め攻撃力を上げ、風を唸らせながら、蹴りを繰り出し、突きを放って、無手での攻撃でレンに肉薄する。
しかしレンは、その全てを左手の掌で往なし防ぎ切った。
「スッゲー!!」
「速過ぎて見えねぇ」
そしてマークの手首を捕まえたレンが、軽く力を加えて引き寄せると、バランスを崩したマークが、倒れるのを防ぐために、レンの頭上へ跳躍し、掴まれた腕を起点に、トンボを切った。
「うおぉーーー!!」
「副隊長がんばれーーー!!」
マークが副隊長を辞してから、ずいぶんと経つのだがな。
まぁ、もう勝負もついたし。
気にする必要もないか。
レンはトンボを切ったマークの手首を放す事無く、宙に浮いた体を引き寄せると、マークの足が地面につく寸前、その腹を目掛けて蹴りを放った。
レンの華奢な体から放たれた蹴りは、それほどの威力は有りそうには見えないが、マークの急所、鳩尾を的確に捉えていた。
着地と同時に、地面に頽れたマークの首筋に、レンの刀棟が添えられた。
「勝負あり!! レン様の勝利!!!」
「あぁぁーーーー」
「負けちゃったよ~」
「レン様、相変わらず強えーなー」
「今日非番の奴ら、見逃した事を悔しがんだろうなぁ」
「さっきのあれ、どうやるんだ?」
「あれってどれだよ?」
ざわざわと今の一戦を語り合う騎士達と、呆然と口を開けたままの候補者達。
レンは1年前より確実に強くなっている。
討伐に出ても、浄化を中心とした行動をとるレンだが、周囲の騎士達の戦いぶりをしっかりと目に焼き付け、鍛錬や手合わせの時に、見て覚えた事を試してくるのだ。
それが分かっていても、レンをただ守られるべき対象として見てしまうのは、俺の心の弱さに他ならない。
練武場の中央で、レンはマークを助け起こし、向かい合って一礼した後は、マークの服についた砂を払うのを手伝っている。
勝敗が付いた後、テイモンを罵倒したオレステスとの違いを、オレステス本人は気付いているのだろうか?
横目で観察したオレステスは、悔しそうに唇を噛んでいるだけだ。
これは駄目だな。
そう思いながら、レンに目を戻すと おいでおいで と手招かれ、俺は練武場の中央へと踏み出した。
「どうだった?」
「大変ご立腹です。気を抜いたら閣下でも危ないかもしれません」
すれ違い様に交わした言葉に、俺の心は高揚した。
別にオレは被虐趣味がある訳では無い。
攻撃的になって居るレンが、俺を相手にどんな戦いをするのか、楽しみで仕方がないだけだ。
俺と交代したマークは、講師と審判を交代し、講師は防護結界の中にいる、候補者の横まで下がらせた。
俺としても流れ弾で、講師を傷つけるのは本意ではないから、マークの判断に感謝だ。
レンと二人向かい合い、騎士の礼を取った。
既に二人の間に満ちた魔力がうねりを作り、レンの髪を靡かせている。
「はじめ!!」
片手で剣を構える俺に、レンは得意とする ”いあい” の姿勢を取った。
ドンッ!!
地面を抉る音が、練武場に響き渡る。
俺は剣を斬られることを覚悟の上で、地面を蹴ってレンに迫った。
レンが刀を振り切る前に柄を押えてしまえば、あとは力業で、なんとかなると踏んだからだ。
しかし、レンの考えはその上を行っていた。
レンが振った右手に刀は無く、代わりに風の刃が俺に飛んで来た。
迫り来る斬撃を剣で切り裂くと、その余波で地面がえぐり取られて行った。
その威力に全身が総毛立ち、腹の底から喜悦が湧き上がってくる。
強者を前に、戦闘本能が全開になるのが分かった。
膂力で劣るレンは、接近戦を避ける作戦なのか、絶えることなく風の刃を飛ばしてくる。
俺はそれを剣で薙ぎ払いながら、じりじりとレンに近付いて行った。
風を纏い、髪を靡かせるレンの姿は、戦神のごとく神々しくも美しかった。
あと一歩踏み込めば、剣の間合いに入る処で、急激に周囲の気温が下がり始め、レンが纏う風の中に氷のつぶてが浮かび上がった。
その間も、風の刃は飛来し続けている。
元素魔法の二重発動。
うちの団員でも出来る者は、片手で数えるほどしか居ない高等技術だ。
観戦している騎士達からも、感嘆の声が上がっている。
しかし、この程度では俺は倒せんぞ?
風の刃を薙ぎ払い、剣の間合いに入った瞬間、レンの周りで渦を巻いていた氷の礫が、俺に襲い掛かり、氷の礫を内包した風が、竜巻となって俺を囲い込んだ。
ビシビシと体に飛んで来る氷の礫を、足元から立ち上がらせた火炎で溶かす。
濛々と湧きあがる蒸気の中に、一瞬だが違和感を感じたが、俺はそれを無視し、俺の放った火炎を巻き込みながら渦を巻く、レンの放った竜巻を切り裂こうと、剣を振り下ろした。
その瞬間。
剣先から全身へと、雷撃が走り抜けた。
「グッギギ・・・・ギ」
まさか元素魔法の三重発動?
なんだ?
どうやった?
レンが発動していた魔法は
二つだけだぞ?
頭の中は疑問でいっぱいだったが、この程度で膝を折るわけにはいかない。
雷撃で硬直する筋肉を無理やり動かし、剣を地面に突き立て呼吸を整えた。
そんな俺にレンは、呆れたように目を見開いた。
俺はその隙を逃さなかった。
俺が放った雷撃は、レンがアーチ状に張った氷の屋根に阻まれ、地面に吸い込まれてしまったが、間合いを詰める事には成功した。
休みなく繰り出す俺の剣を、レンは刀で往なし続け、最後は巻き取る様に跳ね上げられ、俺の剣はかなり離れた所まで飛ばされてしまった。
しかし、ここまでは想定内だ。
何の為に、今まで片手で剣を振っていたと思っている?
剣を飛ばされた俺は、最初から空いていた左手で、レンの刀の柄を掴み、無理矢理奪い取った。
また刀を奪い返されては、堪ったものではない。
奪い取った刀を投げ、壁に突き立てれば、お互い後は、無手か魔法勝負だ。
無手での勝負は、圧倒的にレンの方が分が悪い。
予想通り距離を取り、魔法勝負に出たレンは、次々に火球や氷、石の礫を飛ばしてくるが、俺はそれを結界を張った腕で、全て払い除けた。
俺が弾いた流れ弾が、飛んで行った先に居た騎士達が、ギャースカ騒いでいるが知った事か。
俺は今、無性に楽しくて仕方がないのだ。
レンの放つ魔法を払い除けながら肉薄すると、あと一歩のところで、レンは風を纏って上空に逃げてしまった。
艶やかな髪を靡かせ、空に浮くレンは凛々しく美しかった。
しかし、見上げる俺と視線を合わせたレンは、ギョッとしたように目を見開き、重力に任せるまま落下し始めた。
魔力切れ。
その言葉が頭に響き、落ちてくる番の体に風を纏わせ、両腕を広げて愛しい人を受け止めた。
”愛してるわ”
耳元で囁かれた瞬間、俺の体は宙を舞い。
気付いた時には、真夏の青い空を見上げ、喉元に拳を当てられていた。
「勝負あり!! レン様の勝利!!」
「はっ・騙された・・あはは・・・ッ!!」
「ごめんね。今日はどうしても負けたくなかったの」
抱き上げたレンは、申し訳なさそうにしていたが、勝負は勝負だ。
それに相手の弱点を突くのは、卑怯な事ではない。
「落下は嫌いだろ?」
「うん。でもアレクが助けてくれるって知ってたから」
この勝負は、色々な意味で、俺の完敗だった。
それにしても、アーノルドの、このジトっとした目は、何なんだ?
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