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幸福の定義は人それぞれ
ビーチの正しい楽しみ方
しおりを挟む砂の彫刻の優勝者も決まり、次は腹を空かせた雄の群れ、待望の昼食の時間だ。
レンが用意した、肉は竈で焼く傍から飛ぶように、部下たちの腹の中に消えていく。
氷魔法で冷やしたエールの樽も、次々に栓を抜かれ、ここに来てから作った煮込みや持ち込んだパンの山も、あっという間に消えてしまった。
せっかく俺の番が用意したのだ、もっと味わって食えと言ってやりたい。
皆の腹もくちくなり、エール片手に談笑している処に、レンから最後のゲームが発表された。
そのゲームは、びーちふらっぐ と言うのだそうだ。
参加者はスタート地点にゴールとは逆向きに腹ばいになり、合図と同時にスタート。
20ミーロ先のゴールに立てられた、旗を先に掴んだ者が勝ち、というシンプルなものだ。
これは勝ち抜き戦で、負けたものから順に抜けていき、最後まで勝ち残ったものが優勝だ。
腹が満たされ、一度治まってしまった闘争心に火をつける為か、レンは優勝賞品を先に発表した。
このゲーム賞品は、最近話題になっている、とある歌劇団の公演チケット、それもボックス席のプレミアチケットと、前のゲームと同じ仕立券と食事券。さらに、皇宮御用達の花屋で、花束と交換できる商品券のおまけつきだ。
これに、求愛行動中の騎士達が色めき立った。
愛しい番に、最高のデートをプレゼントできる機会を、むざむざ逃す手はない。
騎士達の背中から、闘争心の焔がメラメラと立ち昇るのが見える様だ。
ゲーム自体はシンプルなだけに、勝敗の基準がハッキリしていて、後腐れがない処も良い。
何より、レンが獣人のやる気の引き出し方、煽り方をよく心得ていて、感心させられてしまった。
俺とマーク、ロロシュの三人は、レンからゲームへの参加を禁じられている。
俺達3人は、これらの賞品を自力で確保できる立場にあり、更に俺とマークが参加すると、誰も勝てなくなって仕舞うからだそうだ。
経済力はさて置き、勝敗に関してロロシュを入れない辺りが、レンの観察眼の高さを物語っていると思う。
俺もマークも、部下たちの楽しみを奪うつもりはない。
それに、最後のゲームは賞品の豪華さもあってか、相当な盛り上がりを見せ、観戦だけでも、充分に楽しめた。
「今度こそ、婚姻の了承をもらえる様に頑張ります!」
「頑張ってね。きっと上手くいくわ」
「はい!! ありがとうございます!!」
賞品を授与する際、優勝した部下はレンに深々と頭を下げ、すでに求婚が成功したかのような喜び様だ。
負けた者達は、羨ましそうにしつつも、彼の求婚を応援しているのは、優勝者の実力に対する敬意の現れだろう。
騎士と言うものは、剣の腕や魔法の巧みさばかりに目が向きがちだが、こうやって、隠された才能や実力を見出す機会を設ける事は、大切な事なのかもしれない。
それを気付かせてくれたレンに、感謝しなくてはいかんな。
そして最後に、レンは今日の参加者全員に、保冷機能付きの水筒を参加賞として配り、伯爵邸への帰路についたのだった。
◇◇◇
なんだかんだ有りつつも、楽しかった休暇も終わり、皇都に戻った俺は、日常業務に加え、オズボーン家とゴトフリーに関する報告を受け、必要な準備を進めるという、それなりに忙しい毎日を送っている。
レンも王配教育の講義に日参する傍ら、暇を見つけては、ノワールとクオンに手伝わせながら、ぷーる作りに精を出している。
さらに戦に備え、結界玉の作成と、魔石に治癒魔法を付与する作業も並行して行なっている。
先日外出続きだったクレイオスが、久方ぶりに宮へ帰還し、ゴトフリーとの戦争準備に入っている事を伝えると、相変わらずの無表情ながら、考え込む様子を見せた。
『事情は分かったが、我は地上の争いに関与はできぬぞ?』
「それは承知している。最初から戦さに関しての、助力は期待してはいない」
『だが、何か頼みたいのであろう?』
「戦さの助力は必要ないが、戦場にレンも連れて行く。あんたにはレンを守ってもらいたい」
これに創世のドラゴンは、柳眉を跳ね上げた。
『何を馬鹿なことを言っておる?!そんな場所に、我の子を連れて行くなど、本気か?!』
「俺だって、連れて行きたくはないのだ。大切の番を、戦さ場などに連れ出したい獣人がいると思うか? レンには安全な場所で待って居て欲しいし、戦さ場の地獄など見せたくは無い」
『ならば、置いてゆくが良かろう』
「だがな、信用できる神官が居らんのだ。そのせいで治癒師が足りない。何より、ゴトフリーはヴァラク教の影響を受けている。この戦さを仕掛けて来たのも、その所為だ。そして、ヴァラク教が関与している以上、レンの力が必要になる可能性が高い」
『うぅむ』
「神の世界の決まりだかなんだか知らんが、あんた達が、まとめて方を付けてくれるなら、レンに怖くて辛い思いをさせる必要は、欠片も無いのだが?」
俺達は神の不始末の尻拭いをしているだけなのだと、いい加減自覚してもらいたい。
『ぐうの音も出んわい。我はレンを守るだけで良いのだな?』
「あんたに罪悪感や良識があるなら、作業部屋にいるレンを手伝うくらいは、しても良いと思うが?」
『我の子は、またあの部屋に篭っておるのか?』
「戦さに備え、魔石に治癒の付与と結界玉を作ってくれている」
『・・・あの子なら、そうであろうな・・・』
深い溜息を吐き、肩を落として創世のドラゴンは書斎から出て行ったが、元々は誰の所為なのか、と言ってやりたい。
膨大な魔力を有して居ても、レンが人であることに変わりは無い。
クレイオスは、無尽蔵とも言える魔力を持っているのだから、レンの代わりに魔石に魔力を付与するくらい朝飯前だろう?
親だ子だと騒ぐなら、子の負担を減らす努力くらいはするべきじゃ無いのか?
それ以前に、クレイオスが創り出した、数えきれないほどの獣人が、命懸けで戦うことを理解し、情けをかけて欲しいと願うのは、間違った事なのだろうか?
◇◇
「そんで、クレイオスの旦那は、ちびっ子と魔石作りに奮闘中ってか?」
「あぁ、そうだ」
「あの旦那が、ちびっ子を大事にしてんのだけは本当だから、閣下も少しは安心だな?」
「まあな」
「なんだよ。まだ何かあんのか?」
あるに決まっている、というか全てのことが気に入らない。
ゴトフリーが、隠す気も無く国境付近に兵を集めている事も、オズボーン伯爵の舐めた態度も、ここ数日の茹だるような暑さも、何もかも全部だ。
今日はやっと完成したぷーるで、レンと泳いで、涼をとる約束をして居たのだ。
それなのに、オズボーンの野郎が、ゴトフリーに向け、兵糧の輸送を開始しやがった。
その所為で俺は、こうしてロロシュと対応に追われる羽目になったのだ。
番との大切な時間を奪いやがって。
オズボーンめ。
この恨みは深いと知れよ!
「しっかし、オズボーンも、もうちっと真面な手を考えられないもんかね?」
「そんな頭があれば、最初から大逆など企てんだろ?」
「まあ、そうだけどよ? 神殿やヴァラク教の影響を受けたからって、そこまで獣人を嫌う必要があるか?」
「あるだろうさ。あいつは自分はギデオンの隠し子だと信じているからな。大逆なんて思っても居ないのじゃないか?自分の物を取り戻し、親の仇を討つだけだとでも、信じているのだろうよ」
「はあ~。マジでどうかしてるぜ。オレ達がいくら調べても、そんな事実は出て来なかったんだぜ?何を根拠に信じこんだのやら」
「証拠など必要なかったのじゃないか?奴はそう信じたかったから、信じた。それだけだろう?」
「やだねぇ。お貴族様の思考回路ってのは、未だに理解できねえ部分があんだよな。オレなら虐殺王が父親だなんて、思いたくもねえ」
「・・・・すまんな。あれはオレの爺さんなんだが?」
「おっと、こりゃ失敬。まぁ、閣下はあれだよな。鳶が鷹を産んだってやつだろ?」
まったく、コイツだけは・・・・。
悪気が無いところが、余計に質が悪い。
はあ~。
早く帰って、レンとぷーるで遊びたい。
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