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幸福の定義は人それぞれ

聞く権利と知る義務

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「ん?いつも通りだろ? それより二人に頼みたいことが有る。ちょっとこっちに来てくれ」

「たのみたいだってぇ~」

「あれくへ~~ん」

 ピョンピョンと、飛び跳ねるように近寄って来た2人を廊下へ誘い出し、レンに話を聞かれない様に、扉をピタリと閉じた。

「ねぇ、なあに?」

「あのな、レンを狙って悪い奴がここに来るんだ」

「それ、しってるよ」

「れんさまに、おしえてもらった」

 ”ねーー!” と二人は互いの顔を見ながら自慢げに首を傾げ合っている。
 こういう仕草は、人の子供と変わらない。

「二人はレンが危ない目に合ったり、怖い思いをするのは嫌だろ?」

「うん」

「れんさまは、こわい思いしちゃダメ」

「俺もレンが怖い思いをするのは嫌だ。だがな悪い奴が、何時ここに来るのかが分からない。早ければ今夜、遅くとも2.3日中には来ると思う」

「わかった!!」

「わるいやつ、やっつける!!」

 本当に分かってるのか?
 大丈夫かなあ。

「それでな。ノワールとクオンが悪い奴をやっつけてくれるまで、レンを別の場所に隠そうと思う」

「えっ? れんさま、どっかにいっちゃうの?」

「のわーるもいっしょにいく!!」

「あのな、悪い奴にレンがここに居ない、とばれたら駄目なんだぞ?」

「どうして?」

「バレたら、ここに悪い奴は来ないだろ?そうしたら奴らに逃げられるよな?」

「そうなの?」

「そうだよ!のわーるのおばかさん」

「のわーる、ばかじゃないもん!!」と、二人が喧嘩を始めてしまった。

「こらこら。喧嘩してないで、話を聞け?」

 2人の襟を掴んで引き離したが、互いにガルガルと威嚇し合っている。

「二人が喧嘩をしたら、レンが悲しむだろ?」

「うう・・・・」

「グググ・・・」

 この二人には、レンの話を持ち出すのが、一番効果的だな。

「いいか?悪い奴に気付かれないように、レンを隠したら、レンは怖い思いもしないし、悪い奴を一網打尽に出来るのだぞ?」

「いちもうだじん?」

「難しいか。んーーー。一網打尽とは沢山の悪者を、ひとまとめに捕まえる事だ。逃げられたりしたら、レンはずっと怖い思いをするからな、一度で全員を捕まえるのだぞ?」

「うん!!」

「わかった!!」

 ほんとかなあ・・・・不安だ。

「それで相談なんだが・・・・・」

 そこから3人で、ごにょごにょと話し合い、クオンとノワールは大喜びで、俺の提案を受け入れてくれた。

「おもしろいねぇ~」

「ねぇ。あっちでれんしゅうしよ?」

 さっきまで喧嘩をしていたのにな。
 子供らしいと言うかこういう所は、人間と変わらんな。




「なあレン」

「なあに」

「今からスクロールを作れるか?」

「スクロールですか? 座標が分かれば作れますけど・・・誰か皇都に帰るの?」

「いや、そうじゃなくて・・・・」

 俺はレンの髪にこてを当て、毛先にカールを作りながら、鏡越しにレンの顔を見た。

 鏡越しに目のあったレンは、仕方がないと言うように、ふと小さく笑みを漏らした。

「襲撃があるから?」

「う・・・・む・・・・どうして分かったのだ?」

「さあ~。どうしてでしょう」

 それが分からんから、困っているのに。

 最後の一房を巻き終え、真珠を編み込んでハーフアップにした髪に、花を挿していった。
 艶やかな黒髪に、真珠と極々淡いピンクの花が良く映えて、我ながら完璧な仕上がりだ。

「凄く素敵、ありがとう」

 合わせ鏡で、髪形をチェックし終わったレンは、ニッコリと微笑んでいる。

「・・・それで、スクロールなのだが」

「はい?」

 ニコニコと笑っているのに、ロイド様に通じる圧と、恐ろしさを感じるのは何故だ。

「スクロールは作れますよ? でも危険なものでもあるから、無暗に作ってはいけないと言ったのは、貴方よね?」

 これは全部話せ、と言う意味だよな?

「・・・・前に・・・私に関する事を勝手に決めないで、っていたのを覚えていますか?どんなに嫌な事も、自分で考えたいから、全部教えてと言いましたよね?」

「そうだな・・・」

「隠し事もしない、って約束しましたよね?」

「その通りだ」

「覚えていてくれたんですね?忘れてしまったのかと思いました」

「・・・・・・すまない」

「なら、人の生き死にが掛かっている時に、私は何も知らされず、馬鹿みたいにはしゃいぐ様な羽目になったのは、何故ですか?」

「それは・・・君に心配を掛けたくなくて、旅行も楽しんで貰いたかったし・・・それに、休みを取った後に、エスカルとゴトフリーが・・・」

「あの酔っ払い事件の事ですか? あの後、いくらでも話す時間はありましたよね?ここに来るまで、ここに来てからも。私が気付いたとアレクが気付くまで、貴方から欠片も罪悪感を感じませんでした。それって、私が気が付かなければ、何をしても良いと思ってるからですか?」

「そんな事は思ってないぞ!」

「では何故?・・・・今までの襲撃も、私が気付いてないと思ってるんですか?」

「えっ?」

 嘘だろ?
 全部知ってたのか?

「いつかは話してくれると思ってました。でも違ったみたいですね・・・ねえアレク。私は何時まで、自分に何が起きているのか、だれが私を守ってくれたのかを、知らないままで居れば良いの?知っていれば気を付けられたかも知れない事で、私が知らなかったばかりに、誰かが怪我をしたのじゃないか、もしかしたら死んでしまったかもって、ずっと心配し続けた方がいいのかしら?」

「・・・・・そんなつもりは、全然なかった」

「でしょうね。でもねアレク。何故そうなったのかは分からなくても、何があったのかは、私には分かるんです・・・嫌でも分かっちゃうのよ?」

 疲れたように呟いたレンは、額に手を押し当てて、俯いてしまった。

 俺の番は、人並外れた洞察力を持った、聡い人だ。

 どんな些細な事からでも、答えを導き出す。

 隠し事なんてできない。
 隠せたと思えたのは、レンが気付かないふりをしてくれて居たからだ。

「本当にすまない」

 俺はレンの前に膝をつき、掬い取った手の甲に唇を押し付けた。

「そうやって誤魔化そうとするのは、狡いと思います」

「誤魔化す気なんてない。これは君に対する敬意の証だ。・・・君は至宝と呼ぶに相応しい稀有な人なのに、俺は君をか弱くて、守られるだけの人の様に考えてしまう。俺が間違っていた。どうか許してほしい」

「アレク・・・私たちは夫婦になったのでしょう?」

「そうだ、君は俺の伴侶で、魂の片割れだ」

 番の瞳を見つめそう返すと、番の頬がほんのり赤く染まった。

「・・・・私の、故郷では夫婦は対等であるべきだと考えられています。どちらが沢山稼いでいるとか、どちらの地位が高いとか、夫婦の間でそうゆう優劣を付ける夫婦は、表面では仲良く見えても、実はうまく行っていない事が多くて、歳を取ってお仕事を引退した途端、奥さんに離婚を突き付けられる旦那さんが結構いたりするの」

「引退して離婚?」

 なんだそれ?
 地獄じゃないか。

「レンは俺と・・・・別れたいと思っているのか?」

 駄目だそんな。
 そんな事耐えられない。

「そんな訳ないでしょ?私が話したのは極端な例の事よ?私はね、夫婦ってお互いの足りない所を、補い合う存在だと思っているの。あくまでも対等に、お互いを支え合っていくものだとね? どちらかの一方的な献身なんて、よくないと思うのよ?」

 ああ、そうだ。
 一方的な献身と奉仕などあり得ない、そうロロシュに対して思ったばかりだ。

「アレクのお仕事と立場だと、話せない事が沢山ある事は理解してるの。でもね、私が当事者だったら、聞く権利と知る義務があると思わない?」

「君の言う通りだ。もう隠し事はしない。なんでも君と相談すると誓うよ。だから」

「スクロールを作って?」

「あっいや、あの・・・実は・・・・・」

 気が付くと俺は、今回予想される襲撃の内容と、これからの計画を洗いざらいレンに話してしまっていた。

 レンは話の引き出し方が上手く、俺が言葉に詰まると巧みに誘導して、気付けばほとんどの事を話してしまっていたのだ。

 エスカル達に行った拷問じんもんの内容を話さずに済んだのは、これ以上踏み込んではいけないと、レンが察してくれたからだと思う。

 話を聞き終えたレンは、俺の計画を喜んでくれ、スクロールも行きと帰りの分、2枚をすぐに作ってくれた。

 そしてスクロールを手渡すときに、俺の唇にそっとキスをくれて「これで仲直りね?」と微笑んでくれた。

 よく番の尻に敷かれる、と言う言葉を耳にするが、その通りだと思う。

 俺は、一生この人には適わないのだと。

 だがそれは、ちっとも嫌な事ではなく、この上もなく、幸せな事なのだと思うのだ。
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