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幸福の定義は人それぞれ

優しい雄と因果な商売

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「で? 言い訳はそれで終いか?」

「たっ大変申し訳なく・・・・」

「愛し子への面会は、許可が与えられた者だけだと、周知して居たはずだ。許可無く、柘榴宮へ立ち入ってはならない、ともな。臨時とは言え、宮の侍従長とも在ろう者が、それを知らなかったと?」

「存じ上げておりましたが、昨夜から、エスカル殿下が荒れておられて」

「暴れる酔漢に手を焼いて、面倒だから柘榴宮へ押し付けたのか」

「いっいえ!決してその様な・・・ただ殿下が、愛し子様にどうしても、今直ぐ合わせろと・・・」

「謁見を申し出るでもなく、許可を得るでも無く。勝手に柘榴宮へ送り込んだ訳だな?」

「・・・・・・」

「そもそも、エスカルが真面目に講義に出さえすれば、愛し子と話す機会は合っただろう。王子を嗜め、酔いを醒させるのが筋だと思わなかったのか?」

「・・・・私の様な卑賎な身で、一刻の王子を嗜めるなど・・・・」

「それをするのが、侍従長の役目だろうが!お前の主はアーノルドだ。他国の王族ではない!! 貴賓であろうと、他国の間諜と同じだ。良からぬ事を企んでいたら、それを阻止するか、出来なければ報告する義務がお前には有る。それを事もあろうか、後押しした挙句。愛し子を危険にさらしながら、貴様達は、酔った王子に強要され仕方なかったと、云うのだな?」

「殿下が剣を抜いて暴れられて、あのままでは、宮の者たちに危害が加えられる恐れも・・・・」

「ハッ!ならば盾となり、死ねば良かっただろう!!」

「ひいぃ!!」

 第二騎士団詰め所、地下尋問部屋。

 冷たい床に跪いた二人は、俺の発する言葉の一つ一つに、ガタガタと体を震わせている。

「聞いたか?マーク。こいつは使用人の代わりに、愛し子をあの酔っ払いに差し出したらしいぞ?」

「とんだ忠誠心ですね・・・・盾になるべき人間が、逆に愛し子様を盾にするとは、この者の命は、愛し子様より重いのでしょうか?」

「ア・・・アーチャー卿」

 普段、穏やかな笑みを絶やさない理想の騎士が、己に向ける侮蔑の表情に侍従長は少なからずショックを受けたようだ。

「そうだなぁ。もしかしたら隠しているだけで、こいつは愛し子よりも、優れた能力を隠し持っているのかもしれんぞ?」

「あぁ、なるほど。では確かめてみなければなりませんね」

 そう言ってマークは侍従長と御者の前に立った。

「貴方達は、剣は使えますか?」

 マークの質問に、二人は真っ青な顔で首を振った。

「おや?剣は使えないと?では元素魔法は?・・・あぁ人族ですか、なら強大な治癒の力を持っているのですね?・・・信じられない、これも駄目とは」

 マークは白銀の髪をかき上げ、わざとらしくため息を吐いた。

「貴方は創世のドラゴン、クレイオス様に、父と呼ぶことを許されたのですか?」

 侍従長はマークが質問を重ねる事で、己の間違いをやっと認識したようだ。
 
 愛し子は唯人ではない。その名の通り神に愛された稀人だ。

 それをコイツ等は、そこらの小僧と同じ様に考えていたのだろう。

 愛し子と言えど、もとは平民。公爵に叙されようと、生まれの卑しさは変わらない。どうせ愛し子の奇跡も、騎士団の手柄をそれっぽく捏造したに違いない。

 詰め所に入って来た時の尊大な態度が、コイツの考えを物語っていた。

 侍従とは言え、貴族である事を鑑み、執務室で話を聞こうと思っていたが、コイツが見せた尊大さに、すぐに場所を地下に移した。

 小物相手なら、演出だけでもかなりの効果がある。

 この部屋の壁にかけられた、拷問器具の演出効果は絶大だろう。

「では最後の質問です。宮に滞在している王子達には、交代で護衛が付いています。何故護衛に助けを求めなかったのです?」

「それは・・・・昨夜から護衛騎士の姿が見当たらず・・・・」

「貴様、巫山戯ているのか?!監視を兼ねた護衛騎士の姿が見えなければ、その段階で報告すべきだろう!!異常事態だとの認識すら無かったのか?!」

「ヒッ!! もっっもっ申し訳ございません!!」

 激昂するマークを手で制した。

 これは、想像以上に根が深い。
 ただの職務怠慢では済まされない話だ。

 この知れ者を、どう料理してやろうか、と思案していると階段を駆け下りてくる足音が聞こえ、尋問部屋の扉が勢いよく開かれた。

「兄上!!」

「アーノルド。早かったな」

 入って来たのは息を切らせたアーノルドと、ロロシュだった。

「申し訳ありません。このような事になり、統率が出来なかった私の責任です」

「そうだな、人を見抜く力の無い、お前の責任だ」

 歳若く、経験の浅いアーノルドには、酷な言い方だが、ここで甘い顔を見せることはできない。

「本当に申し訳ありません。どのようなお叱りも覚悟しております」

 皇帝への即位を控えた皇太子が、継承権の無い大公に頭を下げる姿が、よほどショックだったのか、青い顔の侍従長は、口をハクハクと動かし続けている。

「それなんだけどよ。こいつらの持ち物から、面白いもんが出て来たぜ」

 そう言ってロロシュが投げてよこしたのは、ご丁寧にゴトフリー王家の家紋が記された、二つの革袋だった。

 袋の中身は見なくても分かる、ずっしりと重い金貨だ。

 この重さなら、100枚は軽くありそうだ。

「どうやら、質の悪い酔漢に脅されただけでは無いようだ」

 二つの革袋を、手の平に乗せてやると、アーノルドは痛みを耐えるように、強く瞼を閉じた。

「護衛の交代時間で、柘榴宮の警備が手薄になる時間に合わせて、エスカルはやって来た。とても偶然とは思えん。お前、警備の情報をどうやって手に入れた?」

「そっ・・・その様な事は断じて!」

「では、貴様か?」

 視線を向けた馭者は、助けを求めて侍従長に顔を向けたが、侍従長が馭者を振り返る事はなかった。

「ロロシュ。昨夜から紫水晶宮の護衛騎士の姿が見えないそうだが?」

「あ~~。すまん。いざという時に備えて、泊まり込みで、宮に張り付かせたのが仇になった」

「何があった?」

「全員部屋で寝こけてた。どうも薬を盛られたようだ」

「フレイアもか?」

「あの王子が一番やばい。酒に薬を盛られたみてぇで、薬が効き過ぎた。治癒師は呼んだが、このまま目を覚さねぇかも知れねぇ」

「貴様の仕業か!?」

 ゴウ!!

 空気を切り裂く音に一泊遅れた打擲音が響き、マークに顔面を蹴られた侍従長が、口と鼻から血を流して石の床に倒れ込んだ。

「こいつ等には、詳しく話を聞く必要がある。俺達が引き取って構わないか?」

「・・・・はい、兄上のご随意に」

「殿下!! 誤解です!! これは罠・・・そう!ゴトフリーの罠なのです!!」

「罠? 其方の様な一介の侍従ごときに、ゴトフリーが罠を張る理由があるか? 其方に出来る事は、己の行いを恥じ、知って居る事の全てを兄上にお話しする事だけだ」

「殿下っ!! どうかお慈悲を!」

「慈悲というものは、相応わしい者だけが、受ける権利が有る。其方にその権利は無い」

「そんな?!」
 
「お客様を、相応しい部屋にご案内しろ」

 壁際に立っていた騎士達が、侍従長と御者を引き起こし、暴れる二人を牢獄へと引きずって行った。

 アーノルドには、汚れ仕事を見せるのも、関わらせることもしたくは無かった。

 しかし、帝国を統べる為政者となる以上、清濁共に飲み込む度量も必要だ。

 だが、詮無いことだと分かっていても、髭も生え揃わない幼い顔を見ていると、もっと平凡な人生を送らせてやりたかったと思ってしまう。

 皇帝、皇族など、本当に因果な商売だ。
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