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幸福の定義は人それぞれ

夜会の始まり

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「ハリー・ネルソン・クレイオス上皇陛下。ロイド・レオニダス・クレイオス皇太后陛下御入来!」

「アーノルド・ネルソン・クレイオス皇太子殿下御入来!」

「アレクサンドル・クロムウェル大公閣下。神の愛し子。レン・シトウ公爵様御入来!」

 名を呼ばれ、割れんばかりの拍手に迎えられ、俺達は夜会の会場に入った。
 
 貴族たちの羨望とやっかみ、俺に対する蔑みとレンに対する賛美の目に晒されながら、素知らぬふりで、皇家の席に着いた。

 先ずは次期皇帝であるアーノルドから挨拶と、夜会開始の宣言が済むと、今年のデビュタント達が、臣下の誓いを立て、アーノルドから一言二言祝いの言葉を貰うため、階の下に列を作った。

 代表者の一人が前に進み、片膝をついて首を垂れると、後ろに控えたデビュタント達もそれに倣い、首を垂れた。

 代表者が誓いを読み上げると、騎士から受け取った剣を抜いたアーノルドは、誓いを受け代表者の肩に剣を置き、主従の契約を結んだ。

 会場に拍手が鳴り響き、デビュタント達が立ち上がると、次いで名を呼ばれた者から順に、アーノルドからデビュタントの記念品と一言二言祝いの言葉を貰い、会場へと戻って行く。

 この時、誰に命じられた訳でもなく、皆が申し合わせたように、デビュタント達は、レンへと拝礼して下がっていった。

 神の恩寵である愛し子に対する、礼儀としてあるべき姿だ、と俺は内心で満足している。

 まだ、あどけなさが抜けない少年から、物慣れない青年までの、初々しいデビュタント達の拝礼を、レンは微笑みを浮かべ鷹揚に受けて行くのだが、中にはあからさまに俺に対して、侮蔑や蔑みの視線を投げてくる、無礼者も交じっていた。

 社交を始めたばかりの、子供と言っていい青少年達が、一国の大公に向かって、公の場で、このような不敬な態度をとると云う事は、彼らの家では親が、俺や獣人に対する偏見を持っているからだろう。

 レンは俺に蔑みの視線を送るデビュタントには、微笑みを返さなかった。

 逆に俺の方へ身を寄せ、時には手や体の一部に優しく触れながら、小声でデビュタントの親が、どんな人物なのかを問うのだった。

 そんなレンの様子を見て、社交のセンスがある者は、己の失敗を悟り、顔色を無くして下がっていくが、基本的に俺を蔑みの目で見るような輩は、我儘放題で傲慢に育ったものが多い。

 そういう奴は、己の失敗に気付かず、愛し子が甘い表情を見せる俺に対し、敵意の籠った視線を改めて送って来るのだった。

「誰のおかげで命拾いしたと、思っているのでしょうか?親の顔が見てみたいです」

 小声でプリプリと怒る番が、可愛くて仕方がない。

「あいつらの名前と顔は覚えた。あの手の輩はアルケリスと同じだ、いずれ襤褸を出す。その時が楽しみだな?」

「アレク、すごい悪い顔になってますよ?」

「でも嫌いじゃないだろう?」

 掬いあげた指先にキスをすると、番は恥ずかしそうに頬を染め、会場に居る貴族達からどよめきが起こった。

「これ!今の主役はアーノルドとデビュタントですよ。目立つ行動は慎んで」

 扇の陰から飛んできたロイド様の叱責を、親父殿がのんびりと遮った。

「良いではないか。愛し子とアレクサンドルの仲が良い、と見せつける良い機会だ。好きにさせなさい」

「ですが陛下」

 言い返そうとしたロイド様の手を取った親父殿が、俺と全く同じ動きで、指先にキスを落とした。

 これにも貴族が騒めいて、ロイド様も呆気に取られていた。

「陛下。お戯れが過ぎますよ」

「何、皇家の家族は良好な関係を築いているのだから、問題ないだろう?なんの為に揃いの衣装を着て来たのだ?」

「グゥ・・・・本当に狡い人だ事」

 艶然と微笑んだロイド様の、瞳の奥がまったく笑っていない。
 これは、気付かないふりをした方が良さそうだ。

 ロイド様の冷たい眼差しを、正面から受けた親父殿の瞳には、悪戯っぽい光が差している。

 これは揃いの衣装で、親父殿を揶揄ったロイド様への仕返しか?
 単に戯れているだけなのか?

 こんな親父殿は、母上と共にあった頃は、見た事がないな。

 まぁ、何となく楽しそうだし、夫夫の問題は二人で頼む。

 俺はレン一人で手いっぱいだ。

 デビュタントのセレモニーは、一人にかかる時間は短いが、全員がアーノルドの言葉を貰うまで一刻程掛っただろうか。

 それが終わると、今度は貴族たちの挨拶が始まった。

 デビュタント達とは違い、伯爵位以下の者達は、皇家の人間への挨拶は許されていない。
 夜会参席者の1/3の挨拶を受ければいいのだが、それでも皇家の席の前には長蛇の列が出来ていた。

 うんざりする光景だが、俺とレンには皇太后からの依頼がある。

 挨拶程度で、為人までは分からんだろうが、今後の為の顔合わせと思うことにして、その他大勢の不毛な挨拶は、聞き流していった。

 適当に相槌を打つ俺とは逆に、レンは相手の話をしっかりと聞き、誠実に答えていた。

 但し、親の顔が見たいと言った、デビュタントの親には、”そうですか”興味深いですね” 等のそっけない返事をし、真顔で相手の目をじっと見つめるだけだった。

 普通の神経をしていれば、愛し子からそんな素っ気ない態度を取られれば、萎縮しそうなものだ。

 しかし、子供があれなら、親の程度も知れたもの。

 軽く威嚇を放ちつつ、早々にご退場願える様に尽力していった。

 今日の課題である、王配候補達だが、ロロシュから得た前情報は正しかった。

 シエル・アーべラインは、親子そろって陽気な人間の様だ。

 ディータ・アメリアは、思慮深く齢19にして、実業家の落ち着きを見せていた。

 リアン・オーベルシュタインは、穏やかだが、芯がしっかりとした怜悧さを感じさせられ、この3人なら、誰が王配になっても問題なさそうだ。

 ロロシュが問題ありと断じ、メリオネス侯爵が ”コバエ” と呼ぶ令息とはどんな人間なのだろうか?

 そんな事をつらつらと考えていると、アーチャー家の面々が前に立った。

「閣下。レン様ご機嫌麗しゅう」

「あぁ。ロロシュはどうした?」

「婚約発表前ですので、家族とご挨拶させて頂きます」

「マークさん。とっても素敵。気合い入ってますね?」

「ふふふ。ありがとうございます。レン様は、今日も美しくていらっしゃる。レン様に私の家族を紹介させていただきたいのですが」

「ええ、喜んで」

 マークは両親のアーチャー伯夫夫と、末の弟のマシューをレンに紹介した。

「マークさんにはいつもお世話になりっぱなしで、感謝しています。皆さんのお噂は、兼ねがねお伺いしていて、皆さんとも仲良くできたら嬉しいのですけど・・・」

 レンの気さくな態度に、アーチャー伯は ”勿体無いお言葉を頂き感激です” と恐縮しきりだ。

「アーチャー伯、久しいな」

「閣下に置かれましては、大変な武勲を立てられ、愛し子様と共に帝国を救ってくださり、感謝の極みで御座います」

「俺は大したことはしていない。全て愛し子のレンあっての事だ。だからそんな堅苦しい挨拶は止めてくれ。耳が痒くなる」

「ははは。幾つになっても閣下はかわりませんな」

 言葉の裏を探らなくて良い相手と言うものは、本当に有難い。

 アーチャー家の末息子にも、昨年言いそびれていた、デビュタントの祝いを伝えることも出来た。

 気楽な会話は、貴族相手の不毛な会話で草臥れて来た心を、持ち直す効果があった。


 残りの貴族は10組くらいか?

 そのうちの二家が、アーノルドの王配候補とは、随分と勿体つけてくれるな。
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