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幸福の定義は人それぞれ

顔合わせ

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 貴族の社交場は噂話と足の引っ張り合いが横行する、魔窟のような場所だ。

 もっとやるべき重要なことが有る筈だが、そんな切迫感を持った貴族は極々少数派だ。

 皇都でぬくぬくと暮らす彼等は、魔物を脅威だと感じる事も無いかもしれない。

 ギデオンの暴政を耐え忍び、ウィリアムの治世で帝国の復興に貢献した忠臣の数より、保身に始終した数の方が多い。

 積極的にギデオンに加担はしなかった。
 その一点だけで粛清の対象にならなかった貴族達が良い例だ。

 安全な皇都に住み、領地の運営は家令や代官任せ。
 自ら事業を展開するだけの才覚があれば、救いようもあるが、領民から吸い上げた利益で、富を享受するだけの者たちは、これからの時代衰退していくだろう。

 それに気付かない、暢気な貴族たちの大好物は、ゴシップ。

 そんな貴族の今一番の関心事は ”王配が誰に決まるのか” だ。

 ウィリアムが存命中、王配を娶る事は無い。と宣言していたにも関わらず、側妃や愛人を斡旋しようとする者が後を絶たなかった。

 ウィリアムが崩御し、次代の皇帝は婚約者も決まっていない、年若い皇太子。
 
 自らの子が王配に成れなくとも、側妃の座を狙う者、王配を輩出した家紋にすり寄り、利益を得ようとする者。
 アーノルド本人の意思に関係なく、政治と社交の裏側で、ネチネチと暗躍する者は数知れない。

 そんな連中が鵜の目鷹の目で、アーノルドを狙っているのだ、いくらロイド様に鍛えられていても、負担に感じる事も多いだろう。

 少し前までは、レンも同じように狙われていたが、大厄災から帝国を救い、正式に俺の伴侶となった事で、多少は落ち着いてきた。

 まだ魅了という厄介な問題はあるが、何があっても、二人が共にあれば、乗り越えられる、と俺は信じる。

 何故俺が、夜会というもう一つの戦場で、このような益体も無い事を考えているのか。

 それは、はっきり言って暇だからだ。

 アーノルドとリアンがダンスホールに出ていくと、当然観衆の目は皇太子とその王配候補へと向けられる。
 愛し子と懇意になりたいものが居たとして、魅了対策の俺のマーキングでほとんどの獣人は近寄る事も出来ない。
 人族の方は、横に居る俺を敬遠し迂闊に近寄る事もない。

 皇都でその規模から一二を争う夜会に参席しながら、俺とレンは完全に壁の花と化していた。

 壁の花と言っても、俺は慣れたものだし、レンが居れば幸せな気分でいられるが、レンには退屈だろう、と心配もしてみたが、俺の番は皇太后の言いつけをしっかり守り、リアンと踊るアーノルドに、他の候補者たちがどんな反応をするのかを観察していた。

 俺もくだらない空想に浸ってしまったが、レン一人に面倒ごとを押し付けていた訳ではない。

 俺もレン同様、候補者たちとその家族の様子を観察していたが、彼等の反応は其々で可もなく不可もなく、オレステスの嫉妬深さだけが際立っただけだ。

 オレステスはジェイドに危害を加えた犯人が、拘束されるところを見て驚いていたが、近衛による捕縛劇を見た驚きなのか、関係者が捕縛されたことへの驚きなのかは判然としなかった。

 そうこうする内、上皇夫夫と合流すると、社交界の頂点に立つ皇太后を放っておく様な不届き物など居はしない。

 あっという間に、皇太后を中心とした人の流れが出来上がり、多くの者たちが俺達の周りに集まって来た。

 基本的に俺に話しかけるものは居ないし、わざとかどうか知らないが、親父殿は自分から会話に混ざろうとはせず、話を振られてもずれた答えを返す為、話が合わず、必然的に俺と親父殿は、伴侶の添え物として大人しくしているだけだった。

 俺はレンの護衛役でもある訳で、添え物でも何ら問題はないのだが、上皇たる親父殿はこれでいいのだろうか?

 そんなことを考えながら、ご機嫌伺いの長話に、耳を傾けるふりを続ける事しばし。

 漸く今夜の目当ての候補者たちが、ロイド様の所へやって来た。

 候補者達はアーノルドが引き連れて現れたのだが、アーノルドはリアンと踊った後、候補者全員と踊った為、額にはうっすらと汗をかいていた。

 いや、この汗は冷や汗か?
 冷や汗だとしたら原因は、腕にへばりついたオレステスが原因だろう。

 いくら夜会とはいえ、未婚の雄が皇太子の腕に絡みついて離れないとは。
 母親は親父殿へ色目を使い、父親は愛し子のレンに邪な目を向ける。魅了の影響があったとしても、オズボーン家の倫理観はどうなっているのだ?

 これに対し、テイモン以外の候補者たちの反応は、一様に不機嫌と言っていいだろう。

 しかしそれは、オレステスが見せたような嫉妬ではなく、はしたない行いに対する嫌悪の様だ。

 始終俯いていて、時折探るような上目遣いをするテイモンだけは、何を考えているのか全く分からない。

 この様子だと、ロロシュの前評判通り、オレステスとテイモン以外の3人は、至極まっとうな感覚を持っているようだ。

 そうなると、何故ロイド様がこの二人を候補に残したのか、という最初の疑問に戻ってくることになる。

「皆揃いましたね。レン様、この5人はアーノルドの王配候補です。左から南の辺境を守るアーべライン家のシエル。リアンは先ほど話しましたね?次がグレコ伯爵のテイモン。アメリア伯爵家のディータ。そして・・・アーノルドにぶら下がっているのが、オズボーン伯爵令息のオレステスです」

 嫌味っぽく名を呼ばれたオレステスは、慌ててアーノルドから手を離したが、悪びれるどころか不満そうだ。

 夜会が始まってから何回目になるか分からないが、何故この小僧が王配候補なんだ?

「レン様?この王配候補は、年若くレン様の話し相手としては、物足りないと感じるかもしれませんが、それぞれ優れたもの物を持って居ます。レン様を退屈させないと思いますよ?」

「ご配慮傷み入ります」

 軽い会釈を返すレンにロイド様は満足そうだ。
 位階はレンの方が下でも、立場はレンが上だ。
 自分に頭を下げるなと言ったのは、ロイド様なのだから、今のレンの対応は間違っていない。

「皆よく聞きなさい。レン様は異界から招来され、まだこちらの風習に慣れていらっしゃらない事も多くあります。皆レン様がお困りの時は、お助けするのですよ」

「「「皇太后陛下の御心のままに」」」

「ただし。レン様は神の愛し子です。レン様が従うのは、アウラ神とその眷属のクレイオス様のみ。レン様にこちらの常識を強要してはなりません。あなた達に命じるのは、レン様のサポートであって、教育ではない事を肝に命じなさい」

「「「承りました」」」

 返事をしたのは、まともな3人だけか。

 ロイド様も満足は出来ていないようだが、矛を収める気の様だな。

「レン様からも、何か声をかけてやって?」

「シトウです。私はウィリアム陛下から公爵意を賜り、ご縁あってアーノルド殿下の皇兄である、クロムウェル大公閣下の伴侶となりました。位階は皆さんより上ですが、皆さんとも親しくなれたら嬉しく思います」

 ふむ。レンにしては固い挨拶だな。
 警戒対象は、やはりオレステスだろう。

「ロイド様、お近づきの印に、皆さんをお茶にご招待したいのですが、よろしいでしょうか」

「ええ。勿論ですとも。今宵から社交シーズンの始まりです。この子達は王配候補としての教育もありますから、秋までは皆、皇都に留まっています。レン様のお好きな時に、声をかけて上げてください」

「ありがとうございます。では皆さん仲良くしてくださいね」

 ニッコリと微笑んだレンに、ロイド様と似た圧を感じたのは、気のせいだと思いたい。
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