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幸福の定義は人それぞれ

従魔

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「屋外でここまで影響が出るとは思いませんでした」

「そうだな・・・香り自体はすぐに散るだろうが・・・・どうしたものか」

「これ以上閣下のマーキングを濃くされますと、部下への負担が大きすぎますし」

「この程度でか?」

「致し方ないとは言え、今でも支障は出ているのですが?」

「うちの連中は、存外肝が小さいな」

「そう問題ではない、と思いますよ?」

 苦笑を浮かべたミュラーの、目尻の笑い皺が濃くなった。
 ミュラーは、副官として、筆頭補佐官としても得難い人材だが、苦労を掛けてばかりだ。 

「クレイオスは・・・レンが魅了をコントロールできるようになる。と言っているのだが、これが上手くいかなくてな」

「何故ですか?コントロールできるようになれば、レン様の負担も減ると思うのですが」

「それがな、レンらしいと言えばそうなのだが、誰かを虜にしたいと思えないらしくてな?魅了を使いたくない、という気持ちの方が強く出てしまって、力のバランスが取れないらしい」

「確かにレン様らしいですな。もともと、魅了など無くとも、レン様は騎士達からも好かれていますし、こと人に関してなら、魅了など必要ないのです。まったくアウラ神も、面倒な力をお与えになったものです」

「そうだな・・・だが、これからはコントロール出来る様になるやもしれ・・・・あぁ!まずい!!」

 少し目を離した隙に、レンがフェンリル達に囲まれ、もみくちゃになっている。
 レンは楽しそうにしているが、傍から見れば、魔獣に襲われているようにしか見えない。

 剰え、レンの顔をなめ回すなど、犬ころ風情が生意気な!!

 クオンとノワールが、必死にシルバーウルフをレンから引き剝がしているが、それさえも遊びと勘違いしているのか、2匹のドラゴンがムキになればなる程、狼たちは大喜びだ。

「離れろ」

 レンのもとに駆け付けた俺は、狼の首を掴み次々に空へ放り投げた。

 興奮したシルバーウルフを掻き分け、レンの顔を嘗め回していたフェンリルから、番を引き剥がすと、それが気に入らなかったフェンリルが俺に向かって、牙を剥き唸り声をあげた。

「うるさいぞ」

 威嚇を放つ俺に、シルバーウルフは尾を後ろ脚の間に巻き込んで、キューン と情けない声を上げたが、フェンリルは小馬鹿にしたように、大きく鼻を鳴らし、傲然と頭を擡げて見せた。

「生意気だな」

 一触即発な雰囲気に、腕の中に収まったレンは、戸惑っているようだ。

「アレク、怒ってるの?」

「ん? そんなことは無いぞ。あぁ、顔も髪もべとべとじゃないか」

 レンの顔についたフェンリルの涎と、犬臭い匂いも洗浄魔法で綺麗に落としてやる。
 さらさらになった髪を撫で付け、ついでに頬を擦り付けて、匂いの上書きも忘れなかった。

「魅了は上手くいったようだが、レン以外には懐きそうもないな」

「あらら、ほんとだ。どうしましょう」

 俺たちを取り囲む、フェンリルとシルバーウルフの群れは、先ほどまで楽しそうにはしゃいでいた様子とは打って変わり、レンを取り返そうとでも言うのか、俺に向かって、低いうなり声をあげている。

 それでも襲ってこないのは、レンを慮っているのか、俺の威嚇の所為なのかは分からない。

「ねぇ。大人しくしてくれないと。みんな討伐されちゃうのよ?仲良くできないかな?」

 語り掛けるレンを、フェンリルはじっと見つめ返している。

 一時的に、レンと仲良くなったとしても、人に危害を加えるようでは、討伐せざるを得ない。
 そうなると、レンはよけいに悲しみ、傷付くだろう。

 しかし相手は野生に生きる魔獣だ。従魔としてティムで出来れば、魔物は人を襲わなくなるのだが、あいにく俺は従魔契約の知識が乏しい。

 シルバーウルフの輪の外側に目を向けると、群れを刺激しないように遠巻きに見守る騎士達と、顔色を無くしたマークと心配しているミュラーが見えた。

「ミュラー。ティムの仕方を知っているか?」

「テイマーの知り合いは居ますが、詳しい話は聞いたことが有りません」

「マークはどうだ?」

「彼等は秘密主義ですので、分かるのは通信鳥の育て方くらいです」

 そう、テイマーは秘密主義だ。
 魔物を使役する方法は、人それぞれだと言い、根幹は同じだ、と矛盾し事だけを話す。

 しかし彼らに共通しているのは、魔物を使役し有効活用できるのは、自分達テイマーだけなのだという自負だ。

 聞こえの良い信念だが、要は魔物市場における自分たちの利権を、他者に渡したくないだけだろう。

「困ったな。従魔契約が結べないとなると、お前たちは討伐対象だ。レンにしか懐かないのであれば、お前たちを放置して帰るわけにはいかん。さて、どうしたものか」

 フェンリルに話しかけてみたが、深い緑色の瞳が微かに揺れただけで、尊大な態度を崩すことは出来ず、懐柔するどころか逆に敵意を煽ったけだったようだ。

 その証拠に、フェンリルの毛皮の先が漏れた魔力で、チリチリと光りが散っている。

 これではレンを泣かせてしまう。

 間近で見るフェンリルより、その漏れ出す魔力よりも、レンの泣かせることの方が、何倍も恐ろしい。

「れん さま?」

 レンを庇い俺たちの前に立っていた、ドラゴンがそろって振り向きレンの袖を引っ張っている。

「どうしたの?」

「なかよく?」

 クオンがレンとフェンリルを交互に指差し、たどたどしく話している。

「そうね。仲良くしたいの」

「れんさま・くおん・あれく・のわーる」
 
 レンの返事を聞いたクオンは、俺たちを順番に指さしながら名前を呼び、最後にフェンリルを指さした。

 俺の名前の後に敬称がなかったことは、聞かなかったことにしておこう。

「何が言いたいのだ?」

「れんさま・・・・くー・・くおん・・のわーる」

「名前? 二人に名前をつけたこと?」

 クオンとノワールがそろって頷き、シルバーウルフ達の事も指さしている。

「みんなに名前を付けるの?」

 これにも、ドラゴン達は頷いた。

「アレク、二人がフェンリル達に名前をつけろって」

「名前か・・・俺はティムの仕方は分からんから、何でもやってみたら良い」

 この会話の間も、フェンリルはジリジリと後退し、俺達から距離を取ろうとしている。

 他に手は無いのだから、ダメ元でも何でも、レンの悔いのない様に、すれば良いと思う。
 
「なまえ・・・名前かぁ。アレク、何かいい名前ない?」

「そう言われても、・・・フェンリルも狼だからヴォルフとかファングくらいしか思いつかんな」

「それも格好いいですね!」

 破顔したレンは、早速二つの名前でフェンリルを呼んでみたが、生意気にも鼻を鳴らし、外方を向いただけだった。

「あらら。気に入らないみたい。どうしましょう。私も、フェンリルって言ったら、産みの親の、ロキとアングルボザしか思い浮かばないなぁ」

「レンの故郷にもフェンリルがいるのか?」

「え? えぇ北欧の神話に出てくるんです。父親が神様のロキ。母親が巨人のアングルボザと言います」

「ふむ。呼ぶときにアングルボザは長いな」

「ですよねぇ。じゃあアンとか?」

 ヴァウ!!

「ん?」

 いきなり吠えたフェンリルを見ると、ヘッヘッと口を開け、舌を出している。

「え~と・・・アン?」

 バウッ!!

 戸惑いながら呼んだ、レンへの返事はとても元気なものだった。

「気に入った様だな」

「あっ良いんだ・・・それじゃあ、あなたの名前はアンよ?」

 ワンッ!!

「今ワンって・・・いぬ?」

 小首を傾げるレンの元へ、近づいて来たアンは、額をレンの額にそっと押し当てた。

 二人の額の間に ポウ と淡い光が灯り、その光が広がってレンとアンを包み込んだ。

 光が消えた時、レンとフェンリルの間に従魔の契約が結ばれていた。
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