上 下
309 / 523
幸福の定義は人それぞれ

ドラゴンと猫

しおりを挟む
 番の気鬱の原因が分からぬまま、主寝室へ戻ると、風を通すためか、開け放した扉の向こうから、レンの歌声が聞こえて来た。

 異界の言葉で紡がれる旋律が、物悲しく聞こえるのは、俺の感傷が強すぎるせいだろうか。

 歌の途中で邪魔する気にはなれず、開け放たれたドアに寄り掛かり腕を組んで、レンの歌声に聞き入っていた。

 やがて歌声が途切れたが、切ない気分にさせる歌の余韻に浸っていると、バルコニーから幼いドラゴン達の声が聞こえて来た。

 どうやら、ドラゴン達は、カウチへ腰掛けたレンの両脇に陣取り、床に直接座り込んで、レンの膝に頭を預けて甘えているようだ。

「れんさま おうたおわり?」

「また今度ね」

「れんさま。かなしいの?」

「悲しくないよ?」

「あれくに、いじわるされた?」

「意地悪なんてされてないよ? アレクはいつも優しいでしょ? どうしてそう思ったの?」

「なんとなく・・・・」

「あれくは、のわーるとくおんには、やさしくないよ。 いっつも ”おい、ノワール” っておっかないかおでよぶし、めいれいばっかりする」

「ふふふ。そうねえ、ノワールにはちょっと怖いかもしれないわね。でもね、アレクは偉い騎士様なのよ?だから色んな人に指示をしなくちゃいけないの、その所為で、ちょっと話し方が怖いのかもね」

「しじってなあに」

「やらなきゃいけない事を、教えてあげる事よ」

「ふーん。でものわーるは、めいれいされるのは、きらい」

「そうね。誰だって、やりたくない事を命令されるのは嫌よね?」

「うん。いや!」

「ねぇ、ノワール。アレクがノワールがやりたくない事を命令したの?」

「・・・・・ううん、したことない。あれくはいっつも ”れんをまもれ” としか言わないよ。ねっ?」

 ノワールはクオンに同意を求めたようだ。

「ぼくたちが、レン様をまもるのは、あたりまえ。命令なんかしなくていいのにさ」

「そう。二人とも優しい良い子ね」

 クスクスと、くすぐったそうな笑い声が聞こえるのは、レンに頭を撫でて貰ったからだろう。

「アレクにいじわるされてないのに、どうして、かなしそうなの?」

「・・・悲しくはないのよ?ただ・・・・多分疲れちゃったのかな?」

「れんさま、つかれた?! ねる?!」

「れんさま、いつもいそがしい。だからつかれるの」

「体は元気だから大丈夫よ?」

「じゃあ、どこがつかれたの?」

「ん~~~。私もよく分からないの」

「じぶんの、ことなのに、わからないの?」

「へんなの」

「そうね、変よね」

 そう言って三人はまた、クスクスと笑い合っている。

 まるで親子の様な会話だ。
 レンは、俺には見せない顔を、幼いドラゴンには見せるのだな。
 そう思うと、何故か嫉妬よりも悲しさを感じてしまう。

 盗み聞きなんてするんじゃなかった。

 三人にばれない内に、この場を合離れようと、踵を返したが、聞こえて来たクオンの言葉に思わず足が止まってしまった。

「れんさま元気出して。りょこう楽しい。楽しいと元気になるでしょ?」

「・・・・ねぇクオン、ノワール。これは旅行ではないの。お仕事なのよ? だから、あなた達も怪我をしないように気を付けてね?」

「えっ? なんで? りょこうじゃないの?」

「おしごと?」

「お仕事なの。いつ悪い人が来るか分からないから。二人とも気を付けるのよ?」

「はい!」

「わるいやつ、やっつける!」

「ん~と、そうじゃななくて。怪我しちゃだめよ?」

「けがしないように、やっつける!!」

「あはは・・・」

 レンを守る、と張り切るドラゴンの声が聞こえてくる。
 その純粋さに、居た堪れなくなった俺は、その場を離れた。

 レンに気付かれた。

 レンが気付かない様、処理するつもりで居たのに。
 その為に、護衛の騎士以外は暗部の者を配置してある。

 襲撃があると、何故分かった?

 あんなに楽しみにして居たのに。

 旅行じゃないと言わせてしまった。

 仕事だと言わせてしまった。

 レンは自分の願いを、利用されたと思ったに違いない。

 だからこそ、俺に伝わる程、落胆し、諦めた。

 尻尾を巻いて逃げ出したはいいが、ここは他人の家の離れで、それ以外で立ち入れる処は多くない。

 啖呵を切って出てきた手前、ロロシュ達を残してきた応接室には戻りにくい。

 だがどこかで考えを纏めなくては。

 番の願いも利用する俺に、レンは失望したはずだ。この後レンの顔をどうやって見ればいい?

 階段の途中で立ち止まり、煩悶を繰り返しているとローガンに声を掛けられた。

「閣下?どうなさったのですか?」

「あ・・・いや。伯爵が晩餐に招待してくれてな。レンの髪に飾る花をどうしようかと」

 慌てて言い繕う俺に向けられる、探るような、それでいて全てを見透かしたような、ローガンの視線が痛い。

「なるほど・・・お色はどうされますか?」

「真珠に合いそうな淡い色の花がいいな。香りも強くない方が良い」

「手配いたします・・・・」

「なんだ?まだ何かあるのか?」

「実は、サントスと言う者が、閣下にお目通りを願い出ているのですが、どうにも・・」

「怪しいと?」

 首肯するローガンに、サントスと名乗る者の風体を聞くと、お覚えのある人物が一人いる。

「知り合いの様だ、通してくれ」

 ロロシュ達が居たら追い出せばいい、と開き直り、応接室の扉を開けたが、二人は自分たちの部屋に戻ったのか、そこには誰も居なかった。

 あの後二人がどうしたのか、気にはなったが、他人の恋路にこれ以上首を突っ込むと、碌な事にならないと理解はしている。

 余計な事を言い過ぎた自覚もあるだけに、二人の事は暫く放って置くことにしよう。

「失礼いたします。サントス様をお連れ致しました」

 ローガンの訪いに客を招き入れると、相手は予想通り、宵闇の頭目だった。

「やはりあんたか、街ごとに違う名前を持っているのか?」

「いえいえ。流石にそれでは自分の名前を忘れてしまいます」

 人好きのするいかにも商人の様な笑顔から、皇帝の影、その頭目だと見破る物は居ないだろうな。

「それで?わざわざどうした?」

「ウジュカと連絡が取れました」

「首尾は?」

「ご満足頂ける内容かと」

 差し出された封筒から、取り出した紙には、よくもここまで小さな字で書き連ねられるものだ、と呆れるほど、びっしりと事の顛末が記されていた。
 
 正直なところ、ここまで事がうまく運ぶとは思っていなかった。

「・・・・・ご苦労だった。全て宵闇の手柄か?」

「いえ。私たちは手を貸しただけです。お褒めの言葉は、ロロシュにお願いいたします」

 ロロシュの暗部における統率力は、目を見張るものがある。
 あれも一種の天才なのだろうが、何分性格がああだと、有難味も半減するというものだ。

「追加の情報はあるか?」

「大きな空箱を積んだ商隊が、街に入りました」

「空箱ね。何を買い付ける気だろうな?」

「それはもう。帝国一の至宝を手に入れるつもりでしょうな」

「・・・・」

「お得意様の予定が変更になり、急に国に帰ることになった様です。仕入れの算段も付かないまま、マリカム入りした様です」

「ほ~う? ・・・かなり焦っている様だな?」

「お得意様の出発も、寝耳に水だった様ですから、なんとか帳尻を合わせようと、笑える程、必死になっておりますな」

 作り物の笑顔を張り付かせた顔で、底光する瞳だけが笑っていない。

 その感情の読めない瞳は、獲物をいたぶる猫の様で、頭目が猫の獣人だと聞かされても、きっと納得して居ただろう。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

【R18】人気AV嬢だった私は乙ゲーのヒロインに転生したので、攻略キャラを全員美味しくいただくことにしました♪

奏音 美都
恋愛
「レイラちゃん、おつかれさまぁ。今日もよかったよ」 「おつかれさまでーす。シャワー浴びますね」 AV女優の私は、仕事を終えてシャワーを浴びてたんだけど、石鹸に滑って転んで頭を打って失神し……なぜか、乙女ゲームの世界に転生してた。 そこで、可愛くて美味しそうなDKたちに出会うんだけど、この乙ゲーって全対象年齢なのよね。 でも、誘惑に抗えるわけないでしょっ! 全員美味しくいただいちゃいまーす。

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

処理中です...