上 下
312 / 508
幸福の定義は人それぞれ

名も知らぬ浜辺

しおりを挟む
「レン。こっちへ来て中の具合を確かめてくれるか?」

「は~い・・・わぁ~!凄い。思ったより豪華」

 焚火の火を見ながら湯を沸かしていたレンを呼び、俺が準備した天幕の具合を確かめて貰う。
 楽をするなら、簡単なテントでも良かったのだが、レンに出来るだけ快適に過ごしてもらうなら、面倒でも、テントより天幕の方が良い。

 天幕の中には、組み立て式の簡易ベットとテーブルセットも用意した。
 騎士団支給の物ほど頑丈ではないが、その分装飾が施され無骨さは無く、急遽用意させた割には、上等な部類に入るだろう。

 真珠の養殖で発展途中のマリカムには、多くの商人が出入りしている。

 その為か。買い付けに来る商人達様の、旅道具の店も、なかなかの充実ぶりだったと、準備を頼んだセルジュも感心していた。

「気に入ったか?」

「はい! 準備ご苦労様。お湯も沸いてますから、お茶にしましょうね」

 番に手を引かれ焚火の傍に座ると、レンがいそいそと、茶を入れてくれた。

 ここは幻獣退治で、クレイオスに連れて来られた入江の浜辺。

 人が寄り付くことのない、秘境中の秘境だ。

 今は夜だが、クレイオスに連れて来られた時から、七色に輝くこの海を、レンに見せたいと思って居た。

 ゴトフリートの襲撃から、レンを隠そうと思いついた時、真っ先に思い浮かんだのはここだった。

 襲撃犯から、レンを隠すことに本人は反対して居たが、襲ってくる相手が、脅威となるほど強くないこと。
 レンを守りながら戦うよりも、ロロシュ達が戦い易い事を説明すると、納得してくれた様で、その後俄然乗り気になったレンは、スクロールもあっという間に作ってくれた。

 本当なら天蓋付きのベットのある、伯爵家の離れに宿泊するはずが、風呂も無く、買い物に出かけられる街中でもない、本当に何もない浜辺に連れ出されても、レンは何処かウキウキと楽しそうだ。

「レンはこんな野営は、嫌ではないのか?」

 レンをここに連れてこようと思いついたときは、とても良い思い付きの様に感じていたが、実際この場所に来てみると、不便すぎてレンが、がっかりしたのではないかと、心配になった。

「ん~~。遠征なら移動の為の野営って感じですけど、これはキャンプですよね?キャンプはアウトドアな娯楽ですから。ワクワクするし、自然の中に居ると癒されます」

「キャンプ? 野営が娯楽なのか?」

「そうですよ? 前に話したと思うのですが、私の故郷は、ほとんどの道路は舗装されていますし、建物が多くて、日常で自然と触れ合える機会は少ないの。だからお休みの日には、癒しを求めて山とか海に出かけるのだけど、自然の中で過ごすのは、ちょっと贅沢な娯楽だったのよ?」

「まさに処変わればだな」

「私はインドア派だったので、キャンプとかグランピングとかはやったことが無いのだけど、憧れてはいたのですよ」

「なるほど」

「これでマシュマロがあれば、完璧なんですけどね?」

「ましゅま?」

「マ・シュ・マ・ロ・・・・えっと、このくらいの・・・」とレンは親指と人差し指で5チルくらいの大きさを示した。

「ふわふわなお菓子があるんです。アメリカのドラマなんかだと、キャンプの時は木の枝にマシュマロを刺して、焚火で炙ってる場面が良く出てくるから、キャンプにはマシュマロってイメージが強いんです。私はにわかなので、そういう王道的なものには、やっぱり憧れちゃうのよね」

「なるほど」

 何を言っているのか半分以上分らんが、野営が娯楽として定着しているのは分かった。

「マシュマロは無いけど、アレクと二人っきりで過ごせるのって、凄く贅沢だから、連れて来て貰って嬉しいです」

「二人きりが贅沢なのか? 侍従も誰も居ないのに?」

 俺にとっては、番を独り占めできることは贅沢だが、レンも同じように感じてくれているのだろうか?

「私にとって、常に周りに人がいる状態は普通ではないのです。今の私にはこうやって人目を気にしないで、二人きりになれる時間は貴重だし、贅沢なんです」

「・・・宮での暮らしは、窮屈か?」

「正直に答えても良いですか?」

「勿論だ」

「・・・・私は王族でも貴族でも無くて、本当に平凡な一般人だったので、こちらに来て、愛し子だと言われて、アレクと婚約して。護衛の人がついたり、侍従の人がお世話してくれたり、とっても有難い事なんだって分かっていても、最初は監視されてるみたいで、嫌でした」

「そうか、そうだよな」

 彼方では、仕事もして自由に過ごしてきたレンが、内宮や宮に、閉じこめられた気分になってもおかしくない。

「私は元々陰キャで、活発に外に出る方ではなかったので、部屋に閉じこもっていても、それほど苦ではないのだけど、どこに行くにも、誰かの許可を貰わなきゃいけなかったり、一人で出歩けないのは、ちょっと苦痛でした」

 ”今は慣れましたけど” と浮かべた苦笑はどこか悲し気に見えた。

 そしてもぞもぞと、足の間に移動してきたレンは、俺の太腿に頭を預け、焚火の炎を見つめている。

 パチパチと薪の爆ぜる音と、穏やかな波の音が静かに流れ、焚火に照らされたレンの頬がオレンジ色に輝いて見える。
 
「夜会の・・・」
 
「ん?」

「夜会の時、腕を掴まれたでしょ?」

「ああ」

 俺の番に無礼を働いた雄の事は、今思い返しても、腸が煮えくり返る。
 レンが執り成さなかったら、農園送りなどと言う甘い処罰では済まさなかった。

「あの時、怖くなっちゃって」

「腕に後が残る程、強くつかまれたのだ、怖くて当たり前だ」

「うん。でもね、そうじゃなくて、もし、私が愛し子じゃなくて、食堂とかで働いている普通の人だったら、あの人は注意されるくらいで、あんなに重い罰を受ける事なんてなかったでしょ?」

「そうだとしても、俺は許さんがな?」

 黒髪を一房指にからめとると、番はくすぐったいと、首をすくめている。

「アレクの事も抜きにして、本当に普通の人だったらってことよ?それでね、腕を掴まれたことより、自分の地位が本当に高いんだって、初めて実感したというか。それまでも、大事にしてもらってるって、分かっていたのだけど。今の私の国には、階級制度は無いから、頭では分かっていても、なんとなく他人事みたいな部分もあって。もう庶民じゃないんだ、立場が違うんだって、実感して。それが、すごく怖くなっちゃったの」

「・・・・そうか」

 あの時震える程、怯えていたのは、あの雄にではなく、立場の違いに気付いたからだったのか。

「討伐とか浄化に走り回ってた時は、力を合わせなきゃって考えてたから、全然気にしてなかったし、今も騎士団の皆は仲間なんだって思ってるのだけど、宮廷で社交活動をしていると、公爵様だからっていうだけで、みんなが守ろうとしてくれるでしょ?でもね、無条件で守られるのは、なんか違うなぁって思うのよ?」

「何が違うと?」

「ん~~。例えば、エスカルさんみたいな人、守りたいと思います?」

「全然」

 誰があんな、愚か者を守りたいと思うものか。

「ふふ、端的。私もそう思う。だから、この人なら守ってあげても良いな。って思って貰える様な人に成らなきゃいけない、って思うの」

「君は、今でも充分、その資格があると思うが?」

「そうかな?」

 そう言って、振り仰いだ瞳は、夜空の星を切り取ったように、煌めいて美しい。
 濡れた瞳とは、よく聞くセリフだが、レンの瞳は、そんな陳腐なセリフでは、言い表せない美しさがあると俺は思う。

 この瞳に映るのが、世界で俺一人だけならいいのに。

「君は帝国を救った愛し子だぞ?神に愛される稀有な人だ。帝国の至宝だぞ?皆が守ろうとするのは当たり前だ」

「ん~、私は出来る事をしただけなのだけど、それもアウラ様からの、加護のお陰でしょ?なんとなく、ずるした気分だったから、もっと頑張らなくちゃいけないな、って思ってた」

「君は充分、頑張ってくれただろ?いつも言っているが、無理はしなくていいのだぞ。それにアウラだって、頼みを聞いたら、後は好きにして良いと言ったのだから、これからはレンがやりたい事を、好きなだけすればいい」

「そっかぁ・・・・ありがとうアレク。モヤモヤしてた事を話せて、スッキリしました」

「なら良かった」

「じゃあ、あとは全力でキャンプを楽しみましょう!」

 胸の前で拳を握る番は、スッキリしたように、表情が明るく見えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

私の愛する夫たちへ

エトカ
恋愛
日高真希(ひだかまき)は、両親の墓参りの帰りに見知らぬ世界に迷い込んでしまう。そこは女児ばかりが命を落とす病が蔓延する世界だった。そのため男女の比率は崩壊し、生き残った女性たちは複数の夫を持たねばならなかった。真希は一妻多夫制度に戸惑いを隠せない。そんな彼女が男たちに愛され、幸せになっていく物語。 *Rシーンは予告なく入ります。 よろしくお願いします!

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

召喚されたのに、スルーされた私

ブラックベリィ
恋愛
6人の皇子様の花嫁候補として、召喚されたようなんですけど………。 地味で影が薄い私はスルーされてしまいました。 ちなみに、召喚されたのは3人。 2人は美少女な女子高生。1人は、はい、地味な私です。 ちなみに、2人は1つ上で、私はこの春に女子高生になる予定………。 春休みは、残念異世界への入り口でした。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

傾国の聖女

恋愛
気がつくと、金髪碧眼の美形に押し倒されていた。 異世界トリップ、エロがメインの逆ハーレムです。直接的な性描写あるので苦手な方はご遠慮下さい(改題しました2023.08.15)

イケメン幼馴染に処女喪失お願いしたら実は私にベタ惚れでした

sae
恋愛
彼氏もいたことがない奥手で自信のない未だ処女の環奈(かんな)と、隣に住むヤリチンモテ男子の南朋(なお)の大学生幼馴染が長い間すれ違ってようやくイチャイチャ仲良しこよしになれた話。 ※会話文、脳内会話多め ※R-18描写、直接的表現有りなので苦手な方はスルーしてください

処理中です...