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幸福の定義は人それぞれ

マリカム

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「・・レン・・・レン?」

「うーーーん・・・・」

「レン、海が見えて来たぞ?」

「ふぇ?!」

 ゼクトバを出てからの長い馬車での移動の間、暇を持て余したレンはすっかり眠り込んでしまっていた。

 折角旅行に来たのだから、かまって欲しい気持ちもあるが、腕の中で眠る番の温もりを感じながら、可愛らしい寝顔を観賞するのも、それはそれで楽しいものだ。

 休暇が決まってから出発まで、王配教育の講義を受けながら、レンは騎士団の事務方の仕事も手伝ってくれていた。

 その所為で、疲れが溜まっていたのだろうと思えば、レンの午睡を邪魔する気にはならなかった。

 休暇の日程が決まるとレンは ”アレクが休みを取ったらミュラーさんが困るでしょ?” と言って、俺が不在の間、ミュラーを始めとする補佐官たちが困らないように、溜まった決済を片付ける手伝いをしてくれたのだ。

「遠征は急に出かける事も多いから仕方ないけど、お休みは予定が決まっているのだから、引継ぎはちゃんとしないとね?休みの間、他の人が困らないように、処理できる物は全部終わらせていくのが、社会人の常識ですよ?」

 そう言って、腕まくりをしたレンは、執務机に山積みになった書類を、あっという間に分類し 「これはアレクの分、こっちはロロシュさんの分、残りは二人のサインが必要だから、先にロロシュさんがサインしてね。あとこっちのは、大公領に関係するものだから、アレクと私で処理しましょうね」と改めて、俺達の前に紙の束を積み上げると、レンは残った騎士団の収支に関する書類を猛然と処理し始めた。

 以前より、一回り小さく改良された魔卓を指で叩きながら、書類を捌いていくレンに、ミュラーと補佐官たちは、うれし涙を流しながら、詰め所の事務室と宮の書斎の間を走り回っていた。

 レンに尻を叩かれ、俺とロロシュも決済に追われる事となったが、マークも手伝ってくれた事もあり、出発の二日前には秋の収穫祭の警備計画と、次の予算会議に必要な書類の半分は出来上がり、大公領の陳情や、収支に関する処理も全てが片付いていた。

 宮の書斎を執務室として使うようになってから、机の上に何もない状態を、俺は初めて見る事になった。

 積み上げられた書類の形に、溜まっていた埃を拭い去り、ピカピカの天板に茶と、補佐官達が持って来た、レンへの感謝の印の菓子を置かれると、同じ部屋にいるとは信じられない程、落ち着いた空間が出来上がった。

「この机、こんなに広く使えたのか」

「あれだけ山積みになってたら、狭く感じますよね。もう決済を溜めちゃ駄目ですよ?」

「気を付けるよ」

 前にも同じようなやり取りをした気がする。
 
 あの時も、決済を遅らせないと約束した覚えはあるが、なんだかんだで後回しになった書類が山を作ってしまった。
 
 常々書類を溜めないようにしようと、気を付けてはいるが、提出期限の早い物から処理していると、後回しにした書類が山となって行くという、悪夢が繰り返されてしまうのだ。

 それはそれとして、ミュラーの恨み言も、後ろめたい気分も無く、晴れ晴れとした気持ちで休暇に入れるというのは良いものだ。

 レンの事務処理能力の高さには、感謝してもしきれない。

 ミュラーの感謝と感嘆の言葉にもレンは、故郷に居た時から、慣れているから問題ないと笑っていた。

「うちの会社はブラックでは無かったですけど、人手が足りていなかったので、社畜気味ではあったのですよ。私もヤベちゃんも自分の時間が取れないと、ストレスが溜まっちゃうから、二人で色々考えて処理体系の改善を会社側にお願いしたりしてたんです。その成果もあって、ヤベちゃんは趣味に没頭できる時間を取ることが出来たし、来期の昇進も決まっていたんです」

「昇進するほどだったのか」

「ヤベちゃんは係長に、私は主任の内示を受けてました。その所為で足立先輩の恨みを買ったとも言えますが、あの人は営業の人なので部署も違うし、成績の悪さは私達には関係ないですからね。ほんと迷惑なハラスメント野郎でした」

 ”あだち” というのは確かレンが招来されたときに、なんとかパレードに参加していた、嫌な奴の事だったか?

 何処の世界にも、自分の無能さを棚に上げ、他者を貶めようとする輩は居るのだな。

 普段レンの故郷との違いに戸惑うことが多い分、マイナス方向でも変らない事があると知り、妙な安心感を覚えてしまった事は、レンには言わないでおこうと思う。

 午睡から目覚めたレンは、馬車の窓から見える海原に心を奪われている様子で、子供の様に窓に張り付いて、目を輝かせている。

 ポータルを利用してゼクトバに到着したのは日暮れ後の事だったし、今朝の出発も早朝で、海を眺める時間を取る事も出来なかったから、久しぶりに目にする海に、レンの気分が高揚しているのをひしひしと感じる。

 レンの話を聞いていると、彼方に比べヴィースには圧倒的に娯楽が少ない。

 彼方にあったものを真似て、レンが作ったボードゲームでさえ、騎士団の中で大流行なのだ、レンが商会を立ち上げ、彼方の知識を生かした物を、本格的に売り始めたら、どれだけの売り上げになるのか、想像もつかない。

 今でさえ金の使い道がないと困っているレンが、更に大金を手に入れた時、どうするのか、また突拍子も無い事を始める姿が想像できるだけに、今から楽しみで仕方がない。

 先日、ディータと話していたホレポ山も、本当にレンは購入の手続きを始めている。

 レンはガラスの採掘のみを念頭に入れているようだが、ガラス化したのは、俺と火竜が鋳溶かした場所だけで、量はそれ程多くない。

 周りの者達は、世間知らずな愛し子が、無駄金を使っているように感じているらしいが、あの山はドレインツリーが住み着くほど、魔素と魔力が強い山だ。

 そのうち、希少な薬草も見つかるだろうし、もしかしたら魔晶石の鉱脈も見つかるかもしれない。

 レンは深く考えていないようだが、無意識に幸運を呼び寄せる処は、やはり神に愛されている証拠なのかもしれないな。

「アレク、街が見えてきました。あれがアメリア領のマリカムですか?」

「ん?  そうだな、あれがマリカムだ。街はずれの一番大きな屋敷が、ディータの家らしいぞ」

「わぁ~~。白と薄いオレンジ色のお家が多いのね。スペインみたいで素敵!!」

 想像以上に喜んでいる。
 かわいいなあ。

 今からこんなに大はしゃぎなら、街に着いたらどうなるのだろう。
 うんと楽しませてやらないとな。

 街に入ると、格子状に整えられた街並みに、レンの目は釘付けだった。

 元は交易で栄えていた港町と云う事もあり、そこかしこに異国情緒が感じられる街並みだ。

 現在の主要産業となった、真珠を扱う店も多く、店先に飾られている商品にも、真珠が取り入れられているのが、馬車の中からでも分かる。

「お?あの宝飾店、レンのベールの真珠を用意した店じゃないか?」

「えっ?どれどれ? ほんとだミメットパール。思ってたより小さい店なんですね」

「ルナコルタがアメリア一だと言っていたが、なんとなく拘りの店って感じだな?」

「ねっ! あとで覗きに行きませんか?」

「他にどんな物があるか気になるな。街歩きの時にでも寄ってみようか」

 そう言うとレンは、とてもいい笑顔で頷いてくれた。
 
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