上 下
288 / 508
幸福の定義は人それぞれ

厄介なもの

しおりを挟む
 顔合わせも済み、候補者達とはレンとアーノルドを中心に、当たり障りの無い会話が続いた。
 その間以外だったのは、レンがテイモンに対し、気遣いを見せていたことだ。

 陰気で会話に混ざろうとしないテイモンに、何くれとなく話しかけ、最後には口数の少ないテイモンから、趣味を聞き出す事に成功していた。

 レンがテイモンを気にする理由は分からないが、これもレンが言っていた ”女の勘” と言うものが働いたからだろうか。

 今までレンの勘は、外れたことがない。

 こと候補者に関する事なら、人の機微に鈍感な俺より、レンの勘に従うのが最良だと思う。

 レンが候補者達との歓談を楽しんでいる間、俺の方は、貴族家出身の将校から挨拶を受けていた。

 どうやら騎士団の関係者は、一般貴族のご機嫌伺いが途切れるのを、待ってくれていたらしい。

 その中には、モーガン夫夫やミュラー夫夫など、レンと親交のある者もおり、どことなくレンもホッとしているように見えた。

 その中で笑えたのは、鯱張ったゲオルグが現れたことだ。

 慣れない社交場に緊張もして居たのだろうが、普段のあけっぴろげな物言いは封印されて、まるで別人だ。

 こいつはマナーや上品さと言うものが何なのか、理解できていないのじゃないか?

 一度マナー講師を送ってやるべきだろうか?

 と考えもしたが、今はレンや候補者達、美貌の人を前に、ギクシャクしている姿が面白いので、助け舟は出さずに放っておくことにした。

 何せ普段顔を合わせると、手合わせしろだのなんだのと、ガーガー煩いこいつが、シエルに話し掛けられた返事が ”うむ” だったのだから、腹の中で爆笑ものだ。

 こいつも、黙っていれば見目は悪くないのだから、番を見つけるまでに、マナーの一つも覚えておいた方がいいだろう。

 ゲオルグは嫌がるだろうが、講師は送ってやることにしよう。

 近衛には劣るとは言え、騎士達は見目も良く体格も良い。

 俺の周りに集まった騎士達に、吸い寄せられるように未婚の令息達が集まり、一気にその場が華やかになった。

 そんな状況で、驚かされる事になったのは、マークとロロシュだ。

 帝国一の婿がねと言われる、マークが姿を見せると、候補者の何人か・・・特にオレステスがうっとりとマークと見つめていた。

 そんな中、ロロシュがアーノルドとロイド様に、二人の婚約を報告した。

 二人の婚約はすでに噂になっていたが、ウィリアムの喪中と云う事もあり、婚約発表はもう少し後にすると聞いていた。

 それが、こうした公の場で皇太子と皇太后に報告したと云う事は、正式な発表と同等の効力を持つ。

 どんな心境の変化だろう、と首をかしげていると、レンは ”きっとマークさんがモテすぎて、ロロシュさんが我慢できなくなったんですよ” と、ひそひそと耳打ちしてくれた。

 レンの言う事が正解だろう。

 ロロシュは侯爵家の後継だが、母親は現公爵の兄、現侯爵とは叔父甥の間柄で、養子縁組をした今は親子だ。

 正当な血筋ではあるが、ロロシュの片親が誰なのかが分かっていない。

 その所為で、ロロシュを貶め侮る輩が、マークにちょっかいを掛けてもおかしくない。

 獣人であるロロシュが、大事な番にちょっかいを掛けられて、黙ていられるはずはないからな。
 獣人の雄として正しい執着だ、と俺は思う。

 それよりも理解できないのは、アーノルドの王配候補である、オレステスががっかりした様子を見せた事に、胃がむかつく思いがした。

 確かにマークは誰もが憧れる、美貌の騎士だ。

 だが本当にそれだけか?

 この小僧は、王配に選ばれなかった場合に備え、マークを狙っていたのではないか?

 俺の勝手な想像でしかないが、人族の婚姻は政略結婚が当たり前でも、獣人であるマークに対し、余りにも配慮が欠ける考えだろう。

 オレステスはまだ17歳だが、貴族の令息として見ればもう17だ。

 子供の部類に入ると言えなくも無いが、オレステスの様子を見る限り、まともな教育を受けて来たとは思えない。

 俺が不機嫌になったのをレンは察したようで、小首を傾げて俺の顔を覗き込んできた。

「アレク、せっかく夜会に出たのだから、もう少し踊っておく?」

 俺の袖を引き、気を配ってくれる番のなんと愛しい事か。

「そうだな・・・」

 腹黒狸の相手も疲れて来たし、レンと踊るのは楽しい。
 それにレンとの仲を、周りの奴らにもっと見せつけたい。

「ひめ、お手をどうぞ」

 差し出した手に、嬉し気に手を重ねるレンを見た騎士達は ”閣下が踊るなら” と、其々のパートナーの手を取り、相手のいない奴は、周囲に集まっていた中から気に入った令息に声をかけ、俺とレンに続き、ダンスホールに進み出た。

 大柄な騎士の圧に押され、一般の貴族たちがダンスホールから追い出される形となった。
 しかし屈強な騎士相手に、文句を言えるような剛の者はおらず、ブツブツと不平を漏らしたが、頭一つ高い位置から見下ろされと、すごすごと壁際に逃げて行った。

 周りに居るのは、気心の知れた者ばかり。

 相手が騎士なら、多少ぶつかったところで弾き飛ばす心配もない。
 
 思う存分、番と踊れるというものだ。

 楽しそうに踊るこの美しい人が、俺の番なのだと周囲に見せびらかし、有頂天になった俺は、重大な事を忘れていた。

 2曲を踊り終え、番の頬にうっすらと浮かぶ汗を舐め取りたい衝動を、グッと堪えて飲み物を取りに、踊りの輪から抜けた時、一人の雄が俺たちの前に立った。

 大公である俺の歩みを遮る事は、不敬罪に問われ兼ねない行いだ。

 だが、この雄は胸に手を当て、深く頭を下げている為、やみくもに叱責する事も出来ない。

「何用か」

「恐れながら、愛し子様と踊る許可を頂きたく」

 俺の不機嫌な声に、ビクリと肩を震わせた雄を、俺は全く見たことがなかった。

 親しい間柄ならともかく、どこの誰とも知れない雄が、伴侶を相手にダンスの許可を求めるとは・・・。

 高位の者から下位の者への誘いならともかく、俺より上は皇家の人間だけだ。

 当然こいつにレンを誘う権利はない。

「不敬だぞ」

 我ながら地の底から響くような声だった。

「不敬を覚悟でのお願いでございます。どうか一生の思い出に、愛し子様とのダンスをお許し下さい」

「しつこい!」

 不機嫌を隠しもせず、威嚇を垂れ流す俺と、頭を下げ続ける巫山戯た雄に、ザワザワと周囲の目が集まり始めた。

「閣下・・・どうか・・・」

 俺を見上げる目は、焦点が合っていなかった。

 ”魅了か?!”

 人族と番持ちに囲まれ、何の問題も起きず注意を怠っていた。

 頭に血が上り、言葉に詰まった俺の代わりに、レンがこの無礼者に答えた。

「今日は私的な場ではないので、アレクと皇家の方以外とは踊ることは出来ません」

 ”ごめんなさいね” そう言って、通り過ぎようとしたレンが急に引き戻された。

「いたいっ!!」

 レンの腕を掴んだ雄の指が、二の腕に食い込んでいた。

「貴様ッ!!」

 ボキッ!! ギャッ!!! ゴウ!! ドカッ!!   ダンッ!!

 振り下ろした手刀が、レンの腕をつかんだ手首を砕き、腹にぶち込んだ前蹴りが無礼な雄を吹き飛ばした。

 周囲から悲鳴が上がり、俺を恐れた貴族がその場から逃げようと後退った。

 吹き飛ばされた無礼者は、俺の威嚇に身構えていた騎士に受け止められ、その場の床に抑え込まれた。

 あばらの2.3本は折れているだろう。
 これでも手加減はしたのだ。
 死ななかった事を有り難く思え!

「愛し子に危害を加えた不届き物だ!捕らえて牢に放り込め!!」

「ハッ!!」

「アレク?」

 怒りで漏れ出した魔力が、バチバチと火花を散らし、肩で息をする俺の手を、小さな番の手が握りしめた。

「私は大丈夫だから、落ち着いて。ねっ?」

 全然大丈夫じゃない。手が震えてるじゃないか?!

 腕を掴んだだけでも、相手の同意がなければ、暴力だ。

「帰るぞ」

 カタカタと震える番を抱き上げた俺は、足早に蒼玉ホールを後にした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

私の愛する夫たちへ

エトカ
恋愛
日高真希(ひだかまき)は、両親の墓参りの帰りに見知らぬ世界に迷い込んでしまう。そこは女児ばかりが命を落とす病が蔓延する世界だった。そのため男女の比率は崩壊し、生き残った女性たちは複数の夫を持たねばならなかった。真希は一妻多夫制度に戸惑いを隠せない。そんな彼女が男たちに愛され、幸せになっていく物語。 *Rシーンは予告なく入ります。 よろしくお願いします!

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

傾国の聖女

恋愛
気がつくと、金髪碧眼の美形に押し倒されていた。 異世界トリップ、エロがメインの逆ハーレムです。直接的な性描写あるので苦手な方はご遠慮下さい(改題しました2023.08.15)

召喚されたのに、スルーされた私

ブラックベリィ
恋愛
6人の皇子様の花嫁候補として、召喚されたようなんですけど………。 地味で影が薄い私はスルーされてしまいました。 ちなみに、召喚されたのは3人。 2人は美少女な女子高生。1人は、はい、地味な私です。 ちなみに、2人は1つ上で、私はこの春に女子高生になる予定………。 春休みは、残念異世界への入り口でした。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】レスだった私が異世界で美形な夫達と甘い日々を過ごす事になるなんて思わなかった

むい
恋愛
魔法のある世界に転移した割に特に冒険も事件もバトルもない引きこもり型エロライフ。 ✳✳✳ 夫に愛されず女としても見てもらえず子供もなく、寂しい結婚生活を送っていた璃子は、ある日酷い目眩を覚え意識を失う。 目覚めた場所は小さな泉の辺り。 転移して若返った?!と思いきやなんだか微妙に違うような…。まるで自分に似せた入れ物に自分の意識が入ってるみたい。 何故ここにいるかも分からないまま初対面の男性に会って5分で求婚されあれよあれよと結婚する事に?! だいたいエロしかない異世界専業主婦ライフ。 本編完結済み。たまに番外編投稿します。

処理中です...