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幸福の定義は人それぞれ

リゾート満喫中

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 呼べばすぐに顔を見せる侍従も居らず、何もかもを、自分達でしなければ成らなかったし、ふかふかのベットも、豪華な料理も無い生活だ。

 この計画にレンも同意してくれたが、ここに来て天幕を建てている最中には、こんな何もない不便なところに、番を連れてくるのではなく、どこか別の町の宿に泊まるべきだったのではないか、と後悔していた。

 だがレンは、侍従も護衛も必要ない、俺と二人きりになりたかったと、この世の誰よりも可愛らしい顔で、可愛い事を言ってくれた。

 愛し番と二人きり、この世界に俺とレン以外の人間のいない暮らしは、多少の不便さなど、全く気にならない程、幸せな時間だった。

 鍛錬と修練は休む事は無かったが、それ以外は何をするのも自由。

 朝は普段よりゆっくり起き出し。
 簡単な食事を済ませた後は、レンと二人で海で遊びながら、食料を調達。

 その食料も、クレイオスと来たときは、釣り上げた魚ばかりだったが、レンと二人で採った、魚介類の他、浜の後ろの森で見つけた果物等々と、セルジュに用意させた携帯食も合わされば、中々の充実ぶりだ。

 俺もレンも遠征での野営には慣れているが、二人とも最低限の装備だけで、自然の中で暮らすのは初めてだ。

「遠征の時は、お腹が膨れれば良いって感じだけど、キャンプなのだし、どうせなら美味しいものが食べたいですよね?」

 とレンは言うが、俺は食料の調達方法が分からない。

 ここが食うものを探し回った、北の辺境や帝国内の原野なら、それなりに知識はあるのだが、如何せんここは、南国タランの秘境だ。

 密入国している俺には、何が食えて、何に毒があるのかさっぱりだ。

 実際、前回ここに滞在したときは、クレイオスの釣果に頼りきりの食生活だった。

 2.3日で、賊の始末が付くだろうと、予想を立て、携帯食と麦粉や日持ちのするイモ類を雑嚢に詰めさせたが、予想より時間がかかる可能性もある。

 それにどうせなら、美味いものを喰いたいと思うのは、人の性。

 まだ見ぬ珍味に出会う為、どうしたものかと、二人で頭を捻った結果、レンの加護に頼る事になった。

 レンがよく調べ物をしている、すてーたすがめん と言う加護は、あまり深い情報を得ることは出来ないが、基本的な情報なら網羅しているらしい。

 そこで、取り敢えず食えそうなものを集めてみて、その不可をレンの加護で調べてみる事にしたのだ。

 目の前の海に魚が居る事は分かっている。
 ならば、森で木の実でも探してみるか。という事になった。

「ジャングル探検は楽しそうだけど、虫も多そうですよね?虫よけスプレーなんて持ってないし、刺されたらどうしよう」

 レンの白い肌が、虫ごときに汚されるなど、あってはならない。

 そこで大袈裟だとレンには笑われたが、レンと俺に球形に結界を張る事にした。

 森に入って幾らもしないうちに、俺達は結界を張った事は、大袈裟でもなんでもなかった、と知る事になった。

 レンの予想した通り、森の中は虫だらけだった。

 剣で斬り伏せるほどの大きさは無く、結界に当たるに任せているのだが、俺達を囲んだ結界は、途切れることなく飛来してくる虫どもによって、火花を散らし続け、流石のレンも、顔を引き攣らせていた。

「これはジャングル探検とか言ってる場合ではないですね。目ぼしい物を見つけたら、さっさと浜に帰りましょう?」

「そうだな、流石にこれはえげつない」

 虫たちの襲来に、うんざりしながら歩く事暫し。

 森の奥から流れてくる、沢が創った泉を見つけた。

 その畔に、ベリーによく似た実が、たわわに実る低木を見つけることが出来た。

 レンの加護で調べると、この木の実は ”オオモーモ” と言う、アッポの実に近い種類だと分かった。

 一つ摘み取って口に放り込むと、ほど良い酸味と甘みで、口の中がさっぱりする。
 期待に目を輝かせる、番の口にも一つ入れてやる。

「ん~~!! 美味しい~!」と頬に手をあてて、嬉しそうだ。

 紅く熟したものを選んで摘み取り、摘み取った実で、持って来た袋がパンパンだ。

「欲張りすぎたかな?」

「このくらいなら、すぐに食べきれるだろ?」

 そんな、他愛もない会話も楽しくて仕方がない。

 オオモーモの収穫に満足した俺達は、浜に戻る事にしたのだが、この帰り道でちょっとした事件が起こった。

 俺達は来た道をたどって帰っていたのだが、途中で群生する茸を見つけた。

 行きは虫の襲来で、気が付かなかったが、青みがかった紫色の笠が綺麗な茸だ。

 故郷で似た茸を見た事があるというレンは、古木の根元に生えている茸を、しゃがみ込んで調べ始めた。

 俺はレンの傍らに立ち、周囲を警戒する事にしたのだが。

 しかし、これが拙かった。

 ふと何かの気配を感じ、振り返ってレンを見ると、俺の番は茸を握りしめたままの姿勢で固まっていた。

「レン? どうした?」

「!?&%&$$・・・イ・・・イヤァーーーーー!!#$%&’’%%$$!!!!」

 言葉になって居ない悲鳴を上げたレンは、俺に飛びつき腰に足を絡め、首に縋り付いて来た。

 何事か?!と左腕でレンを抱えながら、剣を抜きかけた視線の先に、一匹のタラントが、しゃがんでいたレンの、ちょうど顔の前あたりで、揺れていた。

 どうやら、レンが茸を調べている時に、古木の枝から糸を伝って降りて来たらしい。

 せめてレンと同じ様に、茸の生えた古木の方を向いていたら、無駄にレンを怖がらせる事も無かったのだが、今となっては後の祭りだ。

 すっかり忘れていたが、タランはタラントが異常に多く生息する国だ。

 タラントは、タランの国旗や王家の家紋の図柄に使われ、国の名を付けられている。
 この蜘蛛は、タランの代名詞とも言える生き物なのだ。

 メイジアクネ程の巨大さは無いが、油断仕切っていた処に、目の前に突然現れた大嫌いな蜘蛛を見たレンの取り乱しっぷりは、気を抜いたら笑ってしまう程酷かった。

 怯える番を抱えたまま、全力で浜に駆け戻ったのだが、恐怖でボロボロと涙を零す番は、暫く真面に話す事も出来なかった。

 その姿が、可愛くて何度も笑いそうになったが、俺は頬の内側を噛んで必死に堪えた。
 
 間違ってもここで笑ったら、一生レンに恨まれる事になるからな。

 ヒクヒクとしゃくり上げながら、やっと話せるようになったレンは、「もう二度と、この森には入らない」と宣言していた。

 普段冷静な事が多いレンが、ここまで蜘蛛を怖がるとは・・・・。

 いったい何があったのだろうか?

 嫌いになった理由を聞いたら、嫌な顔をされそうなので、何時かレンが話してくれるまで、この話には触れないようにしようと、心に誓ったのだった。

 その後オオモーモを手に入れた俺達は、レンの宣言通り、二度と森に入る事は無く、入り江と浜で遊びながら食料を調達していた。

 しかし、せっかちな俺には釣りは向いていなかった。

 そこでレンは、その辺に落ちていた枝と石を使い、銛を錬金し素潜り漁をしたらどうかと勧めてくれた。

 しかし俺が鍛えられたのは、剣や甲冑を身に着けたまま、水の中でも動けるような泳ぎ方だけだ。

 俺にとっては、水に沈む=死 を意味するのだ。

「でも、潜れると楽しいし、気持ちいいよ?」と言って、俺に水への潜り方と、水中での泳ぎ方を教えてくれた。

 水の中に潜って泳げるようになった俺は、素潜り漁にはまってしまった。

 確かに、水の中に潜って泳ぐ事自体も、気持ちが良くて、楽しかったが、それよりも、銛を使った漁は、俺の野生の本能を刺激したのだった。
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