上 下
314 / 523
幸福の定義は人それぞれ

キャンプ2日目

しおりを挟む
「本当に駄目?」

「駄目と言うか、普通に危ないだろ?」

「でも、アレクが結界を張ってくれたら、その中を浄化すれば行けると思う」

「理論上はそうかもしれんが・・・」

「夏ですよ? 目の前に海があるのに、入らないなんてあり得ない!」

「いや。入る方があり得ないだろう?」

 海の中だぞ?
 魚以外に何が居るかも分らんのだぞ?
 漁師だって船を使うのだぞ?
 生身で入らんのだぞ?

 それでなくとも、最近は浄化をしても、光となって消滅しない魔物が増えているというのに、そんな危ない事はさせられん。

「入り江全部なんて言わない。浜から10ミーロ四方くらいで良いの。刺されたり、かまれたりしないように、アレクのシャツを着てはいるからぁ。ねぇ、おねが~い!」

 クソッ!
 可愛い顔して、おねだりしないでくれ。
 理性がぐらぐら揺れるだろう。
 大体なんで、レンのおねだりは、いつも危険な事に極振りしているのだ?

「じゃあ。結界を最初小さく張って、だんだん大きくしていけば、生き物も押し出されて、中は安全でしょ?」

「海水も押し出されるがな?」

「えぇ~?それじゃあ、磯遊びになっちゃう!」

 多分、海底にある物も押し出されるから、砂しか残らんと思うぞ?

「海水浴したかったな・・・」

 なんで海に入れないくらいで、そんなに悲しい顔をするのだ?
 
 レンの願いなら、どんな突拍子も無い事でも、叶えてやりたいが、さすがにこれは危険すぎるだろう?

「何故そんなに、海に入りたいのだ?」

「だって・・・夏は海水浴にみんな行くし、夏のデートの定番だし・・・」

 そんな子供みたいに、口を尖らせて拗ねないでくれ。

 罪悪感で死にそうだ。

「デートの定番・・・・だったのか?」

「そうですよ? 夏休みの家族旅行も、彼氏とのデートも海水浴が定番だったの。子供の頃、夏休みの絵日記に、クラスの子は海に行ったって書いてあるのに、うちはお爺ちゃんの趣味で、毎年神社仏閣巡りだったから、羨ましくて・・・」

「あ~」
 
 子供なのに、年寄りの趣味に付き合わされたのか。
 
「学生の頃も、みんな彼氏と海に行ってたけど、私にはそういう相手もいなかったし」

 うん。それは行かなくて良かったと思う。

「それでね。務め出してから、お金を貯めて、ヤベちゃんと沖縄に行った事があるんだけど、ここと同じくらい綺麗な海でね。すっごく感動したの・・・・」

「感動したのに、何故つまらなそうなんだ?」

「だって・・・どこのビーチもカップルばっかりで、イチャイチャしちゃってさ。目のやり場に困っちゃって、ホテルに帰ってから、ヤベちゃんと二人でゴーヤチャンプルーとラフティを摘まみに、泡盛でやけ酒したんだけど、次の日の二日酔いが、それはもう酷くって・・・そう言えば、あれから、あんまりお酒を飲まなくなったんだっけ」

 要するに、みんなは楽しそうにしていたが、自分はあまり良い思い出が無いと。

 そういう事か?

「今からイチャイチャするか?」

「もう!そっちじゃないから!それに昨日って言うか、朝までいっぱいしたでしょ!」

 俺はまだまだいけるぞ?
 何なら、全然足りていないのだが?

 それに腰に回した手も、頬や首筋に落とす口付けも、拒まないのだから、レンも満更じゃないよな?

 調子に乗り、リップ音を立てたキスを繰り返していたら、手の平で顎を押し返されてしまった。

「あててて・・・」

「そんなことで、誤魔化されないんだからねっ! ねぇ10ミーロで良いのよ? ダメ?」

 クウーーーーッ。
 あぁ!もう!!

「5ミーロだ」

「ふぇ?」

「5ミーロ四方なら、結界を張ってやる」

「ほんとう?!」

 言ってから後悔したが、花が開いたような満面の笑みで、抱き着かれては、今更止めたとも言い難い。

「ただし!」

 レンの顔の前で、人差し指を立てると、その指先に注目した番の瞳が、ちょっと寄り目になって居いるのが可愛くて、笑いそうになる。

「浄化が終わったら、先に俺が海へ入る。それで問題が無かったらだぞ?」

 瞳をキラキラさせて、頷いているが、本当に大丈夫なのか?

「ワクワク・・・ワクワク」

 期待してくれるのは嬉しいが、口に出してワクワクいう人は初めてだ。

 波打ち際に並んで立ち、浜から海に向け、5ミーロ四方に結界の壁を立ち上がらせた。

 巻き上げられた海水の飛沫が降り注ぎ、海面近くに虹の橋を作った。

「わぁ、虹!虹が出来てます!」

 こんな事くらいではしゃぐとは、可愛いやつめ。

「ほら、出来たぞ」

「は~い。今度は私の番!」

 そう言ってしゃがみ込んだ番は、海水に浸した手から浄化を流していった。

 レンから放たれた浄化の光が、波にさらわれ、次第に広がっていく。

 予想はしていたが、黄金色の浄化の光は結界の中に留まる頃なく、入り江全体を輝かせると、やがて金色の光の粒がふわふわと波間に浮かび上がり、潮風に乗って空へと帰って行く。

 レンンの浄化の光景は、何度見ても幻想的で荘厳だ。

 浄化された最後の魂が、空へ登っていくと、レンは深く息を吐いて立ち上がった。

「浄化した感触だと、あまり害のある魔物は居なかったみたいですね」

「まあ、クレイオスに連れて来られた時も、奴は普通に釣りをしていたしな。捕まえて来た、シーサーペント以外の大物は見ていないな」

 話しながら見下ろした番は、期待に満ちた目で俺を見上げていた。

「はあ~~~。待って居てくれ」

 腰に差した剣をレンに預け、海に入った。
 
 強い日差しに火照った肌に、冷たい海水が心地よかった。

 ふむ。魔物の心配がなければ、確かに気持ちが良いな。

 腰の深さまで進んだところで、海の中に身を投げ出し、結界の中を泳いでみたが、魔物が襲ってくる気配はない。

 念の為潜ってみたが、特に問題はなさそうだった。

 水から顔を上げ、浜を振り返ると、俺の剣を抱えたレンが、待ちきれない様子でうずうずとこちらを見ていた。

「いいぞ!大丈夫そうだ!」

「やったー!!」
 
 歓声を上げたレンは、砂の上に剣を置くと、ざばざばと波をかき分け、水の中に飛び込んだ。

「見事なものだ」

 泳ぎは見習いの頃に散々鍛えられたが、レンの様に、静かに水の中をに泳ぐ者は見たことが無い。

 レンは学校と云う処で、泳ぎを習ったと言っていたが、泳ぎ一つとっても彼方の教育の高さを感じてしまうな。

 一度俺の所まで泳いできたレンは、すぐに水を切って離れてしまった。
 そしてまたスイスイと近寄って来ては、離れていく。

 実に楽しそうだ。
 これだけ泳ぎが達者なら、海に入りたいと言う気持ちも頷ける。

 一度は仰向けのまま、器用に泳いできたのだが、水を吸った俺のシャツが、レンの豊かな胸に張り付いて、そのなんともあられもない姿に、淫靡な想像が膨らんでしまった。

 そうやって暫く、レンが泳ぎを楽しんでいるのを眺めていると、レンが大きく息を吸い込んで、とぷん と水の中に潜ってしまった。

 随分と器用な事をするものだ、と思いながら、レンが水の中から出てくるのを待っていたのだが、何時まで経ってもレンが顔を出さない。

 まさか、溺れたのか?!

 慌てて水に潜り、レンが居たあたりを見ると、水の中で俺の白いシャツがゆらゆらと揺れているのが見えた。

 とっさに浮かんだ嫌な想像と、早鐘を打つ心臓を無視し、水の中で揺れる番に近付いた。

 力任せに腰を引き寄せ、水の上に引っ張り上げると、レンは抗議の悲鳴を上げた。

「何するの?! びっくりしたじゃないですか!」

「それはこっちのセリフだ! いつまでも水の中から出てこないから、溺れたかと思ったのだぞ?!」

 瞬時に俺の怒りの原因を察したレンは、頬に張り付いた髪を耳に掛けながら、気まずそうに俯いてしまった。

「怒鳴ったりして悪かった」
 
「私の方こそ、驚かせてごめんね?」

「本当に、死ぬほど驚いた。君にはいつも驚かされるが、こういうのだけは勘弁してくれ」

 素直に謝る番を抱き上げ、水の中で何をしていたのかと問うと、”綺麗な貝を見つけて、アレクにあげようと思ったのだけど、水の中ってよく見えないから、採るのに手間取っちゃって” と、握っていた貝を見せてくれた。

 番の掌に上の乗っていたのは、15チルほどの、白とオレンジの縞模様が美しい貝だった。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

獅子の最愛〜獣人団長の執着〜

水無月瑠璃
恋愛
獅子の獣人ライアンは領地の森で魔物に襲われそうになっている女を助ける。助けた女は気を失ってしまい、邸へと連れて帰ることに。 目を覚ました彼女…リリは人化した獣人の男を前にすると様子がおかしくなるも顔が獅子のライアンは平気なようで抱きついて来る。 女嫌いなライアンだが何故かリリには抱きつかれても平気。 素性を明かさないリリを保護することにしたライアン。 謎の多いリリと初めての感情に戸惑うライアン、2人の行く末は… ヒーローはずっとライオンの姿で人化はしません。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

【R18】人気AV嬢だった私は乙ゲーのヒロインに転生したので、攻略キャラを全員美味しくいただくことにしました♪

奏音 美都
恋愛
「レイラちゃん、おつかれさまぁ。今日もよかったよ」 「おつかれさまでーす。シャワー浴びますね」 AV女優の私は、仕事を終えてシャワーを浴びてたんだけど、石鹸に滑って転んで頭を打って失神し……なぜか、乙女ゲームの世界に転生してた。 そこで、可愛くて美味しそうなDKたちに出会うんだけど、この乙ゲーって全対象年齢なのよね。 でも、誘惑に抗えるわけないでしょっ! 全員美味しくいただいちゃいまーす。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

処理中です...