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幸福の定義は人それぞれ

因縁

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「・・・・と謁見は、このような感じでした」

「今回の謁見は、まずまず及第点と言った処か?」

「そうですねえ。三国の王子達を王配教育に参加させる事で、弱腰すぎるとの声もあがりました。フレイア殿下との契約も、もっと秘密裏に行うべきだろう、とも言っておりましたな」

「そうか・・・宰相殿には、手間を掛けさせてばかりで、すまんな」

「手間などと思っておりませんよ。それに殿下は、誰かと違って手の掛からない主君ですから、以前より仕事が捗る分、暇なくらいです」

 ウィリアムに振り回された日々を思い出しているのか、グリーンヒルは、どこか遠い目で虚空を見上げていた。

 冷めてしまった茶を取り替えさせ、香りを楽しみながら喉を湿らせる。
 鼻から抜ける芳醇な香りを一時楽しんだ。

「胃薬の量は減ったか?」

「ええ。お陰様で家族との食事の時間も増えました・・・ウィリアム陛下にお仕えしていた時は、座って食事をする時間もありませんでした。ほんっっとうにあの方は、次から次へと・・・思い付きで仕事を命じられ、経過を報告すると ”それなんだっけ” っと、信じられます? 兎に角メチャクチャな方でした」

 薄っすらと眦に滲む涙を、宰相は指で拭った。

 グリーンヒルには、ウィリアムの最後の話はして居ない。
 彼には最後まで、ウィリアムは手間はかかるが有能な皇帝だったと、信じて居てもらいたい。

「兄弟そろってスマンな」

 頭を下げる俺に、グリーンヒルは慌てて頭を上げてくれと言った。

「陰で陛下を支え続けて来られた、閣下のご苦労に比べれば、私の苦労など物の数にも入りません」

「・・・・ありがとう」

 グリーンヒルは、手の掛かるウィリアムにも、献身的に仕えてくれた。
 アーノルドの事も、良く支えてくれるだろう。

「それでアーノルドに不満を見せたのは、古参の連中か?」

「仰る通りです」

「あの連中はウィリアムも、やりにくいとボヤいていた。自分から役立つ提案をするでもなく、家柄だけを誇り、主人の思惑を考えることさえない。反対することが仕事だ、と勘違いしている役立たずな貴族は、早急に入れ替えを頼む。アーノルドには、本当に力になる者を付けてやれ」

 最早、粛清後の立て直しの時期は終わった。
 役に立たないどころか、害悪になりかねない愚か者は、アーノルドの治世に必要ない。

「承知しました」
  
 グリーンヒルが胸に手を当て、礼を取った時、部屋の外から、賑やかな笑い声が弾けた。

「あれは?」

「ん? あぁ、レンの客だ」

「楽しそうですね。どなたがいらっしゃって居るのですか?」

「候補者の二人だ」

「おや?親しくなられた方がいらっしゃる?」

「レンだぞ? 親しくなるに決まって居るだろ?」

 候補者達は、レンが遠征に出ると聞くと、自分達も付いて来たいと言ったようだが、それは流石に危険すぎると断った。

 その代わり遠征から戻ったら、レンが剣の手解きをすると、約束させられてしまったのだそうだ。

 あの笑い声を聞く限り、レンは楽しんでいるようだが、遠征から戻り、二人でのんびり出来ると思っていただけに、邪魔された気分だ。

「そう言えば、教育の中に護身術もありましたね。お強いと噂の愛し子様に、稽古をつけて貰いたい気持ちは分かります」

 グリーンヒルは、納得したように一人頷いているが、俺はレンに教えて貰うまで、王配教育の中に、護身術があると知らなかった。

 母は元々騎士であったし、あの嫋やかなマシュー様が、剣を振り回す処など、想像も出来ない。

 王配教育のカリキュラムは、その殆どをロイド様が手掛けて組み立てられた。

 今回護身術が取り入れられたカリキュラムは、中々の戦士だったというロイド様が、祖国で受けていた教育なのだろう。

 教育の担当者からも、第二の練武場を借りたい、と打診が来ている。
 
 第一の練武場を使え、と言ってやりたい処だが。

 先の大厄災で、第一の詰め所は全壊。
 練武場も惨憺たる有様だ。

 練武場は修繕中。詰め所も別の場所に建築中だ。

 仕方なく、引き受けはしたが、頭の痛いところでもある。

 レン程ではないが、候補者の美貌は折り紙付き。
 うちの連中は、鍛錬どころではないだろう。

 まぁ、それも三国の王子達との謁見の後。
 まだ先の話しだ。

 それよりも、今はもっと重要な案件がある。

 まだ、噂程度の段階で、宵闇の頭目が調べて来たのだが、ゴトフリーが戦争の準備を始めているというものだ。

 これはアーノルドとその側近、ロイド様、もちろんグリーンヒルも承知している。

 今の宰相との会談も、ゴトフリーに対する対応策の協議がメインだ。

 元々帝国とゴトフリー王国は、友好的な間柄ではない。

 ギデオン帝に国土の1/3を削り取られた後も、ゴトフリーは帝国に屈する事なく、国境付近で断続的に小競り合いが続く、敵対国だった。

 内政を放り出し、軍備に力を入れていたゴトフリーの財政状態は、お世辞にも良好とは言い難く、その他の政策により、国力は低迷、国民からの支持も低い。

 加えて、ゴトフリー軍の士気と忠誠心も、高くなかった。

 帝国はギデオンが侵略戦争を繰り返したこともあり、軍の基礎がしっかりしている。

 また騎士達の愛国心と、忠誠心も強固だ。

 何より騎士の過半数を占める獣人は、愛するものを守るためなら、己の全てを掛けて戦う種族だ。

 嫌々最前線に立たされる兵と、愛する人と国を守る為、自ら敵陣に飛び込んでいく騎士。
 どちらが有利かは、火を見るより明らかだった。

 それでもギデオンを弑逆し、粛清に明け暮れた、政情の不安定な日々に、国境を守り抜いてくれた、侯爵格家には感謝しかない。

 その恩返しではないが、ギデオン亡き後、俺とウィリアムは今の騎士団を作り上げ、辺境を守護する公爵たちへの援助も惜しまなかった。

 騎士団の創設と軍の再編は、自分たちの立場が脅かされる事となった貴族から、講義や反発が起こった。

 ”ならば、立場に相応しい働きを見せよ”

 ウィリアムの命で、魔物の討伐に向かわされ、無事に皇都へ戻って来た貴族は、ほんの一握りだった。

 その時から現在に至るまで、騎士団の運営に、手出し口出しをする者は居ない。

 ロロシュが副団長としてねじ込まれたときは、メリオネス侯爵の介入を疑ったが、実際は、番を恋焦がれるロロシュの転属願いを、ウィリアムが叶えてやっただけの事だった。

 この様に軍備を整えた帝国に、国力が弱まる一方のゴトフリーが太刀打ちできる道理はない。

 もしこの世界に魔物の脅威が現れなければ、遠からずゴトフリーも帝国の一部となって居ただろう。

 しかし、魔物の被害が拡大し、両国とも国内の治安維持に注力せざるを得なくなり、停戦協定が結ばれたのだ。

 ここで重要なのは、終戦ではなく、停戦と云う事だ。

 終戦ともなれば、誰かが戦争責任を負わなければならないが、停戦であれば戦争はまだ続いている、どちらかが負けた訳ではない為、帝国とゴトフリーの立場は同等、と言い張ることが出来るだ。

 予想に反し、停戦協定を結ぶと、ゴトフリーの王は手の平を返し、帝国にすり寄り、事あるごとに、帝国へ援助を求めて来た。

 しかし相手はあの、ウィリアムである。
 なんの見返りもなく、敵国に救いの手を差し出すようなお人好しではなかった。

 度重なるゴトフリーからの援助の要請に、ウィリアムはそれに見合う見返りを求めた。しかし国力が弱まる一方のゴトフリーは、見返りを差し出す事もままならない。

 結果、ゴトフリーは国土を切り売りするしか術はなく、じわじわと帝国は国土を広げ続けている状態だ。
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