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幸福の定義は人それぞれ

伯爵邸にて

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「ローガン? こんなとこで何やってんだ? ちびっ子と閣下が帰ったんだろ?」

「メリオネス卿。それが、私は中に入れないので、こちらで待機いたしております」

「はあ? 専属侍従が入れねぇって何事だよ?」

「メリオネス卿も、暫くお待ちになられた方が宜しいかと」

「なんなんだよ。こっちは報告やらなんやらが溜まってんだよ。待ってらんねぇよ」

「では、ご随意に」

「あっ? なんでドアから離れてんだ? えっ? まさか・・・嘘だろ?」

 応接室の前で、ロロシュが騒いでいるのが丸聞こえだ。
 こいつは何時になったら、貴族らしい立ち居振る舞いを覚えるのだろうか。 

 ゲオルグにマナー講師を付けてやったが、ロロシュにも付けるべきか?
 侯爵は何をしているのだ、このままだと恥をかくのは侯爵とマークだぞ?

「セルジュ。ドアを開けろ」

「宜しいのですか?」

「煩くてかなわん。さっさと用事を済ませて、大人しくさせるさ」

 顎をしゃくって催促すると、セルジュはしぶしぶドアを開いた、次の瞬間

「ぐはぁ!! マジか?・・・・・あり得ねぇ! ぐぬぬ・・・」

「メリオネス卿?」

「セ・・・・セル・・・ジュ・・・やっぱ無理」

「えっ? これは? メリオネス卿?」

 戸惑うセルジュに構う事なく、バタバタとロロシュは逃げて行った。

 ふん! この程度で怖気づくとは。
 精神修業が足りていない証拠だ。

「閣下。メリオネス卿が、こちらの書類を押しつけていかれました」 

 セルジュが差し出したのは、ゴトフリーの連中が画策した、愛し子誘拐計画の顛末に関する報告書と、エスカルの護送に関する報告書だった。

「あれ?ロロシュさんが来たみたいでしたけど、帰っちゃったの?」

「一応俺は休暇中だからな。あいつも忙しいのだろう」

 ダンプティーから手紙を受け取った翌日、タランの入り江から、マリカムのアメリア邸に戻った俺達は、離れの応接室で、久しぶりに、セルジュが用意してくれた茶を楽しんでいる処だった。

 俺のマーキングに耐えられなかったローガンは部屋の前で待機中。
 ローガンが部屋に入れないと言った時点で、ロロシュも気が付くべきじゃないのか?

 五日間も番と二人きりで過ごしたのだぞ?

 他の雄がうじゃうじゃ居る場所に戻るのだから、牽制の為にマーキングするのは当然だろうに。

この事に関しては、俺は全く悪くないと思っている。

 幾ら婚前交渉が有るとは言っても、マーキングをしない、ロロシュの方がおかしいのだ。
 
 ロロシュが逃げ帰った事に、レンは不思議そうにしていたが、直ぐに興味を無くしたのか、窓際の椅子に腰かけ、目の前に立つ、俺とレンを興味深そうに観察し始めた。

「凄いねぇ~。ほんと、凄い。よく似てる。でも、なんか変な感じ。ヨシタカと話してた時も、不思議な感じはしたけど、彼は体格が違ったからなぁ」

「もう良いだろう?クオン、ノワール術を解け」

「えぇ~。もうちょっと~」

「れんさまにほめてもらうの~」

「良いから術を解け。紛らわしくてかなわん」

 ブツブツと文句を言っていたドラゴン達は、レンに ”偉い” と褒められ ”ご苦労様” と労われて、ようやく術を解き、普段の人型に戻り、今はレンの膝に頭を乗せ、甘えまくっている。

 ドラゴンが幼いうちは、親から魔力を与えられ、その魔力で成長していくのだと、クレイオスから聞いている。

 今はクレイオスが魔力を与える事が多いが、クレイオスが不在の時は、レンと俺も魔力を与える事がある。

 まぁ、俺の魔力を欲しがる時は、よっぽど腹が減っている時だけなのだが。

 この二匹のドラゴンにとって、レンは親と同じだ。

 特にクオンはレンの魔力を吸い取って、孵化したのだから、親子と言っても過言ではないのかもしれない。

 ここに、俺達の子供が加わったら、この二匹のドラゴンは、子供を相手に嫉妬したりするのだろうか?

 その姿を想像し、なんともくすぐったい様な、奇妙な気分になりながら、ロロシュが持って来た報告書に目を落とした。

 報告書によると、俺達がアメリア邸を離れた事を、ゴトフリーの連中は、全く気付かなかったそうだ。

 それだけ、クオンとノワールの擬態が完璧だったとも言えるのだが、賊の一味がアメリア邸を監視している事を、俺達は把握していたが、連中は自分達が監視されている事に、全く気付いていなかったそうだ。

 この賊は、ずぶの素人に毛が生えた程度でしかなく、王室の密命を受けたにしては、あまりにもお粗末で、監視していた者が、あまりの手際の悪さにイラつかされた様子が、報告書からでもわかる。

 伯爵邸の周りをうろつく事に終始する、賊の一味に呆れながら、ロロシュはそれと無く愛し子の情報を流し、襲撃のお膳立てまでしてやった様だ。

 本来ならば、計画を知った段階で、一気に殲滅すれば良いだけの話しだ。

 それをせず、こんな回りくどい手段を取ったのは、一重にゴトフリーとの戦争が控えているからに他ならない。

 以前のゴトフリーならいざ知らず、現在の彼の王国相手に、我が帝国が後れを取る可能性など、皆無に等しい。

 だからこそ、戦端が開かれた時、これは侵略戦争ではないと言えるだけの、大義名分が必要となる。

 帝国に対する、ゴトフリー王家の敵対行為の証拠は、多ければ多いほど良い。

 ギデオンの様に、戦争裁判において、罪を捏造するのは簡単だ。
 だがそれは、民草の恨みや不信感を買い易く、終戦後の統治が遣り難くなる。

 一見無駄に見える小細工も、後々アーノルドの負担を減らす一助となるのだ。

 それに加え、愛し子への不敬の証拠があれば、ヴァラク教の断罪も容易になる。

 ヴァラク教の信者の全てが悪だとは思わないが、獣人への偏見と弾圧を助長するのであれば、善であるとは言えんだろう。

 これは全世界に対する牽制だ。

 ウィリアム亡き後も、帝国は健在である。
 何人も帝国を軽んじる事は許されない。
 何故ならば、神の恩寵である愛し子は帝国に在り、即ち、帝国は神と共にあるからだ。

 神聖帝国などという、諸刃の剣的な危険思考を持つ積りはないが、アーノルドの治世を、一日でも早く安定させる役には立つはずだ。

 とは言え、ロロシュが手間暇かけて捕らえた賊だが、王国軍でも、王家に忠誠を誓った騎士でもなく、エスカルに金で雇われた私兵に過ぎなかった。

 王国内で知らぬものなどいない、道楽息子のエスカルは、母方の親族からの遺産で、財産だけは多く持っていたが、父王からの愛情は薄く、王族であるにも関わらず、使用人や護衛の多くは、遺産を食いつぶしながら、エスカルが個人的に雇っていたらしい。

 ならば、継承権などさっさと放棄し、王宮を出てしまえば良いものを、最後まで父王の愛を諦める事が出来なかったのだろう。

 その親の方は、エスカルの事を捨て駒としか見ていない。

 親の愛を求めるなら、王子としての本分を果たせばよかったのだ、そうすれば親の気を引くことは出来ずとも、真面に生きていくことは出来ただろう。

 そんな事すら教えてくれる人間が、周りに居なかったのだとすれば、あの傲慢なエスカルも哀れだと思う、思うが同情する気にはなれない。

 今の生き方を選んだのはエスカルだ、駄々をこね、親の気を引けるのは幼子の内だけなのだから。
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